※パラレルです。苦手な人は回避の方向でお願いします。
尚、捏造ばかりですので宗教の類とは一切関係ありません。














悠久の最果て










思えば、初めて会ったときからずっと、“あいつ”の笑顔しか見たことが無いんじゃないかと、初めて気がついた。








「ねえ、あなた名前なんていうの?」

にこにこと。
何がそんなに楽しいのかは知らないが、このくそ寒いご時勢に、随分と薄着の少女は俺にそう尋ねてきて。
「・・・・・・なんだよ、お前」
と、俺は至極まともな疑問を口に出してしまったあと、しまった、と思った。
今は誰とも喋りたくないと思っていたのに、何を会話を促すようなことを言ってしまったんだろう。
しかし、そんな俺の様子に気付いていないのか、無視しているのか、少女は勝手に俺の隣に腰掛けると膝を抱えて、嬉しそうに俺の顔を覗き込んできた。
「私ね、かごめっていうの。あなたは?どうしてこんなところにいるの?」
「・・・・・・・お前こそ」

こんなところ。

・・・・・・・そう。こんな冷たい時期に、町からも外れた陽のない川原に出てくるなんてよほどの酔狂か、訳ありのヤツしかいないだろうに。自分のことを棚上げしたいわけではなかったけど、俺はかごめと名乗ったそいつがここにいることの方が不自然に思えて仕方が無かった。
こいつくらいの年のころなら、色気づいて化粧したり髪を染めたりが当たり前だろうに、かごめは素のままの黒髪を背までゆっくりと垂らして、化粧とかの類もなくて、香水のキツイ匂いすらさせない。どこまでも飾らない少女だと思った。
それなのに、寒さでか、僅かに染まった頬や唇は、“その手の話題”に興味のない俺ですら魅力的だと感じるほどに綺麗で、座り込むとドレスみたいにふわりと足元を隠すロングスカートとか、繊細と言えるレースを散りばめたキャミソールを覆うように肩に掛けているショールが、『何処かから抜け出してきた深層のご令嬢』というイメージをそのまま固定化させたような感じで、ここにいるのがとても似合わないと思った。

それに、警戒心も皆無で俺に声を掛けてきた無防備さには感心を通り越して呆れる。
もし俺じゃなくて見境のない性質の悪い男に声を掛けていたらどうするつもりだったのだろうと。

他人事ながら、俺は少しだけむっとした。
しかし相変わらず“かごめ”は、俺の態度に気付いていないのか、無視しているのか、構わずに笑顔を振りまいて、マイペースに自分のことを話し始める。
「私は、暇だったからお散歩に出てきただけ。あなた、たまにここに来てるでしょ?いつかお話したいなって思ってたの」
そう言って“かごめ”は笑う。
俺は、暗に大分前から俺のことを知っていたと言う少女に僅かに驚いて、ほんの少しだけ
――それこそ、自分で気付けないくらいに、少しだけ、“かごめ”に興味を持った。


“かごめ”は、こちらが質問したら、大抵なんでも答えてくれた。

俺は、質問されても適当に誤魔化したり、お茶を濁したりしていたのに、それも気にしないというように、始終にこにこしながら、俺と会話するのを楽しそうにしていた。
ただ、「何処から来た?」と、「どうして俺に声をかけた?」という質問に対してだけは
―――口に人差し指を添えて、悪戯をしたあとのような笑みで「内緒」と、言おうとしなかったが。
でも、圧倒的に自分のことは喋ろうとしない俺が、それを無理に聞き出すのはフェアじゃないと、俺もあえて深く追求するのはやめた。

初対面のヤツで、しかも、俺は落ち込んでたとき。

普通だったら、無視するか、下手したら悪態をついて無理やり追い払うか。

それくらいはしただろうけど、“かごめ”と話していると、不思議とそんな気分は起こらなかった。
それこそ、辺りが暗くなって、そろそろこいつを帰してやらなきゃ、と思うのを惜しいと感じるくらいには。
そう感じる俺に自分自身で驚くくらいには、気付かないうちに無防備に気持ちを見せてしまっていたらしい。

でも、「暗くなったからそろそろ帰れ」と俺が言うより早く、まるでそのタイミングを知っていたように、かごめは今更のように大きな声で驚いた声を上げて、「もう帰らなきゃ」と、スカートについた草を払いながら立ち上がった。
それにつられるように、俺も腰を上げる。

ここに来た当初よりもずっと軽くなった気持ちに内心驚きながらも、座りっぱなしで曲がりきった背をうんと伸ばして“かごめ”を見ると、かごめは何かを言いたそうにじっとこちらを見ていた。
「・・・・なんだよ?」
「あっ、あのね」

目線が合うと、途端に“かごめ”は僅かにうつむいて、少しするとまた顔を上げて、訊ねてきた。
「また、会えるかな、ここで」
「・・・・・・・・・・・・」

会えるかどうかはともかく、ここじゃなくてもいいんじゃないか。
そう言い掛けて、思わず口を噤んだ。自分で今、何を言おうとしたかを自覚して、驚く。

俺は、また会いたい、のだろうか。こいつに。
戸惑っていた俺の気配をどう受け取ったのか、小首を傾げつつ、「だめ?」と訊いてくるかごめに慌てて首を横に振ると、思わず俺は「明日も来れる」と返していた。
そしてまた、自分の言葉に自分で驚く。初対面の筈のこいつの要望に応えようとしている俺の言葉にも、また、笑顔を見せてほしい、なんてどっかで願ってる俺の気持ちにも。

「本当ッ!?」

でも、そんな俺の気持ちを汲んだように、ぱあ、と明るく笑う“かごめ”に俺は思わず無意識で弁解しようとしていた口と閉じて、諦めたように「ああ」と答えた。
「じゃあ、明日も私、来るね!」

言うが早いか、かごめは嬉しそうに手を合わせたあと、土手の方に駆けて行く。
その後姿をぼんやりと目線で追いかけているうちに、俺はふと、思い出して、「かごめ」と呼び止めた。
そしたら、妙に“かごめ”が驚いているので、俺もつられて口ごもった。
「・・・・・んだよ」
「あ・・・・いや、名前、初めて呼ばれたから」
そうだったか?とふと記憶を辿ると、なるほど、話しながらも精々「お前」くらいしか呼ばなかった気がする。
思わず苦笑をこぼすと、「そうか」と言って、「なあに?」と話を促すかごめに、言ってやる。
「犬夜叉」
「え?」
「俺の名前」
「・・・・・!」

言ってやると、一瞬だけひどく驚いたように、元々大きな眼を更に大きくさせて、その後すぐに顔を綻ばせた。
「犬夜叉!」
嬉しそうに名前を反芻する“かごめ”に俺がわざと機嫌悪く「何だよ」と返すと、“かごめ”は嬉しそうにくすくすと笑いながら、
「呼んでみただけ!」
と返した。

「じゃあ、また明日ね、犬夜叉」
「・・・・・・・・・おぅ」



それが、初めて“かごめ”と出逢った日。







見た目年齢二人とも16〜17くらいイメージで。