ETERNAL FEELING 第一章
第一話 過去を背負う少女
大切なものは、全て闇の中に消えて無くなった。
大切な人達も、大切なものも なにもかも。
残されたのは、見かけだけ私を『大切』にする 闇と、束縛。
私は私の末路を知っている。
此処に居れば、いつかは私も闇に葬られる。
でも、頼れるヒトは誰一人として 居ない。
だからアイツは私を野放しにしているんだ。
末路が変わらぬというのなら、いっそ変えてみようと思う。
いっそ足掻いてみようと思う。
束縛も、闇も私は受け入れない。
―――絶対・・・。
ザァァァァァァァ―――――――・・・
山の天気は移ろい易い。
秋の紅葉時期に紅く染まった紅葉は、全てを洗い流すように激しく木々を打ちつける雨に洗われていた。
恵みの雨というには程遠い、むしろ少女の心情を代弁するかのように悲しく降り続ける 雨。
「・・・寒・・・・・」
雨に打たれ、すっかりと冷え切った手に白い息を吹きかけて、少女はもう幾度めとも知れぬ呟きを洩らした。
針葉樹ばかりが生え並ぶ森にたった一つだけある広葉樹の下に、もう何日も彼女は居た。
歳の頃は15〜16。今はクリーム色の耐水性のフードで隠れている髪は、見惚れるほどの漆黒。
華奢な体型で、健康時はきっと桃色であろう唇は蒼ざめて、
それに加え、顔色もあまりよくなくて、きっと美人に入るであろうその顔立ちは、哀しそうに歪んでいた。
彼女は、ただ何をするでもなく、誰を待つでもなく、何も持たずに何日も、ぼんやりと空を眺めていた。
その瞳には、誰の眼からも判る程、希望が消えていた。
一番近い人里からでも辿り着くには大よそ小一時間は掛かりそうな場所に、そんな者が一人で居るのだ。
もう何が目的で此処に居るのかなんて分かったも同然だ。
待っているのだ。自分が朽ちてしまうのを。
そんな彼女を慰めにか、はたまた単なる雨宿りか、茶色の毛が混じる野兎が、彼女の前にひょこっと姿を現した。
敵意が無いのを悟っているのだろう。
何をするでもなく、ただ彼女の横にちょこんと座ると、身体を振って、雨露を落とした。
「・・・有難。」
何となく、この兎は自分の寂しさを紛らわす為に来てくれたような気がして、少女は誰にともつかぬ礼を言った。
・・・と、その直後、兎は何かの音を聞き取ったらしく、突然茂みの中へと姿を消してしまった。
少女も、さっきまでの安堵感の代わりに緊張と警戒の色を見せる――が。
がさっ・・・
物音の正体が分かり、浮かせていた腰をまた、落ち着けた。
「なっ・・・・?」
物音の主は、先客の存在を知り、驚きの声を上げた。
やって来たのは、歳は多分、18〜19位であろう青年だった。
男性にしては珍しい腰より長い、黒い長髪を首元で結っていて、服装は山奥に居る割に登山には割と不向きなカジュアル系の服。
今時、という感じはあまりしなく、顔を見ても整っていて、どことなく育ちがいいように感じた。
彼が、困惑したようにその場に立ち尽くしていたら――――
「来ないの?」
少女がそう、話し掛けてきた。
「え・・・あ・・」
「雨宿りに来たんでしょう?この辺、此処しかこういう樹、無いから」
少女の、存外場慣れした口調に、彼は一瞬安堵の表情を浮かべ、あぁ、と曖昧な返事を返し、少女とは反対側に腰を落ちつけた。
「私、『かごめ』って云うの。あなたは?」
沈黙を破って、先に声を掛けたのは『かごめ』の方だった。
「・・・・・犬夜叉。『粋希 犬夜叉』」
どう答えていいのかわからず、彼は思わずぶっきらぼうに応えてしまったが、どうやら彼女はあまり気にしていないらしい。
「変わった名前だね。・・・でも、いい名前」
そう、独り言のようにぽつりと感想を洩らすと、再び訊く。
「どうして、こんな山奥に来たの・・・?」
「・・・さあな。気分転換でもしたかったんじゃねぇか?」
まるで他人事のように云う彼に、かごめはくすっと、多分久し振りに・・笑った。
犬夜叉は、初めて見たかごめの笑顔をじっと見つめた。
(――って云うか、何口走ってんだ?俺・・・。初めて会うヤツに正直に返答して・・・・)
そんな事が、頭を横切ったが、それでも何となく、この少女には、何を云っても安心だ。根拠こそないのに、そう思った。
だがそれはそうと、彼には一つ、不思議に思うことがあった。
何時もは煩わしいと思う会話が、彼女となら妙に安心できる事も不思議ではある。でも。
「―――って、お前さっきから俺に訊いてばっかりで、自分の事、何にも云わねぇんだな。」
核心にでも触れてしまったか、かごめはぴくりと身を震わせた。でも暫く躊躇った後、震える腕を押えて云った。
「・・・分かんない・・・・」
と。
「え゛・・・」
「分かんないの。
今まで何処に居たかとか、何でこんな所に留まっているかとか、此処で何をしたいとか・・・名前以外、全部忘れちゃった・・・」
(記憶喪失・・・ってヤツか)
普通、そう聞けば驚くか疑うだろう発言を、彼は冷静に悟った。・・・・けれど。
「ただね、すぐにいくつか思い出したの。私は『ヒト』じゃないって事が」
続けてした彼女のその発言だけは、どうしても信じるのは無理だった。
記憶喪失のショックか何かでそう思い込んでるだけじゃ・・・?という科白を寸でで飲み込んだ物の、どうやら彼女にはそれが雰囲気で伝わってしまったらしい。少し憤慨したように眉根を上げて、言葉を続ける。
「・・・・・・・・・・・数十年前、猫と人間の間に子供が出来たって話、あったの知ってる?」
少し、声が暗くなった。
「・・・ああ。でも『アレ』は結局全部死んだとか云って・・・・」
自分で口走って、彼はようやく、かごめの云いたい事を理解した。ただ、それは余りにも非現実的な話で、やはり信じ難い。
「・・・・・・まさか」
「事実よ。『私』はまだ、こうやって生きているもの。」
「っ・・・!!」
いきなり、突きつけられた事実に、犬夜叉は暫く混乱した。
まだ、信じられない彼に、かごめはフードを取って見せた。溜まっていた雫が地面に落ちて弾け散る。
その様が、スローモーションで見ているように見えた。
彼女には、耳が無かったのだ。
・・・否、耳自体はちゃんとあるのだ。ただそれが『ヒトのもの』でないだけ。
本来、人間がある筈の場所には何も無く、代わりに其処より少し上の方に、茶色が混じった獣の耳があるのだ。
彼女の話からして恐らく、猫のもの。
「っ・・・バカッ!んなもん人に見せたら見世物になるか実験材料になるかが・・・」
「・・・でしょうね。でも、あなたはそれを言い触らすような人には到底見えないわ」
きっぱりと、かごめは言い放つ。そして、でも・・・と、付け加えた。
「私、行く宛てなんて無いの。此処に居てもそのうち死ぬだろうし・・・あなたに言いたかったのよ。何となく」
云う彼女が、何だか寂しそうに見えて、犬夜叉は一瞬、自分の過去と照らし合わせてしまった。
「・・・お前・・・」
彼の声にはっとして、かごめは急いでフードを被った。
「ごめんなさい。・・・こんなの見たって貴方には何の得も無いわよね」
「二つ三つ・・訊く。お前、何時から此処に?」
眼を合わせず、いきなり問いだす犬夜叉。かごめは大して動じず、静かに答えた。
「・・・半月位、前」
「それまでに会った奴等全員に、『それ』見せたのか?」
「・・・ううん。貴方に見せたのは、ただ何となくっていうか、私もう少しで死ねるから・・誰かに私を憶えていて欲しかったのかも、ね」
「っバカッ!」
其処まで黙って聞いていた彼がいきなり怒鳴り、今度はかごめは困惑した。
「何でそんな普通に死ねるなんて云ってんだよっ!!!」
「何で・・・って・・・・・」
困惑のまま、オウム返しにするかごめの声に、彼はやっと冷静さを取り戻した。
会話が途切れ、両方黙りこくった―――矢先。
「あっ・・・―――雨・・・」
それまで空を覆っていた雲がさっと退き、空はまた、蒼さを取り戻した。
よしっ、と彼も何かを決心したような口ぶりで立ち上がる。
「それじゃぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」
ぽた・・・ぽた・・・
「あ・・れ・・・?」
彼の驚いた顔を見て、かごめはようやく自分が泣いている事に気付いた。
「なっ・・・何泣いてんだよ お前・・・・・」
(俺も何構ってるんだか・・・)というつっこみを入れつつも、犬夜叉はかごめの涙を拭った。
彼女の涙を吸い込んだ布に、無色の染みが付く。
「っっごめんなさい〜・・・だって何か・・・人と話したの、久し振りで安心しちゃってたけど・・・何かもう貴方帰っちゃうんだって思ったらいきなり涙出てっ・・・止まんなくなっ・・・」
尚も嗚咽が止まらないかごめをじっと見つめていると、
犬夜叉は、さっき何となく言い出せそうも無かった事を、彼女を見ていたら言い出せそうで・・・
躊躇いの方が、大きい筈だったのに、自然と、言い出せた。
「お前・・・猫と人間のハーフだって云ってたよな?」
「・・・・・?うん・・」
「行く宛て無いんだったら、・・・俺の処、来るか?」
「・・・・・・・・・え?」
訊き返されて、犬夜叉はようやく自分で云った事の重大さに気付いたように慌てた。
「あっ・・・・いや、えっと・・・(ますます何云ってんだ 俺―――――!?)」
一歩間違えたら変態か犯罪者じゃねぇか俺・・・・
頭の中で自問自答と続けていた・・・が。
ふわっ・・・・
不意に、かごめが自分の腕に抱きついてきたのだ。
一瞬、厭で泣いているかとも思われたがどうやら自分の考えている涙とは違う種類ものらしい。
「・・・『かごめ』?」
「!!」
「あ・・・・・・・ごめん なさい・・・」
ようやく我に帰ったように、かごめはぱっと犬夜叉から駆け足で離れた。
「―――って、オイ!待っ・・・・・」
必要以上に駆けていく彼女に、制止を掛ける・・・前に。
彼女はくるりと自分の方に向き直り、彼に対しては初めて・・・微笑んだ。
「宜しくねっ!『犬夜叉』!」
そう、云われると犬夜叉は何だかさっきまで気を張り詰めていた事さえバカらしくなり、吹き出した。
「本っ当・・・変なヤツ・・・」
――でも、見飽きる事なんて無いんだろうなぁ・・・――――
彼女のペースにでも呑まれているのか、自分まで楽天的な思考になっているのに気付いたが、彼にはどうでも良かった。
気付いたのだ。自分の中に今まで沈んでいた気持ちがゆっくりと軽くなっているのを。
失恋の痛手を癒す為に来たこの山での拾い物は、それ程までにいいものだと・・・・。
(助けるつもりが・・・逆に助けられちまったみてぇだな・・・)
「へへぇ〜♪」
嬉しそうに、犬夜叉の顔を覗き込むかごめ。
「・・・・・?」
「犬夜叉、・・・良かったぁっ!もう哀しくないんだよねっ?」
どきっ・・・
「・・・・なんだそりゃ。」
何だか心の中を読まれたみたいで、犬夜叉はわざと、誤魔化した。
「それは・・・・・・・秘密!」
「何だよ それっ」
女なんて嫌いだと思っていた筈なのに、不思議とかごめに嫌悪は感じなかった。
山を降りる時には、もう迷いは消えていた。
自分と似ているのに、違うものを持っている彼女が自分の元へ来ると云って、随分と嬉しかった。
でも確かに恋とは似ているけど、それとは違うよな・・・?
なんて、自分に言い聞かせてかごめの手を取った。
「あ。そういえば云ってねえけど、俺、今独り暮らしだぜ?」
「いいよ?家事なら私好きだもん」
「・・・・・・・・・・・・いや、そう云うことと違くて・・・もういい」
大丈夫だろうな・・・。コイツ相手なら・・・・
末路が変わらぬというのなら、いっそ変えてみようと思う。
いっそ足掻いてみようと思う。
束縛も、闇も私は受け入れない。
でも、ね?
暖かく包んでくれるような束縛なら――
受け入れてもいいわ。
宜しくね。
―――“犬夜叉”・・・。
【続】
後書き。
初対面。犬夜叉を優しくしすぎても駄目だし素っ気無くしすぎても駄目だし・・・・大変でした。
ちなみに記念すべき第一話の筈が実は元ネタが漫画の方しかなくて直打ち・・・(爆)。
てか第二話以降なんて漫画の元ネタさえない行き当たりバッタリオンリー・・・・いつまで挫折せずに書けるやら・・・
この三日坊主女が・・・(無理っぽい)。
予定10話以上の長編やのに・・・この分じゃぁ3話で生殺し状態で終了もあり得ますね(おい)。
ちなみ、犬夜叉の失恋相手は云うまでも無いですが、今後確実に名前しか出てきません。・・・桔梗ね・・・。
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