「こんなの長く続かないよ。続かせる気もないしさ」















子供は肩を震わせて嘲笑った。大人はじっと見つめていた。


そんなこと、子供に言われずとも大人には判っていた。束の間の幸福も、総て時とともに消えてなくなる。
“正常”な相手に恋愛しても、人が人である限り、不変ではいられない。



愛は憎へ転じ、円満もいずれ崩壊の一路を辿る。そこに救いなんて存在しない。



軍人として“此処”に在る大人は、そんなこと子供に言われなくとも理解っている。知っている。
直接、その様を見てきたのだ。傍観者として、主観者として――あるいは、『奪う側』として。


滑稽に思えるほどに、人は心地よい関係を保ち続けられない。今まで、この子供の倍近く生きてきて、そしていくつもいくつも見てきた。聞いてきた。知ってきた。

「その通り」と軽く笑って答えてやれば、いつも通りの自分でいれば、子供の抱える大きなジレンマの波を、少しは和らげられたのかもしれない。大人として、保護者として、後見人として。
それが最も正しい反応なのだと心得ているのに、ただそう振舞うには、少し彼に好意を持ち過ぎた。



親子に対する敬愛でも、兄弟に対する慕情でも、友人に対する好感でもないそれ。大人はそれを、今まで幾度となく、女性に対して注いできたつもりだった。相手こそ毎度違えどそれは『恋』なのだ、と。
確かにそれは正解だ。しかし気付けば子供に、それも倍近くも歳の離れた少年に、大人はその半ば軽はずみの慕情などでは表せられないほどの、明らかに異質の感情を抱いていた。










人の言葉で、それは『愛』という。










愚かしいことだと、大人はそれを殺すことを決め込んだ。

情にほだされ、職務をまっとうできなくなるということは、即ち軍人としての自分の命の終わりを意味する。
不毛な慕情、それもたとえ実ったとしても、一時的にしか保たれないものに、そんなものは賭けられない。
大人も子供も、目指すものこそ違えどただ一つの目的へ向かって突き進んでいる。これ以上を望むことは赦されることもなく、また余裕すらもない筈と思い込むように内心で呟いた回数はすでに数えることすら億劫だ。

―なのに、それを思わず告げてしまったのは、大人。理性の枷が外れると、それは存外、するりと口から毀れ出た。
「好きだよ」

と。




子供はそれを、冗談と受け取らないばかりか、受け入れたのだ。それで自分がどれだけ切実にそれを訴えていたのかを、自覚させられた。
そして年不相応なまでのリアリストな少年はただ冷静を保って告げる。
「あんたの気持ちは受け取れる。だけどそれを返すことは出来ない」

そう、悲しそうに笑って告げるだけ。

彼の一番なんて、初めて会った時から分かっている。想い返そうなんて思わなくても構わない。ただこちらの気持ちを真面目に受け取ってくれるだけが嬉しい。そう告げ返したのは他でもない自分だ。
だけれど、子供の言葉に、大人は酷く憤りを覚えた。





「私は
―――



理屈で理解していても、頭は理解しようとしないことなど、初めて知った。
それはまるでこの子供の咎を犯した時の衝動に似ているのだろうと、大人は思った。
(否・・・・)





(子供は、私か
―――

母親に駄々をこねる小さな子供のような、自我の、分別のない赤ん坊のような。


「続かせてみたいね。少なくとも、君の行く末を見守るのは私でありたい」

信じられないものを信じることほど愚かな考えがあるのだろうか。
だがたとえ、そうであろうとも・・・・・この関係が、本当に一時だけのものとしても。

少年を導く者は。支えるものは。自分だけでありたいと願うのは、果たして罪なのだろうか?
大人はさらりと穂麦色の金糸を、硝子細工を扱う時のそれのようにそっと触れた。

(君にも、私にも、目指すべき道がある。)



(私は信頼する部下たちとともに、君は唯一無二の弟とともに)




(目指す道こそ違うが、それでも君を支えられるのは、私でありたい)




(そう願うだけならば、怒らないだろう?エドワード)




口の中でだけそっと呟くそれは、もはや蚊の鳴き声にすらならない小さなものだけれど。
少年の顔が曇るのを見て、残念に、また嬉しく思った。

彼の表情は今、自分のためだけにあると分かっているから。悲しい表情を見るのは辛いけれど、それは全て今だけは自分のためにあると分かるから。
錬金術の基本、等価交換に基づく彼はきっと、この申し出を聞けば怒り狂うに違いない。もしかしたらそれどころか殴り飛ばされてしまうかもしれない。無償の愛を受け取ったままでいられるほど、彼は鈍物でいられない。
聡明で、律儀な少年だ。

言葉では突き放しても、きっと彼は自分を、自分の部下たちを見捨てることは決してないだろう。
確信に近い事実だった。


「今この瞬間だけは・・・・私を許してくれるかな?鋼の」






狡い大人はそう聞いてやんわりと笑う。大人の金糸を撫でていた手は、やがて肩を、余っていた片方は腰を自分に引き寄せた。
少年がそれを拒めないのを知っていて飄々とやってのけてしまうのだ。




少年は少しだけ渋い表情に朱を上らせると、それを隠すように大人の蒼色に顔を埋めて、恐る恐る両腕を大人の腰に回した。

とくん、と暖かい音がして、何時の間にか緊張で強張っていた体はそれを聞いて力を抜いた。
心地よく一定のリズムを奏でているそれに、少年は最近は訪れることも少なくなった睡魔の誘いに気付いてそっと瞼を閉じた。


背を優しく叩く大人に、全く違うと否定しながらもつい、母の姿を見てしまい、少年は恥ずかしくなった。
いっそこのまま睡魔に呑まれようと目を瞑ったままでいると、優しい声音が振ってくる。

「このまま眠りなさい。傍にいるから」

そして額に暖かな唇か振ってきたが、少年にはそれを振り切って悪態をつくだけの元気はなく、大人に云われたとおりに身を任せて眠りについた。



(別れが怖くないわけじゃない。あんたを嫌っているわけじゃないんだ)




(ただ俺には目指すものがあるし、あんたにも野望がある。いつまでも続けられる関係ではいられないけど)




(今、この一瞬だけは、あんたのものでいてやってもいいぜ、大佐)











声はもう、夢の中へ。








FIN

両想いなんだけど、別れるの前提のお付き合いしかしないと決めてる焔×鋼。
てか、私の中でのロイエドってこういうイメージってこれもしくは上司部下以上、恋愛対象未満。04.3/20記。