心の隙間を埋めるもの











どうして分かっちゃうんだろう。



分からなければ、楽なのに。

分からなければ、平気な振りして笑っていられるのに。






















かごめはずっと寝付けずにいた。
目が冴えている訳ではない。実際、今日も一日ハードだったし、今も疲れから眠気が来るのに、どうしてか眠ってはいけない気がして、無理に起きていた。
暫くは寝返りを打って眠ろうと試みていたが、無駄だと悟った。

隣には珊瑚と七宝と雲母。そして更にその隣は襖一枚隔てて弥勒と犬夜叉が。
今日は珍しく全員ぐっすりと寝込んでいた。

無理もない。昼間は自分以上に皆の方が動いている。そう思い、かごめはそっと、起き上がった。
眠たいが、眠ってはいけないと、自分の感覚が訴えていて眠る気にもなれなかった。
そっと開けた襖から、細い月明かりが入ってきて七宝の顔を淡く照らした。幸いぐっすり寝込んでいるらしく、少し身じろぐとそのままこちらに背を向けて昏々と眠っている。
かごめは安堵して襖を閉めた。


ざ・・・ぁぁ・・・・・


肌寒い風がかごめの素肌を触れていく。空に浮かぶのは見事なまでの満月。
もうすぐ冬なんだ、と実感すると共にかごめはそろそろ防寒具を持って来ようかと考えた。

自分のものは勿論、仲間たちのものも。
自分用のは、結構気に入っている白一色のコートと赤茶色の手袋で。
珊瑚には、前から似合うだろうと思って買っていたいた薄紅色のマフラー、七宝には山吹色のニット、弥勒には珊瑚のものと色違いの、紺と白のマフラーで、雲母には耳まで隠せる毛糸の帽子で、犬夜叉には・・・・・

そこまで考えて、はたと気がつく。空気が変わっている。
肌を刺すような寒さは相変わらずだが、先ほどとは「何か」違った。

そしてかごめは、その「何か」を知っていた。痛くなるくらい。
あの女【ヒト】が、近くにいるんだと悟り、急に心細くなる。こんなことなら、無理にでも寝ておけばよかったとも思った。
案の定、暫くすると少し遠巻きでもはっきりと分かる青白い筋のようなものを見ることが出来た。

だが民家が密集している此処まで来るつもりはないのか、その場をぐるぐるゆったりした動きで揺らいでいるだけだ。それでもう確実だった。
(犬夜叉を呼んでるんだ)

きゅうっと、胸元の赤いスカーフを指先が白くなるくらい握り締めた。

それでも構わないと、そう言ったのは自分だ。あの二人からしてみれば、横恋慕をしてしまっているのも自分だという自覚はあった。それでも、彼が振り向かなくてもいいからただ傍に居たいと願ったのも、全て。
彼からの見返りを、断ってまで一緒にいたいと云ったのは、他でもない自分なのだ。

分かっている。分かっているけど・・・・

(駄目だよ、かごめ。犬夜叉が行っちゃうのを止めたら)
言い聞かせてかごめはそっとその場を離れた。

そのほぼ同時に、部屋の奥で気配がひとつ起こった。
かごめは風上に隠れてじっと息を潜めていた。覗き見なんてしないから、ただ聞き慣れた衣擦れの音があっという間に、青白い光の見えたその場所に向かっていくのを聞いただけだ。
完全に辺りが静まり返ったころ、それを確認するとかごめはその場にぺたんと座り込んだ。

もう慣れてしまったので、涙は出ない。・・・・出そうでも、出さない。
嗚咽を噛み殺して泣く方法だって知っていたけれど、ただ今のかごめの中にあるのは言い知れない不安や虚無感や、落ち着かない気持ち。まるで体の一部をもぎ取られてしまったような感覚だった。

(傍に居る事が当たり前になったのは、いつからかな?)

空洞ができたような失意を感じながら、スカーフを指先で弄ぶ。
明日、果たして私はちゃんと普通に、何も知らない風に笑っていられるかな?

「嘘吐き・・・・・・」

意識がなくなっていくのを、かごめは止める術がなかった。

風向きが変わり、かごめの黒髪を救い上げた。























「かごめ・・・・・・?」
半ば無意識に、犬夜叉は呟いた。そしてはっとして、桔梗が去った後でよかったと思った。
周りに誰もいないのを確実に認めて、犬夜叉は宿場町に目を遣った。

気のせいか、さっきかごめの匂いがした気がした。
だが此処はまして、仲間達が泊まっている宿屋から相当離れている筈だ。
かごめの気配が宿から出ている気配はなかった筈だ。どうして・・・

そしてふと思い立つ。ちょっとしたやるせなさと共に。
(アイツ・・・・ついこの前、夜風に当たって風邪引きかけたばっかじゃねぇか)

多分この様子では、また人の忠告を無視して夜風に当たっているのだろう。
そしてきっと間違いなく、自分がいない事に気付いて・・・・

地面を勢いよく蹴って、それをバネに跳躍した。
早く宿に戻らなければ。かごめが風邪を引いてしまう。しかも今回は間接的に自分のせいで。

ヤマシイことなんて何もない。奈落の事について話をしていただけだと云っても信じて貰えないのは判っていた。
それだけのことを自分は今までかごめにしてきたし、それは周りも認知のことだろう。

信じてもらえないもどかしさはあるが、結局自分の自業自得だ。
かごめの優しさにつけこんで、ずっとかごめを裏切る形を取っていたのは、他でもない自分自身だ。

だけど、桔梗と合う事をやめてかごめだけにするかと言われてそれを行うことは自分には到底無理な話だ。
その逆もまた然り。

(どっちかを選ばなきゃ、どっちも傷つける事は分かってる。だけどどっちがどれだけなんて言えない・・・)

その気性こそが犬夜叉のよさでもあって、悪さでもあった。


たん、と宿の庭に植えられた大樹の枝に足をついた。
かごめの姿はすぐ目についた。夜風に吹かれてはたはたと動く新緑色の『すかーと』や、暗闇でもよく映える黒髪や、穢れを知らない白い肌に、今は青白い・・・唇。
一体いつから此処にいたのかは知れないが、とにかくこんな寒々しい所に、人間の小娘一人だけで何の防寒具もつけずに眠る姿は、犬夜叉の肝を冷やすのに十分過ぎる程だった。
そっと触れた頬にはいつもの健康的な艶はなく、とにかく儚く見えた。

それこそ、もうこのままずっと二度と動かなくなってしまうんではないかと危惧したくなるほどに。
「かごめ・・・・かごめ・・・・」

たまらず傍に寄り、控え目にかごめの体を揺すった。
「ん・・・・・」
僅かな身じろぎに、犬夜叉は情けないくらい安堵した。
とりあえず、かごめの体を温めてやりたかったが、部屋に戻ったら絶対にあの勘のいい仲間は気付いて
翌日辺りにからかってくるのは目に見えていたので戻る気にもなれなかった。
仕方なく、水干の衣を脱ぐとかごめの肩にかけてやり、その冷え切った指先に息を吹きかけた。

微かにくすぐったそうな素振りを見せたが、犬夜叉は手を離さなかった。



「かごめ・・・・・・・もう俺の言葉なんて信じられねぇか?」
返って来るとは思っていないが、問い掛けずにはいられなかった。
「俺は・・・俺の我侭でお前が壊れんの見んのは堪えらんねんだよ・・・・だから無茶すんなよ・・・」


殆ど願いにも近かった。

どうして。

どうして自分の想いが、たった一人の大切な女をこんなにも狂わせてしまうんだ。

俺一人だけが狂えばいい。

なのに、どうしてお前まで・・・・・


ふと、両手に包んでいたかごめの手が犬夜叉の手を握り返した。
驚いて見遣るその方向には少し悲しそうな表情が浮かぶかごめが。

かごめはまた目を伏せると小さくごめん、と呟いた。
何のことか分からず黙ったままの犬夜叉にかごめは小さな声のまま続ける。
「私・・・犬夜叉に何の見返りも望まないようにしてたんだけど、結局望んじゃう。・・・私こそ、我侭だよ」

「そんな、こと・・・・・」

何を言えばいいのか。
思いつくことができない自分を、犬夜叉はもどかしく思った。
「ねぇ・・・」

静かにかごめが口を開く。
「見返りは望めないけど、私は犬夜叉の事、好きだよ?どうしようもないくらい、好きなの」
「お、俺も」

言いかけた犬夜叉の口に、かごめは人差し指を当てた。
「犬夜叉は言っちゃ駄目。あんたが云っていいのは、・・・・・・一人だけだよ」
「・・・・・かごめ・・・・」
「私にそれを言ったら、桔梗はどうなるの?それとも二人に同じ事言うつもり?」
「違・・・・!」

かごめはゆっくり微笑んだ。
間近でそれを見た犬夜叉は、自分の鼓動がだんだん早まるのに気付く。
「私は、自分が此処に居たいから居るの。見返りなんて望まないし、望めない。
そう決めて此処にいる。桔梗から犬夜叉を奪ったら、桔梗には他に何が残る?」
「・・・・」
「残るものは多いかもしれないけど、でも一番大切なものだけは得られないんだよ?」

だから、私はもういいのと続けようとするかごめを、犬夜叉は無言で抱きしめた。
「犬 夜叉・・・・?」

「・・・・た」
「え?」

「我侭だよ これは。俺の卑怯な我侭だ。でも自分に嘘吐いてまで誠実でなんていられねぇ」


返す暇もなく。
乱暴とも取れるほどに荒々しい口付けを、犬夜叉はする。
「っ・・・・・・ぃ・・・・・」

なんとか言葉にしようとするけれど、それすら許さない犬夜叉の行為にかごめは背筋の凍る思いだった。
それから、どれくらい経ったのか。何時の間にか黒雲に月明かりが遮られ、二人を隠した。

ようやく解放された唇から漏れるのは荒い息。
だが犬夜叉は動じもせず、繰り返し言った。
「これは俺の卑怯な我侭だ。俺は嘘吐いてまで誠実でなんていられねえ・・・いねぇ」
「犬夜・・・・」

「どちらか一人選べなんて、少なくとも今の俺には無理だ。・・・我侭だって罵ったっていい。
けど俺は絶対嘘吐いてまでお前のこと好きとも言えないなんて嫌だ。信じられなかろうと何回だって言ってやる」

「俺はかごめのことが好きなんだ。少なくともお前に負けねえくらいずっと、お前のことが」


「・・・・大莫迦・・・・・」
結局、我侭なんだ。私も、犬夜叉も・・・・桔梗だって。

でも仕方ないよ。理屈なんて捻じ曲げちゃうくらい好きなんだから。

犬夜叉の首に腕を回して、かごめはぽつりと呟いた。

「私の方が好きだもん。」

と。


【終】

半端(死)。ちょっと最近文章書く機会が少なくて退化傾向気味だよ。やばい・・・・・・・・・これ以上レベル下がったらもうどーしようもないじゃん(泣)ともかく、キリ番20000hitでちっちゃさんに捧げますー。『桔梗がらみで切ない犬かご』。
・・・・・読んだら分かると思いますけどこの人また間違ってます。切ないの書けっての。甘々書いてどうする。

でも結雨は甘々砂吐きバカップル大好き★(そりゃあお前の趣味ぢゃ。)
・・・・すいません。ちっちゃさん。こんなんでよかったらもらってやって下さい。
UP11/22

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