(・・・・・しまった)

そのとき、確かに自分はらしくもなく困惑していた。

思わず勢いというか、弟へのあてつけで繋いでしまったぬくもりを、居心地が悪いと感じながらも、彼は同時に離したくないと感じてしまったのだ。ふわりと暖かくなる内心など、それまで知らずにいられたというのに。











彼の人の憂鬱
―Kanohitonoyuutsu―















自分は大抵の分野において、器用だという自負はあった。
しかし、こと感情面に関しては、弟のそれすら下回っていることを、腹立たしいながらも彼は理解していた。

自分の感情の機微すらもよく捉えられていない自分に、現状を打破する術などない。
唯一の救いといえば、きょとんと不思議そうに首を傾げながらも、繋いだ手を、何の疑問も持たずに握り返してくる少女の手のぬくもりだろうか。
――殺生丸は、己の境遇ゆえに、少女のような、陽だまりのような家庭に住み、濁りのない愛情を一心に与えられて育ってきた人種を本来は好まない筈だった。
いつしか己を、あらゆる面で鍛えることこそが彼にとっての総てになっていた。
だからこそ、軟弱に、愛情を受け取ることを当然として育ってきた人間をいつも疎ましく思っていた。
もしかするとそれは、決して自分が手に入れることの出来ない、心の奥底で欲したものを簡単に手に入れることの出来る者への嫉妬心だったのかもしれない。しかし、それをもし認めてしまえば彼が今まで生きてきた中で培ってきた、『己だけの力で生きる術』は途端に意味を失う。
彼にとっては、それは生きる道標を失うに値する恐怖だった。

誰も信頼しない。誰の力も借りない。誰かに何かを求めたりしない。

そうすることで、殺生丸は現在の地位を獲得してきた。今までも、これからも、ずっとそうなる筈だった。
しかし此処に来てそれが揺らいでいる。しかも、その理由が、己が最も疎ましく思っていた人種によって、だ。

「・・・殺生丸?・・・・・・・殺【セツ】?」
「・・・・・・」
「あ、怒った?」

あまりに反応のなかった殺生丸に使った呼び名について、彼が怒ったと判断したのだろう。
かごめは悪戯のあとの子供のような顔でぺろりと舌を出す。
・・・・・実際、自分がどう感じたのか。殺生丸自身も図り損ねていた。

殺。

腹違いに当たる弟が、「殺生丸は長すぎる!」と突然言い出し、それ以来自分をそう呼んでいる。
あの頃はただただそれが不快で、何度も言い直させようとしたが、結局犬夜叉が彼を「兄上」と呼んだことも、「殺生丸」と呼び直したこともなく、諦めているといつの間にか定着してしまった。
(そもそも、離縁していた犬夜叉の一家とは、夫婦にはたった一度きり、犬夜叉となど初めて出会ったのが彼が6つになったばかりの頃だ。今更『兄上』などと呼ばれても薄ら寒い上に、実感がない)

不快かと言われれば、否だ。
しかし何処かそれをむず痒く、そして何故か腹立たしく思った。

その理由について、殺生丸は考えないことにした。
自覚してしまえば、日常の“何か”が瓦解する。そんな恐れがあったのだ。

「・・・・・りんが」
「ん?」
「お前に、料理の手ほどきを習いたいと騒いでいた」
「そっか。・・・・あ、もしかして、殺生丸、それで私を呼びに来てくれてたの?」

ぐ、と彼は詰まる。
確かにそれもあった。いや、それだけだ、それ以上のことがあってたまるものか。
そうは思うものの、結局繋いだ手は離せないままだ。どうしてだろうなどと考えることは放棄した。
彼は何度も自分に言い聞かせる。『これは気付いてはいけないことなのだ』と。

答えない彼に、かごめはくすっと苦笑していた。
笑われたのだ。どんな理由かはともかく、悪態をつくべきなのだ。普段の自分ならば。
しかし、そう奮い立たせねば実行に移せないほどに、自分は困惑していた。
表情が滅多に変わらず、気味悪いと影で囁かれた(それは彼の整いすぎた造形にも問題があったのだが、殺生丸は自分の容姿に気を遣うような性質ではなかった)ほどの能面顔の自分を、今だけは感謝出来た。
あの愚弟ならば恐らく最初の時点でうろたえてすぐに見つかっているだろう。

そんなことを考えていると、ふ、とかごめの手が離れる。
特に力を込めて握っていたわけでもない。かごめが離れたければすぐに離れられる程度の力で握られていたのだ。その後、かごめがどうしようと、彼女の勝手の筈なのに。

離れる瞬間、僅かに惜しいなどと感じてしまった自分に、歯噛みしたくなる。

「ねぇ」

3歩ほど先を行ったかごめはやがて後ろ手を組み、くるりと振り向いた。
「だったら、ちょっと遠回りして買い物したいな。付き合ってくれない?」



何の恐れもなく。



“春日”の家名を目当てに寄って来る輩は、これまでたくさん、殺生丸は見てきた。
己に流れる疎ましい戒めの血により、殆ど自発的に外出しなくなった今ですら、時折現れる。
そんな人間達に、確かに彼は何処か別の生き物として人間を侮蔑するきらいがあった。

しかし、かごめや、己が救ったりんは、何の恐れもなく、殺生丸に歩み寄った。

幼いゆえの、無知ゆえの暴挙と捉えることも出来る。
人は自分よりも優れすぎた者を畏怖する傾向にある。
自分とは違うものを持ちすぎる者を、異端の者と蔑む傾向にある。

それを殺生丸は知っていた。何度も見てきた。何度も立ち向かっていった。
そして逆に、彼の持つものに魅力を感じ、取り入ろうと媚を売る者もたくさん見てきたのだ。

今更心揺らぐものなどある筈もないと、そう思っていた筈なのに。

かごめは(そしてりんは)、あるがままの殺生丸を受け入れて、その上で彼に手を差し伸べるのだ。

ふ、と殺生丸は、小さく口の端を持ち上げた。
途端にかごめがひどく驚いた表情になったが、そんな少女を置いて彼は先に進んだ。

「ね、今笑った?笑った?ねえってば!」
「買い物に、行くのだろう。早く行くぞ」
「行くけど!ね、もう一回!もう一回笑ってみてよ!」
「・・・・・・・」
「殺生丸ってば!」

綺麗だったのに、と残念そうに呟く少女の言葉を無視したけれど、心の中に感じる温もりは離れない。

やがて無意識にだろうけれど、殺生丸に追いつこうと、彼の腕に掴まるかごめの手を、結局彼は振りほどくことはなかった。
心なんて、当の昔に捨て置いてきたと思ったのに、どうしてなのだろうか。


こんなにも、暖かく感じるのは。












【終】





学園犬かごSIDEストーリー、Ver.殺かご。笑
勿論メインカップリングは犬かごなわけですが、桔かごから始まり(当時中3だったんですけどこの頃から桔かごに目覚めてたらしい自分に笑った。ハマって1年弱で既に傾向が見えてる!笑)鋼かご、弥かご、果ては奈→かご、楽かご、無かご、北かごとすごい勢いで皆に愛されてますお姫。その中で殺かごピックアップ。
わんことはもうこの時点でくっついてますお姫。

パラレルならなんか殺かごも苦もなく書けるかもしれないと感じた今日この頃。
ちなみにこれ、後々というか元々、犬かご、犬桔?、弥珊、殺りん、鋼楽(←某サイト様の影響)ですから。
あと、学園犬かごのみわんこが殺生丸様のことを略して殺と呼んでます。
兄は諦めてます。今更兄上とか呼ばれてもキモイと本気で思ってる。わんこも思ってる。笑

(06.10.24)

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その他詳細設定は↓

・血の戒め=春日(犬夜叉の)一族は妖怪の血が流れてます。脈々受け継いでるのでものすごい厳重。
・かごはとあることがきっかけで春日一族の皆様と仲良くなることに。
・殺生丸とはそこで出会う。印象多分原作わんこより最悪。
・りんちゃんは殺に命救われて一応形式上は雇い主と雇われ者。りんちゃん12歳なのに。笑
・ちなみに↑SIDEストーリーは、春日の実家近くで剣道の合宿があったので、そっちには行けないけどちょっとでも傍にいてほしいから実家泊まりに来ないかとかわんこに言われた為、かごめちょっと春日家に居候中。
・わんこ剣道部、幽霊部員。(でも多分一番筋はいいので顧問振り回されっぱなし。笑)
・犬かご、一応春日家には公認済み。(つかむしろ推奨されてる/笑)
・で、合宿風景見に行ったかごめを自発的に(この時点で殺は何で自分がこんな女の為に動いてるんだろうと疑問に思ってるけど来てる感じ)迎えに来た兄がフェンス越しなのをいいことにわんこの目の前でかごと手繋いで帰るという地味にかなりわんこにとって大ダメージな嫌がらせ発動。
・しかしかごはわんこしか見えてないので特に何の疑問も感じず殺について行っちゃいます。
・ただそれ傍から見るとわんこがかごめ取られました的な状況なわけで。(その後顧問に八つ当たり)笑
・この設定のわんこは物心つく前に両親失ってますがかごを支えにまっすぐ育ってます。いい子。
・余談になりますがこの後県大会で蛇骨と遭遇、わんこ気に入られ全力で嫌がります。
・かごは複雑ながらもちょっと面白がります。(笑)
・まあ、その前に桔梗との関係でぐずぐずして何度もかご泣かせたんで報いでしょう。(うわあ)
・その桔梗さんは現在、わんこに依存してる自分に気付いてわんこへの束縛を離してます。
・今まで結構ひどいこととかやっちゃったからってわけでもないんですが、以降かごにちょっと優しくなる桔梗様。
・つーか、かごの勢いに押されてお泊りとかしちゃう仲に。笑
・犬夜叉ハマってまだこの当時1年ちょいしか経ってないのに既に桔かごか私。(どんだけ早かったんだ)
・弥勒様が実家住職さんなのは特に変化なし。
・弥勒と珊瑚は幼馴染。過去色々あったらしい。それで珊瑚毎回からかわれる
・そしてその度に弥勒様はぶん殴られる。(下手したらぶっ飛ばされる。2階の窓からとか)
・弥勒様はM疑惑があるんじゃなかろうか(かごにちょっかいかけてやはり殴られる)
・しかし弥勒様は基本的にかごの兄ポジション。・・・何気に弥珊の方が関係のステップアップ早い。
・殺りんは多分最後の最後くらいになってやっと見詰め合えるくらいにスローテンポ
・犬かごは上がったり下がったり(主に犬のせい)
・あとかごは問答無用で学園アイドル三人衆の一人(内一人は桔梗様)
・わんことかごが付き合い始めてからは周りから抜け駆けに対する恨みの視線が。笑
・犬とかごも幼馴染。(両親死ぬまでわんこの一家が日暮神社の目の前に住んでた)
・鋼牙君のお姫に対する無謀なラブアタックを巨大ハリセンで神楽姐が阻止するのはもはや恒例行事。
・いっそどつき漫才だと思われてる。(ついでに付き合ってると思われてるが本人等は全否定)



あと学年設定

小等部(草太、七宝)
中等部(琥珀、楓←そりゃあ桔梗様の妹だし!)
高等部
高1(かごめ、珊瑚)
高2(犬夜叉、鋼牙、神楽)
高3(桔梗、神無 笑)
教育実習生(弥勒)

という感じ。神無ちゃんは中々出てきません。病院にいますから。
琥珀君も。(ただし琥珀君は病気ではなく単なる不幸体質/笑)