真っ直ぐに射抜く双眸の鋭い黄金眼【きんめ】は、穢れを知らないように見えた。

否、喩え穢れを知ったところで、それに侵され穢れることは、多分この先も決してないのだろう。



純粋なまでに、ただ一つにひた走るその姿は口には出さないけれど、昔から“僕”の憧れだった。







 Innocent Heart


















「兄さん、そろそろ終わりにして少しは休んだら?」

よく響くその声で兄を諌める役はいつも、弟だった。
その声と一致せぬ巨体で器用に山積にされた資料を掻い潜り、告げたのは弟であるアルフォンス。
その彼の言葉に、一心不乱に見た目通り小難しそうな文献を読み耽っていた『兄』であるエドワードは、
ふとそちらに顔を向け、そして明らかに不服の表情で「えぇ〜?」とごねた。

その様子に、アルフォンスはやれやれ、とでも云いたげに首を横に振って、ついでに肩を竦めてみせた。


「『えぇ〜?』、じゃないよ、兄さん。昨日も結局、僕が止めなきゃ朝まで読み耽る勢いだったじゃないか。
時間的にも、そろそろ眠くなっても可笑しくないと思うけど?」

そう言い、アルフォンスが指した時計の針は短い方が既に『2』を指していた。
「あっちゃぁ・・・もうこんな時間か」
道理で眠くなる筈だ、とエドワードは妙に他人事のように呟いて、ようやく椅子から立ち上がった。
そして一つ猫の仔のように伸びをすると、その一回り近く違う弟を見上げて苦笑を溢す。

「眠いって感じた時点でやめなきゃ、いつか本当に体壊しちゃうよ?」
相変わらずな兄の無茶っぷりに、動作までにとどまるにしても、アルフォンスは嘆息したくなってしまった。
だけれど、エドワードはそんな弟の注意にも生返事を返すだけなのできっと、その内と云わず
明日また同じ事を繰り返すのだろうとアルは思う。

それが、エドワード・エルリックという人物だということは、今まで自分が生まれてからという長い間で、
嫌と言うほど 理解していた。
そしてそういう性質を持つ兄だからこそ、当時12という年齢で『国家錬金術師』の称号を得られたのだ。
「んー、でもさぁ。これもうちょっとで読み終わりそうなんだよなぁ。駄目か?」

にっ、と満面の笑顔でアルフォンスを見上げた。
こういう時の、年相応の笑顔を見せるのは最近は本当に珍しくなった、と思うと同時に、
その笑顔に誤魔化されちゃ駄目だと叱責する自分がいる。

「駄目!文献は明日起きてからでも読めるけど、落ち着いて眠れるのは今だけなんだからね!」
有無を言わさず文献を取り上げて言うとエドは悔しそうにぴょんぴょん跳ねて、自分の手の中の文献を奪い取ろうと
躍起になった。これじゃぁどちらが年上か分かんないじゃないかとか、相変わらず小さいから・・・とか、そんな事をアルは思った。
勿論、そんなことを声に出して言えばこの兄はそれこそ怒り狂って暴れ出すに違いないのは
今までで十分過ぎるほど理解しているので、言ってしまうほど愚かでも、また兄をからかいたい訳でもなかった。


ただ。


心配なだけで。



「こらアルッ!返せってば!ちょっとだけ!ちょっとだけだから!!」
「兄さんのちょっとって当てにならないよ!宿の人に迷惑だからそんなに暴れないでよっ」
「なにおうっ?!本当にあと3ページくらいなんだからさぁ。ちゃちゃっと読んだらちゃんと寝るから・・・」

「・・・・・本当に?」

最後の訝しげな、だけれど確認に近い問い掛けに、エドはぱっと表情を明るくしてこくこく頷いた。
渋々だったけれど、仕方なしに、アルは文献をエドへ返してやった。
返されてすぐ嬉々として読み始めるエドワードの姿には、失笑を禁じ得ない。

もっとも、この体では笑いの表情は出すことが出来ないけれども。

アルは、さっきの取っ組み合いのようなやり取りで崩れた本の山を邪魔にならない隅に置き直すと、ベッドを背凭れに腰を落ち着けた。
その様子に今度はエドワードが訝しんだ様子でアルフォンスを見つめた。
視線に気付き、アルも何か余計なことをしてしまったのかと半ば不安な心持でエドを見つめ返した。
その状態で、一体いつまで見詰め合っていたのか。
やおら、エドワードの方が不思議そうにアルフォンスに問い掛けた。
「アル・・・んなとこで何してんだ?先寝とけよ」
「え?」

今度はアルが疑問に思う番だ。
だけど、なんとなく直ぐに、エドワードが何を言いたいのかが分かって首を横に振った。
「いいよ。僕はここで眠るから。兄さんがベッドを使いなよ」

今日に限って、宿は近々行われる何かの祭りで満室御礼らしく、それでも運良く空いていたこの部屋を借りたものの、此処は基本的に一人部屋なのだ。要するに、エドワードは何故、アルフォンスがベッドで眠らないのか、という事を本気で疑問に思っているらしいのだ。

何故か、とはアルフォンスにとってはごく当たり前の事だった。
ベッドでゆっくり体を落ち着けたほうがいいのは確かだったが、寒さを感じないアルにとって、実はベッドはそんなに絶対必要な
ものではなかった。それよりもむしろ、生身の身体を持った兄にそれを譲った方がいい、と考えてのことだったからだ。

ただでさえ、自分のこの鎧の身体について、エドワードが自分を責めてしまう程に思い悩んでいるのは知っていたので、
流石にその理由を兄に伝える気は全くなかった。

だが自分同様・・・いや、自分以上に聡い兄は直ぐにアルの言い分に気付いたらしく、文献を読んでいた手を完全に止めてしまった。
ヤバイ、と思った。また、自分の所為で、あの一途なまでの輝きが濁ってしまうのではないかと。

だが次の瞬間、エドワードが取った行動は。
「よしっ。」
読みかけていたページに栞を挟み、パタン、と快い音を立てて本を閉じると、それをアルが直してくれた本の山の上に置いて、
両膝で這うようにアルに近付いてきたのだ。しかも何故か気味が悪いくらいの笑顔で。
「に・・・ににに兄さん・・・・?」

思わずあとずさるが、ベッドに背を預けていたのでそれ以上後ろに進むことは叶わない。
エドワードはそのまま笑顔を崩さずにアルフォンスの隣に行くと、ぺたりと座り込んだ。

今のアルフォンスと、寸分変わらぬ姿勢で、だ。

「・・・・・何してるの?兄さん・・・・・」
翻弄されまくりの自分を少し恥ずかしく思って、平静を装う事でアルはやっとまともにエドの顔を見た。
こんな時・・・・皮肉なものだが、表情の分からない鎧の体でよかったと思ってしまったアルフォンスである。

だが、次の瞬間、さっきまでのわざとらしい笑顔がふっと消え失せたエドワードに気が付く。
自分を責めているようにも、自嘲しているようにも見えないが、ただ一つだけ確からしいのは・・・
(何て、泣きそうな顔してんのさ、兄さん)

それに気付いていないのか、下を向いたまま、エドワードは不自然なくらい明るい口調で言い放った。
「お前が此処で寝るってんなら俺もそうしとく!」
「えぇ?!」

何を言っているのか、とかいうのは考える暇がなかった。

「何言ってんだよ兄さん!兄さんはちゃんと暖かくしてベッドで寝なきゃ!僕は・・・・!」

「この身体だから、大丈夫?」


しまった、と思った時にはもう遅い。
アルが途中で不自然に途切れさせたセリフを、エドは続けた。

まんまとエドワードの誘導尋問に引っ掛かって明らかに暴露されてしまった内心。
こんなもの、暴かれたって苦しいのは自分よりむしろエドワードの方な筈なのに。

何て話し掛ければいいんだろう、とアルは俯いてしまった。
引っ掛けられたにせよ、それをエドワードに自覚させるというのは、自分達の、ひいては自分だけの所為だと
思い込んでしまっている人体練成という名の業を再確認させる結果にしか成り得ない。
だからなるべく、その手の話題は避けていたのに。


そんな事を考えていたアルに、ふと伸ばされた手が見えた。
エドワードの、生身ではなく、機械鎧【オートメイル】の方の腕だ。
不思議に思って顔を上げると、苦笑を噛み殺すようなエドワードの顔。
「・・・ほら、立てって」

何のことかもよく分からないながらもその手を取って立ち上がると、不意にエドワードの足払いを喰らって、
バランスを失った身体は派手にベッドのスプリングを鳴らして倒れこんでしまった。

暫し、何が起こったか理解出来ずに硬直してしまったアルフォンスだが、ようやくまともに物が考えられるようになってから
がばっ、と勢いよく半身を起こした。

「なっ・・・何すんだよ兄さ・・・・・」




――例えるならば、寝転がっていた所を、幼馴染の家で飼われている愛犬にいきなり乗っかられたような感覚、を
アルフォンスは感じた。

気付けば、エドワードが自分の上に圧し掛かってきたのだ。
その重みは本当に微々たる物でしかない。今の身体では、感触どころか、暖かささえ感じられない筈なのに、
その時、アルフォンスは、その標準より小柄な体型の兄の暖かさを感じた気がした。


「んな、淋しい事云わねーでたまには一緒に寝よーぜ。何遠慮してんだよ」

そんなことを、屈託ない笑顔で言う。
そのたった一言が、アルにとってどれだけ嬉しいか、きっとこの兄は気付いていない。
「け、けど僕身体大きいから邪魔になるし・・・」
「ならないならない。」
「それに、冷たいし」
「俺もともと体温高いから平気だし、それくらいで風邪引くほどヤワでもねーよ」
「だけど」
「アルフォンス」

静かな呼び掛けに、最後の抵抗とばかりに続けざまに言っていたその言い訳はかき消された。
黙り込んでいると、不意にエドワードは少し伸びをして、アルフォンスの頭を撫でた。

「・・・兄さん」
「ん?」
「何してんの?」

抑揚のない口調で云われた事にも気にしないように、エドワードはその手を止めようとしなかった。
そして、含み笑いを漏らしながら云う。
「いやぁ?小さい時、お前が駄々こねたりしたらよくこうやってたなぁ、って」
「何、それ?じゃぁ今僕小さい時と同じようなことしてるっての?」
「いや。でも、態度とかはあんまり昔と変わってないかもな」

言われて思わず、二人して夜中なのも忘れてくすくす笑いあった。







ひとしきり笑いあって、最初に口をついたのはアルフォンスの方だった。

「・・・やっぱ、兄さんは兄さんだね」

「は?」

「昔っから変わってないとも言うけどね」

「うっさいなぁ!いくらアルでもそれ以上は許さねーぞ!」

「はいはい」



咄嗟に誤魔化したけれど、やっぱりアルは、エドは自分の兄なんだ、と思った。
いつもは確かに自分の立場が保護者になっていることは自他共に認めていたけれど。
内面は、自分の方がよっぽど強いなんて、エドワードに言われた事もあったけれど。

(兄さんの方が強いよ、よっぽど)


迷った時、必ず手を差し伸べてくれるのは決まってエドワードなのだ。




「兄さん。僕、兄さんの弟で良かったかも」

「・・・ばっか。何だよっいきなり」

「あ、照れてる照れてる」

「うっせ!・・・・あー、でも何だな・・・・」


そこで一旦切って、アルフォンスにも被せられるようにして布団に潜ると、やっぱり何処か照れたように云った。


「俺も、お前が弟でよかったよ」


そう、言った途端、突然アルフォンスは、エドワードに背を向けると何だか掠れ気味の声で呟いた。
「・・・兄さん、怒るかもしんないけど、今だけはこの身体で良かったかも・・・」


案の定、すかさず「何で?!」という声が聞こえてきたけれど、アルはそのまま無視を決め込んで、カーテンの隙間から漏れ出す月明かりをじっと眺めた。














“だって、もし生身の身体があったら、今頃嬉しさで情けないくらい泣いちゃってるから。”









Fin

初鋼小説。
ここまで書いといて何ですがアル×エドでもエド×アルでもありません。あくまでエド&アルなんです!!!(強調)
この二人はその辺のカップルも真っ青の(純粋な)兄弟愛をやってくれそうです。

アルは(オマケ見てたら特に思うので)ともかく、エドはきっぱりと本編で彼女要らんと断言しちゃってるからなぁ。
目的果たすまで・・・っていうよりむしろ果たしても色欲なさそうだなぁ エド・・・(笑)
とにかく、鋼はカップリングとか抜きで見たいかな・・・今の所。師匠とシグさんのカップルは好きだけど(苦笑)
エドはアル第一、アルはエド第一主義って感じなのが大好きですエルリック兄弟。
むしろあれだけ仲のいい兄弟って羨ましいなぁvv

アルもエドと同じく金目金髪なのは分かってるんだけれど、私の中では、アルって金髪に微妙に茶色(お母さんの)混じってるイメージがあるのであえて冒頭はあんな感じにしてみました。

説明するまでもないかと思われますが、タイトルは和訳したら『淀みない心』です。普通に読んだら『混じりけのない心』。
・・・・・・・まぁどっちでも良し★(うわぁア・バ・ウ・トvV)

わざわざ辞書引っ張って来て語感いいの探したよ畜生。


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