大切だというのならば、何故手放そうとする?
それが、本当に正しいと、そう思うか愚かな人の仔。
さぁ、一緒に最悪で悪趣味な悪夢を見ようか。哀しみも苦しみも、痛みも。
楽しみさえもない世界へ。
さ よ う な ら 。
屍
「犬夜叉?」
呼ぶ声は、近いのに、心はとことん遠いと、少年は感じた。
深淵から手を伸ばすような感覚で、勘だけを頼りにそっと手を伸ばせば、少女の暖かいぬくもりに触れた。
ふわりと柔らかな息遣いが犬夜叉の頬を吹く。何も見えないけれど、それだけでひどく安堵を覚えた。
「かごめ・・・」
掠れた声が、喉の奥から漏れ出した。痛みは、ない気がする。
いや、確かに痛みは体中、そこかしこに存在していたが、それを“痛み”だと認識することすら困難なほどに、少年の感覚は麻痺していた。嗅覚さえも失ったのか、鉄のにおいに気づく事もなかった。ただ、少女が傍にいてくれているということだけを事実として受け取り、それ以外の事実をすべて排除しているかのようにも思えた。
少女は少年を哀れ思いながら、ふわりと、少年が好きだと言った笑顔をその穏やかな顔に浮かべた。
焦点を結ばない琥珀色の瞳に口付けて、かごめはもう一度ふわりと微笑んだ。口の中でそっと呟く。
「大丈夫、死なないわ」
弓を引き結ぶ力さえ残っていればそれでもうあとはいい。
「あなたを残して死なない、絶対」
言い聞かせるように何度も呟いて、彼の愛刀をその手の中へ包み込ませた。そっと、触れた手を離す。
「かごめ?」
縋るような声にかごめはうっすらと眉根を寄せた。
「大丈夫・・・・大丈夫だから。帰ってくる。絶対に」
触れた銀糸に赤黒い液体が絡み、そのさまはとても綺麗だった。だから、と少女は思う。
わけもなく、大丈夫と口の中で呟き続けて。そして思う。
(もし私が死ぬとしたら、そのときはきっとあなたを目に捉えて死にたいわ)
ここに残す、この少年の。できれば、屈託のない笑顔を。最期にして。
「かごっ・・・・」
「大丈夫だったら、」
苦笑して、必死で、手探りで自分を探す犬夜叉にそっと手を差し伸べて掴ませる。絶対に戻りたいと思いながら、甘い逢瀬はもう二度と訪れないという覚悟も胸にしていた。言えば彼はたとえ、今もし彼が人間であれば間違いなく即死という重症の身であろうとも自分を全力で止めにかかるだろう。
そっと屈み込むと、ゆっくりと、少年の血塗られた頬を服の端で拭った。名残惜しそうにその箇所へと口付けを落とすと、かごめは前を見据えた。戦線離脱した自分たちとは違い、今もまだ戦い続けている仲間。早く戻らねば、と思った。額から流れる血液が犬夜叉の頬に落ちそうになり、かごめは慌てて身を引いた。
「かごめ」
「ん?何?」
殊更、自分に今できる限りの優しさを含んだ声音で尋ねると、震えた声の少年。
「・・・・・悪、い」
「なにがよ。あんたは別に何もやっちゃいないでしょ?」
「護れ・・・・・なかった」
「・・・・・」
護り切れなかった。
あんなにも、護りたいと思っていた女【ひと】を。
だから、“悪い”。
嗅覚をほとんど失っても、やはり気付かれていたのだ。
それが嬉しくもあり、悲しくもあった。
「・・・いいの。あんたは、私が一番護ってほしかったものを、なんとか死守してくれたもの」
ふわりとかごめの指先が頬を撫でる。少女の護ってほしかったものの意味が分からず、犬夜叉は困惑するが、かごめはそれにすぐに気付いて、微笑みながら答えた。彼の心臓のあたりを、つと人差し指で撫でながら。
「犬夜叉の、命。辛うじて、だったけど、護ってくれた。だから、今度は私があんたを護るの。」
「あんただけじゃないわ。私のもよ。・・・みんなの分も、護りたい。私なんかじゃ無理かもしれないけれど、これ以上悲しい人を、増やしたくないから」
今、彼の目が見えないことがとても有難かった。
あのつよい瞳で「行くな」と訴えられたら、自分が逆らえるかどうか。おそらく、逆らえない。
かごめは、立ち上がる。
「行ってきます。・・・・で、今だけは、さようなら。」
楓に教わったとおりの手順で、犬夜叉の周りに小さな結界を張り、その上から鉄砕牙の結界を二重に施した。
「かごめっ・・・・」
「ね?次にあったとき、真っ白で逢えたらいいな」
何もかものしがらみを捨てられる、そんな対等の関係で。
どの道、言葉の意味が分かったところで犬夜叉はもう動けない。
何か彼が言葉を発する前にかごめは駆け出した。
戻れないかもしれない。帰られないかもしれない。
それでも、守りたい物はある。
誰かを護るために、そのひとを捨てることだってあるし、それが正しいかどうかなんて、あとの結果を見なければ分からないけれど。
少なくもと、後悔はしていない。
(だいすき、だよ。ううん、あいしてた。それ以上にあいしてました。)
骨の軋みを隠せたろうか。こぼれる涙を気付かれなかっただろうか。
また、一緒に過ごそう?
さ よ う な ら 。
い と し い ひ と 。
【終】
奈落との最終決戦?犬夜叉脱落とかありえない。
紅蓮の蓬莱島のサントラ聴いてていきなり思いついた。もうこれで犬夜叉のアニメは終わりかもしれないって思ったら本当に涙出てきた。今までありがとうって思うのよりも先に、かごめ嬢が幸せになってほしいなって。冗談みたいに言っているけれど、これは本当で。心の底から幸せになってほしい。勿論、犬夜叉も弥勒さまも珊瑚ちゃんも七宝ちゃんも(雲母も)。
大好きですいとしいんです恋しいんです。
死ネタは嫌いなので、このあともかろうじてだけど全員無事です(私の中で)そこまで書いたら雰囲気台無しっぽいので割愛。
(04.12.22)
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