第十話 キスの代償 【後編】







お前とかごめ様は簡単な理由で一緒に居る。

だから他人がかごめ様の全てを受け入れて、それでもかごめ様が欲しいと・・・かごめ様もその相手を愛していると云えば、

お前は否応なしにかごめ様を手放さなければならない。

その時、お前は何の未練もなくかごめ様を手放す事が出来るか・・・?
























そんな、先ほどの青年の言葉が、犬夜叉の頭の中を反芻していた。
意味も無く、急からしい気分になり、落ち着かなかった。何より・・・気になる。



犬夜叉はさっきから、帰って来て一言も話をしなかった少女の後ろ姿を意味も無く眺めていた。

(かごめ・・・何、されたんだ・・・・・?)

彼の頭にあるのは、それだけだった。
ただ、それを訊きたくて、訊けない。

もし訊けば、このいい加減な落ち着けない想いを消す事が出来るのに・・・そうしない。
(拒むか拒まないか・・・決めるのは、かごめだろ・・・?)

此処を出て行くのも、どんな言葉を自分に掛けて来るかも全ては彼女が全て決める事。
だからこそ、怖いのだ。

いつか本当に出て行くと云いだした時、彼に止める権利なんて無いから。

結論を、彼女の口から訊くのが怖いから。



「・・・・・・・・・・・・・犬夜叉」


かごめが、意味もなくぼんやりと観ていたテレビの電源を切って、犬夜叉の横にちょこん、と座った。
訳も無く、動揺して早くなっていく犬夜叉の鼓動。
「な・・・んだよ・・・・」

「・・・犬夜叉、厭な事があった?」


どきっ・・・・・・・


「なっ・・・・何にも無ぇよ。何だよ突然・・・・・」

明らかに動揺しているのが丸分かりだったが、今の彼にはこれしか思い浮かばなかった。

「嘘吐き。」

あっさりと返され、犬夜叉は一瞬、言葉に詰まる。その隙に、かごめは一気に捲くし立てた。

「前も云ったでしょ?何でも1人で抱え込まないでって。私、出て行けって云われても出て行く覚悟は出来て・・・」
「ちっ・・・違うっ!何でお前そーやって出て行きたがってるみたいに云うんだよっ!」

思わず僅かに本音が出て、顔を顰める犬夜叉。

部屋が一気に静寂の波に呑まれた。


「や・・鋼牙の野郎に、何かされなかったか・・・?」

意を決して、犬夜叉は問い出した。

「鋼牙君に何かって・・・?」

きょとんと、かごめはいまいち意味が掴めていなさそうな顔で首を傾げた。
そして思い当たる事を思い出し、口をついた。

「・・おでこに口つけられた事?」

「な゛・・・」

思いの外、さらりと爆弾発言されて犬夜叉は硬直した。
と、同時に(キスも知らねーのかよコイツはっ!!)と、彼女自身の鈍さにも腹が立った。
これならば部外者であろう弥勒が色恋に疎い事を、単なる世間知らずで片付けて放っておくのは問題だと云う筈だ。

そしてそれは、内部者である犬夜叉には尚更思える事・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・犬夜叉?」

悪意の無い顔が、心配そうに犬夜叉の顔を覗き込む。

それが自分を追い込んでいる事になるのを、かごめは知らない。


「・・
――――か・・・?」

犬夜叉は小さく、口の中で呟いた。

「え?・・・・なぁに?」

―――――っ・・・!









この状態を、守っていきた『かった』のに・・・・・


















どさっ・・・・。

「きゃっ?!」

突然、強い力で引っ張られ、かごめの体が反転して・・・気付けば、自分の上には、真剣な面差しの彼が居た。


「い・・・・ぬや・・しゃ・・・・・・・?」


思いつめた、悲しそうな瞳だと云うのに、獣のように鋭い光を宿す、・・・少なくとも、彼とかごめが会って、
初めて見せた眼に、かごめは背筋がぞっとした。

ゆっくり、犬夜叉が口を開いた。

「教えて、やろうか?鋼牙の野郎のなんかじゃなくて、本物のキス・・・」

「・・キス?本物、って・・・・?」

彼の予想通り、よく判らず、好奇心の疼いているような表情で、かごめは問い返した。
相変わらず何も知らないかごめに今、自分が何を云って、何をしようとしているかを思い、犬夜叉は自嘲した。


(汚すか?何も知らないのをいい事に・・・何にも分かってないようなヤツを・・・・・・)


今、犬夜叉の中にあるのは罪悪感と、拒絶の畏れ。

間違っても、かごめを欲求不満だとか、そんな物で手を出そうなどとは、この律儀な青年は微塵も思っていなかった。
ただ、自分がかごめに抱く想いの正体を知りたいと願う気持ちと、確かめて、今の関係が崩れ落ちる事に対する不安。

そして最悪、愛想を尽かれて出て行かれても、留める理由を持っていない自分への焦り。

こんな事をしたって、どうにかなる、というものでもないのは、頭では解っていた。

(かごめが居なくなるのは、厭だ。でも、俺はかごめの事をどう思っている・・・・?)

・・・堂々巡りだ。


「犬夜叉・・・・・」

先程から押し黙っていた犬夜叉に、かごめは恐る恐る、声を掛けた。途端に痙攣する、彼の体。

「大丈夫・・・?何処か悪いの・・・?何で淋しいの・・・・?」

遠慮がちに問うかごめは、今自分が何をされそうなのかまるで分かっていないようだ。
安堵半分、脱力半分で、かえってその言葉で緊張の糸がふつりと切れたように思った。

同時に、何故淋しいかと問われた事に、心を見透かされていたようで、無意識の内に動揺していた。

「何でもねぇ・・・。」

云って、彼は早々に体を起こした。
自分でしておいて何だが、衝動とはいえ先刻、自分がかごめに対してした行動が冷静になった今、無性に恥ずかしくなったのだ。


そして既に何事も無かったかのようにけろっとしているかごめに視線を馳せた。


「か・・・かごめ・・・」

決まり悪そうに、半分だけ顔をかごめに向け、視線は合わさずに云った。

「お前、前から思ってたけど・・・どーしてそう確定した言い方で何で淋しいかって訊くんだ?」

「・・・でも、間違ってないでしょ?」

あっさり返され、逆に狼狽する犬夜叉。

「そっ・・・そりゃ、間違っちゃいねぇけどっ・・・・・」

「・・・・・。・・・私の口から、理由は云わない。だから・・・」

いつか、自分から気付いてね。

その言葉は心の中でだけ呟いて・・・彼には黙っておく事にした。

不思議そうにこちらを見る犬夜叉に楽しそうに微笑むと、かごめは嬉しそうに彼に抱きついた。


今は、これだけで十分幸せだから・・・。


答えは出させないで、ね?


また面白いくらい、狼狽する彼に、かごめは心の中で、そう言った・・・。


                                                  【続】

・・・久々に書いたわー。この話・・・・。とりあえず、これでやりたかったのは、

「教えて、やろうか?鋼牙の野郎のなんかじゃなくて、本物のキス・・・」

と云うのを犬夜叉に言わせてみたかっただけです(笑)。余裕ある男の人って好きだなv
それにしても犬夜叉にキスって単語を言わせるのに妙な違和感があったのはやっぱ・・・ねぇ?(何)
でも当初は最終回になっても告らせるつもりはないんで(ネタバレ)こう云う行動はタブーになるんじゃとやらせないつもりでした。
てか犬夜叉に欲求不満なんて無いよー。今んトコ。
そして守っていきた『かった』とか勝手に過去形にせんで下さい。守っていかしますから(笑)!