番外之一
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下克上サバイバル |
「はあ・・・・・」 ここ最近では一番大きなため息を落とした、世間で義賊と呼ばれる“闘牙”を仕切る頭領である犬夜叉。 の、横でそんな彼を気遣わしげな視線で見つめる少女の名はかごめ。 二日前の夜から、この“闘牙”の頭領の女房として少年と共にしている巫女姫だ。 名目上では、かごめは賊も連れ去られた憐れなこの国の第2番姫君ということになっているが、それは城の者たちにしか知られていない。少女の父母、この国の城主と奥方がかたく口止めしているお蔭で、噂や疑惑も飛ぶことなく、城下の仮住まいにそのままいることが出来ている。城主たちの方が自分らよりも一枚上手であってくれたお蔭とも言える。 そんな犬夜叉とかごめだが、百を越す部下たちへの連絡では昨夜のうちで済ませる筈だったかごめの紹介はをしたのは、今しがただったのだ。大体、何かの報告や伝達事項は夜中のうちに行われるので今夜行うというのは道理だが、それが何故一日遅れかというと、単純な話、かごめが起き上がれなく(笑)なったからである。 理由はと野暮なことは訊くまでもない。分からない方が幸せということもあるが、生憎と聡い少年の片腕的存在の二人はすぐさま悟ってしまい、片方は犬夜叉をからかいまくり、もう片方は非常に複雑な心境だった。 そして追記しておこう。 かごめの紹介をし終えた犬夜叉の今の心境を。 (紹介しなきゃよかった・・・・) 犬夜叉が太鼓判を押すまでもなく、かごめは姉共々“この国の至宝”という別称で呼ばれ、慕われる程に愛らしい少女だったわけで。女と言えば売女や下町の活発な看板娘、というように、基本的にすぐ傍にいつも女の影があるような生活とは無縁の“闘牙”の数少ない癒し系少女が増えたことに色めき立ってしまった、ということである。 無論、かごめの身の上が国そのものの至宝である巫女姫ということも、自分たちの頭領の想い人であるということも、彼らは少なからず知っている。弥勒曰く、「自覚はなかったらしいが犬夜叉の姫様を語る口調は明らかに惚気のそれだ」。 本気でキレたときの犬夜叉の、悪鬼のような気迫と強さは誰もの知っているところで、そんな少年の目を盗んで少女と二人きり、などと考える命“要らず”の輩はいない。 ただ、見る文に見目麗しい存在がやってきたものだと単純に喜んだだけだったのだ。約一名を除いては。 『宣戦布告しといてやらあ。おれはかごめが気に入ったからぜってぇお前から奪ってやるよ』 などとのたまい、場を騒然とさせた、“闘牙”の中でも珍しい純の妖怪(とはいえ、純の妖怪よりも更に珍しい半妖が頭領をやっているのが闘牙である)の、鋼牙。 元々、前の代にあたる頃から、犬夜叉の父である“闘牙王”の臣下になっていた妖狼族の倅である鋼牙は、闘牙王が“ある目的”からこの闘牙という組織を作り、そこの頭領を犬夜叉に据えさせた頃からの付き合いで、何十年もの腐れ縁でここまで来たが、その当時から「何でこんな犬っころと、やせ狼と」といがみ合っていた。特に鋼牙の心情は犬夜叉の比ではない。 不承不承とはいえ、犬夜叉は曲がりなりにも闘牙の頭領。命令されると鋼牙には拒否する権利はないのだ。自尊心の高い鋼牙には屈辱でしかなかった。 文字通り、犬猿の仲というか水と油のような仲というか。 それでも、殺し合いにまで発展しなかったのは、鋼牙と同族のとりまきや犬夜叉の目付け役(とは言うが危なくなるとすぐに逃げ出す逃げ出す蚤爺だが)の説得は勿論、互いに実力を知っていて、本気でやりあえばどれ程の被害が出るか分かっていたからに他ならない。 その上、今・・・正確には、十一年前から犬夜叉の気性が少なからず丸くなり、今の、特にここ半月に至っては、棘という棘が全て抜け落ちたかのように甘い(注釈:かごめに対してのみである)犬夜叉は、どうにかその場で 「おっしゃ乗ったらぁ!」 と言い返して乱闘騒ぎになるのだけは止めることができたが、代わりに多大な疲労感を背負うことになってしまったという訳だ。 鋼牙がどれだけかごめに甘言を囁きかけようとも、それくらいでころりとそちらに傾くほどかごめの芯が弱いなどとは微塵も思っていなかったし、自惚れでもなくかごめが自分を好いてくれているのがそんな軽いものとは考えられなかったのだ。 それでも苛々とするのは、単に長い間求めていた存在をようやくこの手にできた所に入った新たな横槍が疎ましかっただけだ。 「犬夜叉・・・・」 自分が難しい表情で考え込んでいたせいで不安げにくいと犬夜叉の衣の裾を引っ張るかごめにふと視線を向ける。 少し照れくさい言い方をするならば、ようやく手に入った幸せだ。誰にも渡したくなかった。 「大丈夫だ。お前があのヤローの甘言に引っ掛るほどの尻軽じゃない限りはな」 わざと茶化して言うと、かごめはぷうと頬を膨らませた。 「なあに?それ。わたしに対する挑戦?」 「いーや、抑圧」 半妖として生まれた少年の、一生負い続けなくてはならない劣等感。 人にも妖にもなれないと幼い頃、顔も名も覚えていない者に詰【なじ】られ、無抵抗だった昔の古傷は、飄々と振舞うことで他人に暴かれることのなくなった心の奥底を今でも蝕んでいた。 恐らく、今のままでは一生消えない。彼が、半妖であることを“捨てない限り”。 (いつか見限られることを怖がっているなんて、死んでも云えるか) それは、曲がりなりにも闘牙という一組織を纏めた少年の意地でもあり、惚れた女に弱みを見せたくないという男としてのプライドでもあった。 笑顔のまま、冷たい感情を内面で噛み殺す。 幸せは永久に続かないこと。 生きている限り、いつかは誰もが死ぬこと。 性格が幼い、などと人の年で18〜19の弥勒に笑われることもよくあるし、自覚もある。けれど、根本の深いところでは彼は誰よりも一番知っていた。だから、今までも不変は信じたことがなかった。きっと、今からもそう―――― 「また、そういう風に拒むのね」 「・・・・へ?」 突然云われた言葉に、犬夜叉は何のことか分からず首をかしげた。 言葉と同時に、かごめの手によって包まれた頬が首からかごめの方へ向けられ、否応なく視線が混ざり合う。 いつもなら、調子に乗ってそのまま自分から顔を寄せるだの、僅かに紫色を帯びる瞳を綺麗だと感じる余裕を持つことが出来るのに、この瞬間ばかりはどうもかごめと目を合わせるのが辛かった。 「私がすぐ分かるくらいだもん。弥勒様なんてきっともっと前から分かってるわ」 「・・・・・何の話だよ」 「誤魔化そうとしないで」 つま先立って、かごめはぐいと顔を犬夜叉に近寄らせた。 思わず引いてしまいそうになる顔は、少女の手に包まれたまま。 かごめはこのリアクションを予測していたのだろう。振り解くことを許さない強い力に抗う気力もなかった。 「私、犬夜叉と初めて逢ったのは子供の頃だけど、それでも今まで変わらず犬夜叉のこと信じてた。信じてる」 どくり、と心臓がざわつく。 目の下が急に熱を持ったことを感じたが、かごめに支えられるまでもなく、犬夜叉は視線を外すことが出来なかった。 「それなのに、犬夜叉は私のこと、心から信じてくれないもの。そんなの不公平だわ。私はこれからを一人で歩いていく為にあなたの手を取ったつもりはない。・・・・それとも、此処から先は一人で歩け、なんて言う薄情者なの?犬夜叉は」 「ちが」 「でしょ?だったら――すぐに、とは言わない。全部、とも言わない。けど、まず、そうやって何でも自分の中で押さえて自然消滅するの待たないで?確かに私なんて役にも立たないけど、犬夜叉がどんなこと考えて、思ってるかとか知りたいし、一緒に考えられる。ね?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 暫く、言葉も出なかった。ここまで、犬夜叉の内心を察することが出来た者は全く居ないわけではないが、そのことごとくは黙って見守っていよう、という判断をしてくれていた。それはとても有難かったし、逆に寂しくもあった。 傷口を触れられないことは痛みにも繋がらないが、癒しにも繋がらない。 風化しつつあった気持ちを見事に晒された気分だった。けれど、決して嫌な気にはならない。 「犬夜叉?」 どうなの?と小首をかしげながらそのままの体勢でじっと犬夜叉の答えを待っているかごめに、少年は諸手をあげた。 「・・・負け。分かった、なるべくそうする」 「ありがと。嬉しいわ」 なるべくでもなんでもいい。 とにかくそれがきっかけに、少しでも少年の素顔を見られたら、とかごめは笑ってすとんと浮かせていた踵を地に着けた。 「えっと、そろそろいい?」 「「!!」」 突然横手からかかった声に犬夜叉もかごめも驚いて振り返った。犬夜叉にいたっては、何故こんな至近距離から声をかけられるまで存在に気付かなかったんだという驚きもあるが、それよりも更に大きな驚きがかごめを襲った。 「さ、んごちゃん・・・!?どうしてここに・・・!」 「あー・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 三者三様に視線が飛び交う。 かごめは久々に会った友人へ。犬夜叉は「そういえばかごめに珊瑚のことを言っていなかった」と明後日の方向へ。 珊瑚は「言い忘れてたな」という怒りをこめて犬夜叉へ。そんな、全く視線のまとまらないやりとりに終止符を打ったのはかごめだ。 「もう!どうして教えてくれなかったの!?犬夜叉の意地悪ッ!」 「いや、別に意地悪とかじゃなくて単に・・・・」 かごめ手に入れて浮かれついでについ忘れてましたでは相当間抜けである。 ――尤も、半分はすぐそれを言うと自分を差し置いてすぐにでもかごめは珊瑚に会いに行くだろうと予測がついたからわざと言わなかった、というのもあるが。どの道、かごめは昨日一日、用心の為に部屋に閉じこもりっぱなしだったし、珊瑚の方も忙しかったので、「丸一日かごめと一緒だ」などと便乗していた事実もあるので、犬夜叉に弁解の余地など存在しなかった。 「浮かれるのも大概にしなよ。私だって一昨日法師様に聞いてずっとかごめちゃんと会えるの楽しみにしてたのにさ」 どうやら思惑は完全にバレているらしい。 本気で憤慨している訳ではないがそれでも相当に呆れているであろうことがひしひしと伝わってきた。 「でもすごい吃驚した」 「はは・・・騙すつもりなかったんだけど、結果的にそうなっちゃったかな」 「ううん!・・・・・久しぶりっ珊瑚ちゃん!」 「うん、これからよろしくね、かごめちゃん!」 いきなり置いていかれた犬夜叉は、ただ呆然と成り行きを見つめているしかなかった。 そしてふと気付けばいつの間にか、珊瑚の部屋へ遊びに行くことが決まったらしく、 「行ってもいい?」 と聞いてくるかごめの嬉しそうな笑顔とにらめっこすることになる。 (卑怯だろ、それは) 個人的な話を抜きにしても、“闘牙”の頭領として、城の関係者にいつ見られるかも分からないのに店と併用している屋敷の中を無防備にうろつかれるのは万が一を考えると、真夜中とはいえ遠慮して欲しい。 が、かといって駄目と言えばこの笑顔は瞬時に泣き顔までは行かずとも消えるのは火を見るより明らかだ。 結論が出るのは、割と早かった。 「・・・なるべく早く戻って来いよ」 肩に羽織っていた藍染の布をかごめの頭にかぶせて言ってやると、ぱあ、と花が咲いたような表情で笑う。 「ありがとう、犬夜叉!」 ぱたぱたと去っていく気配を見送った直後、タイミングよくふっと後ろに気配が生まれた。 というより、二人が去るまで気配を隠して様子を見ていたのだろう。 もうつっこむ気も振り返る気も起こらず黙っていると、“それ”はしゃあしゃあと、「私は今さっき此処に来ました」とばかりの歩調で犬夜叉の少し後ろに立った。確認するまでもない。 「おや、どうしたんです?こんなところに一人で」 「弥勒。俺時々すげえお前のこと殴り飛ばしたくなるんだが」 「男前が台無しになるんで勘弁願います」 「・・・・本ッ当腹立つな、お前」 「八つ当たりは受け付けてません」 「・・・・・・」 自覚しているだけに、さすがの犬夜叉も黙ってしまった。 かごめを恋愛対象としての好敵手は鋼牙かもしれないが、日常的な好敵手はこの二人かもしれない、と思う犬夜叉だった。 【終】 親友の再会。恋人放置プレイ。とりあえず、頑張れ四面楚歌な犬(笑) (05.9.26) 戻 |