雨と傘と貴方と。
外は静かに雨が降っていた。
そんなに強くない小雨だったし、家もそんなに離れていないから、走って帰ろうと思ったら出来た。出掛けに傘を持っていこうかとも思ったけど、面倒になって止めた。
折角、“アイツ”の元へ行くのに、余計な荷物は要らないと思ったし、ちょっと前までは結構晴れていたから。
かちゃん、と陶器の触れる音が静かな室内にやけに響いた。
ティーカップに残った紅茶が波紋を作って影を揺らす。
お互いずっと黙っていたけど、俺が外を気にし始めると、俺と向かい合って座っていた“アイツ”・・・かごめは、思い出したように俺の顔を見て、次にベランダから覘く景色を見て、ふと口をついた。
「傘は貸さないわよ。でも濡れて帰らないでね。心配しちゃうから」
かごめにしては珍しく、意地悪な言葉だった。
「じゃあどうしろって云うんだよ」
呆れた物言いで、でも表情は楽しそうに、俺が問う。
「雨が止むまで此処に居て?」
強引なんだか、控えめなんだか分からない引き止め方がかごめらしくて、失笑を禁じえなかった。
思わず声に出して笑うと、さっきまで遠慮がちに俺を見つめていた眼が直ぐに細まった。頬を子供みたいに膨らましてなによう、と抗議するかごめが可愛らしくて。
「悪かった。でも・・・・」
悪戯心がむくむくと頭をもたげた。
ティーカップを置くと、立ち上がってかごめの後ろに回り込もうとした。
けど、かごめの方は、いつもみたいにくすぐられるとでも思ったのか、さっと立ち上がると、空になった自分のティーカップを持ってすたすたと台所にさりげなく避難しやがった。
かちんと来て、いつもならとっくに諦めてテレビでも付けるだろう状況にあえて逆らって、かごめの後を追って洗い上げをしていたその背中を撫でた。ひゃっと小さく悲鳴を上げて、かごめは拗ねた顔でこっちを見上げてきた。
「なによぅ!意地悪しないでよっ!洗剤飛び散っちゃうじゃない!」
と、片手に泡だらけのスポンジをもったまま凄んでくるけど怖くない。と、いうより
「お前それは動作で誘ってんのか?」
・・・あ、呆然とした。
こりゃ絶対何云われたかまだ理解しきってないな。
そんな呑気な心持で、かごめをじっと観察していたら、やっと意味が浸透したらしく、かごめは硬直から脱して、林檎顔負けの顔色でやたらと「な」を連発しだした。
「な・・・なに云って・・・・・」
「云っとくけど、結構本気だぞ?」
余計性質悪い!と絶叫するかごめの言葉もお構いなしに、俺はかごめの腰を抱き寄せてそのまま腕の中に収めた。・・・また、前より細くなってる気がして少しぞっとする思いだった。
その腕が、腰が、首が。男の俺とは全然違った華奢な体型は、少し力を入れたら折れてしまいそうだ。
精神(こころ)はしぶとくたって、それが体に比例するかというとそんな筈ないから、心配だった。
できる事ならこんな週末でさえ会えるかどうかの生活なんかやめて同居出来たら、と思う。
きっと、かごめがこんな性格じゃなかったら、今頃そうなっていたかも知れねえけど。こうしていた方がいいのかもしれないと判断しなかったかも知れねえけど。でも、そんなかごめだから、俺は惹かれたんだ――。
「犬夜叉・・・・?」
かごめの不思議そうな、問い掛けの混じった声に答える代わりにそっと、頬に口付けた。
途端に大人しくなるかごめを、俺はきつく抱きしめた。
(俺以外に触れられるな。俺以外に、そんな表情見せるな)
そんな意味もこめた行動。独占欲が強過ぎるだの、心が狭いだの、そんな事はもう云われ慣れたって云えるくらい、色んな奴に云われたけど、考えを変える気は全くない。それが俺の紛れもない本音だから。
「・・・ね、犬夜叉。洗剤流すからちょっと離して?」
「やだ」
困ることなんて百も承知だし、だからわざと云ってる事は、かごめも理解っていた。
「・・・手がべたべたしてるから、犬夜叉に触らないけど、いいの?」
「・・・・・・・・・・じゃあ、このまま洗ったらいいだろ?」
暗に『だから離さない』と云って、かごめの髪に顔を埋める。髪はシャンプーと、かごめのもともとの体臭で柔らかい、いい匂いがした。結局、結構あっさりと折れたのはかごめで、さっさと洗剤を洗い落とすと、掛けていたタオルで手を拭いて、そこでやっとまともに俺の方に向き直った。
「本当はずっとこうしてたかった」
それは今日までの空いた数週間を思ってなのか、それともこれからの事についての躊躇いなのか。
来週もこうやっては、かごめに会えない。かごめに、どうしてもと頼まれていた見合いが入っていた。
相手は、大手企業を左右させる役職の、かごめより10も違う男だとか。
そう聞かされた時も、思い出してる今も虫唾が走る。何でかごめを、たとえあり得ない話だからって他人の野郎の為に見合いにやらなきゃなんねえんだ・・・・!どんな男だろうと、かごめが触れられるのは嫌なのに・・・・・。
「い・・・ぬや、しゃ・・・くるし・・・」
途切れ途切れのかごめの声で我に返ると、何時の間にか加減もなくかごめを抱き締めていたことに気付いた。
「わ・・・悪り・・・・・」
腕の力を緩めて、蚊の鳴くような声で謝った。
親に公認でも、やっぱり金や人間関係が絡むと断れないものなのか?そんなことがここ最近、ずっと頭の中を巡っている。相手には交流も兼ねてと誘われた手前、断れなかったとか、散々言い訳がましいことを云われ続けて、納得はしてないけど一応認めた事にしたのは俺だけど、でもやっぱり未だに後悔していた。
「犬夜叉?どうしたの?」
「何でも・・・・」
それまでの思考を一緒に掻き消すように頭を掻くと、俺はかごめの肢体を軽々と・・・本当に軽いけど・・・持ち上げて、居間に向かったその足で、ソファにかごめを寝かせた。自分もその横に座って、
「私、まだ全然眠くないよ?」
きょとんとした瞳で俺を見つめてくるかごめの頬にまた、口付けて、いいから寝とけと言い含めた。
「夜は寝れねえからな。」
・・・・・・やっぱまた意味理解するのに時間掛かってやがる・・・・。
さっきとほとんど同じようなリアクションで慌てふためくかごめを見ていて何だか微笑ましい気持ちになった。
この娘は、穢れをまだ知らないから・・・・。
「“雨の中、帰るのは”出来ねえし。泊めてもらったっていいだろ?俺に一日ホームレスやれってのかよ」
冗談混じりの言葉にかごめは「知らないっ」と、ソファに掛かっていたタオルケットを頭から被った。
・・・ってことは、一応俺の云う事聞く気はある、ってことで解釈してもいいのか?
「ね、犬夜叉」
「・・・なんだよ」
「私が“大好き”なのは、お見合い相手なんかじゃないよ?」
―――・・一瞬。
考えてたこと全部見透かされた気がして、驚いた。
確かに、考えてる事が顔に出やすいとは自覚はあったけど・・・それにしても、嬉しいけどその遠まわしな言い方はやめろよ。直接云わなきゃ、解ってやらないぜ?
「じゃあ大好きってのは誰の事だよ」
「桔梗」
がくっ。
「嘘。吃驚した?」
「しすぎてコメントすら浮かばねえよ」
脱力しきった声音で返した。ここってそういう冗談いう場面じゃねえだろうが・・・。
呆れの所為で、半ば冷めた思考回路に届いたのは、やっぱりかごめの言葉。
「私が一番大好きなのは犬夜叉だよ」
云った後、かごめは恥ずかしそうに口元をタオルケットで隠して微笑んだ。
・・・・可愛い。
たとえ贔屓目(ひいきめ)だって云われようが、俺はかごめのそういう所が可愛いと思ったんであって、そこにに惹かれたんであって・・・でもって、それは俺の掛け値なしの本音であって。
どさっ。
「ふぇ?犬夜叉?」
いきなり自分の方に倒れこんできた俺に驚いて、かごめが不思議そうに首を傾げた。
やっぱり前言撤回。絶対に本気でなかろうが、こいつを見合いになんて行かせない。
ぎしりとスプリングが、体重を預けた両手の重みで軋む。
「・・・かごめ。お前、誰かと付き合ってた時ってなかったんだよな?」
「ん。犬夜叉が初めて」
聞き方によっちゃ、何だか問題発言みたいにも聞こえるけど聞こえなかった振りをして、かごめの両腕を捕らえて首筋に痕を残した。“俺のもの”だという証を。
「んっ・・・ちょ・・・犬や・・・」
くすぐったそうな、苦しそうな声が、かごめの唇から漏れた。息をするのさえ忘れたような感覚で。
でもゆっくりと互いの存在を確認し合うように、確実に。
言葉の代わりに、その小さな唇を塞ぐと、もう夕日すら沈んだ、人工的な光だけが照らす世界を暗転させた。
蛍光灯の紐を掴んでいた手をそのままかごめの腰に回して、もっと深く口付けた。
大切な、かけがえのない存在なんて要らないと思っていた。こいつと出会う前までは。
「犬、夜叉・・・」
「・・・とっとと寝ろ。じゃねえと今から喰っちまうぞ」
「んもう!助平っ!」
顔を真っ赤にして言い返してくるかごめが可愛らしくて、嬉しくて。
そして多分間違いなく、かごめがこんな表情を見せる男は俺だけなんだって確信できることが誇らしい。
かごめは、まだ穢れを知らないから・・・。
いや、きっと穢れを知っても、かごめは変わらないと思った。推測じゃなくて確信している。
こんな事を云いながらも、結局俺は口付け以上の事はしない。
したくないと言えば嘘になるけど、かごめはまだ綺麗でいた方がいいと、俺がそう思うから。
既に夢の中に入ってしまったかごめの体を掻き抱いて、俺もそっと瞼を閉じた。
外は小雨の面影さえ感じさせないどしゃ降りになっていた。
雨は嫌いだけど、俺はこの時ばかりは、朝まで止まなければいいのに、と本気で思った。
【終】
現代版犬かご。多分二人とも一人暮らししてるからかごめちゃん18、犬夜叉19くらい。(とりあえず1歳差で!)
かごめちゃんの方はちょっとお嬢様。犬夜叉の方は・・・普通なような、そうでないような・・・。
親が企業の社長やってるけど親の七光りとか云われんの嫌いだからそれについては絶対関与しないのでまあ本人としては普通のつもり(いやん!この辺猫のお話と設定かぶってる!!!)。
ってか大好きなの桔梗とか・・・(笑)そこにその名前持って来るの止めろって自分・・・。
ちょっとエロちっくな話書きたくなったのです(ただし言動のみ)。
ちなみに“この”二人は一緒に居たらいつも始終ノロケてます(常に。何があろうとずっと)。
ええ。たとえ友人(弥勒様)の誕生日にお呼ばれしてようが彼氏が浮気すると返り血付いたシャツで来た友達(珊瑚ちゃん)が見てようがずーっとべたべたくっついてます。ウザいくらいに(主に犬夜叉が)。
そして時々喧嘩して、周りの人に天変地異の前触れだとか大騒ぎされて、でも半日くらいすると耐えられなくなった犬夜叉が謝りにいって丸く収まる。結構会える時間が一週間に2回ほどしかないのも原因。家族公認のラブラブっぷり。
・・・・・・すげえ設定(笑)。
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