旅人の話 【崩壊する虚像】 「核を壊せば、分かるんじゃない?」 そう、少女は言った。確信はやがて確固たる事実として、旅人に認識させていた。 「・・・・・壊すことを、お前は赦すのか?」 「いいえ、赦さない。全力で阻止する。でも、私が何をしようと貴方は最初からそれが目的で、ここに来たんでしょう?」 昼間、村人達や自分に見せている笑みとは違った、妖艶を含んだ笑みに旅人はぞくりと背筋を凍らせた。 「・・・・そういう顔してたら、似てるのにな」 「なに?恋人さんに?」 今度は悪戯っぽく笑う。旅人は答えない事で質問に答えて、口を開いた。 「分かっていて、俺を泳がせたのか。わざわざ、神殿をあからさまに避けて、村の中を案内して?」 「時々いるから、単なる迷子の旅人さん。・・・・・・この村はね、冤罪の形なの」 「伝説の、か?」 「分かっているならば、話は早いわね」 きしりと、窓辺に寄りかかって、少女は微笑む。 「貴方の質問の答え。私は、幻ではありません。・・・・捕まったのよ、妄執に」 「じゃあ、どうしてこの村を庇う?」 「貴方、昼間に聞いたでしょ。この村のこと、好きになったからよ」 「・・・・・そんなことじゃ、キリがないって、同業者として言わせてもらうぜ」 「分かってる」 だから、来たの、と。 そして、伝承として伝えられたままの物語を朗々と語り始める。 かつて、その村には聖女と呼ばれる巫女がいた。 傷は触れただけで、病も呪い【まじない】の言葉を掛けるだけで、たちどころに治してしまっていた。 そんな巫女は、人々からも愛され、彼女も人々を愛していた。 しかし裏では、酷い妬みを持つ者に疎まれていた。 あるとき、そんな巫女の噂を聞きつけて近くの国の王子がやって来た。 病に伏せる我が父を助けて欲しいと懇願する王子に巫女は肯定の返事を返したが、それを村人たちに話すと、 きっと分かってくれると思っていた村人たちは、神官と共に、巫女を村の外へと出すまいと頑なに拒んだ。 人々は、一度巫女を外の世界へ出してしまうと、二度と戻ってこぬのではないかという妄執に囚われていたのだ。 神官たちは王子を村に入れまいと結界を作り、村人たちは巫女を騙して地下に閉じ込めた。 やがて王子は諦めてその村を去り、その暫く後になって、風の噂で王が亡くなったと聞いた心根の優しい巫女は 助けてやれなかったと自分を責め、その苦しみから逃れるかのように静かに息を引き取った。 そしてそれから、その村は―――― 「妄執に囚われたまま、滅んだ」 「そう。この村に住む人たちは、巫女が死んだことを心のどこかで覚えている。だけど、自分たちがもうここにいないことを自覚していない。・・・・きっと、自覚してはいけないのね。それが冤罪の形となって、滅んだ筈の村が存在している」 「分からねぇな。お前は、その巫女に似てたのか?関係のない人間が、過去の村に飲み込まれることなんてありえないぞ」 「・・・・・・・私が、この村にかつていた、巫女と同じ力を持ってるから、かな。私の今のところの推測では」 そうして、机に広げたままの旅人の地図を見て、僅かに目を細める。 「実体のない町や村を記している地図?じゃあ、私に話してくれたことの大半は、“本当は存在してはいけない町”での出来事ってことか」 あっさりと言ってのける少女に、旅人はふと、気付く。 「ここには、何年いる?」 「・・・・さあ。最初のうちは数えてたけど、今はもう。多分、5年くらいじゃないかしら。時の止まった村では時間は絶対に流れない。ここにいなければきっと、貴方の少し年上くらいね」 「出て行きたくないのか?」 「・・・・出て行きたいわ。でも、この村は妄執に取り付かれている。私がここを出て行くことを恐れている。私が出て行ったら全てが終わって、また白紙に戻る。そしてまた、ここを訪れた、同じ力の巫女を捕らえる。その繰り返しよ」 それは、自分ひとりの犠牲によって生まれる偽りの平穏。 犠牲を払ったとしても、決して誰も報われない。少女は冤罪と言うけれど、実際は、断罪されることを恐れた村人たちの思いが、この少女を盾に身を守っているに過ぎない。 「だったら」 「最初はね」 旅人の言葉を止めて、少女は続ける。 「私も、“核”を壊すつもりでいた。神殿のどこかにあることは確かだもの。でも・・・・壊せなかった。 たとえ、此処はもう滅んだ村で、誰一人として、もう生きていないとしても。暖かくて優しい世界だったのは、確かだもの。」 「・・・・・いちいち、破壊するものに感情移入するやつには向いてないぞ、“これ”は」 「分かってる。けど、やめるわけにはいかないの。私も貴方と同じだから。」 だから。 「本当は、ずっと捜してたの。私の代わりに、この村を救ってくれる人を」 旅人は自嘲した。 「今から村を滅ぼすのに、救うやつ、か」 「貴方が壊すのは村じゃない。断罪から逃げてる人たちの妄執を壊【ころ】すのよ」 引き受けてもらえる?と。 笑いかける少女は、いつもと変わらないように見えて、それがかえって旅人の背筋を凍らせる。 それでも、逃げる訳にはいかない、と気を引き締めて、旅人は頷いた。 ただ、少し引っ掛かる違和感。 村人の妄執、ただそれだけが、少女を引き止めているということに対する小さな疑問は。 もしかしたら、捜し求めているものを見つけることが出来るかもしれない期待に隠されて、消えた。 BACK NEXT 【06.1.17】 |