童話パロディシリーズ『美女と野獣』犬かご。




純粋な童話好き様は回避をお願いします。
※以前ブログに載せたものの再録・加筆修正版です。※































「・・・お前が、贄の娘か」
―――・・・・」

少女はぽかんと口を開いたまま、絶句した。
人影と、人の声でてっきり人間だと思っていたのに、獣の喉を鳴らす音にそれは否定された。
月明かり越しでもよく見える、異形の耳。

“それ”は僅かに口元をゆがめた。
分かりづらいが、自嘲(もしくは、嘲笑)を浮かべたのだろう。

「お前の境遇には同情する。しかしあちらから齎された条件だ。それを承知で来たのだろう?」
「・・・・・」

言葉も出ないのか、少女は黙ったままだった。
“それ”は僅かに溜息をつくと、手摺からひらりと身を翻し、少女の目の前に降り立った。
ゆうに小さな家の二階建ての屋根よりも高い場所から飛び降りていながら、殆ど音も立てずに降り立った。
柔らかな絨毯が敷かれていることもあっただろうが、何よりも“それ”の足は獣のようだった。
いや、実際に、獣そのものだ。

目の前まで近付かれて少女はようやく“それ”の全貌に気付いたのだ。
人ならざる者。それは、この屋敷に足を踏み入れるときに見て、何とか逃げ切った山犬のような容貌だった。
大きく尖った牙は少女の手足など簡単に噛み砕くだろう。琥珀色の瞳に映る、獣の色が一層よく分かった。
身の丈はそれこそ少女より一回りほど大きい。

未だ声すら出さずに呆然としている少女に“それ”はまた嗤った。
さて、第一声は悲鳴か、それとも声すら出さずに逃げ出すか。
しかし先日の男との契約で此処へやって来た娘だ。逃がすわけにはいかない。

「・・・・・て」
「?」

少女がようやく、震える唇から声を出したがそれはあまりにも小さいもので、“それ”に聞き取ることは出来なかった。しかし聞き返す必要もなかった。少女は言い直したのだから。

・・・・・ものすごく、嬉々として。

「手、出して」
「・・・・は?」

訳も分からず、ほぼ反射的に右手を出してやると少女はその手のひらを食い入るように見つめた後、
ぷに、と肉球を触った。

「・・・・・・・・・おい?」
「にくきゅう」

いや分かってますよ、分かってますとも、自分の体ですから。
そんなことを思っている場合ではないことは分かっていたが、予想外すぎる展開に“それ”の思考回路もまともについていけていなかった。拒絶されたらされたで傷付くだろうことは覚悟していたが、まさか初対面で、無心で自分の手をにぎにぎされるとは思っても見なかったのだ。
というか、
「お前・・・・怖くないのか?」
「肉球が?そんなわけないじゃないうわー触り心地すごいいい!!」

肉球から離れろ。

そう思ったがはしゃぎにはしゃいでいる少女に水を差すのも悪いかとらしくもない遠慮の気持ちが出てきてしまい、“それ”は戸惑ったままなすすべなく、少女が満足するまで手をぷにぷに揉まれる羽目になってしまった。

何なのだろうか、この娘。恐怖し、逃げ惑う女の姿など滑稽で煩わしいものでしかない。
女の高い金切り声など、聴力の良い自分にとっては有害なものでしかない。
しかし、だからといってここまで恐怖心すらなく無防備に近寄られると、如何ともし難い気分に襲われる。
少女がこの屋敷を訪れた時点で、少女の所有権は自分が握っていることになる。拒否権などない。
それは分かっているが、戸惑いも生まれてくる。

自分の現在の容貌は、肉食獣のそれだ。それも、体格は少女よりもずっと大きい。
恐れて欲しいとも思っていないが、夢中になって、獣の手についている肉球をぷにぷにと触っている姿を見ると、単に危機管理能力の欠落した能天気な娘にしか見えない。

獣は一気に脱力した。(ということは、つまりは自覚はなかったものの、緊張していたのだろう)
はあぁ、と大きな溜息をつくと、少女がきょとん、とした表情で獣を見つめた。しかし、相変わらずその顔に恐怖が浮かぶようなことはない。大物だと関心すべきなのか、間が抜けていると呆れるべきなのか、判断に困る。
しかし、お互い無言になっていると、最初に行動を起こしたのはやはり少女の方だった。
娘の視線が獣の顔より僅か上になった時点で、何となく次に少女の興味が行く場所には気付いていた。

「みみ・・・・」
「後で触らせてやるからいいから話を聞け」
いいの!?

しまった、墓穴を掘ったと獣は思った。
まず食いつくところがそこなのが、わずか数分にも満たない程度の邂逅だが『らしい』と思ってしまった。何故こんなにもペースを乱されてしまうのだろうか。自分が流されやすいわけではないのだろう。単純に、娘の行動力や度量が人並みはずれていると判断した方が良さそうだ。

「お前は、どんな経緯があって、どんな理由で此処までやって来たのか、理解しているのか」
「うん、お父さんを助けてくれたお礼でしょ?」
「お前は、この屋敷へ足を踏み入れた時点で俺の所有物となった」
「うん」

あまりにも物分りの良すぎる返事に、獣の方が戸惑いを覚えてしまう。
たとえ本意でないとはいえ、父に生贄として差し出された筈なのに、どうしてその事実をこんなにも簡単に受け入れてしまっているのだろう。もしかすれば、隙を見て逃げられるとでも思っているのだろうか。

俯き気味に思案していると、少女の手がそろりそろりと耳に寄っていたので、頭を動かすことなくその手を掴んで下に降ろさせた。・・・・・・・・どうしてこうも落ち着きがないのだ、この娘は。
嗜める視線に、しゅん、とあからさまにしょげられるとまるでこちらが悪いことをしている錯覚に陥ってしまう。
そのあまりにも普通すぎる態度に、今更ながらの疑問が浮かんだ。

「お前、俺のことが怖くないのか」
「怖くないよ。だって、貴方は優しい目、してるから。」

きちんと話は聞いていたらしい。俯いたまま、それでもはっきりと少女の声が聞こえた。

「確かに怖いことはあるけど、貴方のことじゃない。私を『生贄』にした、私の育ての親のこと。ずっと仲良くしてたつもりだったの。大好きだったの。・・・・・いくら事情があったからっていっても、やっぱり私、捨てられちゃったのかなって」
「・・・・・・」

獣が掴んでいた手を、ぎゅっと握り返してきた。何かに耐えるような姿に、獣も眉を顰める。
仕方がない。確かに、仕方がないことなのかもしれない。
代価を受け取らずに済めば良かった。しかしそういうわけにもいかないのだ。
だってここは、魔力の力の出所だ。

正当な代価を払わずに何かを得ようとすれば、それだけの負荷をいずれにせよ得る者が与える者に受けさせなければならない。そういう決まりだ。
何も知らないあの男に非はないとはいえ、男もまた被害者であり、その男の被害者となったのがこの娘だ。
森を彷徨い、怪我を負い、狼の群れに襲われた男にとっては、この屋敷へと逃げ込まなければ生きる選択肢を完全に失うしかなかった。そしてその代価はとても大きくて、男の財産ではどうにもならなかった。
そもそも、正当な代価というのは、何も必ず高価なものである必要は無い。

――――男の望んだ願いに対して、正当な代価であると認められたのがこの娘であった。
ただそれだけの話だ。娘の思うような、『捨てられた』などという見解は誤解も甚だしい。
しかし獣は真実を言いかけて、結局口を噤んだ。

「・・・・お前は、育ての親のところに、戻りたいのか?」

受け取ったモノをどうするかは、受け取った持ち主の判断に委ねられる。
帰りたいと娘が望むのならば、帰らせてやることも適うだろう。
しかし、と思った。
そうするには、今度は娘が、自分に対して代価を支払わなければならない。殆ど身一つでやって来た少女に代価を払うことは不可能だろう。訊ねておきながら、結局は娘を解放してやることが出来ない。それなのに暖かで優しい真実を教えてしまえば、娘はどうなるのか。
そんな獣の懸念も余所に、娘は僅かにこちらを窺う様子を見せたあと、静かに首を横に振った。

「もう私はここに来ちゃったし。どんな理由があったとしても、父さんが私を此処に寄越したのには変わりはない。未練がないって言ったら嘘になるけど・・・・いいの」

もし戻ったとしても、今回の件で出来た親子の溝が取り除かれることは難しいだろうし、何よりも娘自身、そろそろ何処かへ嫁ぐなりして、あの家を出て行こうと思っていたのだと、ぽつりぽつり話した。
時期が早まっただけなのだと、そう笑う娘の顔に浮かぶのは、決して心からとは言えない笑みだけだ。
・・・・・・痛々しい、と獣は思った。

「貴方が嫌なら、別に出て行くけど」
「・・・・意図はどうあれ、お前の所有権は今、俺の元にあるんだぞ」
「知ってる。ちゃんと聞かされたわ。だから、私はどうすればいい?」
「とりあえず」
「とりあえず?」
「お前の部屋、作るか」

部屋はあるけど、人が住める有様じゃねえんだといってやると、娘はぱちんと目を瞬かせた後、笑顔を浮かべた。それもやはりとても満面とはいえない笑いだったが、それでもそれが今の娘の精一杯だったのだろう。
気付かないふりをして先導してやろうとしたところで、娘が「あ」と声をあげる。

「そういえば、聞いてない」
「へ?」
「私は、かごめ。貴方の名前は?」

仮にも、これから一緒に住む人なんだから、名前くらい教えて。
平然と言われて、やっぱり変わった娘だという印象は、変わらないまま。
乞われるままに、獣はかごめに名前を教えてやった。








優しいと優しい少女

*わんこの通常スタイルが闘牙王さんの妖犬バージョンといいますか、兄の妖怪バージョンのミニチュアみたいなイメージ。
 ちなみに夜だけです。日の出てるうちは半妖スタイル。もしかしたら気紛れで続くかも。(加筆修正:08.03.26)*

以下ブログ掲載時のコメント含みつつの設定。
この翌朝、起きたと同時に「にくきゅう・・・」とすごい切なそうな呟きを聞き「そんなに肉球がいいのかこいつ」と半笑いで引き攣るわんこ。
いきなり動物だと思ってたのが人間に変わったことに関してはやはり全くつっこまないお姫。
あと某氏につっこまれましたが『起きたと同時』ってことは同室で下手したら同衾してた・・・・のかな、この人ら。まあ初日から大胆!(ばか)

通常のお姫が犬耳フェチだとしたら(違う)これのお姫はにくきゅうフェチで。
あんまり肉球肉球煩いもんだから晴れて呪い解けて肉球なくなったあとに「俺と肉球どっちのが好きなんだよ!?」と、「私と仕事、どっちが大事なのよ!」って訊いちゃう彼女みたいなことを半泣きで聞いちゃいます(必死だから)で、

「え?・・・・・・やだなあ、犬夜叉に決まってるじゃない」
その3秒くらいの間は何だ

みたいな(みたいなじゃない)。わんこが振り回されてるのが大好きです。(いい笑顔で)
実際問題、敵意なかったら別に怖がらないよって態度はあれすぎる。
身辺及び自分に対して特に興味がない場合はこの態度が顕著なんで多分過去にお父さん(実の方)関係で何かあったんだろうなあ(他人事)