エピローグ
「ただいま、ママ」
「あらお帰り。今回はずいぶん早いのね?」
五日ぶりに顔を見せた娘に、母は変わらずやさしい笑顔を向けながらねぎらいの言葉をかけた。
しかし、いくら何でも早すぎることも、きっと娘は間髪空けずにまた出掛けていくことも彼女には分かっていた。
「ちょっとシャワー浴びて救急箱の中を補充したらすぐ戻るの。一応カップ麺も何個か持って行きたいからお願いね、ママ!」
予想通りにすぐ出て行く旨を告げると、かごめは慌しく階段を駆けていった。
苦笑でそれを見送り、娘の要望通り買い置きしていたカップ麺を取っておこうと戸棚を開いたとき、ふとかごめが家を出るときまで匂わせていた香水の匂いが消えていることに気付いた。
しかし、それで良かったとも母には思えた。
過去の思い出に囚われてばかりではいけない。そう思うことにした。
バタバタと相変わらず忙しそうに動き回るかごめに「慌てすぎて転ばないようにね」と注意すると「はあい」と間延びした返事が二階から返ってくる。
少しの間、静かになったと思えばすぐに忙しない足音が再開した。そのままの勢いで階段を下りると、かごめは居間を通り過ぎかけたところでひょいと顔を出す。何か他にも要りようなのかとと母が口を開くよりも早く、かごめは急に笑顔になった。そして少しすまなさそうに、
「この前ママに貰った香水ね、何か犬夜叉が文句言うから時々こっちに戻ったときつけるね。・・・昔、ママこれ使ってたよね?この前やっと思い出したの。大事に使うわ」
と、一息でまくし立てると風呂場に入っていった。
「どうやら、気に入ってくれたようじゃな」
「おじいちゃん・・・・」
先ほどまで境内にい筈の祖父が、やはりかごめの騒がしさが気になってか家に戻ってきていた。今となっては、“そのこと”を自分以外で知る唯一の人物に、母はゆっくりと微笑んだ。
「・・・ええ、照れ屋な“あのひと”がくれたものですから・・・懐かしくて思わず買ったけれど、自分で使って感傷に浸りたくはなかったですから、かごめが気に入ってくれて良かったですわ」
「しかし・・・辛くはないかの?」
「いいえ」
きっぱりと言って、母は居間を見つめた。
まるで、そこに“誰か”の面影を見出そうとするかのように目を細めた。そして、まるでいたずらをしたあとの子供のように笑うと、付け足した。
「かごめには悪いけど、親子二代で“あのひと”の香水をつけてくれるの、嬉しいんです」
迷いのない表情で笑う“母親”は強い瞳を持っていた。
【終】
お父さんとの思い出の品だったり?
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