その顔を見たときの遊戯の感想は、『まるで世界が終わったかのような顔』だった。 「何で」 わなわなと、遠目からでも彼の肩が戦慄いているのが見えた。俯く顔から表情は読み取れないが、声のトーンからするに、酷く絶望したようなニュアンスが読み取れる。 辺りは快晴、遅咲きの桜の花びらがひらひらと舞う爽やかなシチュエーションには凡そ似つかない様子に遊戯は「アテム?」と声を掛けながら彼の顔を覗き込む。共に居た杏子や城之内や本田が、何だ何だと野次馬根性も宜しくこちらを二歩ほど距離を置いたまま観察していた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あいぼう」 たっぷりとあった沈黙のあとで、発音の覚束ない様子で呼ばれて珍しい、と遊戯は思った。 普段、アテムは表情をあからさまに崩したり、感情をあけすけにすることを厭う。苦手とも言う。 それゆえに、本来の彼は非常に感情の振りが激しいという事実を知る人間はあまりいない。 大抵彼の感想を、アテムがデュエルをしていることすら知らないクラスメイト辺りに尋ねてみれば「冷静」「物静か」「理知的」などと、静かさを連想させるイメージを返される。本人も満更ではないのか別の思惑があるのか、それらについて訂正を入れることもなかった。しかしその彼が今や、心なしか目元が潤んでいる気がする。 昔からアテムのこういった性質を知っていた遊戯は、内心でうっと呻く。 滅多にしないからこそ、この顔に弱いのだ。いけないと思いつつも、思わず甘やかしてしまうのだ。 (余談になるが、アテムと遊戯は1ヶ月差で遊戯の方が年上だ。その割にアテムの方が彼よりも頭一個分、身長負けをしていることをかなり気にしている。しかしそれでもアテムも平均身長よりは若干低いのだが、遊戯にとっては最早勝ち負けが重要な問題となっている) 「・・・・・・・・・」 「わっ、・・・・・・本当どうしたのアテム」 遊戯の肩に目元を押し付けるように寄りかかってきたらしくない彼の言動に遊戯もさすがに首を傾げる。 と、そこに杏子が控えめに遊戯の、アテムの寄りかかる方とは逆の肩をぽん、と叩いてきた。 「何?杏子」 「あれじゃない?」 「あれ?・・・・・・・ああ」 後ろの方からも、大きく納得した声が聞こえてきた。遊戯も、今なら彼のヘコんでいる理由を理解出来る。 杏子が指で指し示したものは、掲示板に大きく張り出されたクラス名簿だった。 割と早い時間だったにも関わらず、先ほどからちらほらとまばらに生徒の姿が見えるのはこれが理由だったのだ。新学期初日の、クラス分け。アテムは一足先に見てしまったらしい。 「あ、ボク今年も皆と一緒みたい」 「皆じゃないだろう!」 がばりと勢いよく顔を上げてきたアテムには、遊戯も苦笑するしかない。 「だって、仕方ないじゃないか。馴染みのない人からしてみたらボク達ってすごく似てるんだから」 それはすでに、小学、中学、高校と学年を重ねてきた今になっては非常に今更すぎる言葉だ。 現在、家庭の都合によりアテムは遊戯の家に住んでいる。同じ武藤姓で、尚且つ表情や雰囲気、物腰こそ全く違うが、容姿だけはそれこそ鏡と見紛うほどに似ている。双子の兄弟が必ず同じクラスにならないのと同じ理由で、遊戯とアテムは今まで同じクラスになったことなど一度たりともなかった。昨年もそうだった。 本当に、今更だ。 「仕方ないじゃないか。文句言ったってどうしようもないんだから。・・・・・あ、ほら君のクラス、バクラ君と御伽君もいるよ。良かったじゃないか」 「俺は一回でいいから相棒と一緒のクラスがいい・・・・」 普段は過ぎるほどに大人びているというのに、どうして時々こういった叶えようもない駄々を捏ねるのだろうか、彼は。遊戯にしてみれば不思議で仕方が無い。隣のクラスのようなので、そこまで遠くに離れているわけでもないし、会おうと思えば昼休みにでも会える。 第一、家ではM&Wという共通する趣味があるので、殆ど四六時中一緒にいると言ってもいい。 今更サイクルを崩そうとすれば違和感すら覚えるほどに共にいるのだ。これ以上一緒にいてどうする。 学校でまで常に一緒だったらきっと自分は彼に甘えてしまうし、彼も自分に甘えてしまう。 むしろクラスが一緒になることがないのはある意味感謝した方が良いのだ。 ぽんぽんと宥めるように背中を叩いてやれば、不承不承といった様子でアテムが顔を上げた。 眉尻に皺が寄ったままの表情だったが、いくらか落ち着いたらしい。目元はいつも通りに戻っていた。 「ごはんとかはいつもみたいに一緒に食べようね」 「・・・・・ああ」 小さく頷いたアテムにようやく安堵の息を吐くと、後ろから控えめに拍手された。 さすが飼い主とか言われても全然嬉しくない。というか、アテムを動物のように言うな、と遊戯が批難を混ぜた視線を向けると軽い調子で悪かったって、と本田が謝罪をした。そして、そうこうしているうちにそろそろ始業式が始まる時間だと杏子に促され、移動を始めた。 ちらり、と遊戯は横を歩くアテムを見る。 似ているようで、全く似つかない『もう一人のボク』。 彼の突拍子もない駄々を宥めるのは自分の役目で、そのことはちょっとだけ自分が『お兄ちゃん』なんだと思えて、気分がいい。アテムの方も、遊戯にしか駄々を捏ねない。遊戯が宥めようとするのも、呆れずにちゃんと相手をすることも分かっているからだ。 さて、そうなると本当に甘えているのはどちらなのだろう、と遊戯は思った。 (アテムの駄々って、大抵本音半分、冗談半分って感じだもんね) 「相棒?」 「・・・・ん?なに、アテム」 いつまでも自分を見る遊戯を怪訝に思ったらしいアテムが内容のない疑問をぶつけて来たが、知らないふりをしてかわした。 ただ、そうだ。 遊戯は、アテムに子供じみた駄々を捏ねられるのが好きで、 アテムは、遊戯に子供じみた駄々を捏ねるのが好きで、 「どっちもどっちだなあって、思っただけだよ」 「・・・・・?そうか」 意味が分かっていないのだろうに、曖昧に言葉を返すアテムがおかしくて、遊戯はくすっと小さく笑った。 相互依存の究極形態 *うっかりやらかしましたパラレル。よそのサイト様の見てたら楽しそうだったのでつい。 アテムさんが相棒命なのが相変わらずで、言動が度を越しているので闇表チックですが恋愛じゃないですと言い訳、(08.06.05)* |