嫌な話だが、この野望に燃える男の策略に巻き込まれるのは慣れてしまっていた。
CUTE FLUIT 後半
「今夜は付き合わせてすまなかったね。エドワード君」
「いいえ。マスタングさんこそ・・・お忙しい中、有難うございマス」
かえって卑屈なくらいの笑顔を浮かべて、エドワードは上司に礼を述べた。
尤も、その本心は間違いなくその表情と反比例しているであろうことはロイは手に取るように判った。
真っ正直過ぎるそのリアクションには、ヤラセ芝居を持ちかけた本人とはいえ、失笑を禁じ得ない。
たまらず口元を抑えてふっと吹き出すと、案の定、少年のこめかみに青筋が立った。
あと一回くらい神経を逆撫でさせたら間違いなく現状を理解していても突っかかって来るんだろうな、などと。
今こそ絶対に今は怒らせてはいけないと理解していながらも、ロイは彼の神経を突付いてみたくて仕方がない。
もしこの場に彼の有能な部下が居合わせていたら間違いなくロイを『大人な子供』と称するだろうが、
生憎とそんな至極まともな突っ込みを入れられる状況にある者はこの場に居なかった。
「また何か機会があれば食事に誘っても構わないかね?」
「・・・えぇ、機会があれば」
不自然さのない台詞で今は芝居中だと暗に伝えられてエドワードは叫びそうになるのを必死のプライドと自尊心で抑えて答えた。
彼の言葉に無理がないのが無性に悔しくて、君はそんなことも出来ないのかと言われた気になった。
だからそれはもうごく自然な動作で言い返してやった。すると目の前の男が僅かに驚嘆の意を瞳に現せたのでエドは内心満足した。
勿論それを顔に出すようなヘマはやらない。
「じゃぁ、そろそろ俺は帰らせてもらいます」
それは、囮作戦スタートの合図だ。
実際、こんな陳腐な罠に、見ているのかすら分からない相手を客に芝居をすることすら不毛に感じたエドワードだが、ここで自分がボロを出したら折角捕まえられそうな犯人をまた捕まえられなくなるとまではいかないだろうが何日先までも泳がせてしまう。
公で伝わっていない今はいいものの、それが世間で吹聴されるようになればどうなるか。
勿論、あまり好感を持たれていない軍の株はそれこそ地を這いずる結果になりかねない。
愉快犯のような奴らの一人や二人・・・かどうかは知らないが、を捕まえるのに何をもたもたしていると。
更に言ってしまえばあの年齢で上の地位にいるロイはそれを餌に上から『激励』を頂く事は必至だ。
それはエドワードに関係ないことながらも、謀らずもこれに協力する時点でそれも助ける結果となってしまう。
(まぁ、かなり強制的だったけどな)
あそこに来いと言った時点で何か可笑しいと感じていたが、まさか芝居は自分が来た時点で始まっていたなんて誰が想像つくものか。
ハメられたことにやや憮然としながらもエドワードは真っ暗で灯りのない道をゆっくりと歩く。
その足取りはあくまで何も知らない一般人を装っている。
知らずの内に、周りの殺気や気配を探していたエドワードは、とりあえず現在は周りに誰もいないと確認した。
いつもはこんな遅くに街頭を歩くことはない。絶対にアルフォンスが迎えにきてくれたから。
それも含めて自分は些か過敏になっている、ということにエドワードはふと気付いた。
思わず漏れ掛けた苦笑を抑えて、少年はいつのまにか肩に入っていた力をふっと抜いた。
それと同時。
かつ、かつ、かつ
自分のものとは異なる足音が後ろから聞こえ、後ろを振り向きたい衝動を堪えた。
音からして、男性用の靴。それも複数。
(・・・・ざっと3,4人程度か)
それならばもし、相手に強硬手段を取られたとしても反撃できるし逃げ出す事も可能だろう。
おおよそではあるが、エドワードは犯人の中に錬金術師がいないと思っている。
もしくは、使えたとしてもそれは戦闘などに関しての実用性のないものだけか。
一般人にとって、ある種畏怖の存在である錬金術師。
もしそれが存在するのならば、間違いなく軍への牽制にはうってつけなのだ。
だが・・・と、先ほどロイに聞いたばかりの情報を、エドワードは頭の中で順を追って組み立てた。
同時に、後ろの存在は果たして自分の求める敵なのか、関係のない民間人なのかも吟味する。
(・・・ま、民間人ならこんな暗い場所に居て黙々歩いてるだけなんて奴、珍しいよな)
足音の静かさに、エドワードは育ちの良い者、そういう指導を受けているものだろうと見切りを付けた。
曲がりなりにもここは東部で最大規模の街のため、そこをうろつく人間は上流の者も多い。
加えて、得てしてそういう者は普通に暮らす民間人に比べて抵抗のない恐怖にめっぽう弱い。
人が無意識に恐怖を感じるのは闇。
そこを、数人で歩いていながら話し声すらないのは何とも不自然だ。
しかも前には自分のような子供もいるのに、こちらに視線は向けているらしいものの不審に思っているようには思えない。
・・・・直接顔は見ていないで、雰囲気だけでそこまでエドワードは察した。
彼自身も、そしてその弟も彼らの年齢で彼ら程波乱万丈な人生を歩んでいる者なんて片手で数える程しかいないだろう。
自覚はないが鋭利な神経の配分に、恐らく近くにロイがいれば感嘆するだろう。それこそ軍人並な彼の勘を。
かつ――――。
(動いた)
突然分散し始める気配に、エドワードは自然といつでも動きの取れる体制に入った。
見た目は全く無防備に見えるが、両の手はいつでも輪を描く事が出来る位置にある。
一人はそのまま、こちらに向かって歩くスピードを上げて近付いて来る。もう一人は右路地に、もう一方は左路地。
(・・・・?・・・・あと一人は?)
突然消える気配に、エドワードは僅かに眉を顰める。確かさっきまでは4人、気配があった筈だ。
気になってしまい、エドワードは思わず視線だけを巡らせてはっとする。
あちらが、こちらの警戒に気付いたかもしれないと、慌てて取り繕うがそれも通用するかどうか。
内心冷や汗を流したがどうやら幸い、こちらの気配は気取られることはなかったらしい。
相変わらず徐々に間合いを詰めてくるものの、こちらがその気配に気付いていないと思ったままのようだ。
(どう、動くか)
途端にいきなり、そもそも、犯人捕まえたあとは具体的にどうすればいいのか教えなかったロイの意地悪げな表情がぱっと彼の脳裏を過ぎる。
そう。彼は自分を囮として犯人を誘き出すと云っていた。だが捕まえた犯人はどうするかを伝えていない。
ここに護衛が潜んでいるとも、ロイ自らが出向くとも思えない。つまりエドワードが犯人を捕まえるか、もしくは・・・・
嫌な考えがふと頭の片隅を通過していき、エドワードは軽く口元を引き攣らせた。
すごく嫌な予感がする。危険はないだろうけど、凄まじく面倒くさそうなそれ。
(まさか大佐・・・・俺に犯人捕まえろじゃなくて『捕まっとけ』とか言いたかったとか言い出さないよな・・・)
そんなまさか、ありえ・・・・・・る。
嫌なくらいの可能性の高さにエドワードはげんなりした。
つまり自分に犯人たちの所謂アジトとかいうのを掴んで来いという意味合いで事後処理の事を自分に伏せたのではないだろうかと。
だとしたらすっげぇムカつく。と犯人と推測される人物たちに囲まれつつあるのも何のその、少年は上司に毒づいた。
最初に生まれたのは動揺と疑惑の波。そして僅かな殺気。
これで隠してるつもりなら相手は相当の素人だな、とエドワードはいい加減に埒のあかない鬼ごっこに終止符を打つ為に、ぴたりと立ち止まった。「もう俺は気付いているんだからいい加減出て来い」。それは言葉に出さずとも伝わったようだ。
「そこのぼっちゃん。ちょっとだけお兄さん達と一緒について来てくれないかな?」
そう言って最初にエドワードに歩み寄ってきたのは右路地に曲がった男。
20代前半あたりで、間違いなく下町で育ったらしい言動の男だ。見た目だけは上品な階級の人間に見えるが。
順に左、そして後ろから来ていたやつ等も、エドワードを囲むように・・・実際囲むためにだが・・・近づいて来た。
今時、「一緒にお茶しない?」と軟派を仕掛ける男より余程陳腐な科白だとエドワードは思った。
普段ならば迷わず素直に口にして売ってきた喧嘩を利子も倍額つける勢いで買っているだろうが、今は一応任務だ。
下出に出るのは潔しとしないが、今だけは四の五の文句も言っていられない。
「・・・・・・・そのお兄さん達が、俺になんの用?」
警戒心を露にして、尋ねる少年の様子に男たちは自分らが優勢だと確認して下卑た笑みを零した。
(てか、俺は別として普通子供に三人がかりで来るか?大人げねぇ)
などとエドワードが思っていたのは彼らの知らぬ所だ。
彼はこの2年で学んだと言える演技を少し披露してやることにした。
虚勢に隠れた怯えを浮かべる少年の表情で、ぐるりと3人の顔を順に見て覚える。
基本的に記憶力が人並み外れた彼にとって、そんなものを覚えるのなんて造作もない。
「何、君がさっき会っていた男と君はどういった関係なのかと思ってね」
後ろの男が言う。
エドワードは目の前の男たちの下卑た笑いに吐き気を覚えながらも芝居を続ける。
「男?・・・マスタング、さんの事?」
「そうそう。実はお兄さん達、あの人に用事があってね。君が彼と付き合いが長いのなら少し話しを聞きたくてね」
(どうせ、話っても拒否したら誘拐でもする気だろ)
内心の言葉を微塵も思わせないような僅かに恐怖を浮かべる表情のまま、エドワードはどうしたものかと考える。
一度、ふざけて『お父さん』という関係性は捏造したことがあるが、多分それは彼らに通用はしないだろう。
自分に『尋ねて』いるくらいなのだから、随分とロイ・マスタングという男のことを調べている筈だ。
「・・・確かに俺の遠い親戚で、よく遊んでもらってますけど」
差し障りのない回答ではこれが一番妥当だろう。案の定、その回答で納得したらしい男達は次第に
エドワードが逃げられないように間隔を詰めていく。
「そうか。・・・・悪いねぼっちゃん。それを聞いたら君を帰せなくなったよ」
かくして瞬間、反射的に循環を描いた両の手から練成の光が漏れて、夜の寝静まった街に怒号が木霊した。
「さてっ・・・と」
パンパンと手の埃を叩き落して、エドワードは練成した縄で、律儀にも縄抜け不可能な結び方をして地面に転がした気絶した男3人を見下ろした。その中唯一意識がある男の目線に合わせてしゃがみ込むとエドワードはにこりと微笑んだ。
それは何処かの上司の有能な片腕が特技とする、絶対零度の微笑みで。男は引き攣った笑みをエドワードに返す。
「じゃあとりあえず言ってみようか いい年こいたおっちゃん。誰がちっこい錬金術師だって?」
これでもう、賢明だろうがそうでなかろうが、彼が男達をほぼ瞬殺の勢いでのした理由は分かるだろう。
ちなみにここで「お前だお前」と言えた者は、とりあえず今まで彼の人生の中でも五人だけだ。
少なくとも、旧知の仲、もしくは彼より社会的地位の高い者。あるいは例外的に彼が好感を抱く人物以外で言えた者はいない。
例に漏れず、この男も少年の修羅のような殺気を一身に受けて喋る事すら赦されない感覚に陥り、目を背けた。
エドワードの方も、本当はそれの追及よりまずしなくてはいけないことがあるのを自覚してはいたものの、
むしろ「んなもん二の次だ!」の勢いで男を問い詰めていた・・・から、気付くのが一瞬遅れた。
「全く・・・・君は相変わらずこちらの予定を狂わせてくれるね」
そんな、溜息混じりの声音。
「あんたの予定に合わせてやるつもりはねぇよ。・・・こいつらの拠点なんて締め上げたらいいじゃん」
「おや、指摘してこないから気付いていないのかと思ったよ」
「言ってくれるぜ、無理やり俺に囮なんてやらせといて」
振り向いた先に、影で半分隠れていた漆黒色の男は姿を表した。背を壁に凭れ掛けさせていて、
歩き出すのと同時に男は背中の砂を払った。
エドワードは憮然とした表情のまま、男達を拘束している縄の先をその出現者の手に渡した。
「あとは好きにすれば?ここから先は俺巻き込むなよ?」
「そうか、残念だな。・・・だが『例の情報』がまた入ったのだが」
その言葉に、帰路につき掛けた少年の足がぴたりと止まる。
男・・・・ロイは続けた。
「とはいえ、今日はもう無理だな。明日、弟君と一緒に来なさい」
「・・・・そっちを早く言えってんだよ。馬鹿大佐」
しかもいつから付けていた、と問えばきょとんとする上司。
「君と別れてすぐ、私も命知らずの輩に奇襲に遭ってね。」
取り出した右手には発火布。これだけでも展開は予想がつく。
・・・・自業自得とはいえ、犯人の不幸さにエドワードは同情した。
「ここに来たのは君が禁句に触れられて3人目を殴り倒した直後だよ」
「へ?」
じゃぁやっぱり、勘違いではなくて他にも犯人が潜んでいるということか?
と、エドワードが口にしかけた瞬間。
ひやりとした殺気が自分を見つめている事に気づいて、エドワードは振り向こうとしたけれど、それは適わなかった。
ロイも犯人の縄を持っていたせいで反応が遅れてしまい、気配もなく少年の後ろに回った人影の牽制の声で動作を止めさせられた。
「動けばどうなるか分かるな?」
低くうなるような声を耳元で囁かれてエドワードはぞっとする。
見えはしないが、確かに今自分の首筋に当てられている冷たいものが鋭利な刃のそれであると知れて身を硬くした。
左の手もついでに拘束されて、練成すら許されない状態。いや、影の早さからしてその暇を与えてくれるようには見えない。
「・・・何が要求だ?」
ロイは静かに発火布を地面に投げ捨てた。
「第一に、そこの者の解放を」
事務的な口調でそれは言う。
声で男性というのは知れるが、顔は見えない。
「第二に、こちらの目的・・・・貴殿の身柄の確保を」
動揺で僅かに動いたエドワードの首筋から鈍いものが流れ落ちた。
それを見てか、ロイは剣呑な目で男を睨み付け、それでお前らの利益になるのは何だと問い掛ける。
そんなこと喋るわけにはいかぬとでも返ってくると思われた台詞は実際違うものだった。
「今、東部の指揮を執るのは貴方と云う。統率の取れぬ軍なぞ攻め入れられ、仲間の解放も出来る」
軍とテロリストの違いは何か。
それは武器を持つか持たないかだと言ったのはロイだった。思いは今でも変わらない。
だが、これはもう。
「愚かな・・・」
疲れたように溜息を吐くロイに、男は初めて感情的な声を上げた。
「何でも構わない!軍なぞ・・・軍なぞがあるから・・・・!」
搾り出す声は悔恨のうめきのようにエドワードには聞こえた。何かを失い、絶望したような声。
「おっさん・・・・もしかして」
「まだ大丈夫だ。もう、終わりにしよう。“軍曹”」
ロイの言葉に男はびくりと身を震わせた。明らかに動揺を見せ・・・僅かな隙を作った。
「鋼の!」
「!」
さっと身を屈めて、反射的に向かってくる刃物の先を紙一重でかわすと後ろに声を掛けた。
「大佐!」
ポケットに入ったままの左の手に被せられていたのは火蜥蜴の施された練成陣の描かれた発火布。
ぱちんという指を弾く音と、温度の低い焔と共にそれは一応、幕を閉じた。
「兵は機動なり、だっけ?あんたの場合、敵どころか味方まで騙すけど」
警備兵が事後処理に当たるのをぼんやり眺めながら、エドワードは隣の上司に言った。
苦笑をこぼした彼はその方が都合がいい時もあるのだよ、と飄々と答えた。
その答えに、面白くなさそうにあっそ、と吐き捨てるとエドワードはがりがりと金糸を掻いた。
「・・・・なぁ、大佐。『軍曹』って?」
そこでようやく、ロイの表情が真面目な上司のそれへと豹変した。
「・・・イシュバール内乱は・・・いや、戦争総ては、人の心を壊す戦いだ。戦っている間は殺戮機械のように殺しをすればいい。
だがそれも終われば兵もただの人に戻る。悔恨から軍を辞めた者は多い。そして、軍を無くしたいと思うものもな」
肩を竦めるとロイは続けた。
「自分の立場も考えずに発言するとすれば、人道的に考えればテロリストの方が正解に近い時も、たまにはあるのだよ」
今回の件がそれだ、と。
ロイは分厚い紙束をエドワードに渡した。
「今回の、本当の被害だ」
それは、最初に見た酷くて軽傷程度の被害と書かれたような生易しいものではない。
死人は出ていないが、軍に多少の被害、そして兵に重傷者が数名と記録されていた。
「彼らのやった事が全て正しいとは言わないし・・・・戦争で家族を失った兵に気休めなど掛けられる筈がないだろう?」
その横顔が、本当に疲れきっていると言っていて、エドワードはこの上司に会ったら真っ先に言おうと思っていた言葉を飲み込んだ。
それの代わり、という訳ではなかったが。
「・・・それでも大佐が、軍に居る理由って?」
少し驚いたようにも見えた。そして、悲しんでいるようにも。
ただ彼は少しだけ口の端に笑みを作るとエドワードの金糸をそっと撫でて言った。
「君たちと、理由は殆ど同じだ」
特権を利用して、自分の野望をかなえる為に。
酷く儚く見えるそれに、エドワードは胸糞悪さを覚えて言い返してやった。
「俺の夢と、あんたのミニスカ計画だっけ?の野望を天秤に掛けんな」
「・・・・酷いなぁ」
「どっちがだよ、狸のくせして」
「そんなこと言うなら、情報は要らないのかい?」
「あー!要る要る!すいません有能な大佐様!」
「・・・・・・・嫌味にしか聞こえないのは気のせいか?」
くすっと苦笑をこぼして立ち上がるロイに、エドワードはようやく安堵を覚えた。
(ようやくいつもの大佐に戻った)
そして、安心して気付くのは今の時間。忙しなく動く憲兵の一人を捕まえて時間を問えばすでに夜中の2時だとか。
確か、エドワードが外に出る時にアルフォンスと約束したのは、日付を挟んだ11時半だった訳で。
「っやっべぇアル絶対心配して怒ってる!!」
「確かに子供の出歩く時間ではないしな」
「子供言うな!」
律儀にロイの独り言に噛み付くと、彼に預けていたコートを渡され、首筋に残った切り傷には布を当てられた。
ついでに自分もコートを着込むロイに、エドワードは訝しげな視線を送った。
それに気付いたロイはにっこりと、出会い頭のように人の食えない笑みを浮かべると言ってくる。
「報告書は多分明日に回るから直々に私が送ってあげよう。ついでにアルフォンス君へ傷と時間への説得も」
いつもなら要らないよと撥ね付けそうなことだったが、今回に限っては有難い申し出なので。
「・・・んじゃ、お願いしますかね。大佐殿?」
素直に受け取っておくことにした。
でも、ロイの背中を追いかけるエドワードには、飲み込んで結局彼には言わなかったことが一つだけ、どうしても妙に頭から抜けずにいた。
ただ、本人に尋ねることはしないのだけれども。
(戦争を味わったあんたの心は、その時どう思った?)
それは、きっと一生涯誰にも知れることなく終わる事実であって。
FIN
アクションシーン書きたかっただけなのに肝心の箇所抜いちゃったよ。
しかもなぜか途中でギャグ入るし(笑)。戦争は人の慈しみとか思いやりを欠落させると思う。鉄の匂いでこころは麻痺してしまうと思う。
最中はかまわないけれど、終わって時が経てば無くしていた人の心も戻ってくるだろうし、それに後悔する余裕も出てくる。
それをきっかけに弱るか、強くなるかは人の自由だけれど、ただ大佐は強くなったと思う。
人を殺せる覚悟とかそういう意味じゃなくって、自分の野望にひたすら進み続ける意志を手に入れたんじゃないかなって。
余談になりますが、エドに「お前だ」とつうこめるのは大佐、ウィンリィ、ばっちゃん、ヒューズさん、師匠だと思う。
他にも言える人はいるんだけど、(アルとかリザさんとか)彼らは言わないだろうし。キャラ的に。
ちなみに残りの犯行グループは芋づる式に全員洗われました。
手柄は大佐(エドは手柄に興味なし)。
戻る
〜おまけ〜
今日は、その大衆食堂に相応しくない客人が訪れていた。
いや、決してその店は柄の悪い不良の集まる場所ではなかったし、むしろ家族連れも目立つ穏和な雰囲気漂うシンプルな店で
接客態度や代金含めて評判自体も大変よかった。
だが、それも『彼ら』が来た瞬間、どうも店が古ぼけて見えるのは何故なのだろうか。
店の主人は、一番奥の目立たない席で黙々と注文した料理を消費していく二人を何の気なしに見ていた。
仕事が暇な訳ではない。皿洗いの手を止めずにその様子を時折思い出したように見つめてみただけだ。
それだけ“彼ら”は、ある意味目立つ存在だったのだ。
ぱく。
大ぶりの、ロブスターの香草添えを一口口にして、少年は不味そうに咀嚼した。
別に、料理が不味い訳ではない。むしろ適度な味加減が施され、さりげない可愛さのあるそれは多分、その辺の高級料理店で食べる
ものよりも格段に美味いだろうと少年は思っている。
軍の中での、錬金術師ということで出される高額な研究費用は、実施、実践型の研究が性に合うエドワードにとって、それはそんなに必要となるものではない。だから大体がこうして旅費や食費に回されたりする。
加え、最年少の国家錬金術師という何とも格好の話の種のようなものを背負っているエドワードは、各国を巡っている最中に、話を聞かせてくれと言う、面白い話に肥えた有権者などに食事に誘われることもしばしばあったりして、そういう時は大概誘う人行き着けの高級料理店別に連れて行ってくれたりで、別にエドワードがそういうものを食べ慣れていない訳ではない。
ただ、何というか元々一つ所に留まるのが苦手な性分の少年は、雰囲気が苦手なのだ。
優雅なクラシック音楽が生で演奏され、且つ静かに食べなければならないというのが少年にとっての難関だった。
作法はいい加減分かる。分かるが雰囲気が落ち着かなくて食べても味が分からなかったりする。
だがどうやら、連れの男は少年の好みはきちっと把握しているようだ。
少年・・・エドワード・エルリックの好きそうな場所をチェックして、一緒に来ている訳だが。
軍服の、しかも階級が大佐地位の色男殿は、どうやら自分たち・・・とりわけ自分がいかに目立っているか全く判っていないようだ。
・・・いや、それは少し語弊がある。理解はしているがそれをわざわざ前面に押し出しているという感じだ。
実際、ここに来るまでに女性に浴びた視線は数知れず。ついでに男からの殺気交じりの視線も数知れず。
この男は、いい意味でも悪い意味でも大人気のようである。
そんな男と現在、向き合って食事している訳だが。
「あーもう大佐!いい加減にしろよな!」
いい加減、我慢の限界だとでも云わん勢いで、エドワードはだん、と机を叩いた。
皿が少し動くが気にしない。それより何よりさっきから、真正面からずっとこの男に見つめられていることの方がよほど気になる。
あえて今まで気付かない振りをしていたエドワードだったが食べ辛くて仕方がないのだ、実際。
これも今に始まったことではない。もう何十回とされてきたやりとりだった。
―例のテロリストの残党との事件から数日後。
事件に関与していた国家錬金術師ということで、事情聴取の関係で東部に暫く足止めになってしまったエルリック兄弟に、
食事でも一緒にどうかね?と尋ねて来たのは忙しい筈のロイだった。
最初は別にいいと断っていたエドワードだったが、アルフォンスに「兄さんは本に没頭すると食事も忘れちゃうから丁度いいよ」と、半ば強制的に決定されて、それからはずっと誘ってくるロイの言葉に甘えている訳だ。
エドワードは、彼に多少なりとも苦手意識はあっても、彼のことを好きか好きでないかの二択を迫られたら多分好きを選ぶ。
一応付合いは故郷の幼馴染を省けば一番長い上にお世話にもなっているから。
感謝の意味も込めて気が済むまで付き合ってやると思ったエドワードだったが、ロイは「私は小食でね」と申し訳程度のものだけを頼んで、エドにはいくらなんでもやり過ぎだろうというほどいろんなものを勧めてくる。
しかもそれだけならいいが食べ終えるとロイはすぐにじっとエドワードが食べているのを観察している。
食べにくいから見るなと言った所で
「君が幸せそうに食べている姿は何故か和むんだよ」
と、彼的に意味が全く分からない意見を持ち出されてしまうのは初日からその後4日目にかけてで実証済みの事実だ。
今回もまた、そのパターンのようで。
「・・・本ッ当意味わかんねぇよ大佐」
毒気を根こそぎ持っていきそうな笑顔で見ているのが楽しいんだよ、と言われてしまえばもう何も言えない。
溜息をつくと、最後の一口を口の中に放り込んでふと思い立った意地悪い言葉を口にする。
「ていうか、俺とこんなこと来てたらそのうち子持ちに間違われるぜ?」
髪も目も全然違うけど、とも付け足した。
彼を嫉む者が、根も葉もない噂を吹聴して回って、ロイは一部では色魔か何かと勘違いされている事もあるとか。
そんな噂をいろんな所から小耳に挟むものの、エドワードは実は、それほど噂に信憑性を見出していない。
他人事なのもあって、「誰が考えて言うのか知らないけど毎回よく思いつくよな」なんて本人目の前に語ったのはいつの事やら。
ちなみに余談だが、そのあと一緒にいたハボック少尉がそりゃ嘘だけど、何で嘘って思うんだ?と尋ねたところ、
「だって大佐だったら証拠隠滅普通にやって他の奴にはわかんない様にするだろ?」と、まさに同意を求める口調で
言って来るのだ。その瞬間呆れで途方に暮れたこの上司の顔は傑作だったとはある部下からの後日談である。
「そうか?だがそうだとしたら私は17の時に君を作ってしまったことになるね」
「・・・?え?大佐今32歳だっけ?」
「失礼な。私はまだ一応20代だぞ」
と、いうことは。
頭の回転がいいのも時には考え物である。
答えが出た頭の中に、非常に楽しそうなロイの声が。
「自覚ないかもしれんがね。君は見た目だけは下手すりゃまだ12歳だぞ」
後日、猫にもう少しでフォークを(ナイフに練成して)、脳天に突き刺されかけた。命の危険を感じたのは実に内戦以来だよ。と、見た目は爽やかながらも右頬に猫に引っ掻かれたような爪痕を残したままの上司の姿にあらぬ噂が立つのだが、
それはまぁ、あくまで後日談である。
終。
思いっきりデートなのにデートしていると気付かないのがエドだと思う。
大佐は幸せそうにごはん食べてるエド見てるだけでお腹いっぱいだと思う。
そんなほのぼのを公衆の面前に晒しながらもあんま恥ずかしくないのが二人だと思う(ある意味二人の世界入ってるから)。
後日、大佐は本命の女にフラれたんだという噂が立ちますが(ある意味正解)それが本人の耳に入るのは1ヶ月後でしたとさ。