番外編 参 時の経過 存在の意味
自覚はなかったけど、相当ショックだったらしい。
ずっと、こいつとならやっていけるって思ってたけど、別れを告げられたとき、子供みたいに、「何でだ」と繰り返して慌てる態度とは裏腹に、案外思考の底では冷めた自分がいることは分かってた。
何処へも行って欲しくないと叫ぶ、子供みたいな自分と、ああ、やっぱりと納得している、醒めた自分。
二つが心を支配した。“あいつ”が、何も理由なく、俺ともう会わないなんていう訳はない。家庭の事情だって云ってたのも、あながち間違っちゃいなかったんだろう。
だけど、それさえも俺にとってはどうでもよかった。ただ、全ての事情を話してくれるほど、俺はあいつに信用されてなかった。
あいつにとって、俺はそれくらいの・・・・傍にいるのを許されただけの存在にしかなれなかった。
自覚すると、急に体の中が空洞になったみたいな心許無い感覚が俺を襲った。あいつの残り香だけはいつまでも残っているのに、あいつはもう俺と二度と会うことはない。突然、世界がどうでもいい存在に見えた。
それがショックで自殺しちまおうとか、そこまで柔で繊細な心、持ち合わせてるとまでは言わねぇし、そうも思いつかなかったけど。
たった一つだけ。
母親が死んだとき。・・・・あの時の感覚に、すごく似てたのだけは酷く印象的だった。
大手会社の社長とやらを勤めている親父の顔なんて、小さい頃は両手で数えてやっとなくらいしか会ってなかった。
悲しいとは思わなかった。母さんが死んだときほど、悲観するものじゃないと思っていたからだ。
だから、親父に対しては、母さんが死んでから、俺を引き取りに来た時も、会社を継ぐ代わりに一人暮らしさせてくれと申し出たときに、まるで一つの事務報告を聞いているような表情で軽く承諾したときも、悲しい、とは感じなかった。
ああ、やっぱりこいつはこういう奴だ、くらいで。
俺にとっての親は、母さんだけだ。そして、心から愛なんて言葉をあげられるのも、きっと母さんだけだと思ってた。
機械的な仕草で、家を駆け回る家政婦とか、雑踏の中黙々と歩いていく人の波とか。
そんなものにいちいち感傷してたら、これから先なんて生きていけないと。俺が心から好きだと言える人さえいてくれればそれだっていいんだって思ってて。・・・・実際に、あいつに会って、本当に初めて他人を好きになって。
別れて初めて、あいつに依存してる自分に気付いた。生きててくれるならそれでいいって割り切るのも難しかった。酷い依存症だ。
あいつは俺よりずっと大人だから、もしかしたらそんな俺にもっと早くから気付いてて、俺に愛想尽かしたのかも、なんて思うと笑いがこみ上げてきた。頬が濡れたけど、気付かないふりしてずっと笑ってた。端から見たら、俺は随分精神異常者に見えただろうな。
今振り返って、自分でそう思うくらいなんだからよ。
そっからは結構淡々としたものだった。
生活の一部みたいになってた、週一のデート(とまではいかないお粗末なもんだったけど)が無くなって、それからだんだんと、あいつの匂いを纏うものが消えていった。消していった。
二度も大切だって思ってる奴を喪ったせいか、そのころにはすっかり自棄になっている自分がいたりもした。
自分の血の気の多さは知ってたけど、流石にこの年になってまで喧嘩やらかすほど幼くはねぇし、どっか冷め切った自分がいるのも知っていた。自分の神経を世界から断絶させることは苦痛にならなかったから、ずっと他人の施しは断り続けた。
もう、人を信じるのは怖いことだって、どっかで裏切られるのを恐れてる自分が心底情けなかったけど、止めなかった。
カレンダーを見て、ふと曜日が分からなくなることも間々あったし、大学サボるのも珍しいことじゃなかった。
一応及第点さえキープしときゃぁ問題ない。母さんが生きてたら、こんなこと考え付きもしなかったろうに。
いい子に見られたかったとかじゃなくて、笑顔でいてほしかった。俺が何か褒められるようなことすると、母さんは絶対喜んでくれたし、ちっぽけな俺の存在でも、母さんを笑顔でいさせることが出来るのはすごく誇らしかった。
兄貴(といっても腹違いだけど)がいたらしいけど、そんなもん知ったのは、母さんの葬儀が終わってから暫くしてが初めてだったし。
俺にとっての身内なんて母さんだけだって意固地になってるところもあったし。
とにかくだ。
何もかも面倒臭くなってた。もう喜ばせたい母さんはこの世にいない。
事実を受け入れても、虚無感は薄れなかった。今度はあいつまで失っちまったんだぜ?
いよいよ本気で世界がどうでもよくなった。ニュース見てたって、明日の天気も、事件も、まして曜日すらも俺には関係なかった。
時間すべてがどうでもいい。むしろ、早く過ぎ去っちまえ、とさえ思ってた。
過ぎ去ったあとの時間に何が残る訳でもねぇって自覚してても、早く過ぎろ過ぎろと、念じるように思った。
とっとと時間なんか全部過ぎればいい。無駄な時間なんだから。
・・・・・・・よく考えたら、いろんな意味で運命かもしんねぇな。出会いってさ。
絶対、もう大切な存在なんか作らねぇ!とか意地になってた割には、次にある出会いを無意識に予期してたっていうか。
あー、何て云えばいいのか分かんねぇや。もうまどろっこしいことは抜きだ!
脈絡もなく“あの山”に登ってて正解だと思ってる。
その出会いが絶対裏切らねぇとは断言出来ねぇけど、少なくとも今の俺に、あいつと別れた後みたいな喪失感も後悔もねぇし。
過ぎていく一週間や時間が、一秒でも惜しいなんて感じてしまうくらいには時間だって気になってるし。
うん。
だから、つまりだな・・・・・・・あれだよ、あれ。
かごめに逢えて良かったって、心から思ってる!
【終】
すごい楽しかった(笑)
とどのつまりは、犬はかごめちゃんにべた惚れなのです(ちょっと違)
あと、犬夜叉多分あの性格だから、母親が物心つくまで生きててくれたらすごい素直ないい子に育ってたと思うの一例。
お袋っていう単語があんまし好きじゃないんで母さん言わせたけど人前ではお袋って呼んでます(マザコン!?)
犬夜叉、顔ちょっと逸らしながらすごい赤面して叫んでくれたら萌です。あとでそれかごめちゃん本人に聞かれたり気付かれたりして慌てまくるともっと可愛い・・・・・・(8/13記)
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