“愛シテル”なんて陳腐な科白ひとつだけでいいんだったら




いくらでも言ってやるよ    ざまぁみろ。

























「君はいつもつれない」

ロイはさりげなく、手で口元を隠して低く笑った。
その仕草に苛立ちを覚えたエドワードは、小さく彼に聞こえないよう舌打ちした。




この大人の予測つかぬ行動が苦手だ。
こちらは躍起になって大人に追いつこうとしているのに、いざ追いつき掛けるとそれをさらりとかわしてしまう。
自分は結局、彼に何ひとつ追いついていないとわざわざ実感させるような手口で自分の混乱を誘おうとする。
そんなやりとりには、はっきり云ってもう慣れてしまった。

いちいち相手にしていてはこちらが精神的な浪費を被ってしまう。
ロイがこちらを誘うときは、極力相手をしない。貶されてもひたすら無視。
もしくは、あちらも遊びや暇つぶしで来ているのだからこちらもそんなノリで適当に返す。
それが、最良の方法だというのを、この彼と付き合い始めて3年間の間に習った。

しかしそれでも時折本当に困ってしまうことがある。今回のようなときがいい例だ。

からかうでもなく、嘲るでもなく、ただ泣きそうな笑いを浮かべて冗談じみた言葉を吐くとき。
エドワードはその表情に、見覚えがあった。直接には見ることは出来ない。他でもない自分の表情だ。
どうしようもないのにどうにかしたいというもどかしさだけが心を占めるとき。泣きたいのに泣けないとき。
なんとも厄介なことに、この表情に自覚がないということは彼のそんな姿を垣間見てから、客観的に悟っていた。
おそらく彼もそうなのだろう。自分のそんな表情を見て、この自覚をもてない情けない顔の意味を。

「じゃぁ、俺になんて言って欲しいんだよ」

ああ、まただ。

自分が兄という立場にあるせいか、こうも弱ったところを見せられるとどうも自分は甘くなってしまう。
この男は、自分の弟のように無邪気でもなければ可愛げもないのに(まぁ、男に、しかも年上の上司にそれを求めるのはかなり間違っているとは思うがものの喩えである)。それも、とんだ狸。

こちらが甘やかすと付け上がるのは目に見えていた。
それなのに一種の保護欲故か、無碍に突き放せない。兄貴という生物は厄介な生き物だ、とエドワードは半ば他人事のように頭の中で反芻した。
(大体甘やかすような年でもないだろ)

自分の申し入れに一瞬きょとんとする大人を淡々と見つめながらエドワードは内心だけでそうっと溜息を溢した。
どちらかといえば立場は逆だ。・・・だからといって、彼に錬金術関係以外で何かを求める気はさらさらないのだが。

この男は、掴めない。



エドワードが、出会い頭から今までずっと、ロイに持っている印象だ。
いつも飄々としていて、締切間際に追い込まれるまで必要最低限の仕事しかしない。
かと思えば、いざ現場に行くと大佐という風格を漂わせる。それなのにそれが街へ繰り出すとなるとすれ違う女性たちに声を掛けられれば律儀に全てにまったく違う返事を返すというフェミニストっぷり。
彼に彼女を取られたという人間は多いのに本人は誰とも付き合おうとしない。
むしろ、人と本気で付き合うことを恐れているのではないだろうかと考えずにはいられないくらいはっきりとしたものだ。

外面はいいが、中では何を考えているか分からないという意見は、時々お邪魔する司令部で彼を観察していても変更されることはない。
そして“これ”も――エドワードが彼を掴めない理由のひとつでもある。

「では、“愛してる”と言ってくれと頼んでも構わない、と?」

なんとなく予想はついていたが、あまりにも予想通りすぎて少年は軽く眩暈を感じた。
大袈裟に、大きな溜息を吐き出すと生身の手で顔を覆った。
「・・・・・あんた、さぁ?」
「うん?」
「何でそれ言って欲しい対象が俺なわけ?あんただったらちょっと町ふらついてたら女の一人や二人引っ掛かるじゃん」
「・・・・・人聞きの悪いことを言わないでくれるか?」

本当に嫌そうに眉をしかめて言うロイに、エドワードは気のない謝罪を述べた。
そんな彼を見つめていたロイはやがて少しだけ逡巡してみせて、あぁ、と微笑んだ。
「君は何か私に対して誤解していないかい?」
「あながち間違ってないと思うけど?・・・・ま、それくらいなら言ってやってもいいよ?」

案外すんなりとOKの出たことに、ロイはほんの僅かに驚きを見せた。
「ただし」

エドワードは続ける。
「言うのは簡単だけど、それは俺の本心じゃない。それを分かってて、虚しいのを知っていて、それでも尚
俺にそれを言うのを望んでるんだったら言ってやるよ?何回だってな」

意地悪く笑ってやると、ロイは一瞬呆気にとられてぽかんとするが、彼の言葉の意味を完全に咀嚼すると「あ〜・・・」と、言葉にならない言葉を発して顔を覆って、そしてゆっくりと首を振った。
「・・・・やっぱりいいよ」
「サイですか」

くつくつと肩で笑いながらエドワードは答えた。

「まったく、君は・・・・」
「・・・んだよ。本当のことだろ?」
「そうかもしれんね。だから構わないと言っただろう」

どうしてだからなのか。
聞かなくても何となく悟ってしまった自分に、エドワードはなんとなく腹が立った。
彼の心情を知ってか知らずか、追い討ちをかけるようにロイは言う。
「本心だったら欲しいが、無理に言わせた言葉を貰っても嬉しくないよ 君の言うとおり、ね」

どうやら自分は自分で墓穴を掘ってしまったようだと気付いても後の祭りだ。
一気に立場を逆転させることに成功した大人は厭味なくらい楽しそうな笑顔でエドワードを見つめる。
そこにはさっきのような蔭は見当たらず、本来、内心喜んでも構わないだろうが素直に喜べない。
ふい、と不貞腐れて顔を背けるとロイの楽しんでいる雰囲気がより一層濃くなったことが嫌でも伝わってきて、エドワードは先ほどとはまた別の意味で舌打ちをしたくなった。


この大人にはきっと、これから先少なくともあと数年は、自分は翻弄されっぱなしで悔しいまんまなのだろう。
容易く想像できるその未来像に、悔しさよりもまず、微笑ましさのほうが強く感じられた。
多分、そのときになれば悔しいの一言につきるのだろうけれども。

だから。

「大佐」






にやりと不敵な笑みを零して。
「さっきの科白、本気だったらいい感じな忠告。俺、あんたのこと一応嫌いじゃないからさ」

「俺に本気で好きって言わせたいんだったらそうなるように仕向けてみたら?あんた人を無意識誘導させんのお得意だろ?」

多少の皮肉をこめて。ささやかな宣戦布告をすると、ロイは暫し硬直して、そのあとにやりと口元に笑みを浮かべる。
「・・・・つまりは、本気にさせれば私の勝ち、出来なければ負け・・・・」
「一種の駆け引きってやつ?無理って思うなら別にいいよ」
「そんなことを言ったの、覚悟しておきなさい」
「・・・・言うと思った。ま、少なくとも5年や10年は無理なんじゃない?」
「そんなには掛からせないよ」
「・・・・あっそ」

「君は本当につれないな」




先ほどとはまた違う声音にエドワードはようやく安堵の溜息を吐いた。

言葉のとおり、エドワードはロイとの付き合いも、そういう感情もたとえあったとしても、あくまで刹那的なものだとしか認識していない。
永遠に続くことはないし、おそらくお互い続かせようとも思っていない。
ただ。




少しだけ嘘をついて納得させてしまったことを思う。

愛なんて言葉、本当は重過ぎてきっと自分には吐けない。愛情というものが何処が起源なのかを分からない。
錬金術の方がまだよほど理解できるなどと口にすれば、この男は果たして同意するか、呆れるか。

今、愛情を注げるのは弟だけだ。

それ以外はたとえ自分が望むものでも棄てなければ。
今も、おそらく目的を達成するその日まで・・・・いや、それから先もずっと変わらないことだろう。







だからこれは、気休め。



「宣戦布告は受け取った。覚悟しておくんだな、鋼の」


「あんたにゃ絶対無理だと思うぜ?大佐」




言葉と同時に、駆け引きという幕は上がる―――。










FIN



最初は犬かごの方で子供生まれたネタ書こうとしたんだけど(何処まで堕ちる気だお前)急遽変更。
「君に私への想いが生まれてくれたら嬉しいよ」
「気障タラシ大佐」

そんなノリ。うちのエドは基本来る者拒まず去る者・・・・追わず?(疑問系)です。(5/1記)