絆 〜始まりの梅雨景色〜
人間なんて、くだらねぇ
弱いくせに、自分より弱いヤツには強がって
群れてなきゃ何をするにも臆病で動けない
それでもいいだなんて、この俺が一度でも思ったことがあるだなんて・・・虫唾が走る
まして今、俺が人間の女なんぞとつるんでるなんて、面倒以外の何でもねぇ・・・・・
「いーぬやしゃっ」
しとしとと降りそぼる雨を、何の感慨もなく眺めていた『彼』に、その空模様とは対照的と云っていい程明るく元気で、どことなく悪戯っぽさを含んだ声が掛かった。
『彼』はうんざりするといった感を微塵も隠す事なく、雨宿り兼野宿にとどまっている洞窟の奥で、焚き火に照らされている『彼女』の顔をちらりと見て、また外にその琥珀色の眼を向けた。
だが彼女は慣れた様に少し肩を竦めると、
「そんな所に居たら雨宿りにならないじゃない。濡れてるわよ」
そう云って、濡れて更に朱が増した緋色の衣を平然と着ている少年にタオルを投げてよこした。
彼はそれを当然のように受け取りもせず、また少女の方もそれ程珍しいような顔もせず、呆れ果てた様に再び、今度は溜息付きで肩を竦めた。
「・・・いいけどね。あんたずっとそうするつもりなら私にだって考えがあるんだから」
痺れを切らし、少女はお世辞にもアウトドアに向いているとは言えない、緑色の短い制服のスカート丈をいじりつつ、思わせぶりに言った。だがやはり彼は微動だにしない。
これには流石に不審を抱いたか、少女は少し眉を顰め、相手の顔を見ようと試みた。
「犬夜叉っ」
もう一度、呼んでみる。今度も反応すら無い。
眠っているのか?一瞬そう思ったが、知り合ってそんなに長い訳ではないが・・・この少年の気性くらいは全てでは無いにしろ、少女は悟っていた。
こんな状況では、彼は決して眠らない、と。
「・・・・・おい」
犬夜叉と呼ばれた少年がようやく口を開いた。だが今度は少女の方が呼びかけに応えない。
いつも直ぐに返事が返ってくるのに・・・と、彼は訝しそうに少女を見た。
すると彼は目線だけ彼に戻し、言った。
「私は『おい』じゃなくて『かごめ』・・・・・でしょ?」
それを聞き、犬夜叉は半瞬呆けたが、我に返り、さも面倒くさそうに頭を掻き毟ると言い直した。
「・・・・『かごめ』。いーか?これで・・・」
「うんっ♪」
満足そうに頷いて、途端に機嫌が良くなったかごめに彼は薄っすらと、桔梗とは似ても似つかない、という言葉を頭で反芻させた。
「・・・で、なぁに?犬夜叉」
(そこまで明るく返されたら言えるか莫迦)
心の中で少女に悪態を吐きながらも、それをストレートに云ってしまうと、彼女の言うところの『考え』を実行されそうで言葉を探していた犬夜叉だったが、ふと気付いた。
(・・・・俺、何でこんな女に気ぃ遣わなきゃいけねぇんだ・・・・・?)
途端、さっきまでの思考が馬鹿げたように感じ・・・言い留めていた言葉を続けた。
「お前ぇは恵まれて生きてきたみてぇだから知らねぇだろうけどよ。この世の中、お前みたいな甘っちょろい考えは絶対通用しねぇ。殺される前に殺さなきゃ、生きていけねぇ・・・・」
「犬夜叉・・・・?」
「俺と旅続けるつもりなら知っときな。俺は今までに人だって殺した事があるし、これからだって自分の命護る為に殺さなきゃいけねぇ時が山ほど出てくる。・・・そうしなきゃ、生きていけねぇ」
それまでかごめは黙って聞いていた。だが彼が「判ったか」と同意を得ようとした時・・・それまで動く事のなかった唇が動き、少女の意を彼の耳へと伝えた。
「嘘ね」と。
そのたった一言であっさりと斬り捨てられた事にプライドでも傷付けられたか、彼は怒りを露わにして猛然と彼女に抗議した。
「何を根拠に嘘だとか断言してやがるっ」
「はいはーい。私もう寝るのー。それくらい自分で考えなさいよ」
云うとかごめは、初めに野宿と決定した時点で用意していた寝袋にもぞもぞと入り始めた。
犬夜叉は最初、それを阻止しようと色々奮闘していたが、一度溜息を吐くと、軽くかごめに覆い被さり、その武器である爪を、彼女の喉に突きつけた。
「そんなに云うならてめぇで証明してやっても別に俺はいいんだぜ?」
一瞬にして緊迫して凍りつく空気。これには流石に驚いたか、それでもまだ気丈な態度は崩さぬまま、かごめは真っ直ぐに犬夜叉を睨み返した。
「お前が言霊を使う前にその喉掻っ切るくらい、わけ無ぇんだ」
「・・・・じゃぁ、やれば?でもそれじゃあ四魂の欠片は集められない・・・ううん。それどころか殺生丸がぜーんぶ集めちゃったりして。殺生丸強いもんねー。今以上に強くなっちゃうわ・・・・・・・ね?犬夜叉?」
怯むどころか逆にそう云われ、言い返せなくなり犬夜叉は詰まった。こちらの方が立場が強い筈なのに形勢は口だけでかごめが勝っている。
恐らく自分でも分が悪いと判断したか莫迦らしいと思ったかのいずれかだろう。
お決まりの「けっ」という悪態をつくと、それまで彼女の首筋を捕えていた手を放し、少し離れた。
かごめは起き上がり、さながら出来の悪い息子を見つめる母のような目を彼に向け、話し始めた。
「これはアクマで私の考えだけど・・・・・・」
彼がこちらを見たのを確認して、続けた。
「生き物は、何だって何かの犠牲の上で生きている。
私は神社の娘だけど、別に聖職者って訳でもないし、殺生に口を挟めるような人じゃない。
でもね?『しなくちゃ』いけないかどうかは、私なんかよりもあんたの方がずっと良く知ってるんじゃない?
・・・・・・悪ぶってるお人好しさん?」
「・・・・どーいう意味でぇ」
不満そうなまま、問い返す犬夜叉に、かごめは少し肩を竦め、少しだけ意味を砕いて言い直した。
「あんたの言い分は、間違ってはいないわ。でも、出来るなら極力そんなことにならないように、私はしたい。あんただって、『しなくちゃ』なんて云う位だから本当は厭なんでしょ?無駄な殺し合いとか、人が死ぬトコ見るのは」
彼女の言葉に、幼い頃の母の姿と、つい最近の事に感じる巫女の女の姿が彼の脳裏を掠めた。
「確かに『戦国時代』は、あたしの考えなんて甘過ぎるのかもしれない。あんたがやる事に、これからも非難する事が多いかもしれない。でも、人が死ぬ所を見るのが厭だっていうのは何処の人だろうと同じだと思う。甘いって云われても構わない。あたしは・・・あたしの信念を貫く。だから犬夜叉・・・・・」
「あんたにも・・・・もししようとしても、あたしがあんたに人殺しなんてさせない」
「・・・・・お前の平和主義には欠伸が出らぁ」
途端にひねくれたようにそっぽを向くと、犬夜叉はまたいつもの憎まれ口を叩き、外を向いた状態で寝転がった。
彼自身さえ気付いていなかったが、かごめは知っていた。興味の無さそうな態度は知りたがっている証拠で、そのまま不貞腐れたようにそっぽを向くのは納得したからだと云う事に。
かごめはふっと微笑み、寝袋の中に潜り込むと何事かを呟き、眠りの淵へと誘われていった。
彼女が完全に眠り込むと悟ると同時に、犬夜叉は起き上がり、すっかり勢いの薄れてしまった焚き火の中に採ってきていた枯れ枝を二、三放り投げ、また、まだ地を潤し続ける雨に眼を向けると、誰にともつかぬような口ぶりで「ばーか」と呟き・・・・・彼にしてみれば珍しく、ふっと笑みを零した。
―――小雨はまだ止まない。
梅雨の雨のように長い自分達の旅はまだ、始まったばかり・・・・・・・・
【終】
大体、肉付きの面終了、七宝ちゃん初登場前後の犬夜叉とかごめちゃん(だからCPではない)。
犬夜叉が昔、どんな道を歩んできたか考えて、やっぱ人間とか殺したりもしたのかな?と思ったので。でも犬夜叉は人殺し出来ないと思う・・・あの極度のお人好しさんが・・・・・・・。
で、ともかく結構最初の方なもんだから、二人の中では今までで一番強い敵って殺生丸様くらいしか居ないからかごめちゃん、あんな事云ってたんです。
何て云うか・・・・最近犬夜叉に対する愛が薄れてきて、しかも休みに入ってやる事なくなったんで、コミックとか見直して、犬夜叉の事、全てを考え直してたらこんなの書きたくなったのです。
余談ですが熱はすっかり戻り・・・・余計に熱くなっちゃいました(笑)。駄目だ。もう抜けれそうもないや(大笑)
(H15.4.2)
戻る