※パラレルです。苦手な人は回避の方向でお願いします。
尚、捏造ばかりですので宗教の類とは一切関係ありません。














悠久の最果て










ただ幸せであることを、願ってる
―――――






けほ、

乾燥した部屋に、喉がやられたのか、やけに堰が酷い。
換気するのも億劫で、俺はふいと窓から目を逸らした。


―――もうすぐ、かごめと会った日。
女々しくそんなことを考えている自分に自嘲しながら、俺は無機質なカレンダーを見つめていた。

かごめと別れてから、俺は、あいつを意識しているつもりはなかったつもりだったけど、随分と日常の中への侵食を許していたようだったということに気付いた。

普段、生活している中には、お互い一歩も足を踏み入れてない筈なのに。

どうでもいい些細なことですぐにかごめを思い出してしまう。
一度は、思わず耐え切れなくなって、かごめが帰っていく方向だけを頼りに、せめてあいつが何処へ引っ越したかくらいは知りたくて、近所と思える場所に行ったことはある。
俺がたまに、あそこにいることを知っているのだから、そんなに遠くには住んでいない筈だと思っていたけど。
実際に、近所だろうと見切りをつけた地区で、それとなく訊ねてみて俺は愕然とした。
あの辺で、最近引っ越した人間は一人もいないと。それどころか、ここ数年、この辺りに入ってきた人間すらいないのだと。
じゃあ、かごめは何処にいたんだろう。

本当に白昼夢でも見てたのか、それとも
―――本当に、かごめは“カミサマ”だったのか。
天使、くらいだったら丁度良かったかもしれない。そうしたら、きっとすぐにでもまた、会えるだろうに。

自棄になって、俺はそう思いながら目を閉じた。




治ったと思っていた先天的な病気が、後になっていきなり再発、なんて話は良くある。
俺はモロにそのタイプに当てはまってしまっていたようで、かごめと別れて暫くして、あっという間に病人の仲間入りを果たしてしまった。

何でも、小さいときに患ったものが再発した、とか。
病名は聞いてない。聞く気もなかった。そんなものはどうでも良かった。
どうせ、心配してくれるだろうおふくろは、かごめと会う“4ヶ月前”に、死んでしまった。

主治医のおっさんが、妙に鎮痛な面持ちで、気休めにもならないのに、半分自分に言い聞かせるように「大丈夫だ」と言っていた辺りから、大分ひどい有様なんだろうという予測はつく。時々、義務のように来る親父も、そこそこ偉い地位にいる人間だから、そんなに長い間はいられない。
お袋のときのことを思い出しているのか、俺を見る度にやけに辛そうな顔をする。

やめろよ。

俺は、同情なんていらない。

生きることに意地汚くなることは、俺には無理だろうと思った。
別に、かごめにもう会えないから、という訳じゃなくて(確かにそれもあるけど、それだけって訳じゃない)。
なんていうか、色々と、疲れたんだと思う。
時々やって来る悪友が、俺を元気付けたいんだろう。気の抜けるような馬鹿な話を見つけ出しては笑っていた。
実際、つられるように笑っちまう辺り、その思惑は見事に成功させられてるんだろう。
乗せられているようで正直嬉しくも無いけど、心配されていることは分かっていたから、文句も言えない。
「・・・・なあ、お前、諦めるの早すぎじゃねえか?」
「・・・・何をだよ」

唐突にそう言われて、俺はむっと眉間に皺を寄せる。
「生きることも。いや、それより先に、幸せになることか?元々そういう欲、少ない奴だとは思ったけど、お前」
「弥勒」
それ以上言うなと、名前を呼ぶと、煩わしそうな溜息つきで“弥勒”は後ろ頭を掻いていた。
「・・・・・・・・・・例の、『かごめ』さんのことか?」
「ッ」
思わず詰まった俺に、それを肯定と取ったんだろう。
余計なことに首を突っ込むのが好きなのと同時に、すげーお節介なヤツは、大袈裟に溜息をついた。
「お前は、馬鹿正直なくせに頭が回りすぎるのがいけないんだ。後のことなんざ考えずに言えばよかったんだよ、好きですって」
「な、んで」
「顔が馬鹿正直。どうせ、自覚したけど言えなかったんだろ?」
10言わなくても3くらいで納得してくれるこいつは、こういう時だけは心底憎たらしい。
「・・・・・・・・言えるかよ」
「偽善だろ」
「それでもだ!」

もう、誰とも話したくなかった。
全身で『帰れ』と訴えていると、弥勒は小さく息を吐いて、がたりと椅子を引くと荷物を持って、部屋を出ようとする。

「今更、何言っても仕方ないだろうけど・・・・少なくとも、『かごめ』さんは、お前がそんなになることを望んでいないと思うぞ」


分かっている。そんなこと。だけど。

ぱたんと音がして、一人になる部屋で、俺は一体、何をしているんだろうと思う。
探しに行きたかった。“かごめ”を。
なのに、探しに行けずに、ましてまともに動くことさえ儘ならずにこんなところで足踏みしか出来ないなんて。

―――そうだ。
生き意地汚く生きようとしないのは、怖いからだ。
また会えたとして、本当に本人が言うように、かごめがカミサマだったら?
そうじゃなくても、会うことを駄目と云われた少女を攫うことなど出来ない。

「かごめ・・・・・」

どうしたらいいか分からなくて、燻ったままの自分を認めることが。
事実が途方も無い大きさの気がして、気後れしていることを認めることが。

怖い、んだ。



ぱたん

俯いたままでいると、ノックもなしに、誰かが入ってくるのに気がついた。
大方、弥勒が何か忘れ物をしたのだろうと思いながら、顔を上げようとすると、弥勒とは程遠い、繊細な“少女の”手がそっと、俺の目を覆った。誰か、と考えるよりも早く、直感で気付く。

「かごっ・・・・!」
「ごめんね、遅くなっちゃった」

本物、なのかと、一瞬、信じられなかった。
顔を見ようと、重ねられた手を退けようとかごめの腕を取ると、もう一方の手でやんわりと拒まれた。

「ねえ犬夜叉、もう一回だけ、訊いていい?」
「何 を」
「カミサマのこと。信じてる?」
「・・・・・・・・・・・・・」

このとき。

俺は、あれだけ冗談だと思っていた、かごめが自分を『カミサマ』なのだと言ってくる言葉を、不思議なくらいにすんなりと、真実のことなのだと、受け入れていた。
頷いて肯定すると、ほぅ、と安堵の息が洩れた。
「ありがとう、信じてくれて」

そして。言葉を区切って。

「私、カミサマなんだよ。それでね、私が見える人の不幸を退かせるのが仕事なの」

何度も聞かされた言葉を、吐く。

「カミサマってね、人を不幸から守ることは出来ても、幸せにしてあげることは、誰か一人だけに固執することは、いけないんだって。・・・・・・酷いよね、私が見える人なんて、もう犬夜叉しかいないのに」
「どういう・・・・」

ことだ、と続ける筈だった言葉は消える。
急激に眠気が襲ってきて、抗えないくらい、体の力が抜ける。



“嫌だ”と思った。

かごめが何をするつもりなのか分からなかったけど、ここで俺が眠ってしまったら、何もかも終わってしまう気がした。

「かご・・・・」

「一人ぼっちだった私を救ってくれてありがとう。大丈夫、犬夜叉の不幸は、私が全部退けてあげる。でも」



幸せには出来ないから、それはあなたの力で、と。



その言葉を最後に、俺の意識は完全に夢の中に落ちた。
かごめの手で遮られていた視界は、最後に、かごめにやったピアスを映して、闇に呑まれた。

かごめの笑顔も見えた気がするけど、そのときの俺には分からなかった。





それから数日後。
案の定、というか。絶望的だったらしい俺の病気は“奇跡”としか言い様のない勢いで回復、復帰を果たした。
主治医や親、弥勒に、他の数少ない友って呼べる人間たちは喜んでくれたけど、俺は心の中に穴が開いた思いで毎日を過ごしていた。

それが、“カミサマが起こした奇跡”だと知っているからこそ、俺には手放しで喜べずに居た。


きっと。


俺はあのとき。この先かごめと会えなくなることを代償に、生きながらえたんだと思う。
“カミサマ”の力が、“カミサマ”本人にどういう影響を与えるかなんて、俺には想像もつかない。

“カミサマ”だって、俺には一生縁がないものだと思っていた。

だから、かごめがどんな“無茶”をやらかして、俺を救おうとしたかは、俺には分からない。
全ては、俺が全く想像もつかないような、遠いところで終結を迎えて、それでも世界は勝手に時間を進めていた。


それに、なんとも思わない筈、ない。
死ねばせめて、あいつに近い場所にいけるだろうかと、思わないでもないけれど。

あいつが、“何か”の代償を払ってまで、俺を永らえさせたことを、俺が無駄にする訳には行かないから。


せめて、今あいつが幸せであるようにと、願うしか、俺にはない。

『後押しするしか出来ない無力なカミサマだけど、いつだって犬夜叉の傍にいるよ』

不意に、かごめの言葉が耳傍を通った気がして、思わず振り返る。
でも、そこには誰も居ない。

でも。

「生きること、放り出したりしねえよ、心配しなくても」
かごめに、心配されている気がして、そう呟くと、小さく風が撫でて行った。


「お前のこと、信じてる」


だからどうか幸せに、と。

“カミサマ”にじゃなくて、俺だけの気持ちに。


願うように、目を閉じた。