Cacth & Kiss
キャッチ&キス。
男女版鬼ごっこのことで、逃げる方を追いかける方が捕まえることが出来たら、タッチする代わりに、体の何処にでもキスしていいという以外は特にルールはない。暗黙の了解として、口にキスするのが一般的なルールだという。
・・・・・・・これは、某外国の子供の遊びであって、誓って日本でメジャーな遊びとは言えない。
そして、誓って、間違っても戦国時代に存在する遊びではない。
そう。知らない筈だ。その筈なのだ。
それなのに、何故かいつのまにやらこの遊びの情報を仕入れてきたどこかの誰か(勿論、最近文明の利器を何の苦もなく行使できるようになった妙に順応力の高い某半妖である)と、乗ったどこかの誰か(言うまでもなく、ある人物には色情魔と嬉しくない名前を拝命されてしまった悲運な筈なのにそう見えない某法師である)の様々な陰謀のせいで嵌められた乙女たち(この際生贄になったと表現しても差し支えないだろう)の、壮絶かつ凄惨な(おまけに言うなら限りなく不毛な)闘いの火蓋は、乙女たちの望まぬままに、一方的に切って落とされたのだった。
〜犬夜叉とかごめの場合〜
(何で・・・・・)
何でこんな状況になっちゃってるの?
「つー訳で。最初にどっちが追いかけたい?」
と、これ以上ないくらいにこやかな笑顔で訊ねてくる犬夜叉に、力いっぱいどっちも嫌。とかごめが即答したかったのは仕方のないことなのだろう。しかしながら、いくら仕組まれたことであろうと何だろうと、残念なことにかごめに拒否権はない。
頭痛のする気がする頭を抑えつつも溜息をひとつ。
答えないからには話も進まない。――進んで欲しくないとも思うのだが。
「・・・・・・・・・・・・・・追いかける方」
まだそちらの方がマシだろう、と思った。一応、“この”遊びのルールとして、キスの場所は何処でもいい、という一文が含まれているのだ。つまりは頬でも額でも問題ないということ。
ただ、自分から口付けする為に少年を追いかけていかなければならないのは精神的に罰ゲームの領域だ。
嫌な訳ではなく、非常にその、恥ずかしい。
「おし、じゃあ始めるか!」
頼むからいきいきしないでと心の中でぶつぶつ文句を、半ば呪詛のように吐き続けるかごめをよそに、近年稀に見る程笑顔を絶やしていない犬夜叉はぐるぐると腕を振った。
しかし、ここまで嬉しそうにされると「もうやめよう」とは言い出せなくなるのは結局自分が少年に甘いからで、半分は自分のせいでもあるんだろうなあ、などと思いつつもかごめは力なく頷いた。
「じゃあ・・・10数えて追っかけるからさっさと逃げてよ・・・・」
本日何度目になるのか、数えるのも馬鹿らしい溜息を零していーち、と数え始める。が。
すたすたすたすたすたすた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「逃げる気ないでしょ?」
「んなこたねぇぞ?」
嘘つけ。
と、力の限り叫びたかったが今の犬夜叉に何を言っても無駄なのはそれなりに長い付き合いで悟っている。
はあぁ、と。多分本日一番大きな溜息をついてから、かごめは額を押さえた。
そしてちらりと、今はまだ傍観している弥勒と珊瑚と、珊瑚に抱えられている七宝(と雲母)の方を見て、僅かに目を据わらせた。
「・・・・・・・本気で逃げなきゃ弥勒様捕まえるから」
その一言で、呑気に歩いていた犬夜叉が全力疾走で逃げたのは言うまでもない。
「・・・・なんか、それなりに楽しそうだね、かごめちゃん・・・ていうか、二人とも」
「というより、当初の“ルール”すっかり忘れてるんじゃないですか?」
とは傍観者の言。
犬夜叉が本気で逃げ始めた(とはいえ、かごめが辛うじて追いつける程度なので加減はしているのだろう)ことで、多少の張り合いも出てきて、かごめも割と追いかけるのを楽しんでいるという状況が生まれていた。
元々、ただの鬼ごっこならばかごめの方からやろうと持ち出すくらいには、かごめは子供っぽい昔ながらの遊びが好きなのだ。追いつきかけたところで、紙一重でかわされるのに多少の悔しさと、わくわくした気持ちとをない交ぜにさせながら手を伸ばす。
そうされると、犬夜叉の方も元来の負けず嫌いさがむくむくと頭をもたげてきて、手を抜きつつも決して捕まろうとしない。決着はつきそうでまったくつかないという状態だった。
十分程がそんな状態で経過して、いい加減かごめが息切れを起こし始めた頃だろうか。
(仕方ない・・・・こうなったら!)
ぐるりといきなり方向転換するとかごめは「七宝ちゃん!」と子狐を呼ぶ。
訳が分からず、とりあえず立ち止まる犬夜叉を尻目に、珊瑚の腕の中から抜け出してきた七宝を抱えると、彼も即座に合点がいったらしくかごめに顔を近付けた。
ちゅ。
「なッ・・・・・・・・」
可愛らしい擬音とともに、七宝の頬に軽くキスして「七宝ちゃんも男の子だもんねー」とくすくすと笑う。
確かにルールは逸してないが、突然追いかけてくれなくなった上に別の男に先に口付けを落とす少女の図というのは、たとえ子供相手にであろうが見ていて気分がいいとは決して言えない。
単なる独占欲の問題なのだが急に不機嫌になった犬夜叉はどすどすとかごめと七宝に近付く。
「おいかごめ!お前なんでしっ・・・・・・」
ちゅ。
「あー・・・・そういうことか」
「作戦勝ちですなあ」
と、外野で傍観する二人の感想と重なった犬夜叉の「しまった」という顔。
一瞬だけ、かすめるように頬に触れた唇はさっさと退いてしまった。
「どーせ、あんたに心の準備させてたらどうやってでも口にさせるつもりだったんでしょ」
「〜〜卑怯だぞてめー!」
「基本的にこのゲーム、キスする以外は鬼ごっこと一緒でルールなんてないのよ!私の勝ち!」
きっぱり言い切ると「折角かごめからの口付けを・・・」とぶつぶつ呟く犬夜叉に背を向けて七宝を放す。
「ご協力ありがと、七宝ちゃん」
「良かったのぅかごめ!」
ほのぼのとした空気が流れた。
が。
がし。
「・・・・まあ、何はともあれ、次は俺が追いかける番だよな・・・・・?」
さー、と。
血の気の引く音というのは、本当に聞こえるものなのだと、かごめはそのとき初めて知った。知りたくも無かったが。
10秒後、5秒と待たずに少女の決死の叫び声が聞こえてきたが、「まあげーむだから」と、今回ばかりは助け舟を出してやれない弥勒と珊瑚だった。どこにキスされたかは少女が可哀想なので聞かないで欲しい。
というより、弥勒が先に察知して七宝の目を塞いだり、見ていた珊瑚の方が赤くなったりしたところから各々で推測してほしい・・・・・・。
〜弥勒と珊瑚の場合〜
「さて、次は私たちの番ですよー珊瑚」
「その浮ついた表情やめてよね、絶対捕まってやんないから」
互いに準備運動、とばかりに伸びをする弥勒と珊瑚に、酸欠になっているかごめが息も絶え絶えながら「頑張ってねー」と、どちらかといえば珊瑚寄りの応援の言葉を呟いた。本人に聞こえているので問題はないだろう。
かごめの横で、先ほどとは打って変わって欠伸すら出そうな表情で頬杖をついている犬夜叉はとことんやる気がない。ここまで露骨だとかえって腹も立つがいつものことだと珊瑚はその光景を視界の外へ追いやった。
「さて」
勿体ぶったように弥勒が切りだす。
「ここは先ほどのに則って、どちらから鬼になるか、聞きましょうか?」
「あたしはどっちでもいいよ。ただし、制限時間付けてくれない?」
「ほお?」
珊瑚の言葉に、弥勒は楽しそうに目を細める。
「えーと、半刻・・・・は、長すぎるから、その半分。時間以内に捕まえられなかったら逃げた方の勝ち」
「・・・構いませんよ?では、どちらから逃げますか?」
「じゃあ、あたしが先に逃げる」
動きやすいように、退治屋の服に着替えている辺り、淡白な振りして珊瑚も割とやる気のようで、手を組んで伸びをすると宣戦布告のように笑みを深めた。
「で、絶対捕まってやらない」
「さあ?それはどうでしょうねえ?」
「えっと、じゃあ弥勒様が十数え終わったら始めるから、珊瑚ちゃんは逃げてー」
ようやく落ち着いてきたらしいかごめが言うと、珊瑚は一気に駆け出してすぐさま雑木林に消える。
「・・・・・・・・八、九、十!」
カウントダウン終了と同時に弥勒も後を追う。
「・・・・・・・大丈夫かな、二人とも」
「何がじゃ?」
二人と姿と、気配が消えたあと、かごめがぽつりともらした一言に七宝がきょとんと首を傾げると、それに応えたのは犬夜叉だった。
「結構マジだったからな。でもま、いくらなんでも怪我するまでやり合ったりしないだろ」
「でも珊瑚ちゃんはともかく弥勒様は珊瑚ちゃんとのキスが懸ってるんだよ?」
手加減すると思う?
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「ほら黙った」
犬夜叉と七宝、同時に黙り込んだのを指差して頬を膨らませるとかごめは再び雑木林を見つめる。本気で心配するまでは行かないが、それでも姿が見えないのでどんな状況か気になる。
「・・・まあ、大丈夫、だろ」
「うん・・・」
気休めにしかならない言葉だけれど、そう返事をせずにはいられなかった。
――――25分経過。
いい加減、雑木林での死闘(?)で、髪や服の上に葉っぱや木の枝だらけになった弥勒と珊瑚は結局、犬夜叉たちの前で間合いを取り合っていた。
じりじりと、僅かにだが狭まりつつある間隔に珊瑚は頬を伝う汗を拭った。
今まで間一髪で何とか逃げ切っていたが、流石にお互い全力投球でぶつかりあっているので体力も限界に近い。
「・・・ッしつっこいよ法師様!」
「なんの、勝負は勝つ為にあるようなものだ。負ける訳にはいかんよ」
「ていうか鬼気迫る顔で寄ってくるなぁ!」
「・・・うん、確かに怖いもんね」
珊瑚の言葉にかごめも小声で同意した。
普段は割と冷静沈着な部分が多い弥勒が本気になると、普段のギャップで、というべきか、ひたすら気迫に恐怖を感じてしまうのだ。
・・・・・相変わらず興味がなさそうに欠伸している奴もいるのだが。
――タシッ、
「!」
張り詰めていた息をふっと一瞬だけ抜いた瞬間。
一気に駆け出した弥勒は、その一瞬の間に珊瑚の間合いに入った。
普段の様子から、法師が相当に素早いことは知っていた珊瑚だが、その脅威を自分に持ってこられたことは一度も無かったので少し誤算した。そして、引こうとした手首をつかまれ、咄嗟に
ガヅッ!
『あ゛』
「・・・・・痛〜・・・・・・」
見ている方が思わずそんな感想も洩らしてしまいそうな程綺麗に決まった飛来骨でのアッパー。ちなみに弥勒は言うまでもなく撃沈。
「ご、ごめッ・・・・なんか咄嗟にやっちゃって・・・・」
ぴくりとも動かない弥勒に危機感を感じて珊瑚が弥勒の傍にしゃがみこんだ瞬間、
「あんまそうやって信じない方がいいぞー」
と、間延びした犬夜叉のぼやきがかごめと七宝の耳に入り、二人は少年の方を見た。
なんのこと、と訊ねようとした瞬間、珊瑚の悲鳴と犬夜叉の「あーあ」と言わんばかりの表情が重なる。
かごめと七宝がそちらを見たときには既に、どこにされたのかは知らないが、“捕まった”らしい珊瑚がもう一度弥勒をのしていた。
ぴぴぴぴぴ、とかごめの腕時計から電子音が鳴る。
「はい終了〜。・・・・えと、今の段階で鬼ってどっち?」
訊ねると、はっとしたような表情の珊瑚と視線がぶつかり、「負け?」と目線で訊ねるとがくりと肩を落とした。
かくして、一つの珍騒動は強引なまでの結果だけを残して幕を下ろした。
結局、いい思いをしたのは負けても勝っても男性陣。何となく釈然としない女性陣だったが、ここのところ張り詰めっぱなしだった緊張も適度にほぐれたのでよしとしよう、ということで、一応の終結を見たのだった。
ただし。
「遊びに付き合ったんだから少しくらい我侭聞いてよね」
という少女らの可愛らしいおねだりに勝てずに、内容も聞かずに頷いた為、犬夜叉はかごめお預け4日地獄(意訳:定期考査の為の里帰り)と、弥勒は珊瑚に雑務を言い渡され、南北を奔走する羽目になった(意訳:パシリ)という後日談だけを、ここに報告しておこう・・・・・。
FIN?
* * * * * *
個人的に送りつけした方の絵見て思いついたんで半コラボのような文s(殴)
糖度ばかりを追求したらこんなことにー!!(笑)
まあ、あれですよ某番組の影響。すっご楽しかったです☆(いい笑顔)
UPした日はともかく書き上げた時期的にはとてもタイムリーだった一品。
・・・・・・二人ともどこにキスされたんだろうね(笑)
・・・・文章のしめ方が明らかにスレイヤーズだね。これもある意味タイムリー。