嗚呼、あの子は。



一体何処に、“こころ”を忘れて来てしまったのだろう。








られずにわった福の日々想って
















カランカラン






小気味の良い鈴の音が、懐かしさをこみ上げさせた。
ここに来るのは、中学を出て以来だから・・・・5年ぶり、になるかな。

シンプルだけど、洒落てて結構気に入っていたから、いつもの四人で来ていた此処が、少しも変わっていなくて私はちょっと安心した。
落ち着いたクラシック音楽の流れる、相変わらずそんなに人の気配の無い店内。
相変わらず無愛想なマスターが少しだけ私の顔を見て反応した。懐かしい顔だ。


私はこのマスター、実はあんまり好きじゃなかったけど、かごめはこの人といつも楽しそうに会話していたのを思い出した。
そのマスターにミルクティーとティラミスを注文すると、きょろきょろと店内を見回した。



今はそれぞれ、別の道を歩み始めたから、四人全員と顔を合わせられる日はあんまりない。
特に、今待ち合わせをしている親友とは特に時間が合わなくて顔を見られない。


中学の頃は、下手したら四日くらい連続で入り浸っていたこの喫茶店での、私たちにとっての指定席は一番奥のボックスだった。
ちら、と見るともう既に来てるみたいで、親友の懐かしい後ろ頭が見えた。

私はその後姿に「お待たせ」と声を掛けて、席を挟んだ隣に座った。
すると彼女は、ううん、と首を少しだけ振ると私ににこりと微笑みかけて来た。
その微笑に私はまた、ちくりと胸内が痛むのを感じたけれど、それは外に出さずに笑顔で返した。
「久しぶりね、かごめ」



















最初に、連絡をしてきたのはかごめの方だった。

高校までは一緒だった私たちも、今では大学生をやっていたり、もう社会人をやっていたり。
かごめは、無事短期大学も出て、今は神社を継いで立派にやっているって聞いていた。
お互い忙しい身だったから、大学の夏休み中に一回顔を合わせたっきり、声さえ聞いていなかった相手は相変わらずだった。

それは良くも悪くも、っていう意味。

話がしたいと言ってきたかごめに、偶然暇な日が一致するのが一日だけあって、それが今日だった。
早速待ち合わせをして、久しぶりに会ってみた訳だけど、やっぱり、と私は彼女に気付かれないようにひっそりと溜息を溢した。



かごめは、笑わなくなった。


表面上はちゃんと笑う。だけれど、ある日を境に心からの笑いを見せてくれなくなった。





それは、中学の最後の年。

今までにないくらいの、半月近くの休みの後、以前に見た時よりもずっと体調が悪そうなかごめに、大丈夫かって尋ねた時、それに気付いた。
かごめは優しい。
だから、人に心配が掛かる事を嫌がっていた。

悩みは聞いてくれるのに、自分は全然打ち明けてくれない。
なのに、そのかごめは心底弱りきっていて・・・今にも死んでしまいそうなくらい儚く感じた。

北条君や、教師達は、大丈夫かとかごめに尋ねても、彼女が『大丈夫です』と返したらそれで納得して、それ以上の追求をしようとしなかった。
本当に、見ているだけで辛くなるかごめの変わりように、どうして気付けないのかと私達はずっと苛々していた。

でも、それ以上に、何も話そうとしないかごめにも。そんなにかごめに信頼されていない自分たちにも。

ずっとずっと、苛々していた。




いつだったか、受験も終わって、かごめもギリギリで合格だったらしくて、四人全員同じ高校に行けるってすごく喜んだのに、
かごめだけは嬉しそうにしながらも何かを思い出しているみたいだった。
それから暫くして卒業式も近くなったある日、かごめが突然倒れた。

あの時、私は一番傍にいてそれを見て、恐ろしかったのを覚えてる。
病気だ何だってしょっちゅう学校を休んでいる合間に顔を見せていたその時よりもずっと元気のない(むしろ、あの頃が一番元気で、
いきいきしてたんじゃないかって思える。)かごめを私達は知っていたから。



急いで医務室に行ってみれば、栄養失調一歩手前に陥っていたって言われて、私たちは愕然とした。
かごめの母親に聞いたら、無理にでも食べようとはしてくれていたけれど、それでもかごめは少しだけしか物を食べられなくなっていたという。
学校も終わりを迎えていて、帰るのも早かった所為で、最近私達はかごめが物を食べる場面に遭遇していないという事にも気付いた。

このままじゃ、かごめは死んでしまうんじゃって、すごく必死になったのを覚えている。


かごめは、泣くことも、笑うことも、怒ることも忘れた、人形みたいだった。


それを私達はただ、見ていることしかできないのだろうかと悲しくなった。そりゃ、私たちも随分焦った。
だから念の為にと、病院に入院したかごめに、部屋に私とかごめ、二人きりになった時、やっと尋ねた。

殆ど、叫びみたいな尋ね方だったんだけどね。

どうしてそんなになっちゃったのって。
どうして心から笑わないの。どうして心を隠すの。どうして何も言ってくれないの。私達、友達じゃないの?って。

後になって冷静に考えたら、ただでさえ精神状態不安定だって明らかに分かる人にそれはタブーだったなって思った。
でも、かごめはそう言った私に、境のその日以来、初めて涙を見せた。


涙と嗚咽で、途切れ途切れになりながらも、その日初めてかごめは私に本当の事を打ち明けてくれた。

何処か暈された箇所かいくつかあったけれど、何度も学校を休んでいたのは、かごめが付き合ってた彼の為だったって。
ある事を成し遂げなければいけなくて、ずっと行っていて。最初は彼氏を好かない奴、と思っていたかごめも、次第に惹かれて。

恋仲にはなったけれど、彼の昔の人が現れてかごめは何度も彼と喧嘩になったって。
色々辛い事も多かったけれど、その中で出来た『仲間』と協力してそれも乗り越えられたって。
そして・・・・ある日、依存してちゃ駄目だって、彼と別れを告げてきたと。

彼と自分は、絶対にこのまま付き合い続けられないから、今の内と思って別れたと。

非現実的な事のようだけれど、かごめにとってはそれが全て現実の話で、それを今まで一人で引きずっていたって思うと涙が零れた。
本当は、泣いてるかごめを慰めてあげなきゃいけないのは分かっていたけど、結局その時は一緒に泣いた。
「言ってくれて有難う」って言うと、かごめは辛そうな顔をしたけれど、言わずにはいられなかった。







それを後日、かごめの了承を得て、あゆみと由佳にも話した。
最初は驚いて聞いているだけだったけど、二人とも他言無用を守ってくれたし、今でも守ってくれてる。


だからその話を知っているのは、私と二人。それと多分、かごめのお母さんだけ。




今では、かごめは普通に食事も摂ってるし、相変わらず笑顔だけは作り笑いだけれど、怒りもするし泣きもする。
殆どいつものかごめに戻っているって聞いている。そしてそれが表面上だけだっていうのも、重々。

きっと、これから先もかごめの本当の笑顔を引き出せるのは、一度だけ会った事があるあの銀の髪の少年・・・今だったら青年かな、だけだと思う。

かごめが彼を忘れてはいないのは分かっている。それを引き摺るつもりはなくっても、かごめは間違いなく男の人と付き合わない。
本人には一度もそれについて話を聞いていないけれど、間違いないと思う。

それだけ、かごめにとって、その彼氏は大切な存在だったんだって。
昔の私なら、だったらどうして無理にでも一緒に居ないのって言っちゃいそうだけど。
かごめには無理だったんだって、今なら分かる。全てを棄てなければ一緒に居る事が出来ないという彼の傍。

その彼の傍にいるという事は、つまりお母さん達にも、私達にも、会えなくなるという事なんだという。

その選択で、かごめは最終的に私たちの方を選んだ。・・・選ばざるを得なかった、とも聞いたかな。
どっちみち、この生活を捨てられないと分かっていたから、かごめは『こちら』を選んだらしい。

「・・・・絵里」

かごめの声に、私ははっと顔を上げた。

「どうしたの?」

「・・・・・ん。あのね」

「私、ずっとお礼してなかったなって」


かごめの言葉に、私はきょとんとなた。かごめにお礼を言われることって?
本気で考え込んだら、かごめは少し困った笑顔を浮かべて言った。

「私ね、あの時・・・病院で、死んじゃおうかなって、思ってたの」

―あの時。

つまり、かごめが中学の時、倒れて入院した時のこと。
いきなりの告白に、私は思わず露骨に顔を顰めてしまった。

するとかごめは慌てて首を横に振って今は違うのよ、と弁解を入れる。

「犬夜叉・・・彼の事考えないようにしてて、余計に辛くなった。一人ぼっちになった気がしていっそ死んだら、逃げられるかなって」

「かごめ・・・・」

「だけどね。絵里、病室に来て怒ってくれたじゃない。あの時、私ってこんなに思ってくれてる親友を持ってるんだなって。
本気で泣いてくれるような友達を持ってるのに、どうして私が死ねる?」




「そりゃ、辛い。今だって辛いよ。だけど随分マシになってきてるの。新しくできた友達も、絵里も由佳もあゆみちゃんも。
みんな、私の事本当に心配してくれてる。私、一人ぼっちなんかじゃないって」






「だから、有難う。絵里」

そう言って微笑むかごめに、私は一瞬、どきりとした。

今・・・・・・?


久しぶりに見た、かごめの『笑顔』に私は心底驚いて、その顔を見つめた。
もしかして、昔の彼以上の人が出来たのかな?そうだとしたら、親友としてはかなり嬉しい。

でも、そんなこと聞いてもいいのかな?

私が葛藤していると、かごめはあははは、とやけに明るい笑いを浮かべてまくし立てた。
「・・・・って、何年前の話よねー!ゴメンゴメン、辛気臭いね。でも言わずにいられなかったから」

そしてかごめがアップルティーを飲んで、自分が頼んだお菓子を私に勧めようとした瞬間、マスターが直々に私の注文を持ってきてくれた。
小さく頭を下げて、無言のまま、領収書を置いていったマスターが離れると同時に、それとなく私は尋ねた。

「・・・そういえば、北条君、今ごろどうしてるんだろうね」

「あれ?聞いてなかった?この前うちで結婚式挙げてたよ?」

「へ?!かごめと?!」

「違うよー、・・・・えっと、ある財閥の令嬢って言ってたっけ?冗談みたいに『逆玉の輿』とか言ってたよ」

「へぇ〜・・・・あの北条君が、ねぇ」

生返事を返してミルクティーを啜りながら、私はあれ?と思った。
まぁ、かごめは顔も性格も、ついでに頭も申し分ないし、是非交際をって人なんて掃いて捨てるくらい居るだろうけど。
かごめのこころの中まで入ってこれる人だとしたら、結構付き合いの長い人だろうに。

不思議に思っていたら、かごめが私の思惑を読んだ様に返してきた。
「私、言ったでしょ?所謂『神の花嫁』になったって」

言外に、誰とも付き合っていないと言われて私は内心で冷や汗をかきながらも苦笑で返した。
冗談みたいに聞こえるけれど、これがかごめの本音だと分かっているから辛い。


かごめは・・・・これから先、誰とも付き合わないのかな。


他愛もない話をして、それから少し買い物を楽しむと、私たちはすぐに別れた。














ねぇ、かごめの彼氏。・・・犬夜叉だっけ?何があったのか、詳しく聞いていないけれどね。





かごめは今でも、あんたの事想ってるんだよ、きっと。





顔には出さないけど、すごく大事にしてるって伝わってくるもの。





本当は『泣かせるな』って言ってやりたいけど・・・・・もし、あんたがもう一度、かごめと会えるようになったら

一言だけ言ってやりたい。




かごめをずっと笑顔でいさせてあげて。














私の、私たちの、大切な親友を。






終。

犬夜叉サイドがあまりにも救いようがなかったのでフォローで書いてみました。中学生友達3人組の絵里ちゃん視点。

かごめちゃんの方は、やっと前に進み始めた。だけれど犬夜叉の時は止まったまま。
仲間はそれを心配するけれども、犬夜叉だって少しづつ歩き始めてはいるのです。それは目に見えないくらい微かな進展だけれど。

お互いはお互いを、永遠に忘れない。

割り切ることもできないけれど、自分に出来る事はやる。少しでも前に進む。
歩いても何も変わらないかもしれない。だけれど、歩かなかったらもっと何も変わらないから。




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