拒絶の意味〜追う者と逃げる者〜
【後編】
その翌朝。
かごめは、色々と揃えたい物があると言い、出掛けていった弥勒と珊瑚が帰って来るまで犬夜叉を避ける為、城下町から少し離れた河原に一人、ピクニックシートを敷いて日光浴をしていた。
明らかに寂しそうではあったけれど・・・。
ふぅ・・・・
悩ましげに、そっと溜息をついて、かごめは思い出したように左肩と首との中間辺りの場所にそっと触れた。
此れが・・・此処にあるモノが、かごめの悩みの根源・・・。
(何時になったら、消えるんだろう・・・?)
そんな事を思いながら、ゆっくりと流れていく雲をぼんやりと眺めていた。
そして、そんなかごめを遠くから見詰める人物・・・犬夜叉が居た。
ただし、今回ばかりは法師の助言通り、彼女に追及したい気持ちを抑え、落ち着いて話し掛けられる瞬間を待っているようだ。彼の聴覚ならば、今居る場所からだったら独り言の一つや二つは聞き逃さないだろうという打算も含まれている
というのも事実なのだが。
だから・・・
「犬夜叉に・・・悪い事しちゃったなぁ・・・」
ポツリと少女が洩らしす言葉を、彼は聞き逃さなかった。
かごめは、もう五日目に突入してしまう自分の露骨な拒絶の態度を思い返し、何とは無く気が重くなった。
彼女だって、厭だったのだ。
いっそ彼に甘えてしまいたい衝動を抑えて、こんな態度を取らなくてはならなくなったのは。
(でも・・・でも、『こんな事』犬夜叉に知られたくないっ・・・)
「こんなの・・・・・」
かごめは覆っていた場所を強く握り、堪らなくなって、感情のまま涙を流した。
「っ・・・・・・・・・・・・・・・!」
かごめの涙に気付き、犬夜叉の抑えられなくなった何かが、彼を彼女の元に行き、抱き締めたいという衝動に駆らせた。(かごめが泣いてんのに・・・・・時期なんて待てられっか・・・!)
もう・・・・止められない。
ばっ・・・
犬夜叉は、折角隠れていた場所を離れ、かごめの元へ走った。
避けられても、逃げられても構わない。でも・・・彼女に泣き顔だけはさせたくない、と。
かごめは気配に気付き、ふとその方へ視線を向け、こちらに彼が来ていると理解し、思わず言霊を云いかけ――止めた。
結局・・・何時かは知られるのかもしれない、と。
彼の顔を真正面から見ている内にそう思えたのだ。
かごめは上半身を起こして、困ったような瞳に涙を浮かべたまま、犬夜叉を見た。
ふわっ・・・・
緋色に包まれて、かごめは久し振りに彼のぬくもりに触れた。
「泣くな・・・」
耳朶に響く、優しい犬夜叉の声。
たった五日、離れていただけなのにそれが妙に懐かしくて、泣くなと云われた事も忘れたように、かごめは子供のように泣きじゃくった。
――でも、懐かしく感じていたのは、犬夜叉も同じだった。
久しく間近で感じられなかった彼女のいい匂いも、小さくて自分の腕の中にすっぽりと収まってしまう華奢な身体も・・・。
二人共、たったの五日の空白を惜しむよう、離れようとしなかった。
かごめの気持ちが落ち着いてきて、嗚咽が小さくなってきた頃、ようやく二人は気付いたよに、ぱっと離れた。
「・・・ごめん、なさい・・・」
暫くして云った、かごめの第一声が此れだった。
「何、謝ってんだよ・・・」
照れ臭そうに、少し視線を逸らして彼は云った。
今まで避けていた事の謝罪なら、もういいという意味も込めて。
でも、かごめの謝罪の意味は違った。
彼とはまた対照的に、かごめは沈痛な面持ちで言った。
「違うの・・・。そうじゃなくて・・・」
犬夜叉から視線を外すかごめ。
彼もかごめの異変に気付き、声を掛けようとして―――かごめが、何を訴えたいかを悟った。
さっき、彼女が自分で握った所為もあって・・・左の首筋が少し赤く変色していた。
そして、その中心辺りには、恐らく大分前のものであろう、少し赤味は引いていたものの、明らかに内出血の痕があった。
勿論、虫刺されとも考えられたが、そんなものを彼女があそこまで必死になって隠そうとする筈はない。と、なれば――
厭な考えが、犬夜叉の頭を掠めた。
「かごめ・・・それ、誰に・・・・?」
自分でも判る程、震えた声で、彼は問うた。
でも・・・返って来た言葉は余りにも残酷だった。
「ごめん・・・なさい・・・私、抵抗出来なくて・・・・」
「そんな事訊いてるんじゃねぇ!」
語尾を強くして言った犬夜叉の台詞に、かごめは身を強張らせた。
彼女の動作で、犬夜叉ははっとした。
「(違う・・俺が、言いたいのは・・・)悪りぃ・・こんな事、云いたいんじゃねぇんだ」
そう云い終えたか否かのうちに、彼はかごめを抱きすくめた。
突然の事に、かごめは当惑し、その身体をびくりと痙攣させた。
「ごめんな・・・護ってやれなくて・・・・」
――そう。彼は自分以外の男にいいようにされてしまったかごめに苛立っているのではない。そうされてしまったかごめを、そうなる前に助けられず、思いつめさせてしまった自分に苛立っていたのだ。
どうして助けてやれなかったのかと・・・
自分に対する怒りを思わず彼女にぶつけてしまっていた。ただそれだけ。
でも、
「違・・・なんで、犬夜叉が謝るの?」
彼女にしてみれば、何もしていない彼をいきなり突き放し、今まで眼を合わせようともしなかった『自分』だけが悪い筈なのに。
謝るのはこっちだと云うかごめの言葉を遮り、犬夜叉は、薄く消えかかった場所に唇を落として、強く吸い上げた。
「っ・・・・・ぃぬ やっ・・・・・・」
驚きで動けないかごめを他所に、暫くして犬夜叉はそっと、唇を離した。
薄く残っていた烙印は消え、其処には代わりに新たに付いた印が目立っていた。
「此れで・・・もう俺に謝るな。『其れ』は俺が付けたんだから・・・」
「っ!!」
かごめは真っ赤になって、熱く疼く印に触れ――その顔色を誤魔化すよう、彼の緋色の衣に頬を寄せた。其の侭、彼女は問う。
「私の事・・・嫌いにならない?」
「云ったろ。『其れ』は俺が付けたって。」
「怒らないの・・・・?」
「別に。何に対して怒れって云うんだよ」
暫くそんな不毛とも思える会話を続け、彼はより一層、かごめを強く抱いた。
「じ・・・じゃぁ・・・・・・・」
「かごめ」
まだ何か云おうとしたかごめを制して犬夜叉はかごめの髪に顔を埋めた。
「お前の事、そんな事で嫌いにはならねぇから・・・んな事訊くな」
「・・・うん」
その言葉が嬉しくて、嬉しくて。
かごめは涙を流して、でも幸せそうに微笑んだ。
暫くして、犬夜叉はかごめの顎を引き、自分に向けさせる。
「犬夜叉・・・・?」
彼女に問い掛けられて。彼は何時もとは違い、照れなど微塵も見せずに云った。
「俺・・・お前に嫌われたと思ってこの四日、ずっと不安だったんだぞ?
此れ位・・・・・代償としちゃ、安いモンだろ・・・?」
囁くように云う彼が、妙に寂しそうに見えて、かごめは胸が締め付けられた。
躊躇いはあった・・・でも、暫く躊躇った後、彼女は首を縦に振った――。
【終】
死に腐れ自分。
何 ラスト辺りの台詞と犬夜叉の行動。夫婦くさい上に書いてるこっちが顔から火ぃ噴きそうな事しやがってぇvv(嬉しそう)
でも寧ろ後半は裏にアップさせるかとさえ本気で思いましたし。だって私の中でのかごめちゃんに手ぇ出していい許容範囲は誰であろうと押し倒して首筋ちゅーですから(むっちゃギリギリ)。それ以上は拒絶反応起こします(断言)。
余談ですが、珊瑚ちゃんと弥勒様は本当に買い物に行ってて、七宝ちゃんは両方に気を遣って雲母とお留守番してましたとさ。
彼曰く、「オラがしっかりせねばっ!」ってトコですかね(苦笑)
(H15.1.7)
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