言ってはいけない言葉


















風の動きが“そのこと”を知らせてくれていた。

苛々する。けれど、それに自分は口を挟めない。

自分で少女を拒むような真似をしておいて、今更連れ戻したいなんて、虫が良すぎる。


(むしろ、何で俺がこんなことで苛々しなくちゃならねぇ)

少々どころか、かなり変わった風貌の、自分の想い人の面影を持つ少女。
最初からあからさまな敵意を向けていたというのに、それに屈することもなく、臆することもなく自分に近付いてきた少女。
何か策略を廻らせているのかと警戒していた頃もあったが、少女の本質を悟るとそれがいかに馬鹿げたことかを知った。
少女はただ、何の意図も持たず、半ば強制的ながらもこれから旅を共にする自分と少しでも仲良くなりたいと思っているだけだったのだ。

最初からそんな態度で自分に寄ってきた人間を、それまで少年は知らなかった。
かの想い人でさえ、最初は敵意を持ってしか接してこなかったし、それが少年にとっては普通のことだった。


少女の、かごめのことを知っていくたびに、芽生えてきた気持ちには気付かない振りをしていた。
誰かを信頼して、また裏切られるのはもう嫌だと思っていたことも事実であり、それが、かの巫女の面影を持つ少女ならば尚更だった。
しかし、だというのならば、今の自分は何なのだろう。

少女の信じて、仲間と呼べる者と共に旅をして。


失うことを、恐れていないか?

(馬鹿みてぇだ)


四魂の玉を巡る因果の戦だ。弱小者もいれば、なかなかの強敵もいる。全てと戦い、玉を完成させなければ自分の悲願は果たせない。その中で、かごめも何度も死にそうな思いをしてきた。実際、本当に死んでしまいそうな局面に立たされたことも、何度もあった。
その度に自分はひどくかごめを失うことを恐れていた。
認めたくなくて、なんでもない振りをしていた。少女の魂の欠片で、この世に甦ったかの想い人に惑い、自分たちの愛憎が誤解から生まれたものと知り、それに縋るように存在を求めた。
実際には昇華されつつあった想いを必死に押し戻したのは他でもない、自分自身だ。

玉を完成させて、完全な妖怪になる。

そうなれば、何も迷うことはない。何にも囚われることはない。

今度こそ、全てを捨てられる筈だ。

そうなる前に、かの巫女の想いを受け止めてやらねば、とも思った。


結局、自分は最後まで彼女を信じられなかったのだから、それくらいして当然だとも。

『犬夜叉』

反芻する柔らかな声に犬夜叉は頭【かぶり】を振る。

忘れなくては。

どうせ、自分とは違う流れに住む少女。失う速さは他の人間の比ではない。もう、傷つきたくないのだ。


でも。




「ッ・・・・・・!」

風の匂いにまぎれて、少女と、最近旅を共にするようになった法師の匂いが混ざって少年の鼻に届く。
瞬間的に立ち上がり、そして匂いの先を見た。

近くにいる、よりももっと濃く混ざる匂い。抱擁していない限りは、こんなにも匂いが混ざったりしない。
そう自覚すると、すぐさま腹の煮えくり返る思いに犬夜叉は駆られる。
(あの、スケベ法師かごめにまた手を出して・・・・・!)

そこまで思い、やがてふと我にかえる。


だから、どうしたというのだ。


今、自分がすべきは、旅の連れの少女が青年と恋仲になっていることを気にするのではなく、半ば自分のせいで逝かせてしまったかの巫女への償いと
―――自分の悲願の達成だけの筈だ。
他に感けている暇なんて、ない。


そう思い、不意に想像の中で、かごめがゆっくりと微笑む。それは、自分に向けられたものではない。
法衣を纏う青年へと向けられるもので、彼女の瞳に自分はまったく映っていない。

お互いを慈しみあうように見つめあい、やがて弥勒がかごめを懐の中に誘い、眼を閉じて
――――
(気分悪りぃ!)

自分の考えを払拭するように乱暴に頭を掻き毟って、ようやく犬夜叉は腰を上げる。

「・・・・何をするっていうんだよ、俺は・・・・・」




頭では分かっている。
自分に執着させるよりは、人の身であるあの法師の方が少女を幸せに出来ると。

自分には、罪を償うべきひとがいるのだと。


そうして、唐突に理解して、犬夜叉は自嘲した。

(ああ)


(理屈じゃ、ねえんだな)



らしくもなくうだうだと考えていた自分が途端に滑稽に思えた。
ゆるやかに跳躍すると、空に舞う。



不誠実なのは分かっているけれど、だからと自分の気持ちを止められるか?

いや、少なくとも、自分の目のある限りは、少女に自分以外の男を近付けさせたくない。

最低な考えだ。





(俺も随分ヤな奴だ)




どちらも、別の意味で諦められないというのに。
























「・・・・・おお、来たか果報者」
「なんのことだよ」
その場所についた頃には、かごめは既にいなかった。
ただ、顔を抑えて俯いていた法師がやがて可笑しそうに顔を上げてそう声を掛けてきたが、眼が少しも笑っていないことは遠眼でもすぐに気付けた。
弥勒は腰を上げると首を回して、少年にはまったく興味もないという素振りで川辺の方を見た。
視線の先にかごめがいることは、犬夜叉も匂いで分かっていた。だからこそ、この何気ない言動に腹が立つ。
「・・・・・お前、かごめ様のこと好きだろ。しかも、シャレにならないくらい」
「なんだよ、唐突に」
本人がいないお陰か、照れ隠しの否定の言葉は出てこなかった。

「どういう経緯で、そうなったかは知らん。言いたくないなら言わなくてもいい。ただ、お前のお堅い性格を考えると何となく想像はつくが。・・・お前は時々、“誰”を見ている?」

その言葉にぎくりとする。

仲間になったばかりで間もない法師だが、勘もいい。
人間関係を、完璧でないにしろ大体把握している。

「かごめさま・・・ではないだろう?ただ、かごめさまに近い存在。・・・・違うか?」
「・・・・誰に訊いた」
「誰にも。何となく、お前とかごめ様の雰囲気と現状を総合して出した答えだが、当たっているようだな」
知らずに白状していたことに犬夜叉は小さく舌打ちする。

ふと、弥勒は溜めていた息を吐き出して、すぅっと気配を殺す。
油断していた犬夜叉は一瞬反応が遅れて、気付けば首筋に、錫杖が向けられていた。

これ自体にたいした力はないが、法力を込めればたとえ半分人の身である犬夜叉でも、即死はないが苦しいことになる。
「・・・・何のつもりだ」
「他人の人間関係に口出しするのは好きではないが、お前の我侭に振り回されている人間が憐れでならない」

誰のことか、は言うまでもない。

「“あの方”が自ら選んで傍にいるのだから文句は言うまい。だが・・・あまりあの方を悲しませるな。でないと“俺”があの方をお前から奪ってやる」
「なッ・・・・」
す、と錫杖が退いて、犬夜叉も顎を戻す。
しかし、それに安堵する間もなく、犬夜叉は弥勒の胸倉を掴んだ。
「んなことしやがったらただじゃ済まさねぇ!」
「“何故?”お前は、何を選び、何を捨てた?両方救おうなんて思い上がりもいいところだぞ」

飛んできた拳を紙一重でかわすと、弥勒はそのまま掴まれた手から逃げ出して後退する。
「そんなこと、てめぇに言われる筋合いはねぇ!これは俺の問題で、お前に口出しされる謂れはねえよ!」
「確かに、それに関しての謂れは私にはない。しかし、仲間の幸せを願うことに、筋合いだの条件だのは必要か?」
「ッ・・・・・・」




「・・・・と、まあ。この辺にしときましょうか」
「・・・・・・・・・・・は?」
いきなりころりと雰囲気が変わった青年に、犬夜叉は一瞬本気で呆ける。
「いや、お前があんまり辛気臭い顔してたものでつい」
「ついじゃねぇ!!!」
思わず怒鳴り返すと、ちっとも堪えていない風にからからと弥勒は笑った。
そしてほんの一瞬だけ、穏やかな目になって犬夜叉を見る。

「でも、あれだけは本気だ。かごめ様を悲しませてくれるな。これだけは、どう頑張ってもお前にしかどうにもしてやれない。
・・・・勿論、嫌だというならあの方の気持ちを受け入れなくてもいい。だが、そうでないだろう?分かってるから、言ってるんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


とん、と錫杖の先で犬夜叉の背を押す。
「行ってやれ」

押された犬夜叉は一瞬だけ戸惑うと、先程かごめが歩いていった方へと向かう。
今度は、それを見送ることなく弥勒もそれに背を向ける。



「さしずめ、お前の方は言いたくても言ってはいけないってところか。・・・どうしてこうも回りくどいのかねぇ、二人とも」






青年の独り言は、誰にも聞かれずに夜風に紛れた。












【終】

テーマ:犬夜叉の両思いなのに片思いな犬かご。
実は夜だったんですね(え、そっち?)。前回の続きです。6巻終了して、7巻に入る直前イメージ。
すっかり仲裁役になってる弥勒様。葛藤しまくって、姫に本当の気持ち伝えていいのか。それ以前に、触れることすら自分には許されているのかと自問する犬夜叉。
一人胸の中に気持ちを隠し続けるかごめ嬢。そんな微妙な関係を何となく察してかごめ嬢の心配だけ(笑)する七宝ちゃん。
・・・・・うちのメンバー、かごめ嬢至上主義なんだってば。
実は弥勒→かごめ。犬夜叉⇔かごめだったというのが真のオチ。まだ桔梗→かごめは確立されておりません(笑)