ただ一つの手向ける花











「なぁーんか。情緒不安定って、今みたいなことを云うのかな?」

頭に布団を被ったまま、かごめはふぅ、と溜息を零した。

それを聞いて驚いたのは、かごめには見覚えのない櫛で髪を梳いていた珊瑚だった。
彼女は振り向き様に、珍しいものを見たような、それでいてすごく母性本能の滲む表情でかごめを見た。

「どーしたの・・・っていうより、何かあったの?かごめちゃん?」

意味ありげな問い掛け方に、かごめは少しだけ首を傾げる。
それに気付き、珊瑚は単刀直入に言い直した。

「や・・・何か倦怠期に入った妻みたいな事言うもんだから犬夜叉に変な事されたのかなって・・・」

ずるっ。

「さっ・・・・・さささ珊瑚ちゃんっ?!」

「あははっ。冗談冗談。」

沸騰した茹蛸のように真っ赤になってしまったかごめに、珊瑚は図星でも突いたかなと思う反面、まさかここまで自分がさらりと『変な事された』などと口走れたなんて、と少し驚き一応笑って誤魔化した。





此処はとある家主の女性用の客間。
何時も通り、宿屋確保担当である法師の『屋敷の上に不吉な雲が・・・』の一言で、一晩の宿を恵んでもらったのだ。・・・ただし、この『何時も通り』には少し語弊がある。

何せ、本当に百足が化けて屋敷全体を取り巻くように憑いていたからだ。

そんなに強力な力も無かったのか、弥勒が札を貼ると断末魔のような叫びを残し、妖怪は消滅した。
しかし此処は前からそれには困っていたらしく家主は大層喜び、礼に一間だけと云わず、二部屋お貸ししますと申し出た。

じゃあちょうど男女二部屋で別れようと提案され、犬夜叉と七宝は元より異議は無く、だが法師だけは最後の最後まで女子二人だけは危険だとか、家主の企みだとか色々説いていたが、最後は意外とあっさり引いた。
ただし、一人いい目を見るなと七宝を引きずって行ったというおまけの微笑ましい出来事もあったのだが。

ちなみにその時、誰もそれを止めなかったのは、言い掛かりじゃ、おらはかごめと寝るんじゃ、という七宝の一言で犬夜叉までさりげなく一緒になって法師に賛成していたからだ。
かごめの事が絡むと最近の彼は大人気ないとか云う問題以前に『触らぬ神に祟りなし』と云わん様な勢いで、後で必ず羅刹の顔の犬夜叉を拝む羽目になってしまうので、ある意味かごめ並に逆らえない存在と化している。

ただ、犬夜叉とかごめの決定的に違う所は力ずくか、逆らいたくなくなる何かを持っているかだ。


・・・まあ、ともあれ、そんなこんなもあって、この部屋にはかごめと珊瑚の二人だけが居た。
早速布団に入って機嫌がいいと思われたかごめが発したのが、先のあれだったと云う訳だ。

「・・・で?正直な所、何かあってそう思うようになったんでしょ?」

珊瑚が、あっけらかんとした物言いでかごめに尋ねる。

「いや・・・何が、って特別何かあった訳でもないんだけど・・・最近の犬夜叉の態度がちょっと、ね」

諦めたように息を吐き出し、かごめは一つ一つ思い出すかのように、ゆっくりと話し始めた。

「何?あのベタ惚れっぷりに何か問題があるの?・・・あ、いい加減鬱陶しくなったとか?」

「ちっ・・・違っ・・・・・・・・・。
 ねぇ、珊瑚ちゃん。犬夜叉、最近ちゃんと態度で私の事大切だって示してくれて、すごく嬉しいの」

(なんだ。ノロケ話・・・・?)

珊瑚の視線に気付き、別にノロケてるつもりじゃないのよ?!と加えて続ける。

「でもね。どんなに私が頑張ったって、犬夜叉の心にはずっと桔梗が住んでる。
犬夜叉は、傍に居てもいいって云ってくれてるけど・・・差し出がましいんだけど・・・・あの・・・」

お茶を濁すかごめに、珊瑚はピンと来た。
以前にも、彼女も同じ想いを感じたことがあるのだ。

「要するに、態度が露骨過ぎてかえって犬夜叉の気持ちが本物なのか判んないって事ね」

床に櫛を置いて、珊瑚は然も楽しそうに云った。
ずばり言われた事に、かごめは赤くなりながらもうん、と答える。

珊瑚は返答は予想のつく事をいくつか云ってみた。

「じゃぁ、わざと帰るって云ったり男の人の誘いに危なくない程度に乗っちゃうとかは?」

「だっ・・・駄目だよ!犬夜叉には普通にしててもヤキモチ焼かれちゃうもん。相手の男の人だってそんなに簡単には見つからないし、見つかったとしても犬夜叉が放っておくなんてこと・・・・」

「まぁ、云えてるね」

ただし、相手なんかいくらでも見つかるけどねと心の中で呟き、本当に自覚なんて微塵も無いかごめに苦笑の笑みをこっそりと零した。

かごめは起き上がり、その整った・・・とはいえ今は風呂上りの浴衣姿に着替えられて見えないでいるが・・・両の足を持ち、間に顔を埋めた。

「犬夜叉の気持ちを確かめるような事はたとえ嘘でもしたくないの。でも確かめたい・・・我儘だね」

犬夜叉には桔梗が居るのに・・・と、かごめは抱えた両足を、きつく抱いた。
珊瑚は心底、こんな娘に好意を抱かれる少年がどれほど恵まれているかと思った。同時に・・・

「でもさ、かごめちゃん・・・。かごめちゃんだって、犬夜叉に桔梗のことでこれだけ振り回されてるんだから、こっちだって少しは振り回してやったってバチなんか当らないよ。絶対。」

これは少々無理な意見だと珊瑚本人も思ったが、本音が少しも混じっちゃいないとは言い切れない事もない。
しかしかごめは少し間を置いて、ううんと首を横に振ると微笑して答えた。

「そんな事出来ないよ。犬夜叉は何に対しても真剣じゃない?それに桔梗の事にしたって、犬夜叉が望んでこうなった訳じゃないもの。だから私は望まないし、受け入れられるわ。・・・って、中途半端かな?」

へへっと照れ笑いするかごめが妙に愛しく感じられる。
珊瑚に始まった事ではない。弥勒も七宝も、勿論犬夜叉も、そんな彼女の性格に惹かれたのだ。

そうだね、と返し、珊瑚も微笑んだ。

すると今度はつつつ、とかごめが近寄ってきた。

「そ・れ・は・そ・う・と。珊瑚ちゃ〜ん?その櫛、誰に『貰った』のかなぁ〜?」

珍しく意地の悪そうな笑みを浮かべて、かごめはにっこりと訊いた。
だが、珊瑚は知っている。どこをどう考えてもこれは確信の上で自分に尋ねているのだと。

さっきとは立場は全く反対に、珊瑚は林檎顔負けに頬を染めて俯いてしまった。

「な・・・なんで『貰った』って・・・・」

ようやく搾り出した声も、平常の声とは遠く及ばず、語尾は明らかに掠れてしまっていた。

「なんで、って。だって買出しは大抵私と珊瑚ちゃんか、弥勒様と珊瑚ちゃんか。どっちかじゃない?
旅で寄った村で、男の人に言い寄られて貰ったってのは、珊瑚ちゃんの性格上、つき返すだろうからあり得ないじゃない。でも、私と買出しに行く時は、予算外のものは要らないってその手のものは見てるだけでしょ?
じゃぁ、弥勒様と行った時にだろうけど、絶対珊瑚ちゃんって男の人が傍に居る時はそう云うもの恥ずかしくて買えないだろうし・・・って訳で、弥勒様から貰ったっていうのが答え。違う?」

「〜っっもう〜・・・なんで分かっちゃうのぉ―・・・・?」

珊瑚は赤く火照りきった頬を両手で包むと、かごめに背を向けて頼りなさげに答えた。

「珊瑚ちゃん可愛いっv」

フザケ気味な調子のかごめに、珊瑚は益々顔を赤くしているばかりだったが、ふと観念したように顔を上げた。
ふう、と息を吐き出し、かごめちゃんだからこんなこと云うんだからね、と釘を刺して話し始めた。

その時の様子や、云われた事を。



――――――・・・・・・




話は数日前の、丁度城下町に立ち寄った時。
犬夜叉とかごめが何かしら、何時ものと違う喧嘩をしていた頃、暇を持て余していた弥勒に誘われて、今後の旅に必要なものを買い揃える為に、市場を見に行った時まで遡る。



『あ・・・・・・・・』



女物の小物を取り扱う、控えめな、老婆の商う出店の前で、珊瑚はふと、足を止めた。
何事かと、弥勒も覗き込んできて・・・そこで既に彼は察したのだろう。

彼女の眼が捕えた、菖蒲を象った紅色の櫛。

『珊瑚・・・・何か、思い入れでもあるようですね』

その法師の言葉に、珊瑚ははっとしたように面【おもて】を上げた。
何時もならばはぐらかしてしまいそうな場面だったが、意に反して珊瑚の口が無意識に言の葉を弾き出していた。

話せば相手も、自分も暗い雰囲気になってしまうのは目に見えていたというのに・・・はぐらかしてはいけない、と感じたのだ。

『ん・・・・大分昔になるんだけどさ。小さい頃、あたしって昔っからはねっかえりで、生傷の絶えないような娘だったんだけど。時々、それを琥珀に洩らしてたんだ。退治屋の修行も大事だけど、そんな髪飾りもしてみたいってね』

懐かしむ様な、寂しそうな。
そんな表情で、珊瑚はその櫛を見つめて続けた。

『そしたら琥珀ってば父上に頼んで、里に降りたらしくてさ。
次の日、修行が終って一息ついてる時に、これの色違いの櫛、くれてさ。・・・・桃色のやつ。
で、「櫛なら、修行に関係無いから使えるでしょ?」って。姉上に似合うと思ったからって、照れながら云ってくれて。
嬉しかったくせに、お金もないのにどうやって買ったの?って問い詰めちゃったりしてさ・・・本当、素直に有難うって云えばよかったのに』

云う珊瑚の瞳が潤む。

『後で訊いたら、父上が、琥珀が退治屋としてきちんと出来た時の褒美の前借って事で、お金貰ってまで買ったんだって。
何かそれ聞いた時、あたしって恵まれてるんだなぁって思って
――――って、何してんのさ。』

珊瑚の昔話を半ば無視したように、弥勒はその櫛の代を老婆に尋ね、支払うとその櫛を受け取った。
そしてにっこりと穏和な笑みを浮かべ、珊瑚の手を引くと、近くの裏路地から賑やかな街中を離れた。




『はい』
人目もつきにくい所まで移動してすぐの事。
弥勒はさっき買った紅色の櫛を珊瑚の両手にそっと置いた。

『だっ・・・・・駄目だよこんなのっ!貰えな・・・』

慌てて返そうとする少女の両の手を握り締め、弥勒は首を横に振ってにこりと微笑んだ。

『此れが、お前の思い出の櫛よりも重みが全く違うのは判っている。
だがお前も、何だかんだ云って年頃の娘だ。少し位、こんなものを持っていてもお咎めは喰らうまい。』

そう、云われてしまっては受け取らない訳にはいかない。しかし・・・・

何時も、買出しに来る度、見ているだけの状況になっている、仲間の少女の顔が脳裏を過ぎり、受け取る事が躊躇われた。
何にせよ、一行の懐役は、この法師なのだ。こんな小物一つでも、無駄な資金は使えない筈・・・。

そう思った途端、弥勒は、彼女の思惑を悟って

『大丈夫ですよ。此れは、まぁ・・・・「私が」使う分のお金で買ったものですから』

随分云いにくそうに伝えてくる彼。
どうせ女と遊ぶ金なんだろ、と・・・案の定、珊瑚は一瞬、眉根を吊り上げたが、それも直ぐに収まった。

彼が何にその金を使うつもりだったかは別として、今は彼が、自分の判断で珊瑚の為にと買ってくれた櫛を喜ぶべきなのだから。

『・・・じゃぁ、貰っとく。法師様の懐から出た物なんだから、あたしが気にする事ないよね。
 どーせあっても女の人と遊ぶ為に使っちゃいそうだしっ』

云って、少し棘がありすぎるかな、と後悔して彼に背を向けてしまった珊瑚だったが、でもそれが自分なりの照れ隠しだという事は、判ってくれている弥勒。それは誤解ですよー、と些か情けないとも受け取られそうな声で不平を零して・・・でも、嬉しそうに微笑んでいた。







――――――――・・・・・・



「へぇー。良かったねっ珊瑚ちゃん!」

一部始終を聞いて満足したように布団に転がると、かごめはまりで自分の事のように喜んだ。
珊瑚も、その明るさにつられてか自然と明るい心持で返した。

「・・・うん!でもごめんね。あたしだけこんないい櫛買って貰って・・・あ、でも・・・・・・」

「いいわよ別に!そんなに無駄な出費は出来ないんだから!・・・・・って、まだ何かあるの?」

ふと何かを思い出したような珊瑚の声に、かごめはきょとんと首を傾げた。

「あ・・・ううん!何でも無いっ!(そーいえば、アイツまだかごめちゃんに・・・?)」

半分上の空の状態で生返事を返し始めた珊瑚に少しばかり不審なものを感じたが、
元々一つの事に捕らわれない性格故にか、かごめはその先の追及はせずに、もぞもぞと久々の布団の中に入り始めた。







(教えてあげたいな・・・・。『あの事』・・・・・)

でも、法師との約束は破らないでおきたいのだ。


・・・かごめには云わなかったが、あの話にはまだ続きがあったのだ。







『かごめちゃんにも?』

『ええ。流石に私から・・・とはいきませんが、お前も自分だけ贈り物を貰うと言うのは心苦しいでしょう?
ですから、犬夜叉からのということで後日ヤツに自分で選ばせて、贈らせようと思うんですよ。そっちの方がかごめ様も喜ばれるでしょうし』

『うん・・・・いいかもね。じゃあ、それはかごめちゃんには内緒?』

『その方がいいかもしれませんね。成るべく私達が図ったというのをバレないようにした方がいいでしょうし』


『かごめちゃん、きっと吃驚して・・・・すごく、喜ぶだろうね』

『そうなるといいんですけどね』






その、彼からの贈り物がかごめの元へ渡るのは一体いつになるんだろう?

自分も布団に中に入り、まどろみかけた頃、部屋の襖が音を立てずに開けられて、次いで

「かごめ」

そう呼ぶ半妖の・・・・どこまでも不器用な少年からの声が、かごめに掛けられたのを聞いて、
珊瑚は微笑ましくなって思わず出そうになった笑い声を抑えた。

パタパタ、と部屋を出て、遠ざかっていく足音を聞きながら、珊瑚は心の中でだけ、その二つの足音を応援した。


成程。だから七宝が(雲母も連れて行って)あちらの部屋で寝させられている訳だ。
念の入った法師の配慮に人知れず、くすぐったい気分になった。


きっと、明日の犬夜叉は妙に照れていて、かごめちゃんは機嫌がいいんだろうな。


そんな事を頭の隅で考えながら、珊瑚はそのまま落ちてゆく睡魔の誘いに身を任せて・・・そっと眼を伏せた。





                                                    【終】

判る人は判るだろうけど、『拒絶の意味〜』の続編的話。弥珊視点のお話。
とりあえず琥珀君と珊瑚ちゃんはむしろ琥珀君がシスコンと云われるくらいの勢いで珊瑚ちゃんを大切にしているってのが書きたかったの。
っつーか・・・・もしやこのサイトで(犬かごも含んでるけど)弥×珊小説はこれが初めて・・・・?(汗)
むしろ犬かごONLYサイトと言われても否定しようが無いくらいに犬かご(もしくは桔かご)だらけ?
まあそのうち頑張って殺りん小説も・・・・!書けたらいいなぁ、なんて・・・・(弱気)。
(H15.4.14)




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