いきずりのにさよならしよう穢れきれないこいびとたちよ









ふるりと震える躯。

ずるりと引き抜くと熱く息を吐き出す姿に、行為を終えたばかりだというのに欲情する。

そっと上気した頬をなぞると、“少女”は、とろんと溶けていた瞳を引き締めるように戻して“青年”の体を退かせた。
「もういいでしょ」
不機嫌そうな声で言うと、さっさと脱ぎ散らかした服を着なおし始める。



――青年は、少女の名がかごめということしか知らない。
少女も、少年の名が犬夜叉ということしか知らない。

それが本名かどうかも、苗字も、どこに住んでいるかも、何をしている人間なのかも分からない。
それがどうしてこんな関係になったのかは、もうとうの昔に忘れていた。それほど前ではない筈だけれど、そんなことはどうでもよかったのだ。
互いの欲求さえ満たすことが出来れば、それでいい。

そんな関係の、筈だった。

「かごめ」

でも、それはかなわなくなった。

「何?」

“彼”に、恋人がいることを、かごめが知ってしまったから。

「もう、俺と会うつもりはないのか?」
「当たり前よ。私は泥沼関係に当事者として足を突っ込むつもりはさらさらないの」

最後だから、許したのと。
背を向けたまま、俯いて少女は言う。その言葉に犬夜叉は思わずその肩を引き戻して行くなと子供のように駄々をこねて、少女を困らせたいと思ってしまう。
けれど、手は伸びてもその肩を引き寄せることは出来ない。それはルール違反の行為だと分かっていたから。

すっかり居住まいを正した少女は、ようやくこちらを向く。
それはひどくすっきりしたようにも、悲しそうにも見える笑顔を向けてかごめは「じゃあ」と部屋を出る。


ぱたん。


妙に、淋しい音がして、人の気配がなくなる部屋。




―――少女は知らない。

少女が青年の僅かな秘密を知ったことで、青年に緩やかに流れる感情の芽生えに気付いたことに。勘の鋭い恋人に、既に気付かれていることに。恋人は抱いたことがないのに、少女は出会ってすぐ欲しくなってしまったことに。
―――気付かないうちに、少女に惹かれていたことに。

普通の恋人のように、買い物をしたり、幸せなキスをしたり、他愛もないことで笑いあったり、そんなことが出来る関係になりたいと、切実に願っていることに。

そして、青年も知らない。

青年に恋人がいると知った少女が真っ先に思ったのが、「巻き込まれたくない」ではなく、「もう終わらなければいけない曖昧な関係が悲しい」だったことを。つきりと痛んだ胸に、人知れず涙を零したことを。どうしようもないくらいに青年に焦がれていたことを。
・・・・・別れを告げた今でさえ、こんなにも想っていることを。


引き止めてはいけない。
泣きすがってはいけない。

愛してはいけない。


駆け引きの最大のルールが苛んでいる互いの感情を互いが知ることはない。
穢れたフリして穢れきれない感情が傷むことを、お互い知らない。


どうかどうか。
願えるならば、愛してるの一言を、かのひとに。





**************
殺伐とした犬かご、今までも何回か書きたかったんですがこの二人には幸せな恋愛して欲しいということで躊躇してたんですが、まあ。好奇心って怖いわね、とだけ・・・・(そんな言葉で済ませるな)

エロって云っても露骨な表現を変なときウブっ子な私が書ける筈もないので見るかどうかは自己責任。




































執着していることに気付いたときには手遅れだった。








初めて少女を抱いたとき、その兆候は既に見えていた。

「このまま一緒にいることに意味はないだろう?」


かろん、と涼しげな音を立てて、汗をかいたグラスの中で氷が音を立てた。

いつか言われることはすでに予測がついていた。
本当は、自分から切り出そうと思っていたが、“彼女”が自分に執着していたことには気付いていたから言い出すことはできなかった。
“彼女”にも、“少女”にも悪いと思わずにはいられなかったが、それがせめて“彼女”に自分が出来るせめてもの同情だと知っていたから、別れを切り出すことはしなかった。
だから正直、別れの言葉を聞いたときは少し安心して、少し心配だった。
彼の思惑に気付いたか、彼女はおかしそうに口元を手の甲で隠して笑った。
「お前、そこまで馬鹿ではないだろう?私が気付いてないなんて、愚かなことを云ってくれるか?」
「いや、」
「なんでだろうな。今までお前にあれほど狂ったように執着して、この立場を無理やり手に入れたというのに――お前の心が私から離れるのに気付いたら、お前に対する執着心も消えたよ」
「・・・・・・・」
場にそぐわない、軽やかでいて凛とした声。
ああ、そういえば“彼女が、少女に似ている”と思ったのは、こんなときだと青年は感じた。

「私は不毛なことはしない。お前もそうだろう?だから、終わりだ」

まるで、チェスでチェックメイトを決めたときのような、勝ち誇った表情でそう告げる彼女。
そこには本当に、未練を感じているという雰囲気は一切なかった。

強い光を見せる、昔彼女が見せていた瞳に唐突に青年は思う。もしかして、今まで自分が彼女の強さを失わせていたのではないかと。そして、彼女は自分の足で立ち直ろうとしているのではないかと。

そう、しようとしているならば。

(もう、俺の同情は必要ないな)

むしろ、傍にあればあるほど邪魔な感情だ、そんなもの。

「・・・・・そうか」
案外あっさりした切れ目だと思ったが、傾く感情がどちらに向いているか、気付かない愚か者でもない筈だ。

「じゃあ、サヨウナラ」

「・・・・・ああ」

元気で、だの頑張れよ、だのという無責任な科白が浮かんでこなかったわけでもないが、ひとつとして口にせずにただそういって、席を立つ彼女を見送りもせずに、目の前にあるコーヒーのソーサーを見つめた。領収書だけは置いていってくれていたのがありがたかった。

最後の最後で、彼女に借りを作るのは男として最悪だ。



暫くして、扉が開き、閉まる音がしてから青年はゆっくりと顔を上げ、今まで彼女が座っていた椅子を眺めて、やがて自嘲の笑みをこぼした。



「俺には、真似できねえ強さだな」

執着している、と自覚したときにはすでに少女は自ら離れていった。

脳裏に浮かぶのは、少し前に別れを告げた少女の小さな背中だった。






************
今の桔梗様は束縛されていないからこそ強いのだと思う。
比較しているのが、彼女と少女ではなく少女と彼女であることには、気付かない。





































諦観切望の表れだと気付いたのはを零しただった。











「かごめぇ、元気ないよー?」
友人の一人が心配そうに顔を覗き込んできて、少女は曖昧に笑った。
傍にいたもう二人も友人も同様に、こちらを心配そうな顔で見ている。かごめは苦笑すると、
「そんなに顔に出てる?」
と、わざとおどけた口調で尋ねた。
「うん、出てる」
一人がそう、きっぱりと言い切り、もう一人はかごめの額に手をやって熱があるか確かめる有様だ。
「風邪、じゃないか」
「馬鹿ね、風邪ならこんなに何日も元気ないわけないじゃない」
「え・・・」
少なくとも、数日はいつもどおり元気に振舞っていたつもりだったのだが。
少し動揺して目を見開くと、机を椅子代わりに座っていたもう一人が立ち上がり、おもむろに人差し指と親指で輪を作ったと思ったら。
「痛ッ」
いきなりでこピンを食らわせてきたので、生理的に出た涙目になりながら額を押さえた。
「あんたの空元気は見てて痛いの。私らどころかクラス全体で心配する勢いだったんだからね最近」
「・・・・・・うっそ」
「嘘ついてどうすんのよ。・・・理由云え、とは言わないけどさ。無理しないでよ」

そうしてもう一度、今度は戯れるようにかごめの頭を小突く友人にかごめは謝罪しながらやんわりと微笑んで見せた。

(もう平気な筈よ、かごめ)

こんなにも心配してくれる友達がいる。
自分の安寧の世界が、此処にはある。

不安定な感情に翻弄されて涙しなくてはならない世界は消えた筈だ。
もう“彼”とは二度と会わないし、万が一会うことがあったとしても、次にはきっと笑って挨拶できるだろう。

恋人と傍にいる“彼”に。


ぽた、

「あ、れ?」
「!かごめ・・・・」

気付くと新緑色のスカートに深緑の跡ができていた。
ぱたぱたと音がして、ひとつだけだったあとはだんだんと増えた。
驚く友人達の表情にようやく、自分が泣いているのだとかごめは自覚する。

「変なの・・・なんで、涙なんか出るんだろ」

あはは、と笑う。
友人たちどころか、他の視線すらも集めていることにそのときようやく気付いた。随分と注目されているのだろうという認識はあったけれど、意識下にそれを持っていくとひどく恥ずかしい。
ごしごしと制服の裾で目元を拭っていると、周りにいた一人がかごめの手を止めるとハンカチで少女の目元を拭った。

それでも、泣いている理由を無理にでも聞きだそうとしない友人たちの気遣いがとてもありがたかった。

(ああ、そっか)

諦めたつもりでいた。

もう、自分には関係ないと、割り切ったつもりでいた。

でも。

(まだ、こんなにも好きだったんだ、私・・・・・)



気付いてももう、遅いのに。
笑いたいのか、泣きたいのかよく分からなくなった。胸を貸してくれた友人に思い切り取り縋って、でも声は出さずに泣いた。

久々に泣いた気がした。

(もう会えないの、会わないの、会っちゃいけないの)


自覚するたびにずきりと痛む胸。
心臓が締め付けられる、なんてものではない。無理に、指の先が収縮させられているような苦しみがあった。心臓が悲鳴を上げるように、痛い。

苦しすぎて、いっそ、このまま息が止まればいいとさえ思った。




自覚したときには、傍に想うその人はいない。


それが本当の名かも分からないのに、呼びたいその愛しい名前を。


心の中ですら呟くことなく、じっと痛みに耐える少女は。



ただの出逢いがもたらす事実を、このとき初めて悟った気がした―――。






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かご嬢、さりげなくモテモテ(笑)
多分、クラス中もらい泣きとかしてそう。次の授業の教師、入室してびっくり、当事者もびっくり(笑)











05.10.19