戦の狭間
「あ、お花」
紅色の花束を両手いっぱいに抱えた少女は、遠くの方に見るたくさんの菜の花に目を輝かせながら駆けていく。
しかし、すでに自分の両手にはいっぱいの花があった。半分くらい捨てれば二、三本は摘めるだろう。それは少女も分かっているが、何となく憚れた。摘み取った花はどれもこれも綺麗なものばかりを選んだ。それもこれも、すべては自分の主(?)の為に他ならない。
心をこめたいという一心で、誰かに預けるだの、どこかに置いてくるだのいう考えは浮かばないらしい。健気なことだ。
「こりゃ、りん。そんなに摘んだって意味はなかろう」
目付け役の妖怪は難しい顔でそう言うと、少女に花をすべて捨てるように言った。りんと呼ばれた少女はむくれて首を横に振った後、妖怪の耳元に何本かの花を花束から抜き出してさしてやった。
思いのほか、変な意味で似合っており、ぷっと吹き出すと、あっという間に腹を抱えて笑ってしまった。
された方はむっとなって花を外そうとしたが、りんが真似て自分の耳下にも花をさして「似合う?」と訊ねたので「知らん!」とムキになって言い返していると、うっかり花の存在を忘れてしまった。
そうやってひとしきりはしゃいでいると、“主”がその場にやってきた。
「殺生丸様!」
嬉しそうにりんが呼ぶと、殺生丸はふと、怪訝な表情を作った。
「邪見・・・・・・・・・」
さすがに、何を言えばいいのか困っているらしい殺生丸に代わり、邪見は慌てて耳元の花を外した。
「あー、似合ってたのに」
と、頬を膨らます少女に「そんなわけあるか!」と怒鳴って、「すみません、りんの奴が・・・」と言い訳がましい弁解をした。
その様子をぼんやりと見ていたりんは、ふと片手があいたことを思い出して、目の前の白い花を三本、摘んだ。
そして猛々の横に腰を下ろした殺生丸に、やっと完成した花束を差し出したが、彼が受け取ることはないのをりんは知っていた。案の定、ぴくりとも手を動かさない殺生丸に、それでもりんは笑いかけたまま、花束を殺生丸の傍に置いて自分も彼の前にちょこんと座った。
「殺生丸様、お花綺麗だねっ!」
「・・・・花が好きなのか?」
少女の言葉は返さず、そう訊ねると間髪いれずにえいんは「うん」と頷いた。
「だって綺麗だもん。白いのは殺生丸様みたいで大好き!」
その瞬間、鉄仮面の口元が小さく持ち上がったのは、りんしか知らない。
思わず嬉しくなって笑い返した先にはもう、いつもの表情の殺生丸しかいないが、それでもりんは微笑み続けた。
――――秘密のやりとりが終了するのは、ほのぼの空気に耐えられなくなった邪見が口を挟むまで。
【終】
PS2呪詛の仮面を何回かクリアしたときに、ふとこんな情景が頭をよぎり、漫画のネームとして書いたのですが、兄が書けないという理由で没。でも勿体無いかなーと文章に起こしましたが相変わらずスランプ入ってますね。
りんちゃんはすごいさらっと告白まがいのこと言ってくれそう。兄ちゃんその度実はすごい嬉しいんだ(笑)
(05.4.5)