歳月に浮かぶ花弁























 悪夢の果てには、きっといい事があると信じていた。









信じて、信じて、疑わなかった。









そしてそれは
――今もまだ・・・










変わっていない・・・・


























「ねぇ、犬夜叉は・・・この旅が終ったら、何が残ると思う?」

「・・何だよ、いきなり。」

もうすっかり眠り込んでしまったものと思われた彼女に突然、脈絡もない問いを問われ、
少年は当惑の表情をその整った、でも他者からしてみれば異形と云われる顔を僅かに歪めた。

「何年も流れて、それでも色褪せないモノは残せた?」

いまいち、問いの意味は解っても、その意図は掴めない。






突然、かごめが犬夜叉を散歩に誘ったのは、一体どの位前の事か。

冷え込んだ風が、小屋の中にさえ吹き込み室内でも寒いという時節。

かごめは屈託の無い笑みで彼を殆ど強制的に促し、彼女等が休息によく訪れるようになった村々を一望出来る丘にまでやって来た。別段、此処に用事があったという訳でもなく、ただ彼女としては気の向くままやって来た場所だった。

だがそれが良かったらしく、久々に優しく照る陽の光が丁度いい具合に暖かく、また周りに木々が多かったお陰で
その辺の小屋で火を起こし、暖を取るよりもずっと心地よかった。

だから、適当な場所に、かごめが持って来ていた『ぴくにっくしーと』とやらを敷き、久々の日光浴を楽しんだ。

最初、彼の方は、自分だけを散歩に誘った事を不審に思い、何か自分に告げたい事でもあるのだろうかと無意識に身構えていたが、彼の予想していたような話は出て来ず終いで、彼も促される侭に、かごめの傍に座った。


暫くして、うとうとと船を漕ぎ始めた彼女に「風邪引くぞ」と云い、自分の衣を掛けた犬夜叉に礼と笑顔を向けて、そのまま黙り込んで半刻以上が経った時、突然問われたのがそれだった。

その云い様はまるで、ふと思いついた事を口に出しただけのような軽さと、何処か思いつめたような重さが入り混じる不思議な問いかけだった。

だからこそ・・・彼は、返答に困った。

そんな様子に気付いてか、かごめはまた口を開く。

「私ね、正直迷ってるの。此処に居て、あんたや皆に何が出来たかって事、これから何年も先に思い出して、胸を張って云える事なんてあったのかな、って・・・」

犬夜叉は、言葉を失う。


云うべき言葉を知っているくせに。


そんな事ないと、力いっぱい否定すればいいことを、知っているくせに。


何故か、『次』を紡ぐ事を躊躇った。


何か、引っ掛かる事があったのだ。





何時の間にか、背中あわせに空を見上げる体勢を取っていた二人。

お互い、相手の顔は見えない。

まるでその心の中を象徴するかのように、背中あわせで、手探りで。

「でもね、私、ここに来なきゃ、解らない事もいっぱいあった。辛い事も、悲しい事も、腹が立った事も、楽しかった事も。きっと、何年経っても忘れない・・・ううん。忘れられない。」

「・・は・・何突然そんなこと・・・・・まるでもうここには戻らないみたいな話し方しやがって・・・」

「うん。戻らないよ。もう二度と。」

「っな゛っ?!」


冗談で言ったことをあっさり肯定され、犬夜叉はばっ、とかごめを振り向いた。
「きゃっ」と、短く悲鳴を上げて、背もたれを失ったかごめが体勢を崩したが、彼はそれどころではない。

何と声を掛けていいのやら判らず、犬夜叉はただ、かごめが体制を立て直すのをじっと眺めた。

しかし、意外にも彼女が次に発したのは彼の不安とは逆に、これまたあっさりとした声で、

――・・・って云ったら、どうするって云おうとしたんだけど、判り易いわね」

と、挑発的な笑みを、彼に向けた。

しかし彼の方はそれどころではない。

「っ莫迦ヤロウっ!!」

殆ど耳元に近い場所で怒鳴られ、かごめは大袈裟なくらい肩を震わせた。

それとほぼ同時に肩を、爪が喰い込む程きつく掴まれ、かごめは眉根を歪ませる。

「冗談でもんなこと云うんじゃねぇっ!!・・否、冗談じゃなくても・・・」

「犬夜叉・・・・?」

だんだん尻すぼみで消えていく台詞と、下がっていく顔に、かごめは心配そうに彼の顔を覗き込む。



どさっ・・・



「い・・ぬ・・・やしゃ・・・?」

突然、視界がひっくり返って、かごめの背中に小さな振動が来た。

かごめは、自分がどういう事になったか暫く理解出来ずにいたが、状況判断が出来たのか、
暫くすると顔を紅潮させた。

「・・冗談じゃなくても・・・もし次そんな事云ってみろ。絶対二度と帰さねぇよ」

何時も、二人きりの時は穏やかな光を湛えているその目が、今は獲物を狙っている獣の、
冷たささえ感じさせる眼に変わっていた。
黄金色の眼の奥に、しっかりとかごめが映っていた。


――本気だ・・・。


直感的に悟り、かごめは小さく身を震わせた。

同時に、さっきまで抱えていた矛盾が無くなった気がした。

今だ、小さく怯えるように震える唇が、やはり微かに震える声を紡ぐ。

「私は・・此処に居ちゃいけないの・・・居たいと思っても、無理・・・」
「云うな!」

思いつめた目が、真っ直ぐかごめを映し出す。
そこには、もう『かごめ』しか映っていなかった。桔梗ではなく、『かごめ』が。

「・・・犬夜叉、私は・・この旅が終ったくらいじゃ、あんたの事も・・皆の事も、忘れられない。
あんたに感じた気持ちも、簡単には忘れられない。・・・・・でも、ね?
私、皆と別れたくはないけど、あえて別れるつもり。だからね・・・・」




『                                  』


そこまで云い、かごめは犬夜叉の耳元で、残りの言葉を言い切った。

それを聞き、犬夜叉の顔からふっと、緊張の色が取れる。

微かに頷くと、その体勢の侭、犬夜叉はかごめを抱きすくめた。





















悪夢の果てには、きっといい事があると信じていた。







信じて、信じて、疑わなかった。







そしてそれは
――今もまだ・・・








変わっていない・・・・





切り裂くような冷たさの午後。
暖かい、日差しを背に受けて、一組の男女が丘を降りていた。

その手はお互いを包みあい、お互いがどれだけ想いあっているか、誰の眼からも見て取れた。

本当に幸せそうで、幸せそうで。

でもただそれは・・・
――――――――――

傍から見たら、そう見えるだけなのであって、あくまで実際は違う。


本当は、抱いてはいけないと想いを押えあっていた。


それは今も。


今は亡き、悲運の巫女の存在は、まだ幼い二人には重い。


だからこそ、今は精一杯生きようと努める。








“その別れる時になって、もし私を選んでくれるなら、無理にでも奪って。
もしそうでないなら、私、あんたを忘れるつもりはないけど、未練を残したくないから、無理にでも帰る。”














それは何時の事になるのだろう?


否、そんな事はどうだっていい。



今を必死に生きよう。



そして、別れる事になっても、そうでなくっても、笑顔でいよう。



辛い別れだけは厭だから・・・・笑顔でいよう。



ずっとずっと、飽く事なく。



                                                    【終】

えーっと・・・思いつき&翼の第弐弾。
翼と何処が違うかって云うと、犬夜叉が言葉でかごめちゃんに云ってるトコ?

かごめちゃんならこんな感じで前向きに生きそうだよね、っていう・・・。
そしてこの後止しときゃいいのに弥勒様が茶々入れて・・・・・・・・・・(ご愁傷様。)
(H15.1.19)


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