第二十一話 花火








世には、やたらと好奇心が旺盛で、他人のプライベートは知りたがるくせに、自分のプライベートが明かされそうになると、拒絶したり逆ギレしたりする人間というのもが存在していて、何とも厄介なことに、実は結構そんな人種は珍しくない。

「・・・絶対、お前ってそのタイプだろ」
「にゃ?」

週刊誌片手に、犬夜叉はふと、記事を読んだ直後、丁度目の前でフルーツを剥いていたかごめにぼそり、と洩らした。
本人としてはかなりどうでもいい独り言だったが如何せん、かごめは耳がいい。
人間の耳なら間違いなく聞きこぼしていた台詞をあっさりと聞き取って、心外だとでも言いたげな表情で、頬を膨らませた。
「なによう〜!そのタイプって何のこと?」
「・・あーも、うっせえなあ。独り言だっての。気にすんな」

粗雑な言い方にやはり不服そうな表情のまま、かごめは剥いた洋梨入りの皿を犬夜叉に差し出した。

「・・・やーっぱさ。絶対私らよりずっとバカップルに見えんのって私だけだと思う?」
微笑ましい光景を眺めつつ、最初に口を開いたのは珊瑚。そうですかねえ?と返すと、相方でもある弥勒は湯気の立つ紅茶に一口、口をつけた。そして『それと・・・』と付け加え、
「それはつまり、私達の方も十分バカップルやってますって事で解釈してもいいので?」
悪戯をしている子供のような笑みで彼女をからかった。
案の定、自分の墓穴発言には気付いてなかったらしい珊瑚は、顔を真っ赤にしてふいっとそのままかごめ達の方へ向けた。


日曜の午後は、4人で集まって、犬夜叉の家でお茶会。


かごめの失踪事件以来、すっかりと定番になってしまったこれも、最初こそ鬱陶しがっていた犬夜叉も、慣れには勝てないらしく、ここ最近は文句らしい文句もなく、すっかり客人を受け入れている。
怪我の功名というか何というか。どちらにしても、当初誰も受け入れようとしない雰囲気を持っていた犬夜叉がここまで変われたのは、良い事だと受け取っても構わないのだろう。その大元の原因・・・いや、きっかけを作ったであろうかごめは、今度はハルに野菜スティックをあげている。犬夜叉の方は、また雑誌にぼんやりと目を通していて。
「でもまあ、良かったよ。一時はどうなるかと思ったし」

つい先月の事を思い返して、珊瑚はぽつりとそう洩らし、ふとかごめが俯いたのを目の端に捕らえ、慌てて弁解を入れた。
「やっ・・・別に責めてる訳じゃないよっ?!」
「うん・・・・・・ごめんね?」
「いや、分かってないし。あたしが言いたいのはっ・・・」
「かごめ。」
何だか手探りのような会話をしている二人を見兼ねてか、犬夜叉が不意に、雑誌から目を離さずに口をはさむ。
「謝るのは止めろって云ったばっかりだろうが。謝って後ろ向いてる暇があんなら今からどうやって前向いて歩くか考えろ。
・・・・お前の受け売りだろ?」
「・・・・・・ん」

何となく、何時の間にか入り込めない雰囲気を作り出している二人に、傍観者になっていた珊瑚と弥勒はただただ閉口するのだった。








「お前・・・・かごめ様に何かしたか?」

がづっ。

少女等二人がキッチンに消えた後、そう問いだした弥勒の言葉に、犬夜叉は思わず机の角に頭をぶつけた。
何か鈍い音がしたと思ったら、本人にも予想以上に痛かったらしく、半ば涙目になってきっ!と青年を睨め付けた。
弥勒は少し同情も含まれた眼差しで、手振りで悪かったと見せて話を持ちかけてきた。
「あー、何ていうかな。
かごめ様はともかく、最近お前も本当に性格丸くなったからな。私も個人的には嬉しいですよ(遊び甲斐があって)」
「・・・・・お前今最後に何か変な事思わなかったか?」
「まさか」
彼お得意のポーカーフェイスで軽く犬夜叉の鋭い指摘を避けると、弥勒は微かに眼を細めた。
「でも、冗談は抜きで、良かったとは思いますよ。手前、かごめ様が出て行った時はあんな言い方しましたけど、内心ひやひやしましたよ。もしお前が私の言葉でかごめ様をそのままにしたらって思うと。・・・まあ、その程度で揺らぐ心配ならいっそ他の方の手に任せた方がいいとも本気で考えましたけど、やっぱりかごめ様の笑顔って何か癒されますしね」
「いいのかよ。彼女持ちがんな事云って」
「やばいでしょうねえ」
くすくすと、冗談事に本気になってうろたえる珊瑚の様子が容易に想像できて、弥勒は声を押し殺して笑った。
そして二の句を続ける。
「でもそういうのじゃありませんよ。かごめ様って見てて飽きないでしょ。私にとっては可愛い妹みたいなもんです」
云うと弥勒はさて、と立ち上がった。
「帰んのか。」
一応訊くが、とどめる気はさらさら無いらしい。
それは弥勒も承知しているので、微笑を浮かべると、
「ええ。折角バイト全部辞めてるから『仕事』の回数も増えて、これから益々かごめ様との団欒時間が削れるでしょうし。」
そこまで見通してんなら最初から来るな、という言葉を必死に飲み込んで犬夜叉はおう、と短くだけ返した。

弥勒は、珊瑚に帰るよう促すと、あっさりと去った。
何か云いたそうな顔はしていたが、彼の性格を考えれば、本当に云いたい事なら今聞き出さなくてもその内云うだろう、ということでそのままあえて聞かずに、犬夜叉はまた、ソファに座って雑誌をめくり始めた。




弥勒の予想が当たるのは、この1時間後である。




毎度のことながら、この報告はいつだって心苦しかった。
「かごめ。来週の再来週の土日、帰れねえから」
「あ・・・・うん。そう」

いつもの事ながら、やはり晩御飯を食べながら。二時間ほど前に親から掛かって来た依頼の電話の事をかごめに云って。
いつもの事ながら、やはりかごめは一瞬寂しそうな表情を見せて、でも否とは云わず、無理な笑みで承諾する。
(嫌なら嫌って一言云えばとどまるのに・・・・)

云われなくてはいけない事なんてない。でもどうしても、かごめの口から聞きたかったのだ。
でもこの娘は決してそんな我侭を言わない。態度はありありと本音を告げているというのに。

「毎度の事だけどな、絶対に鋼牙は家に入れるなよ」
とりあえず、無駄と知りつつも毎回、この注意だけは欠かさない。
分かってるわよ、と生返事を返すかごめ。
犬夜叉は一応、全面的にかごめを信頼していても、それだけに関しては信頼は皆無だった。かごめが約束を破るとか、そういう事はありえないのだが、痩せ狼・・・もとい鋼牙の性格を考えると、かごめの注意があっても相当に心許ないのだ。

かごめも、薄々ながら犬夜叉の心境は悟っている。
彼がどんな想いで、自分に忠告しているかも。薄々とは。

(〜っああもう私悩んでばっかりじゃないっっ!!!)
そんなの自分のキャラじゃない!と内心叫んで、かごめは思いっきり立ち上がった。
反動で食器の位置がズレたがそんなことはどうでもいい。

「・・かごめ?」

突然のリアクションに戸惑いながらも、犬夜叉は恐る恐るかごめに話し掛け・・・・

「そうっ!こんなの私じゃないわよ!!」
・・・妙に一人で納得するかごめに益々訳が分からなくなりつつあった。
しかし疑問に思う間もあらば、そそくさとかごめは自分の食器を下げると自分の部屋に入ってしまった。


それから間もなく。


何やら部屋の中からのがさがさ探るような音が止み、バタンと勢いよくドアが開いた。
その彼女の手には半額と書かれた花火セットがいくつかと、何故か多分花火の始末の為と思われるバケツ。

何でんなもん部屋に置いてんだとツッコむ前に、かごめは嬉々として
「花火しに行こう!」
とはしゃいで、未ださっきからのかごめの突飛な言動に呆然として自分の御飯を食べきっていない犬夜叉を急かした。
犬夜叉の方は、というと。やっぱりかごめに弱い心境(俗に親バカ(兄バカでも可)という)全開で、とりあえず早めに食べきって、特に反対するでもなくかごめのしたい事に従った。

・・・・色々ツッコみたいのはやまやまだったが。


















「・・・で。」
ぐるり、と顎で左右を指して、犬夜叉はかごめに向き直った。

その先には珊瑚、弥勒、七宝、楓、それに彼が一番気に食わない理由の鋼牙。
早い話がマンションの住人全員、を見回して、犬夜叉は深いため息を吐き出した。

「だーって。いっぱい居た方が楽しいじゃない?」
くすっ、と悪意のない笑顔をされて、犬夜叉は何も言えなくなってしまった。

ちなみに此処はマンション裏手の、一応マンションの敷地内の庭。
花火やりたい、とのかごめの申し出に、楓が快くここを貸してくれたのだ。

「そーそー。どっかの意地悪い犬っころと違ってかごめはやさしいもんなv」
便乗して言ってくるは、言わずと知れた鋼牙。さりげなくかごめの肩に腕を回して、やたら犬夜叉の目には挑発気味に見えた。
とりあえず、かごめを自分の方へ寄せると「そーかよ」と愛想も何もあったものじゃない口調で返す。

その様子を見ながら、半ば落ち着き払った夫婦とその子供のように花火をしつつ
「・・・あの二人って、会ったらとりあえず喧嘩しなきゃ気が済まないのかな?」
「さあ。それにしてもかごめ様は色々と気苦労が絶えませんねえ」
「皆で花火をゆっくり楽しむという選択肢があいつらにはないんかのう。かごめも大変じゃ」

「「同感。」」

などと漏らしている一同がいる事には犬夜叉も鋼牙も、全く気付いていなかった。
その様子を傍観する楓は、あまりの微笑ましさに少し頬を緩ませた。

色々あったが、こうして皆今は笑顔でいられる事に安心を覚えていたのは全員。
何だかんだ云いつつも、結局今の状態が楽しいのも全員なのだ。


「ねえ」

ようやく鋼牙との言い合いに決着をつけた犬夜叉に、かごめはそっと伝えた。

「今度、皆でまたやりたいね」

と。



【続】

・・・・一応、7月中旬頃のイメージで。多分(?)
とりあえず弥勒様と珊瑚ちゃんと七宝ちゃんの掛け合いが楽しかった。



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