“大きい鎧と小さな、赤いコートを着た少年”に、手紙を渡してくれ。



北部の奥の、更に奥に位置する小さな寒村に滞在中の少年に、それは渡された。



勿論、それを出したのは、東部の支部の司令官以外に他ならない。



その特徴で捜せと云われた事は、身の為に伏せておけとも言われていたしがない北部の一般兵が、『鋼の錬金術師』宛と少年に渡してきた手紙にはたった一言だけ、書かれていた。



“この手紙を見た後、直ちに連絡されたし  ロイ・マスタング大佐”



訝しげに、この兄弟が揃って首を傾げるのに、10秒と掛からなかった。









 CUTE FLUIT 前半















「・・・たぁく、どういうつもりだよ大佐の奴」

吐き出す白い息を生身の指先に、手袋越しに吹きかけてエドワードは毒づいた。
もうかれこれ20分近くこうしているだろうか。『上官命令』という名のついた待ち合わせでなければまず間違いなく、
こんな寒い日に自分がこんな所に居る筈はないのに、と誰にとも知れぬ言い訳じみた科白を吐く。

つい先日、それこそ身動きを取る度に身を切る冷たさの北部から渋々此処まで来たのは他ならぬ『焔の大佐』殿の命により。
エドワードにしてみれば横暴以外の何者でもない。

根無し草の自分達に、言えた事ではないのかもしれないが、いきなり何の前振りもなく手紙をよこされ、連絡しろと言われて。
更に連絡を寄越してみると電話口で言われたのは本当に事務的な内容で。

『今すぐ帰って来い』と。

・・・・・別に何か色気のある話でも振って来いという訳ではない。だがあまりにも機械的に、事務的に伝えられた事に反発を覚えたことは、
この負けず嫌いのエドワードの気性を少し考えれば想像に難くはなかった。

何でかと尋ねても、いいからとりあえず帰って来いとしか返って来ない。
ついでに云うとエドワードに拒否権など存在しない。それは、彼がエドワードにとって、一応上司だという事が引っくり返らない限り、
またエドワードが国家錬金術師という称号を持っている限り、決して覆されることのない事柄である。
仕方なく、『応』の返事を返すと、それこそ矢継ぎ早にいつ、何処へ、どうして待っていろと伝えられた。
それは不思議なことに、東方司令部に直接向かうのではなく、夜中、しかもプライベートの服装のまま、アルフォンスを連れて行かずにデートの定番で有名なレストラン前で待機との事だったのだ。エドワードには納得行かないを通り越して横暴にしか感じられなかった。

「ちょ、ちょっと待てよ!司令部に行くんじゃなくてか?!」
『あぁ。むしろ絶対に顔を出すな。4日以内には戻って来なさい。あと東部に着いたらまた即連絡』
「なっ・・・・ちょっと待て!せめて理由くらい聞かなきゃ納得行かな・・・・!」
『・・・理由は直接会った時、話す』


そんな事を言ってくるから、仕方なく帰ってきた。それも出来るだけ急いで。
何か任務事を任されるのかもしれないと。

なのに。




「此処までお送りすればもう安心かとは思いますが」
「はい、有難うございます、マスタング大佐。本当に助かりましたわ」
「いえいえ、それより近頃は本当冷え込みもキツイので、御身体にも気をつけて」
「は、はい。ではまた明日」

さりげなく背に回していた手が退くのを一瞬名残惜しげにしながら、女性はマスタング大佐・・・要するにロイに、別れを告げた。
ロイもロイで、爽やかなまでの微笑みを崩さずに女性の背中が見えなくなるまで見送って・・・・
「人を待たせておいていい度胸してんじゃねぇか、タラシ大佐」

これほどまではないと云わんばかりに不機嫌な表情を全面に押し出したエドワードの言葉に、そっちらへ振り向かないまま肩を竦めた。
どうせ振り向かずとも、嫌と言うほど怒気が伝わってくるので確認するまでもない。
「別に君との待ち合わせを忘れていた訳ではないのだがね」
「ほーう。そんでわざわざその待ち合わせに15分遅刻で見せ付けてくれちゃった訳だ。余裕がおありですねぇ焔の大佐殿は?」
「・・・・・悪かった。だから痛い皮肉はやめてくれるかな?」

くるりと、ロイが向き直った。
そこで、エドは初めてロイがいつもの軍服ではなく、私服を纏っている事に気付くがそれについてコメント出来るほどの心の余裕はなかった。
わざわざ人を呼びつけておいて遅れてくる上司に対する怒りが遥かに勝っているから。
元々、鋭さを宿したその瞳が今は呆れと怒りに燃えている。・・・仕方がないといえばそうなのだが。

わかり易い事この上ない表情のエドワードに苦笑を零してすぐ、ロイはにこりと、今更ながらに片手を挙げて彼に軽く挨拶した。
「やぁ、エドワード君。久しぶりだね」
「・・・・・・何の嫌がらせだ、それは」

喩えるのならば、警戒心丸出しの野生生物。主に餌に狙いを定める肉食獣のそれと思われる。
思いっきり嫌そうに眉をしかめるエドワードに、ロイはそんなことをひっそりと考えた。
勿論口に出すほど愚か者でもない。
ただ、その彼の言葉は完全に無視して、エドワード曰く、『胡散臭い笑み』を浮かべてロイは少し屈んだ。
「ほら、コートをちゃんと着ていないと寒いぞ」

そしてエドワードの耳元に、ロイの白い息が吹きかかった。

『いいから、少しだけ口裏を合わせなさい』

つまり、今は自分が軍関係者という事は内密に、ということか。
聡い子供は何となくそう解釈して、彼の茶番に付き合うことにした。ただし、
「・・・有難うゴザイマス、マスタングさん」
せめてもの抵抗とばかりにファミリーネームなのと、口元が引き攣りまくった笑顔はご愛嬌だ。

「いつも通り『ロイさんv』でも構わないのだがね」
「ぎゃぁ!云わねぇよんなこと普段でも!!」


そんな、他愛もない応酬をしている、不自然な組み合わせの二人を裏路地から見ていた影は、そっとその場を離れた。






「さて・・・・そろそろ本題に入ろうか『鋼の』」
レストランに入って、適当に注文をしたその直後。
ウェイターが引っ込むと同時に、仕事の表情になるロイに、エドワードは驚いて自分も身を固くした。
苦笑してそんなに固くならなくてもいいよと、ロイが少年を嗜めた。
その言葉に、かどうかは定かではないが、エドワードは肩から力を抜いた。そして一番に尋ねたかった事を口にする。
「その前に、どーして俺がこういう形であんたに呼び出されたかっていう理由・・・と、さっきの茶番劇の理由も」
「・・・言うと思った」

心持ち和らいだ表情で、ロイは折りたたんだ紙片をエドワードに寄越した。
それは、被害報告書を手書きで写したものと、すぐに悟った。
「実は最近、軍関係者・・・とりわけ、女性の方に嫌がらせの類かな・・・を、働く輩がいるんだよ」

メモにある女性の名前はざっと数えて30人足らず。と、肉体派でない男性軍人数名。
全てが全て、違う方法で何かしらの被害を受けているようだ。余談だが襲われても返り討ちにした報告なんかもある。
「被害自体は大したことないのだよ。せいぜい酷くて軽い怪我を負わされるくらいだ。だが」
「・・・フェミニストな大佐様としては、関係なくても放って置けない、と?」
先ほどの件をいまだに根に持っているらしいエドワードの辛辣な嫌味にロイは曖昧な笑みを浮かべる。
「実際、全く関係がない訳でもないのだよ。何せ被害は軍関係者に限定されている。」
「テロリストの残党か何か?」
「ご名答。名前も人数も上がっているのだが、している事もせこいし現行犯でないと手を出せないという有様だ」
「へぇ」

よくある話ではある。
大方、根性のないのがテロリストの残党として残っているのだろう。
大きな事も怖くてできないけれど、テロの一員だという妙なプライドだけで起こした犯行らしい。
「・・・・馬鹿じゃねぇの?」
一言で切り捨てるエドワードに、ロイは軽く同意の意で首を縦に振った。
何より腹が立つのが、ロイではないが逆恨みも甚だしい理由で、か弱い女性等に手を上げるという所。
エドワードは紙片をロイに返すとこめかみを抑えて溜息を一つ、吐き出した。
「・・・・・んで、俺をわざわざ呼んだってのはもしかしなくても」
「察しがいいね。・・・この犯行は、『軍関係者』で、『か弱い存在』が主なターゲットなのだよ」

つまり、男とはいえ子供とは格好の狙いやすい標的な訳で。
「さて」

大佐地位にあるその男は、本当に飄々とした、あくまで楽しそうな表情で云う。
「此処まで言ったら、もう何故君を此処に呼んだか、察してくれるかね?」
「嫌ってくらい察しちまったよ」

恨めしげに、エドは『大佐』を睨みあげた。
何故、こんな目立つ場所で待ち合わせを希望したかも、何故アルフォンスの同行を拒んだかも。そして、軍に直接関係がある事を
誰か・・・この場合、何処かで見ているであろう犯人、に悟られない為、自分に司令部に直接来るのを却下した理由も。

「軍内でも有権者であるあんたと俺の、あくまで間接的な関係を、犯人に見せ付ける為にこんな目立つ場所選んだ」

「アルフォンス君みたいに見るからに頼りになる相棒を連れて来られると困るから同行を許さなかった」

「んでもって俺が国家錬金術師だって事を知られたくなかった、と」

代わる代わる言うものの、エドワードの声音にはすでに疲れが見えている。
そろそろピークか、と思われる頃になって、非常に楽しそうな男の声がエドワードに振ってきた。

「さぁ、問題だ。私は君に一体何をさせたくて呼んだか?」

はぁぁ、と。明らかに当てつけの意味を込めた溜息を吐き出して、律儀にもエドワードは答えた。
「おとり捜査に、協力しろって事だろ?しかも俺に拒否権無し」
「流石、最年少天才国家錬金術師殿」

頼んだ料理が届いたのとほぼ同時だったこともあって、もはやロイの科白に返す言葉もないエドワードだった。















to be continue・・・・

続きます(マジですか)。
ロイエド書く時は絶対辛うじてカップリングになるかならないかと微妙なラインを超さない程度で頑張ってます。
そう。だから今回、鋼のとデートだvなんてロイさんが考えてるなんてことは決して・・・・!!(嘘付け)
ちょ・・・ちょっぴり思ったけどネ★(もういいから死ねよお前)

CUTE FLUITの意味は『甘い果実のような君へ届けたい想い』。
・・・・なんでこんなに甘いタイトルかっていうと、最初犬夜叉の方で使いたかったタイトルだからなんだよね(爆死)。
私はノーマルだったらバカップルばっかり書きますので。あはは(乾いた笑い)。




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