夜闇の月
かごめは一人、眠れぬ身体をゆっくりと起こした。
なかなか寝付けず、何度も何度も寝返りを打って、それでも眠れない夜。
と、いうのは今までにも何度かあった。
そう云う日には決まって近くに夜の訪問者が来る。
(桔梗・・・―――――)
魂が呼び合うとでも云うのか、かごめにはかの巫女が何処に居るのか・・・
こうやって、眠れぬ夜だけは、手に取る様に分かった。
だから恐らく―――彼女の方も其れは同じなのだろう。
それにしても不思議なものだと、かごめは辺りを見回した。
自分よりも余程、桔梗の匂いや気配に敏感であろう半妖の少年も、彼程ではないにしろ、常人よりは妖気、霊気を察知する能力に優れている筈の法師も退治屋の娘も、こういう日は必ず目覚める気配を見せない。
だから、かごめはその度に桔梗に会いに行っていた。理由は問われても答えられない。
ただ、何となく行かなくては。
そんな感じがしたからだ。
それでも、桔梗は毎回、かごめを待っていた態度を示している。
(もしかして、桔梗が皆に何かしてるのかしら・・・・?)
まさか、と、かごめはその考えを否定すると携帯用の寝袋に子狐をしっかりとくるみ、為るべく音を立てぬよう、そっとその場を離れた。
「来た、か・・・・」
かごめの気配に気付き、桔梗はそれまで伏せていた瞼を開き、腰を下ろしていた大木の、人の胴程ある太さの枝からふわり、と音もなく、降りた。
「桔梗・・・・?」
死魂虫の放つ、青白い光に導かれ、彼女の名を小さく呼ぶ。
薄っすらと、闇に映える巫女の姿を見つけ、心なしかかごめは歩調が早くなっている自分に気付く。
ふっと、かごめの横をすり抜けて、一匹の、近隣の村娘の物であっただろう死魂を抱えた死魂虫が、桔梗に死魂を渡し、再び何処かへ行った。
ふっ・・・・
直ぐ近くまで来たかごめの眉がピクリと動いたのに気付き、桔梗は嘲笑するかのよう、笑った。
自身の、紛い物の身体に対して。
「桔梗・・・・?」
彼女の自嘲び気付いてかごめはきょとんとした顔で、首をかしげた。
「この身体も、不便なものだ。他人の魂の力を借りなければ、立って歩く事さ儘ならない。」
半ば、独り言にように、桔梗は云う。
「お前は『私』だが、全く違うのだな。声も性格も、考え方も・・・」
私はそれを望んでいたのだろうかと続け、桔梗はかごめを見据えた。
「―私は『かごめ』。たとえ前世の魂が貴女でも、今はかごめって云う、一人の人間よ」
「そう・・・だな。」
迷いのない、はっきりとした返答に、桔梗は曖昧な返事をする。
温もりを持ち、『死ぬ』事の出来る来世の自分。
冷たくて、『壊れる』事しか出来ない今の自分。
――そして、『死ぬ』事は出来たが、自分の為に生きられなかった、昔の自分。
「お前は、私の欲しかった物を全て容易く手に入れられるのだな。」
怖い程静かな微笑みが月明かりに照らされる。
怖くて―――でも、美しい巫女。
何を思ったか、彼女はつ・・・と、両手をかごめの首元に持っていった。
「羨ましい限りだ、かごめは。
――その身体(イレモノ)を壊して、魂を取り出せば、私も・・・――?」
ぐっ・・・と、桔梗はそれまで無防備に自分に晒していた首元を締め上げた。
かごめは小さく悲鳴を上げ、桔梗の手首を持って離そうとした。
が、こもる力は一層強まり――やがてあっさりと解放された。
げほげほと咳き込み、へたり込んでしまったかごめに視線を合わせるよう、
桔梗も座り込んだ。
「無駄、だろうな。今の私はお前には敵わぬ。それに――――」
たとえ、命を吹き返した所で紛い物は紛い物。そんな身体で、愛しい男を手に入れた所であるのは空しさだけだと心の中で呟き、かごめに謝罪を入れた。
八つ当たり等という幼稚な行動を取った自分への弁解の為の謝罪。
「ねぇ、桔きょ・・・・・」
かごめの台詞は、軽く当てられた桔梗の唇で一旦、止められた。
かごめは呆然と、今自分の身に何が起こったか解らずにいた。
でも、決して初めてという訳ではない。
ただ、普段の口付けの相手というのが異性である犬夜叉とであって、まさか憎まれているとさえ思っていた、それも『同性』の彼女にされた、という事実が酷く彼女の思考を麻痺させたのだ。
そっと、桔梗の唇が離れる。
その途端、デ・ジャビュのように思い出されたワンシーンがあった。
今回は『された』方だったのだけれど・・・・・。
「生きている時、『巫女』に縛られずにいたら、私は幸せだったんだろうか・・・?」
桔梗がふと、口をつく。
真っ赤になって両手で口を押さえていたかごめは、彼女が本気で云っている事に気付いた。
「幸せ・・・っだったとは思う。でもね?どんなに辛い道を歩んできてたって、
『その道』がなければなかったと思う。今の桔梗も、勿論私も犬夜叉も・・・」
間を置いて、
「皆、同じ考えなんて持たないわ。皆色んな悩みを持って、全く違う考え方をして、生き方をして・・・辛くてもそれが無かったら、きっと今頃、私が桔梗に会う事も無かったかもね。」
何かを思い出し、懐かしむ様な眼で、かごめは云った。
自然と、桔梗の口元に笑みが零れた。
「お前とは・・・生きて、まだ私が過ちを犯す前に会いたかった・・・」
そう言い、立ち上がると、かごめに手を差し伸べた。
かごめもやんわりと微笑み、桔梗の手を取った。
「もう、そろそろ夜も明ける。かごめ、お前はもう帰った方がいい。」
東の方を見やり、彼女は云った。
かごめは桔梗の忠告を聞いて、もうそんな時間なのかと内心驚きつつも頷いた。
桔梗の意に従い、死魂を集めていた虫達が桔梗の周りに集まりだした。
その様子を黙って見届けていたかごめは、はっとして尋ねた。
「今度は・・・何時会える?」
かごめの言葉が意外過ぎて、桔梗は柄にもなく驚いたように見えた。
「次、会った時は自分の命を狙うかもしれない相手に滅多な事を言うな」
悪戯をした後の子供を窘めるような口調で、からかいが混じったように言った。
でも・・・とばかりに言い訳するかごめ。
「私、もっと桔梗と・・・私の前世と話がしたい・・から・・・」
桔梗は、苦笑にも似た笑みを零した。
宿敵の、恋敵の筈なのに。
ただ純粋に自分を慕うかごめが何だか可愛らしくて。
これで最後と思っていたのに、
「眠れなくなった日は、来い。話位なら聞いてやる」
何の抵抗もなく、自然と言葉が出ていた。
――死魂虫と共に、何処かへと消えた桔梗を目で何処までも見送っていたかごめは、彼女の気配が完全に消えるとようやく満足したように、足を踏み出した。
「・・・かごめーっ・・・・・・・」
遠くで、自分を呼ぶ少年の声がする。
大方、目が醒めて気付けば居なくなった自分を捜しているのだろう。
「・・・此処に居る――――!」
元気よくそう答えると、かごめは仲間達の方へ駆けて行った。
夜闇での出来事は、2人だけの秘密。でも―――
「かごめに会えて良かった・・・のかもしれないな」
そんな事を思っている、桔梗の気持ちだけは・・・
彼女だけの―――秘密。
【終】
何気にキスシーンのトコで「犬夜叉とは普段からやってる訳?」ってつっこみ何人が入れられたかしら。なんて思いつつ。話進むごとに桔→かごから桔vかごになった気がするのは気のせいです多分(をい)。
・・・・・初期のプロットではそんな予定なかったのになぁ・・・まあ行き当たりバッタリで書いてるから 普段から。何がオマケに付いても可笑しくあるまい・・・
ま、まあ桔梗さんとしては、やっぱ自分の生まれ変わりだからかごめちゃんには、自分より幸せになって欲しいとは思う反面、やりきれないってゆーか・・・羨ましいつーか愛したいのに憎んでる。「愛憎」に果てしなく近いんでしょぉねぇ・・・。
いや、でも2人共本命犬夜叉っすよー!!??(説得力皆無)
あ〜・・・続編書きたいですねぇ・・・「ヤキモチ」って題名で犬→かごを(待てコラ)。
うーわーぁ・・・もうその時点で話の筋見えてるし・・・(大汗)。
やっぱレズっぽいの書いてても私は生粋の犬かご好きですからね☆
まあそれはともかく、以上。桔梗×かごめで【夜闇の月】でした。
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