それはまるで、前兆のような。
欲するぬくもり
「かごめ」
耳朶に直接響くような甘い声音に、かごめは身震いした。
この逢瀬は、もう慣れたものになっていた。最初は、彼女が自分を『呼ぶ』理由も分からずに、無用心に近寄っていた。
だけど、最近になってかごめは、この逢瀬に罪悪感を伴っている自分に気がついた。
何故。
最初はただ、姉を慕う妹のような感覚しかなかった。
だからこそ、無用心に、無防備に彼女の前で振舞うことが出来た。
半妖の少年を通して話すとたちまち恋敵に豹変する自分たちだけれど、それを抜きにするからきっとこんなに自然に会話できるのだと信じていた。
逢瀬に何の疑問も抱かなかったのは、彼女を純粋に慕っていただけだったからだ。
だがそれも、彼女の言葉で終わりを告げられた。
「私は、お前を好いている。・・・・それは、犬夜叉に対して感じていたものと同じものだ」
以前、別れ際にそう、言われた。
かごめは何も返すことなく、ただ驚いた表情のまま、その場を逃げるように去ってしまった。
そうすること以外に、術がないのだと自分に言い聞かせて。切なそうに微笑む彼女を目の端に捉えたのも気付かない振りをして。
(ごめんね)
何に対しての謝罪なのだろうか。
彼女の想いに気付けなかった、自分の愚鈍さのへのことか。返事を返せない自分の幼さへか。
彼女の気持ちを受け取る覚悟のない己の弱さに対してか。・・・それとも、否定の言葉しか与えることの出来ない自分への悔恨の為か。
告白されて初めて、かごめは二日続けて彼女に呼ばれたことに酷くうろたえた。
返事を、催促されている事は分かっている。だが彼女も分かっている筈だ。
自分の答えは、どんなに待っても否しか出てこないことを。それでも彼女は、かごめの言葉を待つのか。
(酷いよ・・・・)
自分も、催促する彼女も。
かごめが、犬夜叉を決して裏切らないことを彼女は十二分に知っていた。
あえて返答を聞こうというのはつまり完全なるかごめへ精神的な別離を果たすことに他ならない。
どうして、と問われれば答えは出ないが、かごめは確かにそうなることを拒んでいた。
少なくとも、かごめは桔梗のことを慕っていた。関係が崩れるということは、もう今まで通りではいられないと言う事だ。
(私の我侭・・・・・)
結局、犬夜叉も桔梗も、想いの形こそ違えどかごめにとってはどちらも慕うべき存在だった。
どちらかを選べと言われても到底無理な話だ。どうしてそんなことが出来よう。
相変わらず自分を囲むように飛翔し続ける彼女の使い魔をぼんやりと眺めながらかごめは考えていた。
行ってもいいか、否か。
言わなくてはと、思う反面で、言いたくないと訴える自分が存在する。
本当の自分はどちらなのか、自分でも分からないまま会うのは嫌だと思っていた。
だから、周りで何かしらの手で『眠らされて』いる仲間・・・とりわけ感覚の鋭い犬夜叉が、この招待に気付いて阻止してくれないだろうかと、他力本願なことも考えてしまう。
答えを出すのを躊躇う。だがとっくに出てしまっている。ただそれを口に出すのは嫌だ。
無意味な自問自答を繰り返し、まるで時間稼ぎのように刻々と時間が過ぎてゆくのをかごめは少しもどかしく思った。
ふわり、と。
かごめはようやく、縋るように、使い魔の半透明な身体に触れて言葉を発した。
「・・・・ごめんなさい、桔梗。今日は貴女のところへは行かない。・・・・私は、犬夜叉も桔梗も好きなの。どちらか一方だけを選ぶなんて出来ない。好きの種類もそりゃ、違うけれど、犬夜叉だけを選ぶことも、桔梗だけを選ぶことも、私きっと、後悔する」
だから、とそこまで云うと、小さくかぶりを振って、かごめは俯いた。
「桔梗に伝えておいて」
ぽたり、と無色の染みが、新緑の色の布に反射して零れた。
伝言を伝えられた死魂虫は、ふぅっと音もなく闇に紛れて消えていく。
それを合図に、他のたむろしていた死魂虫も次々に闇へと消えてゆく。
ただ、最後に残った一匹だけは、ふいと行きかけて、かごめの傍に戻ると、その零れた涙を一適掬い取って、ゆっくりと消えていった。
残された空間には仲間もいるのに、気にならずにかごめは泣き続けた。
恋人に感じる愛、慕う相手に感じる愛、信頼している者に感じる愛。
種類の多いその感情を持て余すには、少女は少し幼すぎ、真剣過ぎた。
どれも度合いは同じくらいだ。ただ、自分の中に住んでいる犬夜叉という存在を除けば。
「・・・・かごめ?」
死魂虫が何処かへ行ってしまったことで、術が解けたのだろう。
感覚が通常に戻った犬夜叉が、敏くかごめの涙に気付いて声をかけてきた。
その声音は普段、妖怪と対峙しているときとは比べ物にならないくらいに優しい。
されがまた、嬉しくもあり悲しくもあって、かごめはとうとう押し殺していた嗚咽を小さくこぼした。
犬夜叉の狼狽する気配を感じ取りはしたが、それでも溢れる涙は止まらない。
そっと、少年の武骨な手が少女の頬を流れる雫を拭った。
「何か、あったのか・・・・?」
本気で心配してくれている少年の声に、かごめは首を横に振ることでしか返すことができない。
自分自身が苛立たしく思ったが、かごめはそのまま犬夜叉の胸に凭れこんで、仲間に嗚咽が聞こえないように俯いた。
犬夜叉はそれを、戸惑いながらもやんわりと抱き締めるだけ。
「・・・・・・・・・・そうか」
使い魔の報告を聞きながら、桔梗は疲れたような溜息を零した。
(とうとう、ふられたか)
元々、望みある感情でもなかったから、そんなに絶望はしなかった。
むしろ、やっとすっきりしたとも思っていた。少女は優しい。だからこちらの想いにも本当に真剣に答えてくれた。
ただそれだけが嬉しく思った。
悲しみは否めないが、少なくとも少女は自分を慕っているのだということを懸命に伝えようとしてくれていた。
それだけで十分だ。恋仲でなくとも、姉妹のような関係が心地よかった。だから・・・・
(今度かごめに会えたら、また元のように付き合ってくれと頼んでみようか?)
都合のいい言葉に思えたが、きっとあの少女は微笑みながら肯と首を縦に振ってくれるだろう。
それはもう確信だ。
ふと、桔梗は空が白み始めたことに気付いて、大樹の枝からふわりと降りた。
そろそろ行くか、誰にともなく呟くと、死魂虫は彼女の周りに集まってくる。
ただ、その中の一匹だけは、そうっと桔梗に近付いて、手を出すよう、彼女に促した。
不思議そうに手を差し出すと、その手のひらに雫が零れ落ちた。
それだけで、桔梗は察し、その死魂虫に尋ねる。
「泣いていたのか・・・?」
主語はない質問に、死魂虫は無言で応えてふっと彼女の傍を少しだけ離れて、仲間と同じ距離で彼女を取り巻いた。
「私の為に・・・・・ここまで思い悩んでくれたのだな」
不謹慎だろうが、それがとても嬉しく感じた。そして同時に、彼女の元へ行き、涙を拭ってやりたいとも。
だけど。
(それは・・・犬夜叉の役目か)
かつては恋仲とはいえ、それは少し悔しい。
だけれど、それでかごめが微笑んでいるのならば。
(それもまた良い・・・・かごめさえ、笑っているのなら)
形の良い唇に微笑みを浮かべると、桔梗は歩き始めた。
意地の悪いことかもしれないが、未だ諦めきれない少女の笑顔を想って。
【終】
結構前から放置してたなぁ・・・・・これ・・・・・・・。
やっと書き上げたのでUP。桔梗さん失恋話(うわぁ)。
(5/22記)
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