初めて会った時から思っていた。


「熱心なのも構わないけどね。偶には顔くらい見せに来なさい」


儚く、危うい影を落とすかと思えば、いきなり誰よりもしぶとく逞しく生き生きとしている瞳。


「へいへい。善処はしますー・・・っだ」


『義務』以上の関心を、この子供に持ったのは、いつ頃からだったのだろう?









Sugar Box












「前回、会ったのは確かまだ少しは暑かった時だったかな?」
「は?」

彼女の上司は時々、何の脈絡もない事柄から、いきなり話を振ってくる事が多々あった。
今程のそれもまた然りである。

気付けば彼は、書類の署名を綴るその手を止めて、はらはらと落葉していく季節の風物詩に視線を向けていた。
彼女は一つ、咳払いをして“彼”に注意を促した。
手が止まっている、というのと、先程の会話の主な人物は誰か、という問い掛けを含めたものだ。
彼は、ようやく合点がいったという風に、あぁ、と視線を書類に戻して答えた。
「鋼ののことだよ」

それは、彼の思考に現れた少年の、その双肩に背負う二つ名だ。
彼女・・・つまり、ホークアイ中尉は僅かに眼を細めた。
「・・・そうですね。もう二月程は顔を見ていませんね。心配ですか?」
「まさか」

彼女の問い掛けに、大佐という地位を持つその男はくくっと意地の悪い笑みで答えた。
「あれの行動は些か派手すぎるくらいだ。待っていなくてもすぐ情報が入ってくるよ」
「・・・そうですね。確か先週もエドワード君絡みの事件の報告がありましたが」

「あぁ。一応片は付けられたようだよ。代わりに加害者は派手な損害を被ったそうだがね」

言葉の終わりと同時に、署名を済ませた資料の束をホークアイ中尉に渡して、チェック頼むと伝える。
軽く敬礼すると、彼女は戸口へ向かい、そこで一旦足を止めて“大佐”に向き直った。

「・・・昨日、エドワード君から電話があったそうです。近々こちらへ帰ってこられるかと」

ぱたん。


扉を閉めて、ホークアイ中尉は、珍しく呆け顔になった上司の顔に本人の前では何とか耐え切って、
だけれど扉を閉めた瞬間耐えられなくなって、彼のそれよりも更に珍しい微笑を湛えている自分の口元を押さえた。



ぎぃっ、と。
明らかに造りの良い椅子が小さく軋んだ。
彼は、右手で顔を覆うと、毒づいて呟いた。

「・・・どうして態々人が非番の時に掛けてくるかなぁ あの豆は・・・」

本人が聞いたら言うまでもなく激昂しそうな科白である。
第一、大佐がはっきりと休暇が取れるのは何時かとかいうものをあの少年が把握している訳もあるまいに。
少年同様、なかなか精神面はアンバランスのようなロイ・マスタング大佐である。










「何か久しぶりだよね。東部に戻るの」

弟の言葉で、電車の適度な揺れに睡魔が来そうだった意識が呼び戻された。
「・・・そーだな。」

言葉少なに返すその声には幾らか憮然としていると主張しているような声音が混じっていた。
アルフォンスは少し不思議に思う。
「どうしたの兄さん?帰るの嫌なの?」
「いや、ううん。そうじゃないけどさ。報告書もいい加減出さなきゃだし、皆元気にしてるかなって思うし」
「でもすっごく不服そうだよ?」

弟の鋭いつっこみには、気性故か毎回負けてしまう兄のエドワードである。
苦笑を零すとやっと言い難そうに白状した。
「いや、大佐にさ。せめて顔くらいはちょくちょく見せに来いって言われてたんだよな」
「・・・ちょくちょくどころか、ここ二月くらい音信不通だったじゃないか」

アルフォンスは納得いく。それを大佐に言われるのが嫌なんだと。
「大佐、やっぱり心配なんじゃない?兄さん行く先々で派手にやってるから」
「うっ・・・だけどやっぱ悪いかなって思って昨日電話入れたし・・・」

東部に戻ると決めた昨日やっと連絡入れただけじゃ意味ないじゃん、というつっこみをアルフォンスはすんでで飲み込む。
代わりに浮上した疑問を持ち出した。
「でもじゃぁどうして戻るのが嫌なの?もう言ったんでしょ?」
「・・・大佐、昨日非番だったんだよ。」

要するに、本人とは直接連絡を取っていないから何を言われるか分からないので嫌、とそういう訳である。
アルフォンスは自業自得とはいえ何だか兄が不憫に思えた。
「仕方ないんじゃない?大佐は恩人でもあるし、上司でもあるんだから」
「そりゃ、そうだけどさぁー・・・アルも一回一緒に大佐の愚痴聞いてみるか?はっきり言ってムカつくぞ?」
「ただ的確なこと言われて言い返せなくて悔しいってだけじゃないの?」

流石アルフォンス。
長い付き合いから兄の性格なら大抵把握も理解も出来ているということか。
いきなり図星を突かれ、エドワードは言葉に困る。

最年少で国家錬金術師の資格を取った天才と言われているエドワードだが、こういう所はまだまだ年相応なのだった。





それから数時間後。

エルリック兄弟の予定では、東部に着くのは今日中、東方指令部に行くのは宿を確保出来たら明日すぐに、だった。
それが、何処をどう間違ったのか、彼等は現在、ロイと鉢合わせている。

「や、鋼の」

明らかに嫌そうな表情を浮かべるエドワードを露骨に流して片手を上げた。
アルフォンスの方は律儀に頭を下げるがエドワードの方は、今からでもきっかけさえあれば多分間違いなく逃げ出しそうな雰囲気を全身から醸し出している。
証拠に、仮にも上司であるロイに対して、挨拶もそこそこに周囲をきょろきょろ見渡している。
普通ならばここで無礼だと叱責を受けても仕方がない。

「・・・さっきから落ち着きがないが、どうしたんだね?鋼の」

「え?!あ・・・・いや、別に何でも・・・」

言葉を濁らせるエドワードに、ロイは失笑を禁じえない。
無論、自分が笑われた事に気付いたエドワードは、怒ってムキになるのだけれど。
「何笑ってんだよ!・・・いや、それより何で『大佐』がこんな所にいるんだよっ」

聞こえよがしに大佐という単語を強調して云うエドワード。
勿論、傍目には純粋に驚いている少年にしか見えないその姿だが彼の真意は
「仕事サボってるんならホークアイ中尉から後でどんな言葉が来るか判ってんのか?」である。

ロイは、『こんな所』である駅構内を見回してみせて、そしてエドワード曰く、気障ったらしいウィンクという行動を惜しげもなくする。
エドワードは何となく冷静な面持ちで、これに落ちた女は一体何人いるんだろうと考える。
だが表面上のジト目は変わりない。
「いや、何。少しは連絡入れろというのに無視して二月も音信不通だった何処かの誰かが帰ってくると情報を受けたのでね。
これはのろのろ仕事をする訳にもいかないだろうと急いで済ませて来た所だよ?何処かの誰かさん?」

ロイは意地悪い笑みを浮かべると不意に、エドワードの、まだ子供特有の弾力のある両頬を軽く抓った。
「いっいひゃいっへ!はいは!」
「何を言ってるか分からないなぁ。もうちょっとちゃんと発音してくれるかね?鋼の」

とか言う割には、エドワードがどっちに身を捻ろうと抓っている手を離す様子はない。
暫くぽかーんとその様子を眺めていたアルフォンスだったが、いい加減本気で怒り出しそうな兄の表情に気付いて
ようやく止めに掛かった。
「ほらほら兄さん抑えて!大佐も。目立ってますよ僕ら」

その言葉に、とりあえず駅構内からそそくさと人々の苦笑に後押されながら出て行った三人である。




「ったく!大佐も大佐じゃんか!」

ようやく解放されたものの、ひりひり痛む頬を押さえてエドワードが愚痴る。
しかし、そんな彼の科白なんてどこ吹く風で、大佐は飄々とした態度を崩さない。
そのままこんな状態で歩くのも何だったので、アルフォンスはフォローを入れた。・・・ただし、大佐に対してだが。

「連絡くらい入れてたらそんな事されなかったんだからさぁ。ちょっとは反省したら?」
「うぉ?!裏切るかアル!?」
「裏切るも何も、ちゃんと言われてたんでしょ?怠ったんならそっちが悪いんじゃないって言ってるだけだよ僕は」

2対1でエドワードは悔しそうに唸り、そっぽを向くと「そりゃ悪うございましたっ」とやけくそ気味に叫んだ。
そんな兄弟のやりとりを見ていると、微笑ましくなる。
「これじゃぁどっちが兄か分からんな」

ロイの言葉にアルフォンスはそうなんですよぉ、と疲れきった声で答える。
「何せ兄さんってやる事なす事やたら派手でしょう?しょっちゅういろんなものに巻き込まれるから見てる方がハラハラしちゃって・・・」
「俺だって好きで面倒ごとに巻き込まれてる訳じゃねぇの!」
「そうかい?その割にはたった二月分だけで報告書を軽く山3つは作らなくちゃいけないんじゃないかい?」

ロイのセリフに、エドワードは露骨に身体を強張らせた。そしてぎぎぎ、という擬音が似合いそうな動作でロイを見上げる。
その表情には少しの驚きと、多大な面倒臭さが含まれていた。
ロイはやはりどこか喰えない態度で、エドワードの頭を撫でて云ってやった。

「私の情報網を甘く見ない方がいいぞ、鋼の。・・・暫くは報告書を書くので東部から離れなくなりそうだな。」

彼の目が如実に面白がっている事を伝えていて、エドワードは面白くない、と顔を顰めた。
「見てろよ大佐。すっげぇ大作作ってあんたの仕事増やしてやるから」
「おや、それはそれは。楽しみにしているよ」






ロイは、いくら根気と負けず嫌いさがあっても、アルフォンスのストップや、備品の有無の関係で、
最低でも彼が司令部に顔を出すのは1週間先だと踏んでいた。
だが、それを訂正しなければならなくなるのは、たった三日後の事であった。
いつも通り、そこそこまじめに職務をこなしているロイの元に、エドワードが疲弊しきった表情でやって来たのだ。
ちなみにアルフォンスは、その鎧の体の所為で表情は読めないが、多分間違いなく呆れきっている。
ついでに、近くに待機していた中尉に仮眠室を借りられるかどうか尋ねているのは、この後、
エドワードが取る行動を把握しての準備なのだろう。用意周到というか、何というか。
仮眠室の確保や準備をするらしいホークアイとアルフォンスは連れ立って執務室から出て行ってしまった。

とりあえず・・・
「まぁ、突っ立ってるのも何だから座っていたまえ」
ロイがエドワードに来客用のソファを勧め、エドワードが座るのを確認すると、ロイはようやく本題に入った。
「まさかこんなに早く君が来るとは思わなかったよ。・・・それで、この短期間に超大作は出来たかい?」
既につっこむ気すら起きないのか、エドワードは出来たからきたんだよっと言いつつ、さっきまでアルフォンスに持ってもらっていた、少なくともエドワードの身体には不釣合いな大きさの紙袋から、すごい量の報告書を出して、机にどんと置いた。

多少の殴り書きは見受けられるものの、ちらっと見ただけでも報告書としてはなかなか興味深いものに仕上がっていた。
ロイは半ば、表情に出さないながらも驚く。毎度の事ながら、この子供は、年不相応な内容の報告書を出してくれるのだ。
ふとそのエドワードの方へ視線を向ければ、睨むようにこちらを伺っていた視線とぶつかった。

(毎度ながら、この視線は凄まじいものだなぁ)

エドワードとしては、報告書の良し悪しを気にしているだけなのだが、それでも無意識に写される意思の強い瞳は『誰か』を見入らせるには十分だった。
「・・・で、どうなわけ?大佐。いいか、悪いか」
焦れたようにエドワードが訊く。
それではっと我に帰り、ロイは少し眉を顰めて応えた。
「・・・残念だが、なかなか面白い具合にまとまっているよ。・・・・今の所はこれでよしとしようか」
「残念ながらって何だよ」
彼の余計な一言で何だか素直に喜べないエドワードはぽそりと呟いた。
「言葉通りだよ。これでつまらないものだったらそれをネタに君を苛められたかなって」
「大人げねぇよアンタ」

云って見せるが、その瞬間、大きな欠伸が出てしまった。その様子にロイは苦笑した。
―と、ついでに・・・・。

「じゃぁもう俺行くから」
そう言って執務室を後にしようとするエドワードに、大佐は待ったを掛けると、彼を手招きした。
「?」

どうやら、横に来いという意味らしいが、エドワードには全然要領を得なかった。
ただここで断ったら『上官命令』という名の強制命令に変えてしまいそうな雰囲気をまとったロイには逆らわない方が身の為、ということだけは野生の勘とでもいうか、もう一人の自分の『友達』とやらが告げて来た。
仕方なく、眠さでふらふらする体を引き摺って、大人しく傍まで行ってみた。



ふわり。



「へ・・・・?」
突然の事で、いまいちよく分からなかったが、ようやく思考回路が正常に働き出した時、エドワードは別の意味で混乱した。
いつものロイの営業用スマイルがふっと消えたと思ったら、抱きしめられて、頭を撫でられていて。
「何のつもり?」
それが妙に心地よくて、大した抵抗もせずにエドワードは尋ねた。
「いや、こんな量をよく三日そこらで出来たな〜と思ってご褒美」
「嬉しくねぇし」

相変わらずの科白に、ロイは苦笑を零した。
ついでに、明らかに眠たそうな声音にも気がついて。
「このまま眠ったって構わないよ。後で仮眠室に運んであげよう」
「・・・アンタに借り作んのだけは ご免・・・・・・」

そう言いながらも、エドワードは既に小さな寝息を立てていた。
そこへタイミングよく、ホークアイとアルフォンスが戻ってきた。そして同時に、二人の状況を見て呆れる。

「丁度よかった。鋼のを仮眠室に運びたいから手伝ってくれるかね?」

ロイの言葉にアルフォンスははっとする。
「あっいいです!僕がやりますよ」

近寄って替わろうとしたアルフォンスの申し出を丁重に断ると、ロイはエドワードをおんぶでそっと運んだ。
「構わない。この負けず嫌いを賞して私が直々にやってやるさ」



扉の傍に佇んでいたホークアイは、ふと気がついた。
上司の心底楽しそうな表情に。



おろおろとするアルフォンスに手を置くと、苦笑が混じったような表情で言った。
「今だけはあなたのお兄さん、貸してあげてね。何だかうちの上司はお兄さんに構いたくて仕方ないみたいだから」









Fin

初 ロイエド小説。
やべぇ大佐の一人称が分かんなかったのでロイで通したけどマスタングにした方がよかったかな?(汗)
とりあえず、いわゆるボーイズものって、男同士だと、受けが女々しくならないようにするってのが私のコンセプトです。
これは前回と違って明らかにカップリング入れるつもりで書いたので・・・エドが女々しくならないように注意はした・・・。
だから私ほのぼのエロなしが好きなんだってばー!甘々も嫌(ノーマルに限りOK)。
とりあえず、そっち系苦手な人でも見れる程度のものを目標に書きましたとさ。

てか、エドは色欲なさそうで、大佐は気になるからって理由でエドを苛めてるっていうイメージが(笑)。
ていうかゲームでの大佐のイメージキツかったみたいで、言動がアニメ寄りですね。大佐。
余裕があればハボさんとの会話も入れたかったけどエド寝不足だから無理っぽかった(お前が書いたんだろ)。
で、『Sugar Box』の意味ですが、私的には大佐の心境?
「君に抱いた関心は一体何に属するのだろう?分からない、分かっちゃいけない気がする。
だからせめて。この関心を閉じ込めて出せないように出来る箱が欲しい」みたいな感じで。

抑圧している大佐?(大笑)何をやねん。基本的に季結は同性愛は構わないと思いますよー。
周りでいちゃつかれるのは(ウザくて)絶対嫌だけど、愛し合ってるならいいじゃんって思います。




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