他愛も無い夢の痕。






















「犬夜叉ーっvv」

文字通り、ハートマークを飛ばす勢いで駆けて来たかごめは、そのまま御神木に背を預けていた犬夜叉の胸にダイブした。
少しの衝撃に犬夜叉は一瞬息がつまったが、それでめげる様な奴ではない。
熱烈、と表現しても差し障りのないかごめの行動に途方もない幸福感を感じながら、その華奢な体を抱きしめた。
そして少し遅めのお帰りを、その耳に囁く。かごめも嬉しそうに微笑んで、ただいまぁ、と甘えた声で返してきた。

裕に一週間ぶりの再会ではないだろうか。
それだけ持っただけでも犬夜叉にとっては表彰ものなので、隣でそんな犬夜叉をからかっていた弥勒も、すっかり二人の世界に突入してしまった二人に苦笑して、その場を退散してくれたらしい。
気付けば匂いは楓の村に向かっていた。
かごめは嬉しそうに今まで一週間であった事を本当に楽しそうに犬夜叉に話した。
犬夜叉も、同じようにかごめと離れていた間のことを楽しそうに話した。

特に、奈落や四魂の欠片の情報があった訳でもないから、普通なら苛々していても可笑しくない時だったけれど、愛しい少女の帰還によって、そんな感情一気に吹き飛んだし、何よりこの少女が傍にいないだけで、周囲が呆れる程にやる気がなかった彼である。
ちなみに、『その落差を一度かごめも見れたら面白いだろうに。』とは子狐妖怪と老巫女の言である。
それはともかく。犬夜叉はそんな思考を払拭するかのように一度目を閉じて、そしてそのまま視線をかごめに向けた。
愛しい少女はそのまま犬夜叉の膝の上にちょこんと座って、狙っているんじゃないかと疑いたくなるほど可愛らしく首を傾げてみせる。犬夜叉の方も堪らなくなって、そんなかごめをぎゅっと抱き締めた。
「かごめ・・・・」
大好きだ、と続く筈だったその唇に、かごめの指が当たる。
悪戯をした子供のような笑みを浮かべてかごめは笑う。犬夜叉もつられて笑った。
「あのね、犬夜叉。お願いがあるの」
かごめが上目遣いに言って来た。どうやら、この妙な時、偏屈な男をどうやって動かせばいいかは心得ているようだ。
犬夜叉は自覚していながらも、やはり抗う事はせず、少女の髪を自分の鋭い爪で傷付けないように撫でるだけだ。
すると少女は嫌味なくらい無邪気な笑顔で言ってくれる。
「私ね、鋼牙君と一緒に旅したい!」

・・・・・・・・・・・・・・・どういう意図があるのだろう、と犬夜叉はたっぷり現代の時間でいう『20分』ほど固まって考え込む。
そもそも何で何の脈絡もなく鋼牙?むしろどうしてあの胸糞悪い痩せ狼?
真意を問いただしたかったが、何だか絶対に尋ねてはいけないと、犬夜叉の第六感が頭の中で警鐘を鳴らしていた。
聞きたい。でも聞いたらいけない気がする・・・・。
暫くの逡巡の後、犬夜叉はこのままでは埒が明かないのも分かっていたので、恐る恐る尋ねる事にした。
「・・・どうしてだ?」
頭の中の警鐘が更に大きいものとなっていく。
聞きたくない。出来ればなかったことにして聞き流してそのままいつもの生活の中に戻りたい。今からでも遅くない。やっぱりいいとか言ってとっとと村に戻ったらそれでこの話は終わりにできる・・・・・!!
だがこの恐ろしく律儀な少年に、そんな芸当、出来る筈もなく。

そして全く好奇心がないという訳でもなかったので思わずそのまま彼女の返答を待った。
少女は少し、口元に人差し指を当てて、上を見上げてうーん・・・と迷う素振りを見せたが、言う時はあっさりと
「だって鋼牙君の方が頼りになるし」

誰より、とは流石に聞けない。
この少女らしからぬ不躾な発言に、代わりにその『頼りない』対象は自分か、と額に青筋を立てる。
「どーしてっ?!」
「だってすぐ怒るし朔の日なんか自分の状況忘れて真っ先に飛び出そうとするし我侭だしすぐやきもち妬くし」
云い得ていて反論の余地がないその科白に犬夜叉はおすわり20連発された時よりも体が重く潰された感覚に陥った。
反論しようにも、こっちに非がありすぎて、言い返されることは目に見えていたのでぐっと抑える。

と、いうかさっきの態度と偉い落差があることに犬夜叉は気付かない。
それだけ余裕がなくなってきているということなのだろうか。と、そこへ
「よぅかごめ。元気してたか?」
今一番聞きたくない声が聞こえてはっと顔を上げるとそこにはやはり予想していた通りの顔がある。
しかもいつのまにか、先程まで自分の腕の中にいたかごめは今、鋼牙の腕の中に居た。
「うん!でも鋼牙君がなかなか来てくれなかった寂しかったのよ?」
「ごめんなかごめ・・・。なかなかしぶとい妖怪がいてな」
「ううん、いいの。こうやってちゃんと来てくれたし・・・・私嬉しい」
「かごめ・・・・・・」


誰だおまえら。
とか言いたくなったのはともかく、かごめがああいう言動を取る事があり得ないのを犬夜叉は確信していた。
何がどうなってこういう事態になったのかは知らないが、とにかくかごめが鋼牙の腕に抱かれた図なぞ見たい筈もなく、犬夜叉はそこでようやく攻撃を仕掛けるが、鋼牙はかごめを抱えて軽い身のこなしでそれをひらりと避けると犬夜叉に鼻で笑って見せる。
かちんときてますます冷静さを欠く犬夜叉に鋼牙が言ってやる。
「お前なんかが俺に勝てる訳ねぇだろ」
言って懐から見覚えのある玉を取り出す。その姿を見て犬夜叉は唖然とする。
鋼牙の手の中にあったもの。それは、今まで自分たちが躍起になって捜し求めた宝玉だったのだ。しかも、ひとつの欠片もない完全な。
完全でないものを最後に見たのは奈落の手の中でだ。どうしてそれを、鋼牙が・・・・?!
そんな犬夜叉の困惑を読み取ってか、鋼牙はにやりと笑みを零す。
「そうさ、お前がもたもたやってる間に俺が奈落の首を取っちまったさ」

その発言により、はっと仲間うちの、退治屋の娘の顔が思い浮かぶ。
「ちょっ・・・待て!てことは奈落の近くに居たガキの欠片も・・・・!」

聞かずとも、綺麗なまでの球体を描くその玉を見れば分かる。
「この玉のお陰でこうやってかごめも振り向いてくれたしな」
ぽつりと微かにしか聞こえなかった呟きだが、犬夜叉にはちゃんと届いた。
やるせなくなり、かごめだけでも取り返そうと手を伸ばすが届かない。

むしろ、手を伸ばせば伸ばすほど届かなくなっていく。そして次の瞬間には、目を瞑って鋼牙に顔を近付けるかごめの姿。

(かごめっ!!)




「かごめ
――――!!!!」
「はい?!」

「・・・・へ?」
唐突に至近距離になったかごめの顔を見て犬夜叉は一瞬呆然とする。
周りをきょときょと見渡して、そして気付くのが、それがいつものお気に入りの木の下だということ。
そして周りを見回した時に目が合った法師に「何寝惚けてんですか」と呆れ混じりの科白を吐かれて、実はさっきまでのが夢だったということに気付く。それにしても・・・・・・。
「・・・すっっげぇやな夢!」
今だからこそ出来る悪態を吐いた。
これは掛け値なしの本音である。好敵手である鋼牙に、あまつさえ、奈落の首と四魂の欠片を先に取られ、挙句の果てにはかごめまで奪われそうになったのだ。不快以外の何者でもない。
そんな不機嫌を露にした犬夜叉に、かごめは上目遣いに犬夜叉の顔を覗き込んできた。
「大丈夫?ずっとうなされてたみたいだけどそんなに嫌な夢だった?」
必死に、自分を心配してくれるかごめが愛らしくて仕方なくて・・・犬夜叉は、どうにかなってしまいそうな自我をいつもながらの凄まじい精神力で押さえつけると首を横に振って何でもないと小さく答えた。
するとかごめは微笑み、犬夜叉に腕を伸ばそうとして・・・・ふと、後ろから伸びた手によって後ろへ引き離された。
「「?!」」
犬夜叉とかごめは驚き、同時に後ろを振り返る。そしてその正体を知った時、幽霊でも見たような顔でその人物を見た。
・・・・とはいえ、これは比喩でも何でもなく、本当に文字通りである。
何せ、後ろに立っていたのは『あの』蛮骨だったのだから。
何で知らせなかった、と弥勒に視線を向けようとしたら彼はまたいなくなっていた。夢の時と同じように。

「ななな何で?!あんた確か白霊山でまた死んじゃったんじゃ・・・・!」
犬夜叉も問いたいことは同じでこくこく同意の頷きをする。
だが実際それはうわべだけだということに気付いているのは本人と、対峙している蛮骨のみである。
犬夜叉の神経の殆どは、さっきの夢と同じ状況になってしまったかごめにのみ注がれている。
実際問題、彼にとっては死人が生き返ろうがその人間がこんな所まで来ていようが何より、かごめだけが最優先事項なのだ。
それに、夢でかごめを失いかけたのはほんの数分前の話なのだ。相手こそ違うが、そんな事が現実になるなんて絶対嫌だ。

かごめが焦り、蛮骨の腕の中でばたばたもがくが、それこそ人間ながらも犬夜叉並の豪腕の持ち主には少女の必死の抵抗なぞ微々たるもので、少しも動かない。
「蛮骨っ!てめぇかごめを離しやがれっっ!!」
獣のように低く唸り、犬夜叉は爪を鳴らす。蛮骨はふっと笑うと、後ろに飛び退いた。
「犬夜叉っ!」
蛮骨に左手で荷物のように抱えられているかごめが悲痛な叫びを上げる。
気が付けば、腕や足に無数の切り傷があり、後になってようやく痛みがやってきた。
「ちくしょっ・・・何したか見えなかっ・・・・」

言い掛けて、口の中に血生臭いものを感じて吐き出すと、どす黒い赤い色になっていた。
それに気付くと同時に膝が意志とは関係なしに力が入らないまま曲がる。
「おいおい、そんなもんかよ犬夜叉。おめぇの実力はよぉ」
蛮骨は笑う。弱り果てた獲物を前に、まさにとどめを刺そうとする猛獣か猛禽類のそれのような鋭い眼光を犬夜叉に向けて。
だが犬夜叉が何も言わないのが気に障ったが、一度舌打ちすると右手で何時の間にか持っていた蛮竜を構えた。

「やだ! 犬夜叉ぁっ!」
かごめの涙混じりの声に、犬夜叉は何とか立ち上がろうとするが体が思うように動かない。
ここで終われば、かごめがこのあと蛮骨に何をされるか分かったものではない。動かなければ、戦わなければと気持ちだけが焦燥するが、憎らしいことにこの自分の体は全く動いてくれない。

頭の上で、何かが振り下ろされる音が聞こえた。やっぱ、間に合わなかったかと思った、が。

「・・・・・・・・?」
いつまで待ってもやってこない痛みに、犬夜叉が訝しく思い、顔を上げるとその先には・・・・
「げ。」
「何が『げ』だ馬鹿者。お前がここまで不甲斐無いとは思わなかったぞ」

何でノされたのかは知らないが、思いっきりギャグのようなたんこぶを頭にこさえてのびている蛮骨の隣で、今度は桔梗がほとほと呆れたと云わんばかりの表情で、かごめを所謂『お姫様だっこ』しているという情景を見て思わず洩らした一言は、彼女のにべもない単刀直入な感想で即座に惨殺された。
いまいち状況が飲み込めていないような表情だったかごめも、きょとんと桔梗の顔を見ていてようやく合点が行ったように微笑んだ。桔梗も、その笑顔にそっと静かに微笑み返す。
「桔梗が犬夜叉を助けてくれたの?有難う!」
「いや、私が助けたかったのはお前だよ、かごめ。・・・・展開的に、こいつも助けざるを得なかっただけに過ぎんさ」
その完璧なまでに『美しい』という言葉が相応しい彼女のやんわりとした微笑に、かごめは少し頬を赤らめた。
(って、ちょっと待て!!)

一難去ってまた一難。ていうかありなのかこんな展開。
何だか知らないがいきなり軽くなった体で、犬夜叉は桔梗に食って掛かった。
と、いうよりさっきからかごめとの交流タイムを何処の場面であろうとことごとく邪魔されっ放しなのでいい加減かごめに触れたいというのが理由の9割だが。
「桔梗!かごめを助けてくれた事は礼を云うけど!何だよその取ってつけたような言い方!」
「何をいう。『ような』じゃない。取ってつけたんだ。かごめを不安にさせているようじゃ、まだまだお前にかごめは預けられんな」
「な゛っ・・・・・!!」
もっともなお言葉をしれっと言われ、犬夜叉は返す言葉を失う。
そしてふと、展開が不自然なのに気がついた。かごめのフォローが、いつもならここらで入っている筈なのだ。
不審に思ってかごめにちらりと視線をやると、かごめは上気した頬で桔梗を見つめて大人しくしている。

それこそ、周りのものなんて既に目に入らないかのような、本気の混じった視線で。

桔梗マジック(笑)。





「かごめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ????!!!!」

「さぁ、じゃぁ行こうか かごめ」

何処へ?

「うんっ♪」

何元気に返事してんだてめぇ。

「お前はついて来るなよ」

行かねぇよ。

「さて、新居は何処がいい?」

ていうかかごめ返して帰れよ。

「えぇ〜?もう桔梗ってばっvv」

・・・そろそろ泣いていいか?

「私は十分本気だぞ?」
何事かいいながら去っていく桔梗と、抱っこされたままのかごめ。
犬夜叉はもはやつっこみを口に出して言う気力が残ってなかった。

何だか体がダルイのと共に、体が揺れているような感覚が、犬夜叉の煩わしさを一層引き立たせた。










そしてそこで犬夜叉は目を開ける。


「(・・・・・・・・・・あれ?)」

御神木の幹の感触を背中に感じ、そしてかごめの暖かな手が自分の両頬を捕らえていることに気付き、犬夜叉は大袈裟なくらい痙攣して微妙にあとずさった。そしてふと、直視するのがかごめの心配そうな表情。
だが、彼が目覚めると安心したような笑みを溢した。そして言う。
「良かったぁ・・・・いくら私が何しても起きないから心配しちゃった」

て、ことはまた夢オチ・・・・ってことか?
安堵半分、拍子抜け半分で犬夜叉はがくりと露骨に肩を落とした。
でも、とりあえず。
「わっ・・・・・・・犬夜叉・・・・?」
今まで触れなかった分を取り戻すかのように、かごめの腰を引き寄せて、自分の懐に誘った。
(もう・・・これも夢だって構わねぇ)

たとえ夢であろうと、かごめを手離したり取られたりするのはもうたくさんだ。
「俺の・・・・・・かごめ・・・・・」

ぽつりと言ったその言葉は、かごめにもきちんと聞こえてしまっていた。かごめは頬を紅潮させると嬉しそうに微笑んで、犬夜叉の背に腕を回した。犬夜叉の綺麗な銀糸がかごめの指先に絡まった。
暫くそうしていたが、ふと犬夜叉がかごめの顎を取った。そこからの行動なんてもう理解している。かごめは自然と目を瞑った。
間を置いて、かごめの唇に、犬夜叉のそれが重なった。

珍しく触れるだけの口付けだったのが、かごめは何だか嬉しかった。




とりあえずそのあと、他愛もない話をして、時折思い出したようにかごめの頬や髪の先に口付け、いつもより甘えてくる犬夜叉に、かごめは困ったような、嬉しいような表情で、あくまで拒否せずそれを受けていた。

「何か・・・・変な夢見た。その夢が終わったと思ったらそれもまた夢なんだ。あんまし現実じみてて、本当に今俺起きてんのかちょっと解らねぇんだ」

犬夜叉が呟いて、苦笑した。そんな彼を見ていると、別に意地悪してやりたいなんて思った訳でもないが、問いたくなった事があった。
「じゃぁ、もしかしたらこれも夢かもしれないわよ?」

だったら勘弁しろよな、と苦悩の表情付きで返ってくると予想していたそれは、見事に外れた。
犬夜叉は一瞬、驚いたように目を見開いたが、やはり何処か苦笑したような表情で囁くように云う。
「まぁ正直、そうだったらヤだよな。でももし現実じゃなくてももう構わねぇさ。かごめが傍に居るなら・・・」

らしくない気弱な、でも何か確信めいた言葉に、かごめは思わず少し伸びをして、自分から犬夜叉の頬に口付けた。
吃驚してぽかんとなるのはご愛嬌だ。かごめがこんなことをするのなんて本当に珍しいのだから。
「・・・・ね、この感触、夢なの?」

犬夜叉は首を横に振る。

「じゃぁ夢じゃない。私も何処にも行ったりしないよ?犬夜叉」

にっこり笑ってそう言うかごめ。根拠なんてないのに犬夜叉は、そうかもな、と納得してしまう。
「じゃあ」
抱きしめる手に力をこめて、呟いた。





「俺も何処にも行かない。お前に触ってるの、好きだから」


かごめは微笑んでありがとう、と返してまた犬夜叉の頬に口付けた。








【終】

不思議の国のアリス犬夜叉版(笑)しかもアリス犬夜叉(大笑)。
これ本当は最後のも夢だったという4段オチにしたかったんだけど、流石に犬夜叉可哀想になってきたので・・・・。
何気なかごめちゃん総受け要素大のお話でしたとさ。

とりあえず・・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい(以下エンドレス)

(H16.1.2)




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