第十七話 独りではない現在(いま)











「だぁ
―――――っ!かごめは一体何処行きやがったぁっ?!」


半ば、ノイローゼになりかけた声を上げたのは、一昨日からバイトはおろか、大学さえも休み、ずっと地図と睨めっこしていた、捜し人の現在の保護者である犬夜叉だった。

「そう焦るでない。皆とて、聞き込みや状況整理に追われて疲れているのだ」

冷静な声音で彼を諭すと、弥勒はその想い人である少女の差し入れである朝食のパンを齧った。
その隣でも同じく・・・・鋼牙が、淹れたてのコーヒーを飲みつつ、今日の朝刊にチェックを入れている。

「・・・つーかよ・・・一昨日から一睡もしてねーの俺だけだぞ。」

「お前の責任だろうが。我々はお前の不甲斐ないミスを一緒になって埋めてやっているだけだ。
 別にお前が寝てよーと寝てなかろーと知ったこっちゃない」

涼しい顔で言い切ると、彼は手の中の、残りのパンを一気に口に放り込み、自分の作業に取り掛かった。
・・・・・的を得た発言なので、犬夜叉には返す余地がないのも痛い所だ。

かくいう彼とて、本当ならば休もうと思えば休めたし、今だって、珊瑚から受け取ったままの朝食を、手を付けようと思えば付けられる筈なのに、そうしようとはしない。
否、もはやそんな事、思考回路の中からは綺麗さっぱりのいてしまっているのかも知れない。

だからこそ、何時もはこの青年に同調して、犬夜叉の神経を逆撫でばかりさせる鋼牙も、今は黙って黙々、作業を続けているばかりだ。彼が、本気でかごめの心配をしているのは、少なからず雰囲気だけでひしひしと伝わってくるからだ。
流石に、そんな人間に茶々を入れる程、彼も幼稚ではない。

代わりに弥勒が毒舌なのは、一応誰よりも疲れきっているであろう青年への気持ちだけでもの配慮だったりもする。
狙い通り、軽口を叩ける程度のやりとりの為、彼も少しは気休めになっているらしい。

だが、彼等とて、手助けし続けてやりたいのはやまやまだが、一応は社会人をやっている身。

昼頃になると皆一斉に、各々が働いている場所へと行ってしまう。

だから実質、犬夜叉はその昼間足りない人手を補う為に、一日二十四時間の全ての時間を費やして作業をしている訳だ。しかも捜し人の生い立ちの事もあり、なるべく隠密裏に行動をが第一で、目立った聞き込みは出来ない。

出来るのはせいぜい、疑われない程度の軽い聞き込みと、彼女の性格、無くなっている持ち物と、彼女の行動範囲で何処にいるかを割り出すくらいしか出来ない。

しかも地道な地図との睨めっこ。

いくらなんでもノイローゼにならない方が可笑しい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・どうした?」

彼が突然、地図を見るのを止め、黙り込んだのを不思議に思い、弥勒が尋ねた。

すると彼は、暫く間を空けて、彼・・・厳密に云えば、もしかしたら自分自身も含まれるかも知れないが・・・に、尋ねた。

えらく、自信の無さそうな声で。

「なぁ・・・俺も、お前らも、かごめが必要だって云ったよな?云ったから、こうやって捜してるんだし・・・でもよ。
 そのかごめは・・・・此処に戻りたい・・・・・って、思ってると思うか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・!」

弥勒と鋼牙は、同時にはっとしたような顔になり・・・・顔を見合わせると、深い溜息を一つ、吐き出した。

「犬夜叉・・・・お前なぁ・・・・」

「「いつからそんな気弱に成り下がっちまったんだっ?!いつもの自信は何処持ってった!」」

同時に怒鳴った二人に動じる事さえせず、彼は気弱に微笑した。

「・・・・・さぁな。かごめが一緒に持ってっちまったんじゃねぇか?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・駄目だ・・・・・。

流石に、一応頑丈が取り得と云われる彼も、寝不足が堪えたらしく、彼のキャラ自体が変わっている。
これは無理にでも寝かせないと、このまま本当に人格崩壊でもするんじゃなかろうか・・・・?

そんな、途方もない不安が、彼等の頭を過ぎり・・・・・弥勒の手刀で彼を昏倒させると、鋼牙はその辺に彼を転がした。
・・・・・せめてもの親切程度に枕をやって。





彼等は、一応の作業にかたを付けると、珊瑚に犬夜叉の世話を任せ、各々の仕事場に出かけて行った。








珊瑚は、一応二人の姿が見えなくなるまで彼等を目で追っていたが、暫くすると犬夜叉を、割とぞんざいにひっぱってソファに寝かせると、その辺に散らばった地図だのなんだのを片付けて、ふと、彼に目をやり、苦笑した。

(ちょっと前までなら、こんなに普通にコイツの家、行き来するなんて考えもつかなかった)

彼と初めて会った時と、少し前までの彼の印象は全く一緒。

とっつき難くて、誰も信用しようとはしない、ひねくれもの。

犬夜叉が本当は素直で、律儀な性格だなんて、少し前までは考えもつかなかった。
それどころか、寧ろ初対面の時の印象が激しすぎて、知りたくも無いとさえ思っていたくらいだ。

どれもこれも、全てにおいて、見方が変わってしまったのは、本当につい最近の事。

最近まで、自分はおろか、弥勒も鋼牙も、管理人である楓さえ、快く思っていないとまでは行かなくても、あまり関わらないようにしていたくらいだ。彼が人に関わられるのを嫌っているというのを、何となく理解していたからなのだろう。

だが、今・・・・特に、かごめを捜すと決めた時からの、彼等はどうだろう。

急場しのぎで作られたメンバーだから、もう少しギスギスした雰囲気で作業しているのかと思えば全く反対で、互いに少しは気を遣おうとしている態度が見え隠れしていたりもする。

(全部・・・・変わっちゃったんだね。かごめちゃんが来てから、ずっと・・・・・)

犬夜叉にまつわる人間関係が一気に変わってしまったのは、少なからずかごめの影響。

他者を思い遣り、自分の身が狭いながらも、人に劣等感を感じさせない、不思議な少女。
見てて面白いくらい、周りに居る人間を変化させてゆくのだ。そして、周りと共に、自分も。

だから、見てて飽きない。傍に居て欲しい。

それは、犬夜叉だけのようで、実は全員の願いでもあった。

「かごめちゃんが来て、あんた、随分と角が取れちゃったね」

ぽつりと、珊瑚は独り言を洩らした。

「・・・・そーだな。」

「・・・なぁーんだ。起きてたんだ。」

肩を竦め、冗談げに笑うと珊瑚はそのまま、朝食を乗せていた皿を、トレイの中にしまい始め・・・
思い出したように、呟いた。

「よく、言うだろ?詰まってしまった時は、初心に帰れ。って」

「初心・・・・?」

「・・・あんたにとって・・・かごめちゃんにとって『初心』の場所。まさか忘れた訳じゃないだろ?」

「・・・・・・・・・!・・・あの山・・・・・・?」

不審げに呟く彼に、珊瑚は再び肩を竦めて見せた。

「あたしに訊いたって知らないよ。何処にあるのかは、あんたしか知らないんだからさ」

彼女の言葉が終らないうちに、犬夜叉はかごめに預けていた筈の財布を手に取ると、勢い良く立ち上がった。

そして、玄関に向かう・・・・前に。

「ヒントくれたのには礼言うけど・・・もうちょっと早く言えよな。そーゆー事はよ」

「・・・・本当はあんたが思いつかなきゃいけない事、わざわざあたしが思い出してやったんだから素直に喜んでな」

すまして云う珊瑚に、犬夜叉は、微妙な・・・強いて云うならば、笑いを噛み殺す顔と、不審げな顔が混ざった表情で・・・彼女を見、一言吐き捨てるように言い残すと、駅に走った。


「・・・お前、本っ当弥勒に似てきたよな。『いい性格』が」

と。


「余計なお世話だよっ」

と、頬を少し染めて返してやったのは、彼の足音が完全に消えた時だった・・・・


                                                     【続】

うーん・・・連載始めてからずっと暗い話ばっかり書いてたから、明るいお話書きたいなあなんて思いつつ書いたモノ。
犬夜叉が自信なさげに微笑みながら弱音吐く・・・って、何かキャラ壊れすぎだよね(笑)。
とりあえず、何だかんだ云ってても、犬夜叉は皆を信用しているっていうのを書きたかったのですた。
てかこれ書きつつ、弥勒様と鋼牙君ってタッグ組んだら結構いいコンビになりそう、と思った。

勿論犬夜叉からかうコンビ(大笑)。でも犬夜叉は大迷惑だろーよ・・・・・。