“運命”だとか、“宿命”だのいう言葉なんて信じちゃいない。


それに縛られて、何もしてないのに最初から諦める奴は大が付くほど嫌いだ。


・・・そう思うのは、それこそ俺がそんな言葉に縛られたくないからなんだろうか?








 Sweet Kiss

















エドワードは、基本的に本を読み始めたら周りが見えなくなる。

その事実は、彼と何かしら深く関わった者にとっては周知の事柄であった。
そしてまさに今、彼はその状態に陥っていた。部屋に響くのは、忙しなさげに動くペンの何かを書く音と、
本を捲る音くらいのものである。その様子は、備品の調子がよくないという報告をしにきたハボックを驚かせる程だ。

彼曰く、
「いやぁ。大佐と大将って、会えばすぐ喧嘩してるようなもんだとばかり」
との事で、加えていつも『騒がしい』と称されるエドワードが、あまり仲がいいという雰囲気は漂わせていない大佐と二人して同室に居ながら黙々と書物を読み耽っているその姿は、彼の弟や、大佐はともかく、見慣れていないハボックにしてみれば十分珍しいものの一つだった。
「誤解するな、ハボック」
それまで彼同様、黙々と自分の作業に勤しんでいたロイが、やはり顔は上げずに言う。
「鋼のが私の発言で苛ついて喧嘩を吹っかけてくることは認めるが、私は別に喧嘩を買った覚えはない」

つまり、あっちが勝手に怒って突っかかってくるだけだ。自分は知らないとの事。
しかもそれを自覚していて尚止める気がないと暗に意思表示するのだから始末に置けない。
ハボックは一応の報告を済ませると、今度はエドワードに向き直る。
「それにしても大将・・・そんなの見てて面白いかぁ?」
ソファ越しに、腰を屈めて今エドワードが読み耽っている書物を覗き込むが、ハボックにはさっぱりだ。
うわ、目ぇ悪くなりそ〜、と呟いて少し間を空ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「おーい、大将〜?」
「無駄だ。その状態では多分お前が此処に来ているのすら気付いていないぞ」
「・・・マジっすか」

こんなにあからさまに真後ろから呼び掛けたりしてるのに?とハボックは驚く。
ついでに、大いに対抗意識を燃やしている。何に、とは知れぬ話ではあるが。
相変わらず、珍しくまともに仕事を片付けている上司にまた声を掛けるのも何だか憚られるし、だからといって
もう此処に用事はないけれど、このまますごすご帰るのは格好悪いと思う、・・・ので。

ハボックは、ずっとくわえっ放しだった煙草を少し深く吸い込む。そして。

ふぅー・・・

「どぅわっ?!」
いきなり顔面に煙を吹き掛けられて、エドワードはようやく気付く・・・と、いうか変な声を上げた。
多分、ロイの言う事が本当ならば、エドワードはハボックの訪問に気付いていないのだが。

それはどうやら見事に真実のことだったようである。
「うを?!少尉?!あれ、いつから居たの?」
「・・・・いーい度胸だ」
今まであれだけ周りで騒がれておいて今更『いつから』とは、と、ハボックは口元を引きつらせた。
「さっきからずっっっと居たんだがなぁ。大将が自分の世界入っちゃってるから気付かなかっただけだろーがっ」
そう言ってハボックはエドワードの頭を掴んでわしわし乱暴に撫でた。
「あだだだだ!縮む縮む!!」
「安心しろ。それ以上は縮まないと思うぜ?」
「誰がミクロサイズのどチビかぁぁぁ!!!」
「そこまで言ってない言ってない。」

空いた手をはたはた左右に振ってハボックは苦笑してみせた。
「そこまでじゃなくても言ったんだろうがっ!」
「お、言い返せるようになるだけ成長出来たなぁ大将」
「子供扱いすんなよっ!」
「いんやぁ その身長なら十分子供」
「身長のことは言うな!そしてさりげに子供扱い確定すんな!!」



いきなり目の前で漫才のようなやりとりを始めた、一応部下達に眼をやり、ロイは密かに溜息を溢す。
ハボック登場でいつもの状態に戻るのは構わないが、こっちは一応仕事中なんだから煩い、と。

言ってやるより早く、軽くノックされる音が聞こえてそれに応えた。
やって来たのはホークアイ中尉である。彼女はポットやカップやお菓子を乗せたトレイと束の資料を抱えた
状態にも関わらず、器用に扉を開けて・・・そこでふと、ハボックの存在に気付く。
「少尉、どうしたんです?」
「あ、ああ、いえね。演習場の備品が一部破損の報告に来てただけですよ」

ロイの方が上司なのだが、ハボックはどちらかといえばホークアイの方が意識的に敬意の態度を示すらしい。
まぁ、人柄を考えればすぐに分かる事ではある。彼女は優しいけれど、同じくらい厳しくて、怒らせると怖い。

さっきとは打って変わって手のひらを返したハボックの態度に、エドワードは暫く成り行きを唖然と見ていたが、
ふと彼女の荷物が気になって、ホークアイに近寄った。
「中尉、どれか持つよ」
「あら、有難う」

珍しい彼女の笑顔で、エドワードは心なしかどきりとする。
この年頃というのもあるのだろうが、エドワードは昔から母親の事もあって、年上の女性に弱い。
とりあえず、飲食の類のものを預かると、一旦客用の机に置いた。

そしてホークアイの方は、持って来た資料の束をロイの元へ持っていった。
ロイが露骨に嫌そうな表情をするが、仕事なんだからそんな顔する訳にはいかないだろうとエドワードはぽつりと思う。
「大佐、大変申し訳ありませんが、急ぎの仕事が出来ました。今日、明日中には仕上げて頂きたいのですが」
「・・・あぁ、分かった。じゃぁ中尉、これまでやった分の書類のチェックをお願いするよ」
「はい」

書類を受け取ると、ホークアイはくるりと、エドワードとハボックに向き直る。
視線の端で、ハボックが少し硬くなるのを、エドワードははっきりと見た。
「・・・じゃぁ、エドワード君、引き続き、大佐の見張りお願いね。・・・尤も、最近は本当に真面目にしているみたいだけれど」
「はい」
「それと、ハボック少尉・・・『休憩』は構わないけれど、ほどほどにね」
「・・・はい・・・・」
「そこのお菓子は、適当に食べてね」
「あ・・・、有難うございます」

そんな短いやりとりを済ませると、ホークアイは足早に執務室を後にした。
何だかんだ云っていても、大佐の補佐をするくらいの人物なので、ロイ同様多忙なのだろう。
それはそうと、やっぱバレてたかと苦笑を溢していたハボックだが、ホークアイが出ていった途端、再びエドワードに向き直った。
「ところで大将一人で来たのか?弟は・・・」
「ああ、ううん。一緒に来てる。でも今は図書室に入り浸り」

あっさりと答えるエドワードに、ハボックは少し不思議に思う。
「珍しいな。一緒じゃないなんて」
「大佐に許可は貰ってるし。俺ほどじゃなくてもアルも結構本読み始めたら周り気にしないからなぁ」
「じゃなくてだな。俺が言いたいのはいつも一緒にいるのに何で・・・・」
「あぁ・・・・・」
エドワードががりがり頭を掻き毟って暫く逡巡させていたが、ふとハボックに耳を貸せと動作で言う。
ますます不思議に思ったが、とりあえず一回ちらりと自分の上司が、増えてしまった書類に悪戦苦闘している事を
確認して、ようやく彼にあわせるよう腰をかがめて耳を貸した。

エドワードが言ったのはたった一言だ。

「図書館はともかく此処も一応『軍』内だから落ち着かねんだって」

何だかコメントに困る一言である。
だけどハボックは納得いったという風に頷いた。
やっと顔を離して、それに、とエドワードは小声で付け加える。
『大佐には言ってないけど、それで昨日アルと喧嘩したんだ。だから余計気まずくて・・・』
『・・・成る程』
「それより」
唐突に掛かった声に驚いて、二人は一斉にロイの方を振り返った。
今度はそっちのリアクションににびっくりするロイである。
「―何だね二人して」
「い、いや別に・・・」
「ははは・・・」

多少納得いなかそうな表情のままだが、無理やり仕切りなおすとロイは言う。
「ハボック、お前いい加減持ち場に戻ったらどうだ?演習場を放って来ているのだろう?」
「え、まぁ・・・じゃあ帰ります」
じゃぁ、って何だと言い掛けたが辛うじてその言葉を飲み込むエドワード。
ハボックは、ロイに頭を下げると、通り様にじゃぁまたな、とエドワードに言って執務室を後にした。
さっきまでそうだったものの、また二人きりにされたことに、エドワードは何だか気まずさを感じた。
せめて、昨日アルフォンスと喧嘩をしていなければ、資料を取りに行くという口実で図書室に行けるのに、
今はそのアルフォンスとさえ気まずい。
仕方なく、お決まりの来客用のソファに腰を落ち着けると適当にお茶を注いで喉を潤した。
そこまでして、ようやくロイの視線が書類の文章ではなく、自分に向けられている事に気付いた。
「大佐、何?」

悔しさもあり、エドワードは極力冷静な口調で尋ねる。
「・・・いや何、ハボックとは随分楽しそうに話していると思ってね」
「聞きようによってはやきもちに聞こえんだけど?その発言」
「そうだよ」




―――――

一瞬。瞬きを、息をすることさえ忘れた。
むしろ、心臓を動かす術すら忘れたという錯覚に陥る程に吃驚して、危うくカップを落としかける。
さっき、この男はなんて言った?

冗談で終わらせる一言の筈が、今、あのいつも飄々とした男はそれを認めてしまわなかったか?
エドワードはここまで動転して、頭の回転が鈍っている自分を少し恨めしく思い、その元凶の相手を軽く睨んだ。
しかし彼は怯むどころか続けて言ってくるのだ。
「本気だよ、エドワード」

いきなりの、彼の口からは聞き慣れぬ、愛称ではない自分の名前にエドワードはびくりと体を強張らせた。
「なっ・・に気持ち悪い事言ってんだよ!いきなり名前呼びだし・・・」
言葉とは裏腹に、真剣そのものの漆黒の双眸に射竦められ、物を考えることすらも止められた気になってしまう。
どうしよう・・・と、必死にこの状況から抜け出す方法を考えている、と。

ぱっと、先程までの視線や雰囲気が突然綺麗さっぱり消え去った。
そしてその彼の表情はさっきまでの、何処か思いつめたような、でも何となく思い遣りの詰まった表情ではなく、いつもの
喰えない笑みを浮かべる『大佐』の表情に戻っていた。
その豹変ぶりはさっきのハボックすら越える早業で、エドワードも何がなんだかという風にぽかんとする。
「・・・なーんて、な」
「んな゛っ・・・・・!!」

「冗談だよ、『鋼の』。・・・それとももしかして本気にしていたかい?」
「ばっ・・・!そんなんじゃねぇよ!それに仕事!手ぇ止まってんぞ!」

失態だ、とエドワードはいよいよ本気で悔しくなった。
いつもそうだ。この上司には、世話になるのと同じくらい、何処かで必ず翻弄されてしまう。
それに踊らされまいと頑張っても、結果的にそうなってしまったことだって星の数程ある。
勿論悔しいのはこっちだけだし、意趣返しに罠を張ったって、ロイは軽くそれをあしらってしまう。

その度に思い知らされるのだ。
身体的だけではない。精神的にも、彼と自分の間には大きく“差”があるのだと。
せめて同格にすらなれない自分を、もどかしくも思う。少しでも、同じだったらいいのにと、切に・・・・

「鋼の?」

ロイの不思議そうな声音に気付き、エドワードはぱっと面【おもて】を上げた。
一瞬、ロイの驚嘆した顔が目に入ったが、ともかくだ。

もうひとつの新しいカップにお茶を注いでどん!と零れなかったのが不思議なくらい勢いよく机に置くと、
「休憩する時に飲め!」

もはや上司に敬語を使うどころか命令口調なのだが、エドワードは気付かない。
今、彼が何を感じて自分をじっと見ているのかも、見られている事すら。

「俺・・・アルに用事あるから抜けるけど、サボんなよ大佐!」

そういうと、本当に足早に執務室を去っていった。
そして残されたロイは。


波紋を立たせて、やがて消えたカップの中を眺めていたが不意に、額を押さえると崩れ落ちるように机に突っ伏した。

折角、ついぽろりと出てしまった本音を冗談の一言でごまかしていたのに、“あんな”顔をされては堪らない、と。
慌てて消えた、変な時にポーカーフェイスが苦手な少年を思い出して、思わず声を殺して笑った。

(あんな・・・恥ずかしさしかない表情をされてはなぁ)

嫌悪くらい見せてくれればこちらも期待しないで済むのにと、見当外れなことも思ってしまう。
同時に死ぬほど嬉しがっている自分が何だか滑稽に思えた。



「さて」




次に彼が戻って来た時、私はどんな顔で彼を迎えようか。


そんな意地悪めいたことを考えている彼の思惑に、またエドワードがまんまと引っ掛かってしまうのは、30分後である。




Fin

そろそろ本格的に恋愛に転がしていこうかななんて思うので。
でも暫く大佐はエドの反応見て楽しむ気満々なので告白だのはしませんね。冗談に見せかけてなら何回でも云うでしょうけど。
私が漫画書くと何かめちゃくちゃ大佐が可哀想です。愛があるんだかないんだかって感じだし。小説と偉い違い・・・。

今回、タイトルでキスすんのかな?みたいな感じで引っ掛かった人何人いるかなぁ?!(すごく楽しそう)
ちなみに意味がない訳でもないのよ。えぇっと。
甘美なキスの時間に見合うような、楽しい時間という代価を払うから、頂けるかな?大切な人との時間。と、いうか(照れで曖昧)
てか、最終的に何処が面白かったってやっぱハボさんとエドのやりとりだろう(笑)

ちなみに、これにリンクした話でアルエド(勿論カップリングではない)とかあります。書けたらいいな・・・・。


永遠の約束なんて曖昧なもの要らない。俺達は今が全てなのだから。

悪足掻きでもいいさ。運命なんて言葉で可能性を棄てるより、ずっとずっと。




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