えない言葉





























できれば、自覚したくなくて。知りたくもなかった。

自分が惨めになるだけなのは、分かっていた。




「いぬやしゃ・・・」

それは小さな呟きで終わる。
無感動のようで、実はしっかりと前を見据えている琥珀色の瞳に、かごめは僅かに身震いした。

“彼”は、何かを見ているようで、何も見ていなかった。

何も見ていないようで、何かを見ていた。

悲しいことに、それが何か、少女には分かっていた。――分かりたくは、なかったけれど。
(また、桔梗のこと?)
訊くまでもない。五十年も前とはいえ、少年にとって、かの巫女との逢瀬はつい最近のことと感じられても仕方がないのだ。すぐ癒える傷でもなく、ただ彼の胸の奥底を苛んでいるであろうことだけを、理解していた。

その背が如実に、「触れるな」と訴えかけていて、少女はどうしようもなく泣き出したい衝動に駆られる。
自分の気持ちに気付きさえしなければ、こんなに辛くないで済んだだろうに。
(私、好きなんだ。犬夜叉が)

同じ時代に生まれたかった、とか。

もっと早く出会いたかった、とか。

そんな不毛なもしも話はとりとめもなく、脳裏をよぎってやがて消えていくけれど。
そんな考えは、今更どうしようもない。

出会ってしまった。知ってしまった。想ってしまった。

「かごめ様?」

じっとしている自分に気遣うように声が掛かる。
最近、仲間になった法師だった。彼は、いつもの飄々とした態度を欠片も残さず、ただただ痛ましそうに眉根を寄せて自分の顔を覗き込んでいた。自分が、どんな酷い表情をしているのか自覚していたかごめは曖昧に笑うとひらひらと青年に手を振った。
「大丈夫。ちょっと気分悪いだけよ」

大丈夫。

自分に言い聞かせるように、何度も呟く。

そう、大丈夫。

こんなひと、絶対に好きにならないと思っていた。

乱暴で、我侭で、怒りっぽくて、自分のことしか考えない自己中心的な性格で――でも、悲しいくらいに優しくて、可哀想なくらいに一途なひと。



(嫌な女・・・・)

その一途さを、自分にも向けてくれたらいいなんて。それこそ、自分の方が自己中心的で傲慢じゃない。





ぽた、




「あ、れ?変なの。平気なのにな・・・」
無理に笑った眼の端から毀れる熱。瞼を擦ると、堰を切ったように溢れる。
ぱたぱたと音を立てて、新緑色のスカートが深い緑の水玉模様を形作る。

「かごめ様・・・・」
「ごめ、何でだろうね。こんな・・・何で泣いてるんだろ、私ってば」
「かごめさま」
「あっ気にしないで!多分砂が眼に入っちゃったのよ!だから」
「かごめさまッ!」

唐突に感じる振動と、ぬくもり。

「や・・・・」

気がつけば、青年に抱きすくめられている、自分の体。
しかし、抵抗する気力も力もなく、ただされるがままだった。

それに、その抱擁に、少なくとも性的な意味合いが含まれていないことは、この青年の珍しく真剣な瞳で悟っていたのだ。
「みろく さま ・・・・?」
「理由はあえて訊きませんが」
一区切り置いて、弥勒は言う。
「貴方の泣き顔を、私は見たくありませんから・・・・・今だけは、私が代わりになりますから」

今のうちに、思う存分泣いておいてください。

「ッ・・・・・・・・・・・・・・ぅ」

堪えていた嗚咽が、辛そうに喉を引き攣らせる。髪を撫でる手があんまり優しくて、かごめはそのまま、彼の言葉通り、泣けるだけ泣いてやった。法衣から香る微かな線香の香りはやはり、かの少年の陽だまりのような匂いとは似ても似つかなかったけれど、それでもかごめを安心させてくれるだけのぬくもりと優しさはあった。













「・・・・ごめんなさい。」

嗚咽もやんで、眼が熱を持っていたので、腫れているのだろうと想像はついたけれど、いつまでも青年にしがみついている訳にも行かず、かごめはそっと弥勒から体を離す。
ごし、と目元を拭って笑って見せたあと、悪戯したあとの子供のように舌を出して決まり悪そうに笑う。
「変なとこ見せちゃったわね。・・・・犬夜叉と七宝ちゃんには内緒ね?犬夜叉なんか、お腹抱えて笑いそうだもの」
「そうですね。私としても、役得でしたし」
「もう!からかわないでよ弥勒様ぁ!」
「ははは、いやあ、ご馳走様でした?」
「もぉ!」
顔を赤くさせながら必死に言い募るかごめに、弥勒は内心でほうと安堵の息を吐く。
まだ、少し無理はあるかもしれないけれど、笑顔の戻ったかごめに知らず嬉しく感じる。
「じゃあ、私ちょっと川に行って顔洗ってくるね。いくら弥勒様が誤魔化してくれてもこの顔じゃ台無しだもの」
「そうですね・・・・じゃあ、私は暫くここにいますんで、何かあったら思い切り叫んでください。すぐ、行きます」
「・・・・ありがと。」



理由を訊ねたりはしないけれど、一緒にいてくれる存在が暖かくて、かごめはゆっくりと、作り笑いではない笑いを弥勒に向けて、そのままその足で川辺に向かった。
それを眼で見送ると、やおら、弥勒は重く息を吐き出して傍の岩場に腰を下ろす。
前髪をかきあげるように片手で顔を抑えると、少しだけ俯いて、首を横に振った。


「あんな表情されたら、手なんか出せる筈ないだろうが・・・・・犬夜叉の果報者め」




瞳に焼き付いて離れない少女の顔。

そんな少女に慕われている少年。


「・・・・・言う言葉を知ってるのに言わないってのは、どれくらい辛いのかねぇ」




他人に興味を示さない青年が初めて気になったのは、あの少女の幸せだったなんて、誰にも言えない。







【終】

テーマ:かごめ嬢の片思い犬かご。
・・・・何を間違って弥かごになったのか。ていうか久々ですな弥かご。
かご嬢泣かせっぱなしなのは(私が)辛かったからクッションして欲しかったんですよぅ弥勒様に(泣)
裏っぽいのに持っていってもよかったんですが短文なんで一応此処に。しつこいようですがうちの弥勒様は珊瑚ちゃんに会うまでかごめ嬢のこと好きでした。あくまで姫視点なので気持ち、弥勒→かごめ→犬夜叉→桔梗(?)みたいな感じ。超一方通行。
(05.6.19)