少し遅めのI LOVE YOU
意識が浮上していく感覚をしっかりと感じながら、かごめは目を開いた。
見慣れない天井に驚いていきなり飛び起きたが、それとともにずきりと鋭い痛みが下半身を襲い、声のない悲鳴をあげてその場に蹲った。
涙目になりながらも、痛みが過ぎていくのを待った。そうしてじっとしている間に、ふと昨夜のことを思い出していた。自分の眠っていたベッドに触れると、隣の自分とは違う温もりが消えかけていた。
かぎ慣れたにおいで、此処が誰の部屋なのかは分かっていたし、記憶が鮮明に蘇った今では、状況も掴めた。
ただ、かぁぁ、と顔を赤くすると、どうしようもない衝動に駆られる。穴があったら入りたいというか、今すぐにでも昇天してしまいそうなくらいに恥ずかしい。
故人はよくもまぁ、あつらえたような喩えを考えられたものだと妙な現実逃避をしながら、一度は跳ね除けたシーツを引っかぶった。
“何も着ていない”状況であったから、出たくないとも思った。床に脱ぎ散らかされていた筈の衣類は妙にきっちりと畳まれて傍に置かれていたが袖を通す気にならなかったのだ。それにしてもまぁ、恐らく間違いなく、こういう状況にした張本人が服を拾ってくれたのだろうが、一体この眠っている自分の傍で自らが脱がせた服を拾って折り畳むときはどういう心境だったのだろうかと、その瞬間を見ていなかったことを少し残念に思ったが、すぐにかぶりを振って訂正した。基本的にそういった性的なものに反応をしめさないような男だったからこそ自分が無防備であったように、“彼”は相当に変なときに疎い。服だけならば問題はないが中には勿論ショーツなどの下着も含まれている。そんなものを拾ったら、“彼”なら間違いなく一人で赤くなっている。そんな瞬間を見ようものならば自分まで恥ずかしくなってしまうではないか。
(ていうか、どうかしてたのよ昨日の私はッッ)
どこをどうしたらこういう状況になってしまったのだろう。
確か、自分がひとつ上の先輩に告白されたからどうしたらいいだろうと、相談を持ちかけたのが原因だった筈。
小学の3年のころからの付き合いで、なんとなく今までずるずると友人関係を続けていたひと。共通点もないのに、家が近いという理由で割と(少なくともプライベートのことを隠さず相談できるくらいには)仲は良かった。中学、高校も同じようなノリで、当たり前のように同じ学校に入学して、当たり前のように居心地のいい関係を保ってきた。
確かに、中学になって間もなく、“彼”の母親が亡くなって以来、『友人』という関係から一気に『親友』と呼べる関係にまでは発展したが、だからと言って自分たちは間違ってもキスや、まして・・・・・
(かっ・・・・・体の関係持つような仲じゃ・・・・・)
思うだけで恥ずかしい。
穴がないなら掘ってでも中に入って暫く出てこずにいたいとさえ願った。現実的には不可能なので、とりあえずシーツでも毛布でも、被れるものは全部引っ被って顔を埋めた。今更と分かってはいるが恥ずかしさだけで死ねそうだとかごめは思った。
軽く身を捩ると、どこが、とは言わないが生々しい違和感があり、僅かに濡れているようだった。全て投げ出したい気分のまま、かごめは枕に顔を押し付けた。肌寒いのにひんやりとしたシーツが頬に心地いい。いっそこのまま“彼”に会わないように今のうちに逃げてしまおうかとも考える。
(そうよ!それがいいわ!)
わざわざ恥を掘り返すこともあるまい。相談をしたあと、いきなり強引に襲われて初めは本気で抵抗したが、結局逃げなかったのは自分だし。
最中にかけられた言葉が嘘には聞こえず、またどんな少年であるかはきっと誰よりもかごめ自身がよく分かっていたので、性欲処理だのそういう理由で襲われたということは間違いなくないのは分かっている。それに、捨てられた子供のような目をされて絆されたと言えなくもない状況だったが、理由や自分たちの関係はどうあれあの行為は合意であったことには変わらないのだ。
但し、落ち着いたらあとでどういうつもりだったのかきっちり理由を問い詰めようと心に誓いつつかごめはそろそろと起き上がった。
相変わらず違和感が残っている。初めは誰でもそんなものとはよく言われるが、本当に半端でない痛みだったのだ。起き上がり、血液でシーツが汚れているのを発見すると、このままにしておくのも気が引けたが仕方がない。体に負担をかけないように時間をかけて服を着込んだ。そして、そういえば昨日はあのまま“彼”の家へ行って来るとだけ言って此処に来たことを思い出してかごめは一気に肝を冷やした。
今日に限って携帯電話は自室にあったので、連絡も取りようがない。半ば泣きたい気持ちになりながらもあいつのせいよと毒づいた。
(ごめんなさい、ママ、爺ちゃん・・・・・かごめは朝帰りしちゃうような不良娘になりましたっ・・・・・!)
あせる気持ちとは裏腹に、まったくいうことを利かない体に辟易しながら、かごめはベッドから降りた。
しかしすぐにへろへろと床に座り込んでしまう。
「・・・・うわぁ、本当に足腰立たない」
呟いてみたところで何か状況が変わるというものでもなかったが、とにかく何か喋っていないと気が持たない。
「明日学校休みでよかった・・・・」
仕方がないのでずるずると足を引っ張るように出口へ向かう。ドアノブに手をかけて、引いた瞬間、外側から力がかかり、かごめはきょとんと見上げた。そして、暫しの硬直。
彼の家は基本的に犬夜叉――彼の名だが――しかいないのだ。
と、いうわけで、この扉を開けるであろう人物はたった一人しかいないわけで。
とりあえず、目が合ってお互い暫く硬直してしまった。
「あー」だの「うー」だの、とりあえず何か言わなくてはという気分に駆られているらしい犬夜叉の口からはしかし、不明瞭な単語ですらない呟きしか漏れない。とりあえず、昨夜のことについて罪悪感はあるらしく、頬を掻きながらも些か視線をかごめからそらしている。対するかごめの方も似たり寄ったりで、とりあえずこの状況をどうにかできないだろうかと必死で考えていた。
そうこうしているうちにも妙な間は刻々と過ぎていき、時計の秒針を刻む音だけが虚しく部屋に木霊する。
埒があかないと思ったか、はたまた開き直ったか、暫くすると犬夜叉は頭を掻いたあと、ひょいとかごめの体を持ち上げた。その瞬間、何すんのよ、と言い掛けた口が、振動によって痛んだ腰のせいで小動物のような悲鳴をあげるだけに終わった。
「あ、わり」
そう思うならしないでよ!と涙目で睨みながら訴えると、犬夜叉は困ったように眉を顰めてベッドへ向かった。ゆっくりと、今度は振動を与えないようにかごめをベッドサイドへ腰掛けさせると自分も横へ座った。そうしたまま、また変な静寂が訪れる。
この少年を目の前にここまで緊張するのは初めてだと思いながらも、かごめは行き場のなくなった視線をぶらぶらと揺らしていた自分の足を見つめることでどうにか間を持っていたが、やがて少年から匂うシャンプーの匂いに気付いてそと犬夜叉の横顔を見た。
さっきはいきなりのご対面に動転してよく見ていなかったが、どうやら先ほど自分の傍にいなかったのはシャワーを浴びに行っていたからだと悟った。髪の毛も微かに湿っているようだ。あー、私もシャワー浴びに行きたい、などと案外呑気なことも考える。
「あ、あの・・・・かごめ・・・・」
目線は合わず、正面を見つめたまま、ようやく犬夜叉は口を開いた。
「えっと、昨日はその、悪い・・・・」
ぴしり。
その一言でかごめは完全に固まった。
(・・・何それどういう意味!?昨日のは勢いで襲ったってこと!?)
そう思うと途端に抵抗しなかった自分が馬鹿らしくなる。腹の底からむかむかとして、自分のコンディションも忘れて立ち上がった。勿論、すぐにへにゃんと崩れ落ちたのは言うまでもない。
「お、おい何してんだよお前」
「触んないで!!」
助け起こそうと手を差し伸べた犬夜叉の手を払い除けて言うとかごめは再び半分匍匐前進のような歩みで扉へ向かった。
「・・・・どこ行く気だよ」
「家!帰るのよ!無断外泊しちゃったし、きっと心配してるわ、ママたち・・・・」
「そんな体で帰れるかよ。お前ん家には昨日連絡入れといたから心配してねーと思うぞ?」
「誰がこんな体にしたと思ってんのよ!・・・・ていうか、心配されてなくても私は帰る!!」
「なんでそんなムキになってんだよ」
「なってない!」
叫んだ弾みでずきずきと腰が痛むが、用意周到な彼に呆れるより何よりも、泣きそうになっている自分が情けなかった。
声も心なしか震える。どうして自分はこんな場所にいるのだろうかと対象のない恨みを、八つ当たりと分かっていても彼にぶつけたくなった。
視界が歪んだがどうにか涙を溢すことはこらえて、さっきと同じようにドアノブに手をかけるがまたもひょいと犬夜叉に抱き上げられてベッドサイドにまで戻されてしまった。抵抗しようにも下半身は動かしたくないので手をばたばたさせてみたが、どうにも効果はなかった。
もう一度同じように扉へ向かおうとすると、今度はベッドに押し倒されて口付けられた。ぎこちない動きなのに思わずとろんとしてしまいそうなそれにかごめは慌てて犬夜叉の体を押し返そうとするが、その手すら片手でベッドに縫い付けられた。
「ッ・・・・・・・・・ふ、ぅん・・・・」
絆されそうになるが、今度こそ騙されるかとむきになりながら犬夜叉の舌を拒んだが、あっさりと看破され、逆に絡めとられた。
彼に対する様々な文句を頭の中に募らせながらかごめは仕方なく、犬夜叉が満足するまで放置してやることにした。
やがて、開放した唇が放ったのは一言。
「人の話は最後まで聞きやがれ・・・」
「ぁ、なに、よ。話って・・・私を勢いで襲ったこと?」
「違ッ・・・いや、確かに勢いっちゃー勢いだけどそうじゃなくて!」
はぁ、と犬夜叉は溜息をこぼした。
「かごめの気持ち無視して襲ったのは謝る。けど、俺は別にこーゆーこと、誰とでもしたいなんて思ってるわけじゃなくて、なんつーか・・・」
「・・・・?」
要領を得ない(普通はここまで言えば分かるものだが)少年の言葉に訝んで、かごめは首をかしげた。
とりあえず、気まぐれで襲ったんではないということは伝わったが、じゃあ何故自分を襲ったのか、というのがどうにもかごめには不可解だったのだ。
それは、かごめが色恋沙汰に関してはまったくの天然ボケで、且つ自分がどれほどの魅力を持った存在か、という自覚が皆無だったことが所以だ。だからこそ、少年の、実はほぼ出会いと同時に目覚めた想いに今までまったく気付かず、挙句の果てにはその相手に告白されたことをどうしようと相談を持ちかけるような人物なのだ。
ある意味、一概に犬夜叉だけが悪いとは言えない。
「〜だーかーらーッ!・・・・好きなんだよ、かごめのこと。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
一瞬、何を言われたか理解できずにかごめは固まった。意味が完全に浸透するまでにまたいくばかの時間をかけ、ようやく状況を把握すると一気に赤くなったので、犬夜叉は少し呆れた。
「・・・・お前、俺に襲われたときなんだと思ってたんだよ・・・・・?」
「おっ・・・・だ、ってそんな頭の中真っ白でなんでいきなりこんなことするの?って感じだったし私じゃなくてもいいじゃん!って、思って・・・・」
語尾は殆ど掠れて聞き取れなかったが、大体理解できたので犬夜叉は露骨に肩を落とした。
「そりゃ、襲った俺が悪いけど、ちょっとは考えろよ?もう8年近く片思いやってる女が少しも俺の気持ち気付いてくれねぇのに、いきなり出てきた男に告られてどうしようとか相談しやがるんだぞ?いくらなんでも怒るぞ、俺は」
ごもっとも。
とは思ったが口には出さず、かごめは引きつった笑いを浮かべた。
「大体・・・・こんなことお前とじゃなくちゃ、俺はヤだ」
ふわりとかごめの髪を一房取って口付けるその少年の動作にかごめはどきりとする。
「順序・・・・思いっきり逆になっちまったけど・・・・・お前は、どう思う?」
真剣な瞳に見つめられて、かごめは居た堪れなくなる。
“たとえ”、少年のことをどうとも思っていなかったって、切なそうな表情を向けられて『嫌』と言える筈がない。
母親が亡くなったときから、特にそうだ。誰かに置いていかれることに、なんでもない振りをしながらひどく怯えていることをかごめは知っている。きっと誰よりも一番近くでそれを見ていたからだ。
そしてまたかごめも、彼を放って置けないと思っていた。いつのまにか、一緒にいるのが当たり前で、護らなくてはと思っていた存在。
是も非もない。ずっと目を逸らしていたが、かごめが犬夜叉に感じていたのは、友情という軽いものでは語れないほどの――。
「かごめ?」
急に俯いたかごめに、犬夜叉が不安そうに問い掛ける。分かっていないのはお互い様ではないかとかごめはくつくつと笑った。
「ばかじゃないの、あんた」
「な」
んだと、と続く筈だった言葉は、飲み込まれた。
意思の強い瞳がじっと犬夜叉を見つめ返してきた。
「あんたこそ、私がどうとも思ってない人に襲われて、さ、最後まで行くとか本気で思ってるの?」
「・・・・・・!あ、あのかごめそれってつまり」
「つまりも何もない!何でもっと早く言葉でダイレクトに言ってくれなかったのよ犬夜叉のばか!」
最中に言いまくったけど、と返す程、犬夜叉も自爆したい馬鹿ではない。
ぽすっと、潤んだ目で自分に抱きつくかごめを抱きとめると、待ち望んでいた瞬間に思わず叫びたいほどの歓喜を覚えた。
「か、ごめ」
「ん、」
「キス、してもいーか・・・?」
急に了承を取ろうとする様子が面白くて、かごめはくすっと笑った後、許可の意味をこめて目を閉じた。
苦い想いの果てに待っていたのは、甘い口付けの幸せひとつ。
「あ、そういえば」
「ん?」
散々満足いくまで口付けをかわしたあとで、かごめはふと思い出したように声をあげた。
「鋼牙君に告白されてたの、どうしようか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
断れよ、のつっこみもなしに昨夜の続きをいきなり続行してやろうかと、少しだけ据わった目で考える犬夜叉だった。
【終】
えちと告白の順番間違っちゃった犬かごが書きたかったの(エロは書かないって言ったのはどの口だ)。でも鬼畜は絶対拒否。
雰囲気的には未公開ですが学園もの犬かごのノリ。鋼牙君が先輩だったりと設定は明らかに違うのですが楽しかった・・・・。
きっと、初回がこんな強○まがいなことになった割に、以降は犬がキス魔になる代わりにえろいことは滅多にしなくなると思う。
自覚はなくても最初から両思いでしたみたいなオチ。しかしこれで両思いじゃなかったら犬は犯罪者ですねなオチ(うわぁ…)(05.1.17)
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