逢瀬










そっと。


華奢な身体を俺に預けて、少しだけ遠慮がちにその細い指先を俺の手に絡めてきた。
何のつもりか訊こうかとも思ったけど、そんなの本当はなんとなくなら聞くまでもなく、解っていた。

「・・・おい」
極力平静を装って発した言葉はすぐに“こいつ”の笑顔にかき消された。掻き消えたと言う方が語弊は正しいかもしれないが。
こいつ・・・・かごめは生まれたての子猫が親に甘えるような動作で俺の胸に擦り寄ってきた。
多分自覚はない。かごめはそういう女だ。諦めを露骨に込めた吐息を吐き出して、俺はその指を絡められている両手をぐいっと肩の位置まで持ち上げて少しぶんぶん振り回してみた。解けないのは力のこめ方から分かっていた。
それに俺も少し手加減してたし。本音では離して欲しくないと思っているからだ。

・・・そんなこと、こいつに言おうものなら鬼の首でも取ったように嬉々としてそれをネタに俺をからかおうとするかごめの図なんてすぐに頭に浮かべられたから、絶対に口で伝えてなんてやらねえけどな。
「・・・・どういうつもりだよ?」
「他意ない行動。」

直訳したら別に意味ないってことかよ。
すっぱり言い切ったかごめにどう返事していいやら分からなくなって、俺はとりあえず腕を下ろした。
勿論絡めた指を離そうとしないのでかごめの腕も一緒に下りる。
「予想はついてたけどよ」
「あら、いい子いい子」
完璧に馬鹿にしたかごめの楽しそうな声に、知れず額に青筋が立った。
「お前・・・・・俺のこと馬鹿にしたくてこんなことやってんのか?」
「んー、半分正解」
「っ・・・・・あぁのぉなぁ・・・・・」
痙攣を起こすこめかみを抑えながら、俺はもうコイツの突飛な言動に対する反応に困ってあぐねいていた。
背もたれにしていた『御神木』とやらの枝がざわざわと風に揺れた。
かごめは離れた右の手で、俺の肩口に垂れ下がってる髪の毛の先をいじり始める。
その様は、なんだかかまって欲しがっている小動物のそれだ。どう見ても俺の予想は当たっているようにしか見えねぇ・・・

とりあえず、持て余している左の手で、かごめの黒髪を撫でてみた。
撫でるたびにかごめのいい匂いが鼻先を掠めて、思わず顔が綻びそうになる。
「犬夜叉・・・・?」

本当に、こいつは。
「構って欲しいんなら、もうちょっとわかり易く言えよ」
途端にかごめの顔に、一気に朱がさした。焦って左の手も離そうとするのに気がついて、今度は俺の方からその手をぎゅっと掴んだ。
さっきまでさんざ、俺の反応で楽しんどいて。俺がただで許す訳、ねぇだろ?
「や・・・やだやだ放してよぅ馬鹿ーっ」
「さっきまであれだけやっといて今更往生際悪いんだよっ」
少し指を絡めあったままの方の腕に力を入れるところりとかごめの体が俺の方に倒れた。
だけど未だに手足をばたばたさせて、俺の腕の中から逃げ出そうとするかごめ。

・・・こいつ・・・追い詰められた時程往生際悪くなるよな、どんな場面だろうが。
こいつらしい反応に少しがっくりくる。あれだけ普通に迫ってこれるんだったらこういう時くらいその根性残しとけよな。
しょうがねぇ。『あの手』で行くか。
頭の中で決定して、俺はそっとかごめの耳元に顔を寄せて独り言のように言ってやる。
「いい加減大人しくしないと口塞ぐぞ こら」

ぴしり。

あ、硬直した。
いい加減、どういう意味か分かんないなんて天然ボケ発言はしねぇ。嫌ってくらい覚えさせたし。
むしろそんなボケかます余裕が残ってるんだったらこっちだって容赦しねぇのは自覚してる筈だ。
かごめは恨みがましい視線で俺のことを睨み返して、そして次に自分がどう動けばいいのか分からず困っているようだった。
とりあえず、右手を捕まえられている状態で今の体勢はきついと判断したらしく、少し身をよじって俺に半身もたれ掛かる形を取って、やっとって感じの溜息を吐いた。

繋がれたままの手を離せとは、お互い云わない。むしろ思いつきさえしなかった。
動くのにはすっげぇ邪魔だけど、でも嫌なもんだとは全然思わなかった。むしろ、お互いの体温が伝わってくるようで、心地いいとさえ感じていた。多分、間違いなくかごめの方も。・・・・ま、まぁつまり離したくねぇっていうか。
ようやくまた大人しくなったかごめの体を掻き抱いた。
「・・・なぁに、その満面の笑み」
「へ?あっ・・・・!」
思わず頬が緩みまくってたらしいのをかごめに指摘されて、俺は顔が赤くなるのを自覚した。
今更だったけどなんとか声が上擦らないように何でもねぇと返して、ヤケになって抱きしめる力を強めた。
勿論手は離しちゃいねぇ。

暫く・・・本当にそれこそ、二つくらいの刻が過ぎたって感じるくらい永い間そうやってかごめを抱き締めていた気がするけど、ふと上げた顔の先にはさっきとそれほど変わらない短い影がちらついて意外に思った。
「ね、犬夜叉」
かごめが静かに語りかけてくる。俺は動作で何だ?と返した。
「私ね、本当は犬夜叉に甘えてもいいのかなって、ずっと思ってた」
嘘だろ、とかさっきまでの態度はなんだよ、とか言いたいのをぐっと堪えてかごめの言葉の続きを待つ。
「この前、弥勒様にそれ言ったらね・・・『アイツにはやり過ぎってくらいに甘えたくらいが丁度いい』だって」
思い出し笑いで綻ぶかごめの顔をじっと眺めながら、俺は思う。
そんなこと、ずっと考えてたのか、とか・・・弥勒の奴、余計な事、とか・・・。
「犬夜叉、前言ってたじゃない?笑ったり、楽しんだりしちゃいけないって」
ぐっと言葉に詰まる。
「桔梗のこと、考えたらそうなるかもしれないけど・・・私、そんな犬夜叉見たくないって思ったの」
「え・・・」
「あ!別に桔梗を忘れろって訳じゃないの!忘れたら駄目よ、だけどね・・・
張り詰めてばっかりだと、犬夜叉だって参っちゃうじゃない。だからたまには息抜きしたっていいじゃないとか・・・」

俺が黙ったままなのに、かごめの表情が少し不安そうに揺れるけど、何も言う気になれなかった。
「最近、犬夜叉気がついてないかもしれないけど、笑うこと、多くなったよ?
だから私も嬉しくて、あの時みたいに思いつめた顔しなくなったから・・・だから、私もちょっと甘えていいかなって思って」

そこまで言い切るとかごめは急に真っ赤になってまた、俺の腕から逃げようとする。
ごめんと小さく謝罪の言葉が聞こえ、余計に離す気にならなくなって頑なに腕の力を強めた。
「そこで謝んな ばーか」
「っだ誰が馬鹿よ!」
俺の軽口にかごめが返してきたのに、俺は内心安心した。いつものかごめに戻った・・・。
かごめの『しとらす』とかいう匂いのする髪に顔を埋めると気分が落ち着く。
「桔梗のことは、そりゃ忘れられねえよ。俺がもうちっと信じてやれりゃ、死なす事もなかったんだ。
だけど、それとかごめが甘えちゃいけないってのは関係ないだろ?俺でいいんなら幾らでも甘えろよ」
かごめの体が少し痙攣したように感じた。おずおずと、絡めてた指を握り返してくる。
ただ、そんな些細なことがどうしようもなく嬉しくなって、末期だなとも思う。でも構わない。
「かごめが・・・・居たから・・・・」
「え・・・・?」

「かごめが居たから、俺も笑ってられる、ていうか、かごめが居るから笑っていたい。信じてもらえねぇか?」

かごめの顔がうつむいて、びっくりする。もしかして嫌だったかなんて、らしくもなく不安に襲われたりして。
でも違うと、心のどっかで確信している部分もあって、かごめの反応を待った。
もう一度同じように問い掛けたら、今度は首を横に振った。
「信じて・・・・くれるか?」

こくん。

今度は首を縦に振る。嬉しくなってぎゅっと華奢な体を抱くと、かごめも片手を俺の背に回してきた。
「じ・・・じゃぁ」
「ん?」
そしてようやく口を開く。
「もっと甘えてもいい?傍にいても構わない?犬夜叉のこと、好きなままでいい?」
「・・・あぁ」

放っといたらすごい事言いそうな勢いでかごめはまくし立てた。俺も、とは多分かごめは言わせてくれないけど。
かごめはいっつもそうだ。俺には好きだなんだと言うくせに、俺には桔梗がいるからって、欠片も言わしちゃくれない。
他人のこと気にしすぎってのもあるかもしれねぇけど、そういう風にさせてんのは俺の所為だからな。
「かごめ」

ゆっくりかごめが顔を上げる。その耳元に、俺はさっきと同じみたいに呟く。
「かごめ・・・・口、塞いでもいいか・・・・?」
その後の反応を予想してたのに、かごめはまた少し俯くと耳まで真っ赤になってこくんと頷いた。
てっきり「何調子に乗ってんのよ」とでも言われてまたわたわた逃げ出そうとするのかとばっか思ってたもんだから予想外の答えに、訊いた俺の方が驚く。
でもこればっかはいいのか?なんて念押ししてたらやっぱやだとか云われかねないと思って訊かなかった。
そっと顔を近付けて、お互いの息が掛かる距離までくると、かごめはびくりと肩を揺らした。
それでも頑張って俺と目を合わせようとしてくれた。可愛らしくてしょうがねぇ・・・・。

やっぱ俺末期だとか思いながら、額だけくっつけた状態で少し見つめあった。

そして。









触れ合った唇とかが、思ったより柔らかく暖かく感じて、気持ちいいとか、

繋いだままの手から直に伝わるぬくもりとか、髪の匂いとか。


夢心地ってこんな感じなのか、なんて柄にもない事を考えちまったのが気恥ずかしくなったのは、
帰るときもやっぱりずっと繋いだままの手を、弥勒に指摘されてちょっとしてからのことだった。







【終】

砂吐きたい(笑)てか吐く。
余裕があるんだけど、いざとなるといきなり純愛になっちゃう犬かごが好きです。
でも何よりも心の繋がりが一番大切だし大好きです。私の中でかごめちゃんのイメージって甘え上手なのでこんな話。
あとかごめちゃんが好き過ぎて末期症状まっしぐらな犬夜叉(笑)も好きv
(H15.12.10)




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