第十五話 大切な言葉。〜犬夜叉SIDE〜







「かごめちゃんは、あんたの所持物じゃない。そんな中途半端な気持ちのあんたを、あの子の所へは行かせない」




「な・・・・・」



冷たく言い放つ珊瑚に、犬夜叉は耳を疑った。
同時に処置し切れない、八つ当たりにも近い感情を・・・彼自身、ぶつけても仕方が無いのは判っていたが、彼女にぶつけた。


「今はそれどころじゃねぇっ!何か知ってるなら教えろ!」

「厭だっつってんでしょっ?!」


本当なら、今の様な珊瑚に歯向かうのは何よりもの自殺行為なのは承知だったが、犬夜叉だって焦っていた。
何か知っているであろう人物を、そうそう取り逃がす訳にもいかない・・・・。

それに、だったらいいと勘だけで捜しに行こうにも、彼女の雰囲気からしてそれは全力で阻止してくるつもりだろう。
彼女というヒトは、そんな気性なのだ。

「・・・夜中に玄関先で喧嘩してたら・・・普通なら苦情が出ますよ」

夜中に・・・を言う割に寝起きとは到底思えない程はっきりとした声が、青年の背後から降りかかった。
犬夜叉と珊瑚は同時に、その人物を見た。

・・・・が、犬夜叉の方は振り向き様に噛み付くように怒鳴る。

「五月蝿ぇ!こっちは緊急事態なんだよっ!んなもん構ってられっか!」

「八つ当たりも大概にしないか。怒鳴ってたってかごめ様は戻って来んぞ」

「っ!お前 知って・・・・・」

「あれだけ大声で怒鳴りあっていたら幾らなんでも聞こえます。・・・っていうか盗み聞きしてただけですがね」

さらりと云ってしまう彼に、犬夜叉のような余裕のない焦りは存在しなかった。
弥勒は別に何の感情もないような顔のまま、彼を見つめる。
それが気に障ったように、彼は舌打ちを一つして、側面であるベランダから外の天気を窺った。

(もし・・・・外に居るなら早く見つけねぇとまた風邪引いちまう・・・・)

それが余計に彼の思考を焦らせた。
もう構っていられないと思ったか、犬夜叉は一瞬後ろに身を引くと、一瞬だけ隙を見せた珊瑚の横をすり抜けようとして・・・

「おい犬っころ!てめぇこんな真夜中にかごめを外へ出すたぁ 覚悟は出来てんだろーなぁっ?!」

という彼曰く、『胸くその悪い』マンションの住人約一名の、叫びにも近い怒鳴り声に、タイミングを見失った。

どうやらこいつも弥勒同様、盗み聞きしていた口らしい。
話に加わる気がさらさら無かったのだが、己の愛しい女の一大事と聞くや否や、こうしてはいられないと急いで出てきたという訳だ。だがともかく、好敵手に当る彼が自分の声の所為でタイミングを失って困ったかどうかなどと、そんな事は知ったこっちゃないとでも云わんような勢いで彼は更に叫ぶ。

「かごめ・・・あんなに可愛いんだ・・下手したらどっかの中年助平親父か何かに捕まってんじゃ・・・
あいつ相当天然ボケだし・・・くそっ!こんな事なら最初から無理にでもうちに来させときゃ良かったぜ・・・!これだから犬っころは頼りなくってしょうがねぇってんだ。情けねぇったらねーぜっ」

ぴきっ・・・・・

「五月蝿ぇっ!痩せ狼に云われる筋合いなんて無ぇんだよっ!こっちの家の問題なんでぇっ!」

「大ありだ莫迦野郎っ!俺のかごめがどっか行っちまったなんて聞き逃せるかっっ!!!」

「どさくさに紛れて自分の物扱いすんじゃねぇよ!かごめは俺のっ・・・・!」

「・・・・・・・・・・俺の、何だよ?」

言い合っていたその場が、突如として沈黙の波に打たれ、静まり返ってしまった。
周りも・・・恐らく自分自身も、今からするであろう彼の発言に、期待さえこもった様な目で見守った。


その沈黙と、視線に一番に耐え切れなくなったのは、やはり彼本人であって・・・・


「あ゛ーもう!んなこたぁいいからさっさとかごめの居場所・・・・・」

「・・・・七宝が、起きてしまったんじゃが・・・・・・」

「「「「「え゛。」」」」」

その起きてしまった孫を抱えて、いかにも機嫌が悪そうに不平を訴えてきたのは、マンション管理人である楓。
流石に防音云々以前に、玄関前での抗争は近所迷惑だっただろうと、その場の全員は平謝りしてその場を鎮めた。

・・・ただし、未だに意地を張って赤くなった顔を必死で逸らす青年と、それを冷やかす約一名だけは謝るどころではなかったが。




――――――――――――――・・・。

「・・・まぁ、何ですね」

一応、その場を力ずくで完全に鎮めたその後、弥勒はさっきまでの(不良)顔を物ともせぬ穏便な表情で、その騒ぎの大元であった青年を指差すと、こう提案した。

「ここで何時までも議論する訳にも行かないでしょうし、ここはひとまずコイツの部屋で落ち着いて話し合う、という事で」

たった四人だったが満場一致で、彼等はどやどやと倒れて伸びている約二名を引きずりつつ彼の部屋に入っていった。

勿論、彼には拒否権というものは存在しない。
何せ異論を唱えるどころか、目を回して意識さえなくなっているのだから・・・・・



























「・・・・・で、さっきはよく聞いてなかったけど、どうしてかごめちゃん、出て行っちゃったの?」

珊瑚が、勝手に淹れた緑茶を弥勒に渡しつつ、彼にさっきとは打って変わって冷静な面持ちで云った。
恐らく、勝手にヒートしていった犬夜叉と鋼牙を見ているうちに自分の方が冷静になってしまったんだろうけれど。

「そうじゃそうじゃっ!かごめに何か酷い事したんじゃろっ!」

「・・・・・・・してねぇよ。何も心当たり無ぇから困ってんだろ」

珊瑚に同調して挙句、犬夜叉の八つ当たりの対象とされた七宝は、頭に出来た大きなタンコブを押えつつ、涙目で彼に不平を飛ばしていたが完璧に無視され、弥勒に差し出された煎餅をヤケ気味にかじった。

その間にも、真面目な会話は続く。

「だが何か無い限り、あの方は絶対人に迷惑を掛けると判るような事は決してしない筈だ」

「そうだぜ・・・。お前が何かしてなきゃ、かごめはこんな事・・・・」

(んなこたぁ 判ってる・・・・・・)

でも、心当たりは無い。そう云いかけて、一つだけ思い当たった 真柚の存在。

そうだ。

もし、自分が原因でないのならば、他に考えられるとすれば何かをかごめに吹き込んだであろう真柚の存在だけ。
犬夜叉の表情が少し変わった事に気付き、楓が問うた。

「何か心当たりがあるようじゃの」

「・・・・・・・ある、っていうか・・・俺の知り合いが、かごめに何か吹き込んだ感じは・・・」

「・・・きっと、その知り合いとやらは人間の心の闇をつくのが上手いようじゃな。
恐らくかごめの最も畏れる所・・・お前に嫌われただとか何だとかを云って、自信を崩されたんじゃろうな・・・」


楓の推測を聞き、後ろの方で何てヤツだ・・・と鋼牙が歯噛みした。


「まぁ何であれ、これで原因ははっきりした。じゃぁ次に、一番大事な問題だ。」

云って弥勒は鋼牙と、七宝、楓を見回した。

「貴方方に、かごめ様が必要だという理由はありますか?」

「当たり前だ!かごめは俺の女なんだからなっ!そうじゃなくてもあいつは俺の恩人だ!」

「おらも・・・おらも必要じゃ!かごめはいっつもおらに優しくしてくれた。かごめが苦しむのは厭じゃっ」

「わしも、同じくな。かごめには色々世話になったからの。
もし・・・犬夜叉の元に戻りたくないと云っても、やはり行く当てが無いというならうちに来て欲しいわい」

「なっ・・・・」

「はいはい。仮定の話にいちいち熱くなるんじゃありません」

鋼牙、七宝、楓の順にそれぞれ述べた答えを聞き、弥勒は納得したように頷き・・・今度は珊瑚に向き直った。
視線に気付き、問われる前に珊瑚はきっぱり答える。

「楓様と一緒。犬夜叉のトコに戻りたくなくても、そのまま何処かに行かれるくらいなら私が一緒に暮らす」

「・・・そう、ですか。私も同じく。かごめ様が居なくては寂しくてしょうがないです」

弥勒が自分の意見を述べ、そして最後に、犬夜叉に向き直った。

「お前はどうです?何故、かごめ様が必要なんだ?そしてかごめ様をどう思っている?」

「俺・・・は・・・」

答えは勿論、決まっている。


「かごめに帰って来て欲しい。かごめをペットか何かだとはもう・・・思えねぇ。
だからって、じゃあ何かって云われても良く判んねぇ。でも俺にはかごめが必要だ。」

「・・・・上出来」

弥勒は薄く笑い、拍手を送った。

「・・・・・・何か俺の時だけ質問のツッコミが鋭くならなかったか?」
「気のせいだ」

犬夜叉のツッコミに素早く答え、緑茶を啜ると咳払いをして、全員を見回した。

「さて・・・ここまで来たんですから、もう皆さん部外者ではありませんよ?でもまぁ、今は深夜です。
楓様と七宝は明日から参加して頂くとして、可能ならば私と犬夜叉、鋼牙は今からでもかごめ様を捜したい」

「・・・あたしは?」

ひとり何も言われなかった珊瑚は不満そうに自分を指し、弥勒に問い掛けた、が・・・
彼はにっこりと、人のよさそうな笑みを浮かべて珊瑚の両手をゆっくりと自分の両手で包み込んだ。

「手伝ってくれても構いませんよ。しかし珊瑚、お前だっておなごなんだ。夜更かしは美容に良くないだろう?」

誠実そうなものはあるが、その彼の態度は既に口説きのそれである。
少し頬を赤らめて「大丈夫っ」と答えているその男女を傍観する鋼牙は

「けっ・・・かごめが今大変だってのにいい気なもんだぜ」

と、聞き方によっては羨ましがっているような口ぶりで毒づいた。


だが犬夜叉は、そんなちょっとした微笑ましい出来事などには全く気付く様子は無く、窓の外で降り続ける雨をずっと見続けていた。
それは、何処に居るかも判らぬ少女を見つけようとするようにも、自分自身に腹立たしく思っているようにも取れる目だった。


(かごめ・・・・・なんで、俺に黙る・・・・・?)


その答えを返せる筈の少女は、居ない・・・・・・
―――――


                                               【続】

何か・・・・例のキリ番の話の影響か、かなりギャグチック・・・・(汗)
でもシリアスなのよ 多分・・・(根拠は何処だ)。あああ・・ってか何かごめちゃんの一大事にいちゃついてる弥勒様・・・
そして犬夜叉、今回のことでまだ気付いてないようですが・・・まあその辺のツッコミはかごめちゃんがやるから今は・・・