別 離 転 生 転 換 再 生
大好きな暖かい両腕。見慣れたせいで、とても安心できる緋色の衣。
いつも、よく分かんない根拠で自信満々に笑うその表情とか、理由もなく仏頂面を保っている顔とか。
そうかと思ったら、意外に繊細な心の持ち主だったり、普段の態度じゃ分かり難いけれど、本当はとても整った顔とか、綺麗な琥珀色とか、銀色の髪とか、あまり触られたくないみたいだけど、時々隙を突いて触るふわふわの獣耳とか。
私が大好きなこの人は、私がとても大好きな要素をいっぱい持っていた。本当は、こんなやつ、絶対に好きになれないって思ってた筈なのに、その予想はものの見事に裏切られて、すごくすごく好きになっている自分を自覚すると、本当に笑いがこみ上げる。
そして時々、とても悲しそうな顔をするものだから、きゅぅっと後ろから抱きしめたくなる。
でも、寂しそうな表情をする彼にそんなことは出来ない。だって、こんな顔している彼は、絶対に私を見てくれない。
見てくれたって、それは『二番目』だって分かってるの。だから苦しくて、私まで寂しい。
(いぬやしゃ)
このまま何処かへ消えてしまいそうで。
いつもみたいに生き生きしている犬夜叉がとても懐かしい。
口の中で小さく呼び掛けてみるけれど、どんなに耳がよくても、考え込んでいる犬夜叉に、私の声が聞こえる筈はないって分かっているし、私も本当は半分、気付いてほしくないって思ってた。もう、犬夜叉の感情に口を挟むことはしないって決めてたから。
だから、最終的に犬夜叉が桔梗を選んだって、笑顔でお別れできるように、いつも笑っていられるように練習するの。
心中するというのだったら、止めるわ。この気持ちを諦める代価に、死んで欲しくないと願うことくらい、どうか怒らないで。嘲笑わないで。
そっと、私の視線に気が付いて顔を上げる犬夜叉は、少し困ったような表情で笑ってた。
それが、いつもの元気な犬夜叉ではない気がして。このまま、“夜叉”に変わり果てて、二度と姿を見せなくなってしまうかもしれない。
そんなことを考える自分が少し嫌だった。暗くて沈んだ気分は私の性に合わないのは自覚していたし、何より私がこんな気持ちのままだったら、彼が、犬夜叉が、悲しんでしまうのを知っていたから。
「かごめ」
犬夜叉の唇がゆっくりと動いて、私の名前を呼んだ。
それだけで、私は言い知れない感情を持て余して身を震わせた。隣に来い、って目で言われていることは分かっていたけれど、どうしても足が竦んで動けなかった。
いつもだったら、犬夜叉が促さなくても自分から近寄っているから。犬夜叉は案の定、不思議そうに眉を顰めた。
どうした、なんて聞かない。犬夜叉だって、そこまで無神経じゃないから。ただ、決まり悪そうに俯いてしまった。
月が翳って、大好きな琥珀色が、闇色に染まってしまったのが、無性に悲しくて、寂しくなった。頬が、目頭が熱くなっていくのは分かっていたけれど、それが溢れ出す前に私はかくんと膝を折った。
わざとやった訳じゃないけど、それだけで犬夜叉を驚かすには十分だったみたいで、犬夜叉は慌てて駆けつけてくれた。
俯くと、ぽたぽたと透明な染みがスカートに落ちてその色を濃くした。
・・・やだな。
こんなとこ、見せたら犬夜叉が困っちゃうの、分かってるのに。止まらない涙。
困ったような手がそっと、私の肩に触れた。そんなに近くにいるという訳でもないのに、微かに掛かった犬夜叉の吐息に私は頬が一層熱くなった気がした。
駄目。
今、顔を上げたら。
きっと、犬夜叉を困らせてしまうだけだから。
「かごめ」
ぴくん、と体が自然と痙攣する。
ああ、もう。私はこの人がすごくすごく、好きなんだなって自覚させないでよ。別れが辛くなってしまう。
そんな私の心の中の声に気付いてくれない意地悪な犬夜叉は、そっと呟く。呪文のように。
「かごめ、かごめ・・・・」
愛しさを含む声音に、私は震えそうになる。
ねぇ、お願いよ、犬夜叉・・・・・。
私に優しさを与えようとしないで、大丈夫。私はきっと、あんたがいなくてもやっていってみせるから。
「私を甘えさせないで」
辛そうに顔を歪める犬夜叉の表情を見る方が、私はとても辛かった。
「なんで、分かってくれねぇんだ?」
ごめんなさい、愛しい人。私は分かってはいけないの。気付いてはいけないのよ。
黙ったまま、俯いたまま、涙を流したまま。私は冤罪を乞うように、ひっそりと思うの。
時間も、時代も、関係も、想いも、何もかも、なくせたら、楽かもしれないなんて。
そんな悲観は言わないわ。
貴方が悲しむことはしない。私の笑顔が好きと言ってくれる貴方のために、私はずっと笑っていたいから。
だから、甘えさせないで。
たとえ、二度と出逢えなくなってしまっても、私はずっと、貴方の好きと言ってくれた笑顔でいるから。
ねぇだから、泣きそうな顔で私を抱きしめないで、愛しい人。
すれ違い(痛)
かごめちゃんは犬夜叉を第一に考えるし、本当は犬夜叉だってかごめちゃんのことを第一に思っているし、思おうとしてるのです。
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