終章

【日常への回帰】



















この三日は、犬夜叉とかごめの中では怒涛だったといえるのかもしれない。
仲間達は、ただ不可視の、対処しきれない何かと二人が戦っていたことを知っているだけで、何が原因だったのか、そしてその正体が何なのか、分からないままだった。犬夜叉は知らないと言うし、かごめも今は言いたくないと口を噤んだからだ。
結局、仲間達も喋りたくなったときに言ってくれればいいとかごめの言葉を受容した。
皆、言いたくないと言っていることを無理に喋らせるほどの人でなしではないし、何よりもかごめの瞳に見え隠れする、いつかのときのような傷付いた色に気付いたからだ。

ただし、涙の痕はきっちりと犬夜叉が泣かせたのではないかと問い詰めたが。
ある意味では、この件とは関係ないがいつも言葉の足りない犬夜叉への地味な嫌がらせのようなものだ。
しどろもどろになりながら違うと否定する少年に皆で笑いあい、「もう大丈夫」と言うかごめの言葉通り、今度こそ見えない『壁』に二人が阻まれることなく、その土地を去ることが出来た。

「・・・・犬夜叉」
「んぁ?」

かごめがそっと近付いて、耳打ちするように声の音量を下げたのに気付いて犬夜叉もほんの僅かに屈んだ。
「今度・・・・・いつでもいいから、また、あの屋敷に行ってもいい?」

思っても見ない言葉だった。

「いいけど・・・・あんなとこ行ってどうすんだよ、何もないぞ」
「あるじゃない」
「何が」

そっとかごめの人差し指が、犬夜叉の胸を指す。
「犬夜叉の中に。・・・・・あんたがどういうところで育ったのか、ゆっくり見てみたい。
それに、あそこすごく綺麗な空気だった。よっぽど、大切にされてたのね」

何に、とはかごめも口にしない。でもきっと、同じことを考えているのだと犬夜叉は思った。

「・・・・なあ」
「ん?」

訊ねるべきか、迷った。
明らかにかごめは、話題を避けていたから。

「何であいつに・・・・・鈴音って、名前付けたんだ?紅鈴って名乗ってたじゃねぇか、あいつ」
「・・・・・・うん」

あの子供の正体について言及はしないのだから、これくらいは訊くのを許して欲しい。
そう思っていたのが伝わったわけでもないだろうが、悲しそうに笑うとかごめは言った。

「紅に鈴で、『こうりん』って読むんだって。私が付けたのは、鈴の音色で、『すずね』。・・・・これ、ヒント」
「はぁ?」
「あとは自分で考えてってこと。そんなに難しい話じゃないから」
「ちょ、おいかごめ!」

言いたいことを言い切ると、かごめはさっさと犬夜叉を置いて歩いていってしまった。
慌てて追いかけようとする犬夜叉の動きを止めたのは、かごめの急に立ち止まった姿だった。
「あれは」
「?」
「紅鈴は、あの子の名前だったけど、あの子だけの名前じゃなかったの。女の子の姿をしてるけど、本当はたくさんの、あの子と同じ運命を辿っちゃった子達が集まって出来上がった存在だったの。中でも一番自我が強かったあの子が、主人格になっただけで。だから、私は、他の子には悪いけど、あの子だけの名前をあげたかったの。だって、あの子は私の・・・・」
「かごめ?」

何処か泣いているような雰囲気だった。
後ろで犬夜叉とかごめを見守っていた弥勒たちも自然と足を止めている。

しかし、声に反して、振り向いたかごめは笑顔だった。
「犬夜叉、大好き」
「へ。」

それだけを言うと、かごめは慌てたように早歩きでさっさと先へと進んでいく。
犬夜叉は今度こそ本気で硬直してしまった。もう追いかけることは出来ないだろうと判断されたらしい。
彼の横をすり抜けて、雲母を抱えた珊瑚が慌てて追いかけていった。
そんな少年の肩を、ぽん、と弥勒が叩く。ひどく意地の悪い笑みを浮かべていた。彼の肩にいる七宝も同じようなものだ。
「果報者」
「喧しい」
「照れとる照れとる」
「煩ぇつってんだろうがっ!」
照れ隠しに、弥勒の肩でわざとらしく笑っていた七宝を掴んで地面にたたきつけた。
恨みがましい目で睨まれたが、それくらいで動じるような少年ではない。

それでも、一度上がった頬の熱は暫く取れそうも無い。

(笑顔・・・・・久しぶりに見た気がした)

考えてみれば、昨夜の一件以外、終始かごめはずっと笑顔だった。
それでも何処か、かごめらしくない、陰を含んだ笑顔にずっと違和感を感じていたのだ。
かごめと少女の間で、どんなやりとりが行われていたのか、犬夜叉は知らない。

かごめと、そしてあの子供を悲しませていたのはきっと自分なのだと、何となく思っていた。
しかし、自分のどの言葉(もしくは、態度)が作用したのかは分からないが、自分はいつの間にか、彼女等の望んでいた答えを出せていたのだろうと思う。同時にそれが不完全な答えであることも、彼女等の態度で分かっていた。
しかし、その理由をかごめも、あの子供も語ろうとはしなかった。
自分で見つけろ、という風でもなく、ただその事実だけは知らずにいてくれと、願望にも近いものを望まれていた気がする。

・・・・・それも、もう今となっては分からない話だったが。

「犬夜叉ー、弥勒様、七宝ちゃーん、早くおいでよー」

手を振って手招きする手前の少女二人に急かされるように犬夜叉も弥勒も歩き始める。
(七宝は、たたきつけた責任で犬夜叉が少々乱暴に抱えている)



『きっと、また逢いたい』

逢えると、あのとき言わなかったかごめ。

『また、逢いたい』

そう返した鈴音。

答えはきっと自分の中では出せないけれど、それでもふと思ったのだ。
かごめの名付けた名前は、きっと再びあの子供と逢う為の約束なのだと。

(鈴の音、ね)


りん、



犬夜叉には、何処か遠くで、鈴の音が聞こえた気がした。











【終】


ごめんなさい補足つけないと分からない内容で。鈴音はイントネーション雀と同じだと思って下さい(どうでもいい)
紅鈴と書いた時、鈴は【りん】と読んでるじゃないですか?そして鈴音と書いたときは【すず】。
この二つに共通する、『鈴』。鈴音の方の鈴を【りん】と読んだら、りんね(=輪廻)になる。
とかそういうこと考えつつ付けたりしてましたがここ読む前に気付けた方はいましたか?笑
言葉としては出してないけどわんこにはもう見当ついてたんです。何でそうしたかはやっぱ分からないんだけど。

あとは、うん。『かごめが』鈴音に名前をあげることに意味があったんですというお話。
うっかり犬夜叉視点がメインにしちゃったんで不明瞭な点が多いです。かごめsideの視点だったら全部繋がるのに。
でも何にせよ初めて(おい)長編完結!おめでとう自分!よし補足書くぞ!orz


MSN辞書より鈴の意→多く金属製の中空の球。下方に細長い穴をあけ、中に小さい玉をいれ、打ち振って鳴らすもの。
               呪力があるとされ、古来神事や装身具として用いられ、のち楽器としても用いられる。



(06.10.29)

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