『彼等』はともかくとして、一応あの子達に用意した分をどうしようとも考えたけれど
どうやら無駄で終わらずに済みそうね。
February 14
2月14日とは、云わずと知れた甘いムード漂う日、というのが、ごく一般の世間での認識だ。
男女に関係なく愛、または親愛の意を込めたチョコレート等の菓子をプレゼントする日。
だが、それはあくまで世間一般での認識の話であって、実際、日々治まりを見せないテロリストの破壊活動やクーデターのせいで相変わらず忙しい軍部には関係のないことだ。
その筈なのだが。
「大佐ぁ、それ何箱目?」
呆れたように吐き出されたその声は、軍部内には何とも不釣合いな、高めの少年のもの。
まさにたった今、上司の部屋を訪れようとしていたリザはその声を聞きつけ、ノックしようとしていた右手を止め、瞳にだけ軽く驚きを表すがそれもほんの束の間のことで、気を取り直し、軽くノックの音を響かせた。
入れ、と短く告げられ、左手に抱えていた書類の束を持ち直し、「失礼します」と扉を開ける。
中には予想通りの光景が広がっていて、リザは思わず綻びそうになる表情を無理やり正すと、その部屋の主であるロイが僅かに眉を顰めるのを目の端に捕らえた。
「大佐、これお願いしますね」
元は可愛らしくラッピングされていたであろう中身のない箱の横に、書類を置いた。観念したか、ロイは小さく吐息を吐き出した。
勿論、それは自分の来訪に対してではなく、自分の持ってきたものに気付いてのものだが、そこまで嫌そうにされては・・・。
「仕事なのに嫌な顔してんなよ大佐」
溜息をついて、彼女が諌めようと口を開くよりも早く、少年・・・エドワードが先にロイを揶揄したのでリザは開きかけた口を閉じて本当に、という意味を込めて深く頷いた。
ロイはというと、そんな言葉にさしたダメージもなさげにケロリとした態度で、自分の横に置かれた4つほどの書類の山を指差し、
「だがこれだけあるのに追加されれば誰だって嫌だろう?」
「分かるけどそれ顔に出したら頑張ってる中尉が可哀想じゃん」
珍しく子供議論を持ち出したエドワードに、リザは苦笑をこぼし、ついでに話を振った。
「お帰りなさい、エドワード君。今日帰ってきたの?」
「あ、いえ。昨日の夜に・・・」
さすがに夜中に顔を出すのもどうかなって・・・とばつが悪そうに言うエドワードに、リザは微笑して首を横に振る。
「構わないわ。最近、誰か一人は絶対残っているから」
ちらり、と書類と格闘中の上司に目を向けてみれば、聡い少年はすぐに意味を汲み取ったらしく、納得してこくこく頷いた。
「ところで、アルフォンス君は今日、一緒じゃないの?」
「うん。今までの報告書提出に来ただけだから」
しかし、エドワードは見た限り今さっき来たばかりという風には見えなかった。結構居座っていたように見えるし。
何よりこのシーズン、ロイ宛にと届けられた菓子類の、甘ったるい匂いが執務室いっぱいに広がっているし。
別に甘党というわけでもないのにこんなに大量に貰って毎年処理に困っているというのが実情だし。
だけど女性の好意を無碍には出来ないと律儀に全部受け取るのがロイ・マスタングという男だし。
要するに、その菓子の『処理』を彼に助けてもらっているというのが現実だろう。
実際、彼が先ほどまで座っていた来客用のソファにも、チョコレートの包装紙が見えていた。
リザの視線に気付いて、エドワードは苦笑とも取れる笑いを浮かべてとりあえず言わせてもらうと、と言う。
「貰っておいて食べきれないからって俺に回すなって感じかな」
「そうね」
確か去年も一昨年も同じ事を言っていた気がする、とエドとリザは同時に思ったがそれを知る由もない。
「だから、女性の好意はだな・・・・」
「耳にタコできるくらい聞いたからもういい」
すかさず主張しようとするロイの言葉にうんざりした感を全く隠さずエドワードが即座に拒否した。
勿論のこと、それはリザも同じである。
ついでに云うならばその『好意』とやらがどれだけ自分に向いているのかというのも自覚してこれ以上増えないよう改めた方がいいんじゃないかとも思った。出世が絡むならば仕方がないとしても。
そんなことを考えながら、エドワードは5箱目を突破したダンボール箱の山を見上げた。
それでついでに思ったのが。
「エドワード君」
「何?」
呼ばれて振り向くと、そこには世にも珍しいリザの笑顔。不意打ちにエドワードは少し頬を朱に染めた。
「渡したいものがあるの。少し付き合ってくれるかしら?」
「あ・・・・うん」
半ば放心状態な声で答えるエドワード。
やはり彼は年上の女性には弱いようだ。環境が環境だったからか、元からなのかは知れない所だが。
とりあえずロイに軽く会釈をするリザに続いて執務室を後にした。
「男としては悔しいっていうのかな。少尉の気持ち、ちょっと分かったかも」
長い廊下を歩きながら、エドワードはぽつりとつぶやいた。それが何を指すのかはすぐに分かる。
「毎年あんな調子だから仕方ないわ。大佐の性格も、あれだし」
義理は貰えど本命は貰えず。毎年ハボック含め、殆どの男性軍人はそんな感じだ。
特にここ、当方司令部なんかは、ロイの人気が相まって特にその傾向が他の司令部よりも強い。
しかもそれだけならばまだしも、いいなと密かに思っていた子に「これ、マスタング大佐に・・・」などと頬を染めて可愛らしく言われた日にはもう不貞腐れて翌日休んでも、その渡された本人であるロイを除くほぼ全員、気持ちが痛いほど分かるので何も文句が云えなくなってしまうという有様だそうだ。
直接その場を見たこともないし、別にモテたいと思ったことのないエドワードにとって、それはあまり実感なんて沸かない話だったし、実際にそこまで思いつめなくても、と半ば冷静につっこみを入れたくなることすらある。
つまり彼はそっち方向についてはてんで欲がない・・・というか、元の体に弟と共に戻るという目的以外に欲が回らなくなっているのではないだろうかとは一体最初に誰が言った事か。的を得ている発言だと思ったのはリザもだった。
だから彼の発言も、別に誰かに好意を抱かれたいといったたぐいのものではなく、単純に対抗意識を燃やす相手に負けたという心理から来たものなのだろうとリザは見切りをつけて、そんな所はまだ子供なのだと少しくすぐったい気持ちになる。
「エドワード君だって、何度か貰える事もあったんじゃない?」
子供で、しかも最年少国家錬金術師ということで、軍内を普通に出入りしているエドワードは、
元々人懐っこい性格なのもあって、ロイ直属の部下達には勿論、女性職員にもすごく気に入られている事は明らかな事実だ。ついでに本人は多分間違いなく自覚していないだろうというのも事実である。
旅から旅への根無し草の生活を続けている彼らがここに訪れたのは本当に久々だけれど、それにしても
義理としていくらか余分に持ってきた人の一人や二人はいるだろうに。
彼はうーん、と少しだけ逡巡してきっぱりと答えた。
「フュリー曹長にはおやつで貰ったよ」
ああ、やっぱり。
自覚していないのねと、リザは変な時にやたら鈍いこの少年を微笑ましく思った。
「そういうものじゃなくって、異性にね」
「・・・あー、くれる、とは言ってたけど受け取ってない」
これまたさらりと答えが返ってくる。
「どうして?欲しいのなら受け取ればいいじゃない」
「うー・・・・」
そうこう話しているうちに給湯室について、リザは手招きでエドを呼んだ。
彼が寄ってくると、リザはポットをしまう棚の中に置いてあった紙袋をごそごそ漁って、ようやく目的の物を見つけたらしく
それをエドワードに渡した。反射的に伸ばされたその手に乗ったのは、片手のひらよりも少し大きめの箱二つ。
一つにはエドワード君へ。もう一つにはアルフォンス君へ。と、ご丁寧に名前まで書いてくれている。
シンプルで、いかにもリザらしい包装がされた、明らかにバレンタインデー限定の贈り物のそれだと分かって。
暫く状況が飲み込めていないような表情をしていたエドだったが、たっぷり10秒ほど経ってようやく「えぇ?!」と驚嘆の声を上げた。
「アルフォンス君にはどうしようって考えたんだけど、思いつかなくて。気持ちだけでもって用意してみたんだけど」
申し訳なさそうに弁解の言葉も入れてみるのだけれど、エドワードは依然、呆気に取られたままの表情だ。
「・・・要らなかったかしら?」
「へ?!いや全然!まさか貰えるなんて思ってなかっただけだし!有難う中尉!」
慌てて礼を述べるエドワードに、リザもようやく安堵を表情に浮かばせた。
そして、彼女にしては珍しく楽しそうな素振りで言った。
「本当はまだ、休憩時間じゃないから、皆には内緒ね」
綻ばせる顔が妙に暖かくて、エドワードは安心感を覚えた。それとともに、今日は珍しい彼女の微笑みを、こんな間近で何度も拝むことになっている訳だが、明日反動で何かあったら嫌だなぁなんて、余計な事も頭の隅で考えてしまう。
「・・・・・・中尉」
「何?」
「俺らって、根無し草な生活してるし・・・帰る場所なんてなくしてきたって思ってた。こういうイベントだと、絶対に義理だって、こういうものくれる人いるけど、それってどうでもいい存在みたいで、何となく嫌だったんだ。でも、中尉は『俺達に』って用意してくれてたから」
どうでもいい、ついでだからなんて渡されるものは要らない。
だけど、おれたちにとって、おれたちが居なくちゃおかしい場所なんて要らない。
矛盾した言葉だけが、この時期になると特に、エドワードの心を占める。
決して、アルフォンスにすら言わない事だ。子供のようなプライドと、大人のような考えから生じた、矛盾。
今まで誰にも打ち明けることはなかったけれど、この人にだったらと、エドワードは思った。だから、言った。
「すっげ嬉しかった。本当にありがと」
そう言って笑うエドワードは酷く純粋で、リザは母性本能というものを疑似体験する羽目になった。
だがそんなものを顔に出すほど、慌てないのも自分だということを彼女はよく理解している。
「じゃぁ、名前を書いていたのはあなた達にとってはプラスだったということね。」
「まー、そんなとこ」
そしてやたらそわそわするエドワードにふと湧き上がる疑問が一つ。
「あなたに最初に渡せたのって、ウィンリィちゃん?」
今度こそ、エドワードは完全なる挙動不審に陥ったらしい。
顔が林檎も真っ青なくらい赤くなって、でも必死に平静を保とうとしていて、結局目が泳いでいる。
この分ではどうやら図星のようだ。
普段なら人の込み入った事は決して聞こうとしないリザだが、どうやら彼女自身も気付かないうちに随分饒舌になっていたらしい。
「と、いう事はここにはリゼンブールから来たということね?」
「〜っ苛めないでよ中尉〜!」
とりあえず、自分が箱を持っていることは念頭に置いているらしく、持った方は大人しいが余った片手を必死に上下させるという姿はやっぱりどこか可愛げのある15歳の少年そのもので、リザはまた、小さく笑みを浮かべた。
その後、暫くしてエドワードが是非中尉にお礼が云いたいと言う弟の頼みで司令部に連絡したら、出てきたハボックがやたらと上機嫌なのでどうしたのかと問えば、先ほどリザにチョコを貰ったとそういう話。
彼的には、ロイ直属の部下の中で、真っ先に貰えたというのと、手作りというのがポイントなのだと豪語してくる。
たとえ義理だろうがなんだろうが嬉しいね、と告げてくるハボックに軽くよかったな、少尉なんて返しつつも、エドワードはしみじみと思ったそうだ。
(ハボック少尉には絶対、「多分最初に貰ったの俺かも」なんて口が裂けても言えない・・・)
吐き出す息はまだ白いけれど、なんだか暖かく感じるそんな一日。
FIN
エドアイ?アイエド?(笑)さりげなくエドリィとか入れてみましたが。あ、あとハボアイ?(大笑)
いやいやぶっちゃけほのぼのだからカップリングは・・・あ、でもバレンタインデー話だしなぁ。
時間軸としては2月14日の午後5時頃想定で。
と、いうわけで。11日の真夜中、寝ようとした瞬間思いついて時間ないにも関わらず締め切り間際の作家みたいな心境で(笑)頑張って書き上げ。てか私本館の犬夜叉放っぽって何書いてるんだろうね(苦笑)。(2/12記)
とりあえずロイさんとハボさんの方のおまけとか書いてみました。
おまけ『February 14〜Another Story〜』
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