Break And Break・・・
早く早く早く早く早く早く早くはやくはやく はやく は や く・・・・・・・
どさどさどさ。ばさばさ。ぱさ。かりかりかりかりかり。ぱらぱら。かり、かりかりかりかり。
恐怖のようなものに駆られて、呼吸をする間すら煩わしそうに、紙にメモ書きをする、その手の動きすらももどかしくて。苛々する。
乱暴に前髪を掻き揚げて、腹立たしげに舌打ちする。鋼の腕は不便だから、無理やり変えた利き手。血が染み込んだペン。とっくに、弟には気付かれているだろう。物云いたげに、表情を表すことの出来ないその顔で、じっと自分を見つめるのに気付かない程、彼は愚鈍ではない。自分の、本を読むときは周りが全く見えなくなる特性を利用して、見えていない、気付いていない振りをするなど、すでに常套手段と呼べる。
本当に、気付いていない筈なんてない。いとしいたった一人の弟の声や、態度に。
しかし、こればかりはたとえその弟でも無視をすると決めていた。「無理しないで」と掠れた声で訴える弟の声も、気付いていない振りで誤魔化した。
(無茶しなきゃ・・・しても、手に入るかどうか分からないものを、俺たちは求めているんだぞ?)
弟の五感のほとんどを、自分が奪ってしまった。自分の失ったものなんて、弟に比べれば本当に些細。天気の悪い日は、機械鎧の付け根がしくしくと痛むけれど、それすらも感じられない弟は?成長することすら許されない、鋼の体の弟を置いて、どうして自分だけが成長できる?
誰にだって明かさない。自分に残された道は、一刻も早く、弟を元の体に戻すこと。その為には、どんな無茶だってしてみせる。卑怯だと分かってはいたけれど、国家錬金術師しか入室出来ない書庫に閉じこもったのも、優しい弟に甘えない為。
“どうして、こんな街中で鎧なんて・・・・”
ひそひそと、自分たち・・・・とりわけ、弟の方を横目で見ながら囁かれる言葉。硬直した兄を気遣い弟はそっと笑って言うだけだ。
「気にしてないよ。仕方ないもん」
仕方なくなんかない。
俺のせいだおれのせいでこのやさしい弟はこんな体になってあんなこと言われてしまうようになったんだ責められなければいけないのは俺の方なんだどうかお願いだから俺の生贄になってしまった弟を責めないで非難も侮蔑も全部俺が受けるから受けなければならないのは俺だから弟は悪くないんだだから俺をおれをおれを。
親指を噛んでいた。皮膚を破いたのか、血がぽたりと流れた。血が目立たないようにと選択した黒は全くその役目を果たしていた。出来た染みは分かり辛い。よく目をこらしてようやく、あるのが分かるくらいに。このまま骨に達するまで噛み続けてみようか。弟の心の傷はきっとこんなものでも追い付かないくらいだから。
ぱたん、
でも、こんな怪我を知られたら、察しのいい弟はどう思う?悲しそうな声で手当てを申し出て、いつものように自分を甘やかそうとするのだろうか。自分にそんな資格ありはしないのに。それに、どんなことであっても、弟を悲しませてはいけない。今までずっとそうしてきた。年上として生まれた意地。弟には、悲しみを与えたくない。
かつかつかつかつ、
足早な、しっかりとした足音が近付くのに気付いて少年は顔を上げようとしたが、その前にぐいと左腕を掴まれた。突然のことに腕が引き攣っても、少年は抵抗しない。
「何を、している」
低い声に詰問されても、少年は俯いたまま。どこか他人事のように、その言葉を受け入れていた。男は掴んだ少年の腕を、無理に立たせるかのように引っ張りあげて同じことを繰り返す。
「何をしている・・・・そう、聞いている」
「・・・・別に」
暫く考えて、この自分の状況を察しのいい大人にうまく誤魔化せる術を見つけられずに出した答えは、疲れた様に掠れていた。珍しく、険しい表情を顕わにした大人は、火蜥蜴の描かれた手袋のまま、少年の親指を圧迫する。それまで控えめに流れていた血液が、一度どろりと吐き出されて止まった。指の先が白くなっていたし、鋭い痛みに神経がすべて男の握っている指先に集中しているかのような感覚があったけれど、少年は眉を顰めるだけで、うめき声を声として発する前に噛み殺した。
「この傷はどうした」
少年は答えない。大人は大仰に溜息を吐いた。そして、「これはあまり言いたくなかったが」と前置きをする。
「弟に、どれだけ心配かけるつもりだ?」
ぴくり。
それまで、感情を押し殺した人形のような少年の瞳に光が戻る。唐突に顔を上げると、明らかに憤っている大人の顔と出くわすが、一瞬鼻白むとすぐにじっと黒曜色の双眸を睨むよう見つめる。
「国家資格を取れば、ここの資料も、軍の史書室も許可を得ずに見られる。あぁ、確かに私は君にそう言い、この道を勧めたな。しかし、それは君の弟に不安を抱かせる為でも、君に自傷する場所を提供させる為でもない」
「大・・・・」
「いい加減に気付いたらどうだ。君が自分を責める度、同じくらいに弟も自分を責める」
「・・・・・・!」
動揺に、一際大きくなる瞳。つ、と服の中を這う生暖かい血の流れ。少年が力なくうな垂れてしまうと、大人は少年の腕を離してやり、黙ったまま逆の手に抱えていたコートからハンカチを取り出した。明らかに仕立ての良いそれを、惜しげもなくびりびりと破ると、少年の指の傷口へ巻きつけた。少年は、ぴくりと僅かに肩を揺らすと、すぐに手を払おうとしたが、有無を云わせぬ力強さに、諦めて大人しくなった。
「これは、貸しにしておく」
応急的に止血させたがすぐに滲んでしまった布と、少年の顔を見ながらも大人は意地悪く笑う。困惑したように見つめる少年の頭をくしゃりと撫でると、そこにはもう、普段の笑みを浮かべた上司の顔だけ。無理やり少年を立たせて、大人は出口へと足を向ける。引っ張り起こしたその手は掴んだままに。
「おっおい、ちょっ待てよ!」
指揮官ならではのてきぱきとした物言いで、「中の書庫をそのままで失礼する。すまないが元に戻しておいてくれ」と、受付の女性に指示をして、先々進んでいく大人を訝しみながら、少年は搾り出すように声を出した。しかし大人はこちらを振り向くこともなく、「何だ」と、こともなさげに返すばかりだ。
淀みない歩みは、ほとんど早歩きで、歩幅や体格差もあり、少年の歩みはすでに小走りに近かった。普段は、さりげなく歩調を合わせてくれていることに今更ながら気付いた。そして、そんな気遣いがない今、表面上は元に戻ったように見える大人の機嫌が分からず、少年はますます困惑の表情を深めた。
「これ、何処行ってるんだよ!」
「指令部に決まっているだろう」
「っじゃぁ何で手ぇ引っ張ってんだよ!俺逃げねぇよ!」
「さっきまで死にそうな眼をしていたのは何処のどいつだ?私なりのフォローを無碍にするな」
「・・・こんなとこ、見られたらあんた子持ちに間違われて女の人から幻滅されない?」
「生憎、そんな疑いを掛けられるような迂闊な付き合い方はしていない」
公道を通り抜けながら、そんな応酬をする二人。周りが微笑ましそうに見ていることには、子供は気付いていなかった。
暫く進んだ歩道に横付けされた軍用車まで行くと、大人はさっさと先に車に乗り込み、少年を引きずり込んで運転手に行けと命令する。
一連の行動をあらかた傍観していた運転手、つまりは金髪碧眼の青年は、トレードマークの煙草を銜えていない口元に複雑な笑みを浮かべながらも「へーい」と軽く返してエンジンを掛ける。自分の身に降りかかることながら、展開に付いていけずにぽかんと呆けている少年に、大人二名は苦笑する。少しして車が動き出したところでふと、向かいに座る大人が思い出したように、少年に紙束を渡した。ほぼ反射的にそれを受け取って、何かを考える前に、それがさっき、自分が書き留めていたメモだと分かると大切そうに抱き込んだ。
あのどたばたした状態で、いつのまに持ち出して来たのか、とか何を思って持ち出したのか、とか。そんな疑問が頭を過ぎるがそれを口に出すより先に、大人が言う。
「着いたら、ちゃんと消毒するように。・・・今回は、貴重な蔵書に夢中になって出て来なかったということにして、弟君には黙っていよう」
そして。
「もう気付いているだろうが、君の弟は今、司令部にいる。理由は分かるな?・・・今後の君と弟の為に、彼とは一度、腹を割って話したまえ。怒られるだろうが、そこを乗り越えられないようでは先が思いやられる」
分かったな?と。黒曜の双眸に射竦められて、気圧された様に頷く子供はやはり子供で。
大人は満足そうに頷いて、足を組み直した。
大人ぶった仮面を引っぺがしたあとに残る子供は、どんなに背伸びをしようとしても、子供でしかないのだ。
FIN
目標:痛い精神崩壊系(?)だけど見事玉砕。さりげなく12歳エドのつもり。
エドって最初の方は、踏ん切りついた振りしてるけど、ひょんなことで自分(特に弟)が異質だと思い知らされて壊れそう。
あとエドは、背の事気にしてるけど自分で進んで伸ばそうとは思ってない気がする(ズボラなだけ?)
最初はもっと痛かったけど、エドのことあんまり壊したくないし、追い詰めたくなかったので、兄弟オンリーの話に大佐乱入。この人は、厳しいながらもちゃんとエドのこと無意識誘導して甘えさせてくれると思う。無意識に甘えてるのでエドは気付かず。もう少し甘えてもいいんだよって話。
(9/22記)
・・・・・・・・なんで私、こんなに病んでるんだろう(いや、理由は分かってるんですけど)。
BACK
Another One
薄く巻かれた包帯は、手袋をすると目立たなくなっていた。
「ばか兄・・・・・」
「うん・・・・」
泣きそうな弟の声を聞きながら、エドはじっと、血液が集中しているせいか、熱くなった親指を俯きついでに見つめながら、頷いた。
最初に、弟に再会したときに、どうやら自分が、朝からずっと・・・・軽く10時間近く部屋に籠っていたということを知った。散々怒られて、そのあと散々心配された。「ごはんくらい食べなきゃだめじゃないか!」とか、「誤魔化さないで」とか、懇願にも似た声で訴え掛けられてしまうと、元々弟に弱い兄はあっさりと謝ってしまった。
悪い、と自覚していたこともあったから。
『腹を割って、話し合って来い』と言われて、弟共々放り込まれた、何年も使っていなさそうな会議室の机に腰掛けて、エドはぎゅっとアルの体を抱き締めた。
実際には、リーチの差もあって、逆に抱き込まれている感が否めなかったが、触れ合う部分から安堵できる気分はお互いの心理状況を落ち着けてくれる鎮静剤くらいの役割は果たしてくれていた。硬質なひやりとした感覚に、エドは構わず頬擦りする。アルも、それに返事するように兄の小さな体を抱きしめた。
「僕には感覚がないから、分からないんだよ?兄さんが、自分で言ってくれるまで、ぼくには・・・・」
「ごめん・・・・ごめんな、アル。だから泣くな」
空気の震える感覚に、エドは悲しそうに眉を顰めて抱きしめる力を強める。
今まで。今まで、こんなに心配していた弟を、一人きりにしていたと思うと情けないと思った。感覚を失った体で、そうしてしまった自分のことを、それでもいまだに“兄”と慕って、気遣ってくれるやさしい弟。どうして今まで平気で放って置けたのだろうと、エドは内心でひどく自分を責める。
「ぼくは、確かに兄さんと一緒に、元に戻りたいって云ったけど・・・・それは、兄さんを無理させるために言った言葉なんかじゃないんだよ」
「うん・・・」
「ねぇ、ぼくの方見てちゃんと誓って。自分の限界を超えるような無茶しないって。・・・少しは、ぼくを頼ってくれてもいいじゃないか」
「うん・・・・ごめん」
「違うよ、兄さん。ぼくが聞きたいの、そんな言葉じゃないの分かってるだろ?」
そっと、俯いたままだった顔を上げて、エドはアルの体を見る。
足、腕、腹、肩、そして最後に顔。作り物の筈のそれに、表情が見えるのは、決して自分の見間違いや幻覚などではないと信じたい。
「無茶をしたいっていうのなら、少なくとも・・・・・ぼくも巻き込んで。兄さんの無茶止められるのなんて、ぼくくらいだもん」
苦笑するように、宥めるように、首をかしげるアル。ああ、もう。と、エドは内心で溜息を吐いた。
そんなことを言われて、されて、自分が断ることができると、本当に思っているのだろうか、この弟は。
わざとだったら、それはそれで腹が立つけれど、言い返せるほど、エドは厚顔無恥ではない。
暫くは、躊躇っていたが、困惑したように視線を彷徨わせたあと、ぐっと何かを堪えるように瞳を閉じて、そのままこくりと頷いた。
声に出して返事をすると、うっかり嗚咽が漏れてしまいそうだった。
どちらが兄か、分からないなんて呑気なことを思いながらも、喉まで出た言葉を押し込んで、エドはぎゅうっとアルの仮初の体を抱きしめて誓う。
(何が何でも、元に戻ろう)
廊下にあるのは、気配を殺した一人の軍人の去っていく僅かな足音だけ。
「・・・・・やれやれ、今回はやっと元に戻ったようだよ」
漆黒の髪をがしがしと乱暴に掻き混ぜながら、焔の大佐のロイは司令室に入ってきた。
彼が入ってきたことで、一塊になっていたリザやハボックに始まる、少年たちと縁の強い面々が顔を上げて彼を見た。
最初に口を開いたのはリザ。
「仲直り、できたみたいですね」
「まぁ、何だかんだ言っても鋼のもまだ子供だ。弟の裏のない本音を聞いてまだ意地を張るほど捻くれてはいないよ」
ロイの言葉に、その場の面々がはぁ〜っと同時に息を吐き出した。
「っとに。普段はめちゃくちゃ仲いいくせに時々すごい喧嘩するし、したらしたで、その理由が」
「お互いの安否だったりするんだからなぁ」
「何はともあれ、良かったですよ」
「あの二人がぎこちないのは違和感がありますからね」
口々に言いながらも、軍人たちの表情に浮かぶのは紛れもない安堵感。
少年は、恐らく気付いていないだろう。彼を気にして、心配しているのが弟だけではないということを。
兄弟共々、大人ならではの子供に対する庇護欲を掻き立てさせていることを。
しかしそれは、知らなくていいことだ。知っていたとしても、こちらが勝手に思っていることだから気にされるいわれも何かを返そうという努力も要らなかった。あえて彼等が望むとしたら、そう。
兄弟揃って、元気な笑い声を時々東方司令部の廊下に響かせてくれたら、それで十分なのだ。
(やれやれ、いつから私はこんなに子供好きになったのだか)
しかしそれは、ロイに限定されることではない。
腰に手をあててこきりと軽く首の骨を鳴らすと、ロイは部下に向き直る。
「さて、ここから先はもう彼等の問題だ。我々の関与することではない。仕事に戻るか」
『Yes,sir』
全員が同時に敬礼をすると、蜘蛛の子を散らすように各々の持ち場へと散っていく。
リザは、机に置いていた分厚いファイルを手に取るとロイを促した。
「今から追い込みですよ、大佐。なんだかんだ言って、あの兄弟を一番気に掛けてらっしゃるのでしょう?」
定時までには終わらせろ、と言外に言われてロイは苦笑を零す。
「そうだな。・・・・彼等も、定時頃には完全に戻っているだろうし。中尉、一緒に夕食はどうかね?兄弟を誘おうと思うんだが」
「・・・・ええ、宜しければご一緒させて頂きます。・・・・ですから、頑張って下さい、大佐」
「そうさせてもらおう」
笑った大人は、最近では珍しく、ひどく楽しそうだった。