旅人の話

【浮き出た真実】









『ああ、どうしてこんなことに』

『こんなことをしなければ、
―――様は!』

『何て事をしてしまったんだ』

『誰か、誰か助けて・・・・・・!』





「ッ・・・・・・・・!」
詰めていた息を吐き出した。
いつのまにか、自分は呼吸すら忘れていたらしい。

全身が汗で気持ち悪い。今見た“過去の村の記憶”も、既に何百回となく見て来たにも関わらず。
そもそも、こんなものに慣れるつもりは、毛頭ないのだ。

この村を憐れに思い、また、好きになりかけてはいるけれど、同情するつもりはないのだ。
そう、自分に言い聞かせようとする度に頭痛がする。

最初の頃はつきりと小さく痛む程度だった。だから気付けなかった。
自分が気付けるほどに、自分に大きな影響を与える力が降りかかってきたのは、まさに自分だけではどうしようもなくなってからだった。間の抜けた話だと思う。旅人に言われるまでもなく、自分の力量と、性分が災いしたのだ。

“シンクロ”が、酷い。


少女の元々の生業は、所謂除霊の類の仕事だった。
現実に在ってはならない世界が、現実として、“そこ”に実在しているものを元ある形へと戻す仕事。

それを少女が何時頃からしていたのかは、少女も知らない。
“気付けば”それを仕事として、今まで何度もこなしてきた。
聞けば旅人も同じと聞き、妙に親近感が沸いたものだ。
旅人のように、自分の名前すら思い出せないほどに酷くはないが、少女も自分の故郷や生い立ちを覚えていない。
いや、覚えていないと形容すべきか。

あるいは、“最初からなかった”のではないか、と最近思うようになってきた。

この村に長くいすぎた所為なのだろうか。
最初は勿論、“憑かれた”と気付いた後も暫く、何とかしようと思っていた。
しかし、暫く調べている内に、村の特定のものが実体化しているのではなく、“村そのもの”が『ソレ』なのだと、気付いた。
その大きさは、たとえひっそりと在る小さな村とはいえ、普通の人、一人の手に負えるものではない。

だからこそ、少女は自分の力量を多少なり自覚していたから、大丈夫だろうと隙を生んでしまった。
村一つくらいなら、一人だけでも何とかできる。思い上がりではなく事実だ。
実際に、村に魅入られた“だけ”ならば、少女一人だけでもどうにか出来ただろう。

しかしふと、その事実に違和感を感じて
―――どうして自分が今まで通りに出来ないのか、気付いてしまった。

伝承として語られている村は、巫女に執着していた。
そして巫女もまた、村に執着するようになっていた。

だとしたら、もし“村”と、“巫女”の二つから同時に魅入られていたら?

一つだけならば、どうにかなるかもしれない。
でも、二つあれば、一つを収めようとすれば、もう一方が邪魔をする。
少なくとも、並以上の力が収めるものと等しく存在していなければ、収めることは出来ない。

今まで、こんなことはなかった。

いや、こうなる筈はなかった。

強い思念が残った地では、近くに他の思念は残ることは出来ない。それなのに、共存するかのように思念が残っていられるということは、巫女も、村人たちも、この地へ残した思いが強く、近しすぎるからなのだろう、“生死に関係なく。”


少女は、村に魅入られ、更に巫女の思念からも魅入られた。

(・・・・・・サクヤが、どれほどの力を持っているか分からないけど)
少なくとも、一人だけで旅をしていて、尚且つ自分と同じ仕事をしているのであれば相当な力量であることは分かる。
もしかしたら、明日ようやくこの村を収めることが出来るのかもしれない。

(だからもう、私を離して。貴女はここにいるべきじゃないの)

自分を縛り続ける思念に話しかける。

思念に、思考し、記憶するということは出来ない。
しかし、せずにはいられなかった。少女と巫女はそれ程に近しく、だからこそ憑かれたのだから。

膝を抱えて、俯いた。
この牢獄は優しすぎる。何も覚えていないのに、懐かしくて泣きたくなる。
明日消えるかもしれないこの優しい場所に消えて欲しくないと思うのは、巫女とシンクロしているからだけではない。

『キリがないぞ』
(分かってるわ、そんなこと)

何年かぶりに初めて訪れた、解放の日を喜びながらも、朝が来なければいいと、少女は思っていた。

カーテンの外では、山々の隙間から、陽の光が洩れ始めていた。







 * * * * 







姫が村に囚われた間は、正確には3年あるかないか。時間感覚狂ってる。
・・・判然としないところはフィーリングで読み取ってください。



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【06.1.10】