第十六話 大切な言葉。〜かごめSIDE〜
「また・・・・・・・繰り返し だね」
初めて犬夜叉に逢った場所・・・・山の最奥の、たった一つの広葉樹。
そこで、かごめは自嘲気味に、腕の中で寒さに震える野兎の背中を撫でた。
それは以前、かごめを慰めに・・・か、どうかは知れないが、ともかく彼女に寄ってきた兎。
「こんな所、戻りたくなかったのに・・・気が付いたらね、犬夜叉の家以外、私の居場所なんて無かったんだ」
まるで、兎に言い聞かすよう、かごめはゆっくりと喋った。
「そう・・・こんな所・・・・・・・・・・・・戻りたく、無かった・・・・・・」
唇を、白くなるまで噛み締め、かごめはそのまま声も上げずに、兎のふわふわした体に雫を落とした。びっくりしたように、身を強張らせる兎。かごめはそれに気付くと、涙を拭って、兎に落ちた雫も拭き取ってやった。
びっくりはしたようだが、兎はいまだ、かごめの元を離れたがらない。
「でも・・・でもね?もう、戻る場所、無いの・・・・。私、犬夜叉に邪魔って思われてるみたいだから・・・」
彼に直接聞いた訳じゃない。でも、何となく納得してしまった。
居候とはいえ、彼女が出来る事なんて、家事だけ。出稼ぎなんて到底出来ない。
耳を誰かに見られたらそれこそ、バイトどころではない。それどころか、犬夜叉達とも一緒に居られなくなる。
それを危惧して・・・犬夜叉は、彼女に人前に出る事をなるべく避けるようにしてくれた。
彼の同意もあったけれど、それでも迷惑を掛けている事に、変わりはない。
(此処に居たら―――何時かは見付かる・・・・かな?)
彼に、ではない。
彼女の元、住んでいた場所の主に。
思い出したくも無かった、忌まわしい己の、名ばかりの『保護者』に。
(厭・・・・・・)
どうして、思い出してしまったんだろう・・・・?
思い出さなければ――どうにかなったという訳でもないけれど、気休めを考える余裕くらい、出来た筈なのに・・・
かごめは、フードの端を握って身震いした。
(何時の間にか、癖になっちゃった・・・・)
自分の為にと、色々考えて作ってくれたであろうフード。その製作者である珊瑚の顔が脳裏を掠めた。
(ごめんね・・・珊瑚ちゃん・・・・心配、掛けちゃって・・・・・・・・・)
珊瑚だけではない。
弥勒に鋼牙に七宝に楓に・・・・・――――――――
(でも、仕方ないじゃない。もし犬夜叉が私を邪魔だって思って無くても、
私が傍に居ればきっと犬夜叉には『彼女』って呼べる人は出来ないから・・・)
色恋に関して、かごめは余りにも知識がない。
だが自分の色恋はともかく、他人のものは、己の能力故、判ってしまう。
だからかごめは知っている。犬夜叉は、今はどうであれ、最後に恋したのが『桔梗』という女性で、今はもう、そんな感情、誰にも抱いていないという事を。自分が傍に居れば尚更そうだ。
あの律儀な青年の事。
絶対に気にするなと云おうが、自分を傍に置いているという理由で、付き合う人を作らなさそうだ。
直感とか、そんな曖昧なものなんかではなく、これは確信だった。
それに・・・・・・・・・・・・
(こんな事・・・いつまで続けられるか・・・・・判んないじゃない・・・・・・)
恐らく、彼本人に、いつまでこの『居候ごっこ』を続けるつもりかと問うても答えは一緒なのだろう。
『そんなの、判らない』と。
・・・・そう。判らない。自分も、彼も。
一体いつまでこの生活が続けられたであろう。
一体いつまで『主』から逃げられたであろう。
一体いつまで・・・・・・・・―――――――
考えたらキリがない。そんな事、判っている。
この心地のいい関係も、いつかは切れ目が来る。
ここで自分が出て行こうと、いつか必ずこうなる筈だったというものが少し早まっただけに過ぎない。
・・・否、寧ろ情の移りきっていない今、別離を決意するからこそ後々辛くなくて済むのではないだろうか・・・?
――それが・・・・かごめが一晩、考えて考えて、考え抜いた上での結論だった。
ただ、気掛かりなのは、自分は散々世話になっておきながら、そのまま逃げるように此処まで来てしまった事。
恩の一つも返せずに、そのまま置手紙もよこさずに中途半端に別れてしまった事。
兎が小さく、くしゃみをして、かごめの身体に擦り寄ってきた。
かごめはその小さい身体が、外気の寒さに触れないように、そっと包み込んでやった。
「・・・あんた、そんなに人間に懐いてたらいつか殺されちゃうわよ・・・?」
もっとも、私もヒトの事言える立場じゃないし、半分獣なんだけどね・・・・
そう、口の中で付け足して、苦笑を零した。
「あんたも・・・・・・・・私と一緒?」
人間の社会にも馴染めないけれど・・・・獣の社会にはもっと馴染めない、逸脱してしまった異種・・・・
「あんたの毛並み・・・・・何だか他の子と違うものね・・・。」
(あんたも、独りぼっち・・・・・・?)
兎の頭を撫でながら、ずっとずっと、話していた。
話さないと、気が狂いそう。空の寒さに参ってしまいそう・・・・・
ポツ・・・・・・ポツ・・ポツ・・・・・・
「・・・・・・雨・・・・・・・」
(たった、二ヶ月くらい前に犬夜叉に逢ったの。此処で。今と同じシュチュエーションで・・・)
「でも・・・・・・・・今回は逆ね」
パーコートのフードを被ると、かごめは庇うように兎の頭の上に手をかざして、雨除けを作った。
そして、膝の上でうとうとしかけている生き物に、また声を掛けた。
「あたし・・・・こんな所で何してんだろうね・・・?誰を、待ってるんだろうね・・・・?」
死?『主』?それとも犬夜叉・・・・・・?
「もう・・・・・どうでもいっか・・・・・」
突然、遠退く意識に身を任せ、かごめはそのまま、誘われるままに眠りの淵へと入っていった。
それは果たして永遠なのか、一時なのか・・・・?
それはもう、本人にさえ判らない事だ。と、同時に、どうでもいい事なのだ・・・―――
【続】
あわあわ・・・・・何か死んじゃいそーな勢いですわ・・・(だから人事みたく云うなって)。
大分かごめちゃんの記憶は戻ってます。思い出したくないだけで、思い出そうと思えば思い出せるんだけどね。
っつーか犬夜叉!あんた早く助けに行かないとかごめちゃん死んじゃうじゃないっ!(汗)
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