突発ネタ
「かごめ・・・・」
「い、ぬやしゃ・・・・?」
真摯な瞳に射竦められ、かごめはびくりと身を震わせる。
近い吐息が頬にかかり、掴まれた腕は、触れた先から体温を上昇させてゆく。
なんとなく、次の瞬間に何を言われるかを予測できたのだ。
かごめは恐る恐る、しかし臆せず犬夜叉の琥珀色を見返して次の言葉を待つ。
「かごめ・・・・・もう我慢できねえんだ・・・!」
予想通りの言葉。そう、と簡単にも言えず、かごめはそっと目を伏せて考える。
誓約に近い戒め。これを脱したらどうなるかは分からない。
恐れている?それとも触れることしかできないことがもどかしい?
我ながら意地の悪い考えだ、とかごめはそれを打ち消して目を開いた。
切実に訴える瞳に、自分が絆されそうになっている自覚はある。
彼が意識してなくとも、それは十分にかごめの心を打つこととなる。
元々、少年の滅多にないお願いごとに弱いことも分かっていた。きっと少年だって分かっている。
分かっている上で使っているのだから、とても性質が悪いとかごめは毒づく。
「でもね、犬夜叉・・・・・それじゃあやくそく」
「っ・・・・けど!俺はっ・・・・・」
泣きそうに歪む表情に、かごめはほぼ反射的にやばいと感じた。自分の気持ちが落ちる一瞬を、感じてしまった。気付けば掴まれていた腕を、そっと触れ返していた。驚いてこちらを見る犬夜叉に微笑む自分の甘さに少し呆れながらもかごめは口を開いた。
「・・・今回は、私がそうしたいから、お願いした。・・・・・それでいいわ」
「・・・・・!かごめ」
ぎゅうっと抱きしめられて、かごめは息が一瞬詰まる。気付いて犬夜叉も少しだけ力を緩めるけれど、離す意思はまったくないらしい。ふっと力を抜くと、草むらに倒れこむ。深々と生い茂った草のお陰で、振動はほとんどなかった。澄んだ川の匂いと混じって、草の匂いが仄かに香る。
「かごめ・・・・」
意図せず押し倒したような構図になった犬夜叉は、器用に片手で自分の体重を支えたまま、柔らかく、鋭い自分の爪で傷つけないようにかごめの頬を撫でる。見つめられて、今更のように上ってきた羞恥心に、少し触れられた頬を赤く染めるが、そんな態度も犬夜叉にとっては自分の衝動を煽るものにしかならない。額に軽く口付けて、頬に、そして唇に、順々にゆっくりと落とした。
かごめはくぐもりそうになる声を必死に落として、触れるだけのそれに、自分なりに返そうとする。少しだけ強張っていた犬夜叉の表情が、柔らかく緩む。かごめもつられて微笑むと、幸せそうな表情で自分を抱きこむ犬夜叉。胸の谷間に犬夜叉の鼻先が当たり、少しだけ身じろぎしたが、抵抗はしない。上がった顔が、もう一度かごめの唇に触れて、首筋に落ちた。ぬるり、とした生暖かい慰撫にかごめは思わず「ひゃんっ」と小さく叫ぶ。不意打ちのことで、どうも声が抑えられなかったが、犬夜叉が赤くした顔を片手で覆って、ふるふる震えているのを見て、悶えられていることに気付くと、それがたまらなく恥ずかしいと感じてかごめは拗ねたようにそっぽを向いた。
すぐに、困ったような笑いを浮かべる犬夜叉に、正面を向かされてしまったけれど、それでもせめての抵抗とばかりに目を瞑ると落ちてくるのは忍び笑い。
「口付けしてくれ・・・って強請ってるように見えっぞ、それ」
勿論、そういう意図が含まれているわけではないというのに、犬夜叉は気付いている。口調からして明らかだ。しかしそれを言うのは、少なからずそれをこじ付けに行為を再開させても構わないかと暗に訴えていることに相違ない。ここで無闇に「違うわよ!」とむきになって返したら軽くあしらわれて、犬夜叉のペースに飲み込まれてしまうのが落ちだ。だからといって「そうよ」と返しても、結局最終的に行き着く場所は一緒になる。どう転んでも犬夜叉が有利だ。それくらいに、犬夜叉はこの手の駆け引きの仕方が下手を装って巧い。
その冷静さを、もう少し別の・・・・たとえば、奈落と対峙しているときにでも発揮してくれればもう少しやりやすいのに、と思わないでもないが、それが何故か無理だというのがこの少年の特性なのを知っているから口には出さない。
犬夜叉の望む通りに流されてやっても良かった。この少年は殊更自分には酷く甘くて優しいから、少なくとも自分が嫌がっていることは絶対にしない。悪い方向に流れる可能性がひたすらゼロに近いことを、かごめは知らず熟知していたからだ。それでも、従いたくないと思ったのは、単にこの少女も犬夜叉と負けず劣らずの負けず嫌いで、理不尽なものに屈することを知らない気性の持ち主だったからだ。
「・・・・・・・・・・・」
この手の冗談半分の言葉には、無言で返すのが一番いい。下手に何か言って墓穴を掘るより余程利口だ。
案の定、無言で返されるとは思っていなかった犬夜叉が、一瞬、「お?」という表情を浮かべる。隠しているつもりだろうけれど、かごめの機嫌を損ねてしまったかもしれないという不安が混じり始めているそれを、かごめは見逃さなかった。畳み掛けるようにつんと顔をそらして、完全に犬夜叉を見ないようにすると、戸惑ったような気配が伝わり、かごめは思わず笑いそうになる。しかし、ここえ笑ってしまえばこちらの真意もバレて、この駆け引きに負けてしまう。
「かごめ?」
反射的に返しそうになる返事を喉の奥で潰して、かごめは黙って目線を逸らしたまま、犬夜叉の出方を伺った。おそらく間違いなく、犬夜叉は今、かごめの機嫌を気にしている。ボロさえ出さなければこちらの空気に持っていける状態だ。しかし、少し勝利を確信した瞬間に、犬夜叉が最終手段を使ってきたので、それも水の泡と消えてしまったが。
「かごめぇ・・・・・」
甘えるような、縋るような声。何はともあれ、自尊心の高い少年は、この手段が一番かごめに対して効果的であると知っていても、滅多に使わない。他人に依存することさえ抵抗のあった日々を送ってきた少年が、誰かに縋るという行為を容易に受け入れられる筈がないのだ。かごめもそれを知っていたので、タカを括っていた。しかし、それが失敗だったのだとかごめは内心で舌打ちした。
そう。
何も、犬夜叉だけが、かごめに甘い訳ではない。むしろ、犬夜叉よりも自分の方が、彼に対して甘い。
幼少期に、彼がどうして育ってきたかを、図らずも知ってしまったかごめにとって、犬夜叉のその声は決して見捨てられるものではなかったのだ。たとえ演技が入っていると分かっていても放置はできない。母性本能と、恋情が半分づつで交じり合ったような感情をかごめは持て余した。けれど、これ以上意地を張っていても、間違いなく犬夜叉はこちらが折れるまで待つつもりだということも悟り、かごめは不本意だと思いながらも外していた視線を犬夜叉に戻した。
それこそ、ぱあっという擬音さえつきそうな犬夜叉の上機嫌顔に、かごめは何も言えなくなってしまう。弱い自分が悪いのか、それともそれを利用する犬夜叉が悪いのか。少し考えたが、鶏が先か、卵が先かの質問と変わりないと思い直して諦めた。
(ああ、もう。負けでいいわよ、負けで)
半ばやけくそ気味に内心で叫ぶと、きゅうっと犬夜叉の首に腕を巻きつけて、体を浮かせて密着させた。
犬夜叉の、平均より早まった心音を感じながら、自分もきっとこういう状態なのだろうと思いながらもかごめは腕に回す力を強めた。かごめの頬に添えられていた手がそっと、腰に回される。それにしても、片手で全体重を支えたままなのが、辛くないのだろうかとかごめは少しそんなことを思った後、この体力馬鹿にその心配は必要ないかと思い直す。
くすぐったく、もどかしくなりそうな、かかる吐息。重なる唇に眩暈がしそうなほど酔いしれながらも、かごめはそっと目を閉じた。
結局、自分がこの少年にひどく惚れ込んでいる。それを見せ付けられるような行為に限りない幸福感を感じながら。
これ何気に王様ゲームの続き(笑)曰く、「四日間、かごめ様にお触り禁止!!(すげえ笑いながら)」
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