※パラレルです。苦手な人は回避の方向でお願いします。
尚、捏造ばかりですので宗教の類とは一切関係ありません。














悠久の最果て










たとえば、「行くな」と縋ればたとえ不幸になったって、失うことはなかったんだろうか。









「私ね、もうここにはいられないから、さよなら言いに来たの」

かごめにそう切り出されて、俺は一瞬、何を言われたか、分からなかった。
だって、今まで一度だって、そんなことをにおわせたことなんて無かったのに、いきなり言われたって。

納得できる筈がない。


「え・・・・・」

間抜けな声だったと思う。
かごめは、少しだけ泣きそうな笑顔を浮かべて、「ごめんね」と謝った。
うそだ、と唇の動きだけで、言ったけど。かごめはいつものように、悪戯っぽい笑顔は浮かべずに、静かに首を横に振るだけだった。

大体、かごめに説明されたことをまとめると、こうだった。
今まで、かごめがいた場所は、親の転勤でついてきていた場所で。
だから今回も、その転勤についていくことになったのと。

親に、無断外出を見咎められて、もう此処に来てはいけないのだと言われたと。

最後に、また「ごめんね」と謝られて、それが、『ここに来てはいけない』ことが、事実なのだと、知った。

「そ、か・・・・・」
気が動転して、どう返せばいいのか、俺には分からなかった。
思わずそんな間抜けな答えを返すと、かごめは無理やり作った笑顔を向けて、「何て顔してんのよ」と言った。
だけど、そんなことを言ってるかごめの方が、何て顔してんだ、って言いたくなるような辛そうな顔で、俺は思わず口をついて出そうだった雑言を咄嗟に引っ込めた。
かごめに言っても仕方ない。言った所で、どうにもならないのは分かっていた。
「ありがとね、こっちに来てずっと暇だったけど、犬夜叉とお話出来たお陰でずっと楽しかった」

やめてくれと。
別れの言葉を言うかごめの口を塞ぎたくなった。
いつものように笑って、「また会えるわよ」と気軽く言って欲しかった。
でも、気持ちとは裏腹に。最後まで、こいつが泣かないでいてほしいと、願っている自分も、自覚していて。
結局、俺の口から出た言葉は、当たり障りの無い、謙遜のような言葉だけだった。

そして、自覚せざるを得ない気持ちを抑えるように、無意識で拳を握り締めた。

ああ、俺、こいつのこと、好きだったんだ、なんて。

別れることを知った後になんて、知りたくなかった。



いつものように、約束して、会って、話して
―――別れるのが辛い。

最後の時間は、いつもより早く流れた気がした。このまま時間が止まればいいなんて、恋愛小説の常套句を吐きたい訳でもないのに、今はその言葉がどれだけ重くて、どれだけ切実か、嫌という程に理解できた。

「じゃあね」

いつもと同じように、別れる。
唯一違うのは、次にいつ会うか、約束していないことくらいに、いつもどおりの別れ。

「あ・・・・・・」

思わず、自分の気持ちを言ってしまいたくなる。
言って、「行くな」とみっともなく、かごめを抱きしめたくなる。

俺の声に、かごめが振り返って、何を思ったのか、小さく、笑った。

「犬夜叉、私ね、実はカミサマなの。そして、私が見える人の不幸を退かせるのが仕事なの」

だからね、と、かごめは言う。
この期に及んで、まだその話を続けるのかと、俺はかえって、かごめに心配されるほどに頼りない顔をしているのかと、鏡が欲しくなった。魂胆は丸見えだったけど、俺はいつもの通り、乗ってやる。
「前から思ってたけど、カミサマは人を幸せに、とか言わないんだな、お前」
「・・・・幸せの定義は人それぞれだもの。それに、押し付けられた幸せなんて、本当の幸せだっていえる?」
「違いねえな」
力なくだったけど、今度はちゃんと笑えた、大丈夫だと、自分に言い聞かせる。

「後押しするしか出来ない無力なカミサマだけど、いつだって犬夜叉の傍にいるよ」
「ッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ふわりと笑って、かごめはそっと俺に近付くと、俺の片耳に触れた。
そこには、かごめと会う少し前に、たまにしか会わない悪友に、半ば無理やり付けらされた黒いピアスがあった。
「ね、これ、貰っちゃ駄目かな?」
「え」
「お守りっていうか、記念に。」
「別に、いーけど・・・・・」
天然石のものとはいえ、いつも目立たない程度にかごめがつけている小さな十字架が施されたネックレスみたいに、明らかに高価なものでもない。
そんなものでいいのか、と訊ねようとすると、それを予想していたように、「これがいいの」と笑った。

外して、その手に渡してやると、その日初めての、心からの笑顔で「ありがとう」と云われた。
そして、するりと手が離れる。これを逃したら、もう多分二度と会えないだろうことは分かっていた。
お互い、知られたくない素性は絶対に話さなかったから、お互い、何処に住んでいるか、分からない。

離れたくないと、そんな稚拙な感情だけが巡る。
けど、それをどうにかする力を俺は持っていない。

「さよなら」

寂しそうな笑顔で、かごめはそう言って、いつも別れる方へ、歩き始める。

最後に「好き」だなんて伝えたら。
お互い、辛いのは分かっていた。

―――だったら辛いのは、俺だけでいい。

さっき俺は、ちゃんと笑えただろうか。


そして、嘘のように、かごめは俺の日常から消えた。