ゆっくりと瞼を閉じれば、今日もまた失望を過ぎらせる幻影が微笑む。






虚像の幸せを望む“私たち”は、何処まで堕ちてゆくのだろう?









いない人に一筋慈悲を


















(分かっているの。これ以上はもう駄目だって)

(でも、仕方ないじゃない。これ以外にどうやって壊れそうな心を鎮められる?)


それは一種の精神安定剤のようで、自慰行為でもある愚かしいことだと。
自覚はあったけれど、それに歯止めをつけることなんて無理だと悟ってしまっていた。

かたかたと小刻みに揺れる華奢な肩を狂ったように掻き抱いて、少女は嗚咽を噛み殺した。


―――――――時折、少女はこうして『想い』に耐え切れずに涙を零す事がよくあった。
発作のように、しかし定期的に、断続的に続くそれは少女を確実に蝕んでいた。
人前では決して晒さないその姿は勿論、誰一人として知りはしない。気丈に今は実家の神社の巫女を勤めている。それは一時期の少女を知ればまさに奇跡としか言いようのない回復であった。しかしそれはあくまで外面のみに留まっている。
人の年で成人を越えた少女はしかし、身体こそ成長すれど、内面は未だ少女のままだった。

前に進んで、無理にでも最愛の人の面影を忘れようと努めていても所詮無理と気付いた頃からずっとだ。

少女は知らず、頑なに自身の成長を拒んでいた。再び新しい最愛の人を見つけることもせず、
かと言ってそれを待つ訳でもなく、来たとしても拒み続け。
なんて浅ましいと、少女は自身を嘆き続けるのみ。

でも仕方がないのだ。浅ましいと分かっていようとも、それを棄てられるほど少女は寛容にはなれない。
淡い桃色の唇を、白くなるまで噛み締めると血が滴り落ちた。巫女の、穢れないまでの白の装束にぽたりと赤黒い染みを作る。

少女・・・大人になりきれないかごめは、その様をじっと見つめた。

滴り落ちた血は、袴の赤よりも更に黒さの増した穢れの色に見えて、かごめは嫌悪で眉を顰めた。

(どうして)

(どうして私が、私なんかが神聖と云われるの?)


かごめの霊力は、開花した能力は、衰える事を知らなかった。
神事の際、清め役を担うのは、現在はかごめだけだ。この命の心配も要らぬ、妖怪も出ぬ時代に霊力は日々増していく。
それは、かの巫女の生まれ変わりである自分の先天的な力だったのだろうか。
あらゆる厄災を、かごめは弓の一矢を撃つだけで、祈りの決まった舞を舞うだけで退けてきた。
それは瞬く間に有名事となり、今では全国の厄をあぐねる人間が日暮神社を訪れるようになった。

持ち前の気丈さや、今はもう無くした嘘の明るさも手伝い、少女の知名は知れ渡ったが、それは少女にとってはどうでもいい話だ。
縁談は持ち出されても、気持ちを汲んでくれた母親が、かごめの耳に入る前に全て断っていた。
(もう、要らない)

大切な人なんて。犬夜叉を忘れさせようとする人間なんて。
希うそれは日々誇大してゆくのを自覚していたが、止められない。そんな時、かごめはふっと意識を落とす。
それはもう、何年も前からの習慣だった。そっと、御神木の裏に身体を横たえて目を瞑る。

そうすれば、かごめは望む姿を見る事が出来た。上手くいけば、話すことだって出来るのだ。
(犬夜叉・・・・)




そうっと浮かぶのはもう、青年の出立ちを思わせる想い人の後姿。
彼の前には、珍しく仲間の面々が揃っていた。珊瑚、弥勒、七宝。
珊瑚の手の中には生まれたての命がすやすやと安眠を貪っている。周りには4つから2つくらいまでの子供が周りを楽しそうに駆ける。
微笑ましい光景だ。

自分もそこに行って、退治屋の少女・・・もう女性という出立ちだが・・・に、抱かせて欲しいと頼めば抱かせて貰えただろうに。
すっかり父親の出立ちが型に着いたらしい青年に、からかいを含ませた言葉を投げかければきっと、苦笑交じりで、でもきっとやんわりと応えてくれるだろうに。未だ子狐の容姿の子供の頬を撫でればきっと、微笑んで飛びついてくれるだろうに。
青年に声を掛ければ、その自分が気に入っている耳をひくりと動かしながらこちらに、下手な不機嫌面を見せるだろうに。

頬を雫が伝う。

何年も前の話だ。なのに、未だ錯覚を起こす。まだあの井戸は繋がっていて、飛び込めばいつものように優しく仲間たちが自分を迎え入れてくれるのではないかと、半ば願うように。
大切にしていたそれを自ら崩した。それなのに、前に進めないのはこうして、彼らの動きを無意識に行われる夢渡りで知る事が出来るからに他ならない。あってはいけないと自覚しているのに、止められない。
自らに言い訳して、自己正当化を繰り返して。
(莫迦みたい)

自嘲のような息を吐き出した。

不意に、青年が“こちら”に気付いて振り向いた。
かごめはびくりと体を強張らせる。気付いていないであって欲しいと願うが、青年の表情に驚きのそれを見出して、その想いは無駄で終わったと悟った。途端、意識を揺さぶるような振動にかごめは不快感を覚えた。

起こさないで。また消えてしまうと。







「・・・おい!おい!!大丈夫か?!」

聞き覚えのある声音に驚いて、かごめは勢いよく体を起こした。
それはよく見れば先程まで自分がいた『現実』の光景だった。かごめは何ともいえない鈍さを覚えつつも、ゆるゆると隣に跪く声の主に目を向け
――――声を失った。

そこにいたのは、青年だった。
年はまだ10代を越えきっていない、自分よりも2,3年下と思われるその人。
だけれど、かごめには見覚えのある顔だった。ジーンズにシャツという簡単な服で、腰を過ぎるくらいに長い黒髪は首元で束ねられ、端整な顔立ちは運動を進んで行うというよりは文学に勤しんでいそうな出立ちだったが、かごめが見間違う筈もない。
(犬、夜叉・・・・・・?)

辛うじて声に出さずに済んだその事実。

自分の知っている彼よりは些か大人びた、落ち着いた感を受けるものの、それは間違いなく人間の時の犬夜叉そのものだった。
(まさか、生まれ・・・・変わり・・・・・?)

茫然と青年を見つめていると、不意に青年はもう一度安否を問い掛けてきたので、かごめはこくりと頷いた。
すると明らかに安堵の表情を浮かべた青年は、ポケットからハンカチを取り出して、かごめの唇を拭った。
びくり、と少女は体を強張らせた。そういえば、さっき自分で唇を噛み切ってしまった事に思い当たり、いきなりの挙動不審に青年が驚いていないか顔色を伺うが、どうやら傷口が沁みただけだと勘違いされたようで変化は見られない。
軽く安堵して、そしてふと自分の血がついたハンカチが気になる。

「あ・・・・ごめん・・・・ハンカチ汚れちゃ・・・・」
「・・・俺が、勝手にしてることだから」

無愛想に言い放つのも、彼そっくりだった。本当に不味い、と少女は内心歯噛みした。
「で、どうしたの?」
「え?」
「こんな所で倒れてた理由。顔すっげぇ白いし唇も蒼褪めてたし・・・一瞬死んでるのかと思った」

そんなに顔色がよくなかったのかと、かごめは半ば他人事のように思いながらも青年に謝罪した。
「大丈夫。有難う」
「おう。・・・・な、あんたが『かごめ様』?」

笑って尋ねる青年の言葉に、かごめはああ、と合点がいく。
彼はここの参拝客なのだ。自分の力のご利益に預かりにきた。
そう思うと、さっきまでの危機感もさっと成を潜め、随分思考が冷めてしまった。
「うん。あなた、参拝客さん?」
「そう・・・・だったんだけどな」
「?」
「思い直した。『巫女様』はお疲れのようだし、明日出直す」
「え!?」

青年がにやりと笑ってそう言うものだから、かごめは慌てて起き上がった、軽く眩暈を感じたが、それも気にせず言う。
「大丈夫よ!今からでもちゃんと務められるわ!」
「あー・・・何ていうかな。俺があんたに無理して欲しくないっての?」

はたはたと、衣服の埃を落とすと青年は立ち上がって、境内の方へ向かう。
「ちょ・・・ちょっと!!」
「・・・・って訳で、明日予約入れたからね、お姉さん。俺、緑砂 朔っての」

かごめが返す間も無く、言い渡されたそれにかごめは茫然と立ち尽くすしかなかった。
































(今日は、会えるかな?)

(気まずいけど、いいよね?)

覚悟を決めて、かごめはゆっくりと意識を落とす。もう慣れきったこの動作一つ。
これで、犬夜叉に会うことができる。もう何年も前から繰り返されてきた事だ。

ふっと、昔そうであったように、軽い井戸を潜る時に感じた倦怠感と共に意識が白い場所に浮上する。
そこには何一つ存在しない。存在するのは自分と、たった一人の存在だけだ。
「犬夜叉!」
叫んでかごめは緋色の影に近付いた。
影はだんだん輪郭をはっきりとさせ、やがて見慣れた青年の形を作る。彼も自分に気付き、振り返ると微笑んだ。
「かごめ」

愛しさの含まれるそれは、時折会える日に度々囁かれる言霊。
何をされる訳でもなく、ただその一言を聞いただけでかごめは幸せになれる。
ふわり、と青年に近付いて、お互い触れる事のできない身を、触れられるかのように抱き締め合う。
虚しいと分かっていながら、止めることの出来ない行為。それでも幸せと二人は言い切れるのだろうか。


「昼間は、どうした?」
「今日、犬夜叉の生まれ変わりに会ったよ」
回答にならないかごめの言葉に、だが犬夜叉は体を強張らせる。
「一発で分かった。あ、犬夜叉の生まれ変わりだって」
「かごめ・・・」

不安げな声音に気付き、かごめは青年の瞼に、唇に、触れられない口付けを贈る。
そして聖女のように微笑むとそっと言葉を紡いだ。
「大丈夫。好きにはならない。あの子を犬夜叉だって認めたら、私は私じゃなくなる」

かつて、戦国の世で恋仲だった犬夜叉と桔梗。桔梗の生まれ変わりである自分。
自分も、桔梗も、全く別の存在であって、たとえ魂は同じであろうとも全くの別人だ。
犬夜叉と魂は同じだからと云っても、それで彼に惹かれることはつまり、自分が桔梗と同じ存在であると認めてしまう事になる。

そうじゃない。自分は、自分という一人の人間なのだ。前世に左右されることのない、一人の。
「ごめんね、犬夜叉。私、前に進むって決めたけど、これだけはどうしても変えられない。
犬夜叉以上に好きな人なんて見つけたくない。見つけない」
「・・・・けど・・・・」
「ねぇ、言って?」

少女は強請る。いつまでも子供の心のまま。
青年は応える。それが少女の望むものならと。自身の本音を正当化させながら、切実に祈るように。
「・・・『俺のために、俺以外の男に触れるな。俺だけのものでいてくれ、かごめ』」

そう、言わせるくせに、少女ときたら酷い言葉を投げつける。
「私は犬夜叉だけだけど、犬夜叉は好きな人が出来たらいつでも私を切り捨てて?私からは切り捨てられないから」

そう、純粋なまでの瞳で微笑む卑怯な聖女。
まだ何かを続けそうな少女の唇に触れられない口付けを何度も落とす。

「触れられなくてもいい、って思ってた。傍にいられればそれだけでって・・・・」
唐突な青年の言葉に、少女は首を傾げる。
「今は、すっげぇお前に触れたい。お前に近づく奴に堂々と俺のかごめに手を出すなって言ってやりたい」

それはもう、永久に無理になってしまったけれども。

「犬夜叉」

「犬夜叉は、私が桔梗の生まれ変わりじゃなかったら、恋してくれなかった?」

少女がゆっくり問い掛ければ、やんわりと青年は首を横に振った。

「違う・・・・かごめだから、好きになったんだよっ・・・・誰の代わりもできないかごめを・・・・」

暗に、好きな人は作らないと言われてかごめは悲しげに微笑んでありがとうと呟いた。

呪詛のように、互いを縛り上げる言霊。触れられないのに逢瀬を重ねる愚かしさ。
全て承知だ。だがそうしなければ孤独に耐えられない自分の心をどうすればいい?と。
己の心を正当化して重ねるこんな自慰行為に等しい行動の空しさ。


ただ、はっきりとしているのは、お互いがお互い以上の相手を見つけることを放棄しているということで。

『それって不毛じゃない?』

唐突に浮かんだ青年・・・・朔と名乗ったその顔が、かごめの脳裏を掠めた。
かぶりを振って、忘れようと努める。

(いいの)

(不毛でも何でも。私にとっては、犬夜叉が全てなんだから)




たとえ自己暗示と、分かっていても。








































「あ、来た」
自分の姿を見つけて嬉しそうに微笑む朔の姿に、かごめは驚いて目を見開く。
「どうして」
「昨日、先約しといただろ?巫女様?」

悪戯が成功した子供のような笑いに、かごめは酷くそれが犬夜叉と重なって見えた。

瞬間。



「『俺以外の男は好きにならない』」


びくり、とその言葉にかごめは肩を震わせた。青年が紡いだ聞き覚えのある言葉に眩暈を覚える。
笑っているその姿を見ていられずにかごめは駆け出した。

(違う・・・・違うの・・・・・!あれは犬夜叉なんかじゃ)


じゃぁなぜ、その言葉を知っていた?彼にしか言わなかった言葉を。

(犬夜叉は、私の事を裏切らない筈よ)


だけれど、じゃぁあれは?

振り返れば、こちらに微笑みかけたまま、手を差し伸べる青年の姿。
どくりと心臓が揺れる。
視界がブレて、何も考えられなくなっていく。

( い ぬ や し ゃ )





再び意識がなくなって、次に目覚めた時もやはり傍にいた朔は、今度は先程の言葉は覚えていないと言った。
(ああ)

(犬夜叉は、それを望むの?)

(私に、あんたの別人を選ばせたいって)

(だから彼に、あんなこと言わせたの?)

(・・・・・酷い、人)

「巫女様・・・・・・・?」
「私は・・・・」
「え?」






 それでも犬夜叉・・・あんただけを想っていたいのに 」



感覚が蝕まれてゆく。

まだ、あなたを忘れたくないのよ。

残酷な、優しいあなたのことを。







痛い・・・・・犬夜叉は自分を忘れてほしくないんだけど、でも新しい恋に生きてほしい。
でも自分以外とくっつくかごめちゃんは死ぬほど嫌なので、せめて生まれ変わりとくっついてくれと辛うじて残る前世の声でかごめちゃんに呼びかけ、みたいな感じ。でもかごめちゃんは犬夜叉の事絶対忘れたくないの。人の心は相手を思い遣れば遣るほど複雑で矛盾になってしまうものなのです・・・・・・。

本気で救いようないな。しかも痛い(おい)。
ここで終わります。本当は続くが見たくないでしょ?所謂かごめちゃんに一目惚れだった朔と、生まれ変わりだからって犬夜叉じゃない朔を拒みまくるかごめちゃんなんて。痛すぎる!!・・・見たい人いる・・・・?でもぶっちゃけ私が書いてて痛いんだよ!すっごいストレスでくる胃痛みたいなのが襲ってきてる(現在進行形)のですよ・・・・・・・。ラブラブバカップルな話書きたいよー!!!!!
最近殺伐とした小説しか書いてない気がする・・・・阿呆のようにラブラブな犬かごが書きたいです。マジで。





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