労働のあとは。





「犬夜叉は、何が一番好き?」

料理雑誌を片手に、かごめはそう尋ねた。
ちなみに今、かごめが開いているのは見出しにでかでかと赤文字書体で『厳選・お袋の味』と書かれたページだ。
主に地方の郷土料理の特集でもしているのだろう。

犬夜叉は面倒くさそうに、のそりとやわらかなソファから頭を上げて、数秒間だけ、じっと雑誌を見つめていたが、すぐに、興味が薄れた、と言わんばかりにごろりと寝そべる。
そうでなくとも、昨日は久々にかごめと一緒に過ごせる休暇が取れる筈だったのに、部下の一人の不手際で溜まりに溜まった仕事をノイローゼ寸前まで頑張って仕上げていたという経緯があったため、流石にかごめが傍にいてもひたすら機嫌が悪い。

とにかく社内で残業という選択肢は特権を利用してでも(というか意地でも)拒否してまで、自宅で仕上げていた。
うとうとするかごめを膝の上にちょこんと座らせて黙々と、パソコンと書類と格闘すること、全て仕上がったのはたった今。
かごめは結局、離れるなと苛々しながら言ってくる犬夜叉に負けて、ずっと彼の膝の上で眠っていたから問題はないが、犬夜叉の方は不眠不休で、既にコーヒーのカフェインでさえ彼の眠気は抑えられない。

この原因を作った部下には職権乱用と罵られようが辞めさせてしまおうか、などと物騒なことも考える。
(そもそも、自分のキャパシティーに見合えない仕事をギリギリまで溜め込んで俺に迷惑かけるだけならまだしも、それでかごめとの時間減ったと思うと腹立つ・・・・・・)

要は私怨も少なからず混じっているという訳だ。
だがもしそれでその部下とやらが辞職させられてもこれだけの失態を犯していれば間違いなく自業自得なのだ。


「ねぇ、犬夜叉ぁ」
拗ねたような可愛らしい声が甘えてくるが、生憎今の犬夜叉に、かごめを構う元気はなかった。
それはかごめも分かっているのだが、『記念日』の近い休日である今日は、絶対に犬夜叉から食べたいものを聞き出しておきたかった。昨日の奮闘ぶりは一番近くで感じていたからよく分かっている。
分かっているが、自分にとってはこちらも十分重要な事柄であって、また、犬夜叉は、たとえ機嫌が最大限に悪くても自分の言葉だけは絶対に一句残らず聞き取ってくれていることを理解していた。
本人たちにはさらさら自覚はないが、彼らの親友でもあり悪友でもある弥勒や、珊瑚が聞けば『ノロケ?』と口を揃えて言うに違いない。

とどのつまりは惚れた女にはとことん弱いのが犬夜叉という男である。

かごめはぷぅ、と頬を膨らませてむくれながら、適当にパラパラと料理雑誌の頁を捲ってゆく。
犬夜叉の好みは大体把握していても、やはり本人からのリクエストがあるのとないのとでは分かり易さもやる気も格段に違う。
(でも、ま・・・仕方ないよね)

昨夜の彼の頑張りは、近くで痛感していた。手伝おうかと声をかけても即座に大丈夫だと返されて、せめて夜食でも・・・と、彼を離れようとすれば、行動を先読みされて引き戻され、挙句「お前が傍に居たらそれでいいから」と、究極の殺し文句まで言われてしまい、結局手伝いらしい手伝いすらできなかった。

せめて栄養面で彼の手伝いを出来たら、と思ったが・・・今の彼には休眠の方が必要だろう。
内心で結論付けると、かごめはそっと、ソファに近寄った。
その気配を感じ取り、犬夜叉が無理に起き上がろうとしたが、それを手でやんわりと制止すると、かごめは触れるだけのキスを犬夜叉に贈った。

いきなりのことに硬直した犬夜叉に、何ともいえないおかしさを感じて、かごめは少しだけ噴出した。
自分からこういうことをするのはとても珍しいと自覚はあったが、頑張った犬夜叉へのせめてものご褒美だ。
普段は自分のことを可愛い可愛い連呼する犬夜叉だが、かごめにはこういう風にいきなりの事態について行けずに茫然としている犬夜叉の方が可愛いと思える。それを言ってしまえば、妙なときにプライドの高いこの青年はへそを曲げてしまいそうだから、黙ったままだが。

それにしてもかなり長い間硬直している犬夜叉に、かごめはようやく不思議そうに首をかしげる。
思考能力が眠気で低下しているから、反応も格段に遅いのだろうとは思ったが、それにしては遅すぎる。
どうしたのかと顔色を窺おうとして、かごめは気付いた。

いわゆる何か企んでそうなにやけ顔の犬夜叉に、何となく嫌な予感を感じてそっと一歩足を引き・・・・・かけて、腕を掴まれた。
「い・・・・犬夜叉・・・・・・?」
「かごめ・・・・」


ぐるんっ


「きゃぁ!」
視界が反転したと思い、気付けばあっという間に犬夜叉の腕の中にいた。
「な・・・何」
「抱き枕」
「な・・・・」

確かに、自分らは身長差や体格差の関係もあってか、やたらお互いにとって抱きやすい存在ではあるし、実際眠るときはいつもこの体勢なのはそうだが、何も狭いソファという空間でまでそんなことをせずとも、とか、元気がないからかは知らないが、あっち系の話題を吹っ掛けられなくてよかった、とか。
そんなとりとめもないことを半ば言い聞かせるようにかごめは思った。

だから、今日だけは、意外と知られていない甘えん坊にちょっとした安息を。





















「ちなみに一番愛してるぞーかごめ」
「そういう半分冗談真顔で言うなぁ!」

眠気でテンションが可笑しいのは、ご愛嬌だけれど。






楽しかったよ(笑)トップに載せてた小説。掛け合い。
7/13記(てか編集)


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