たまに呼ぶと効果的。




名前の力と引力の関係






「エドワード」

瞬間。

目の前の少年の動きがほんの一瞬だけ、完全停止した。ついでに隣にいた彼の弟も同じく、一瞬だけ固まったように見えた(しかし、いかんせん鎧の体の彼から表情を読み取るのは難しいので判然としない)。
とにかく、自分のたった一言が目の前の二人に多大なダメージを与えたことは間違いないようだ。

時間で言えばほんの5秒ほど、しかし少年にしてみれば永遠にも感じられる程の沈黙のあと、彼は露骨に嫌そうな顔でロイを振り返る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「おや、あまり呼ばなかったから間違えたか?エドワード・エルリック」
「いや・・・・・間違っちゃいねぇけど、いきなり何?」
「いきなりとは?」
「いきなり何でそっちで呼ぶんだって訊いてんだよ」
言われて、ロイはふむ・・・・と顎に手を当てて暫く考え込んだあと、「何となくだ」と答えた。
すると、何が気に入らなかったんだろうか、エドワードは眉間に大きな皺を寄せたまま、弟の巨体に隠れつつロイを牽制するかのような目で睨んだ。
「キモイ」

容赦もくそもない。

さすがに聞きとがめたアルフォンスが「もう、兄さんはっきり言いすぎ」と、フォローなのか追い討ちなのかよく分からないツッコミを入れる。しかし、どうやら前者だったらしく、すぐさまロイに向き直り、
「すいません、兄さんの口の悪さはぼくでもどうしようもないんで」
と、謝罪を入れる。しかしそれもフォローなのか追い討ちなのか良く分からない。
どういう意味だよ!?と吠え掛かる兄を宥めるためにエドワードと向き直った鎧からはやはり表情を読み取ることはできない。ある意味、軍の上層部の人間よりもやりづらい相手だとロイは内心だけで息を零した。
「つか、何でいきなり名前呼び?」
ようやく本題に戻ってきたらしいエドワードが唐突に促しなおす。
「だから何となくだと言ったろう。銘呼び、気に入っていたのか?」
「・・・・・・まあ。なんつーか、気に入ってたっていえばそうだけどっていうか」
いやにはっきりしない言い方に珍しさを感じていると、今度はアルフォンスが唐突になにやら明らかにこじつけじみた、もっともらしい理由で、一人先に執務室を出る。
この兄が、自分のいる間は素直に何か言うことはないと熟知しているのだろう。
まったく、出来た弟である。
そして、そのわざとらしい演技に素直に騙されている辺り、エドワードも大概アルフォンスに手綱を取られていることが如実に表れていてロイは口元を隠して苦笑した。しかし、それもおくびにも出さずにそっと肩を竦めて見せると、「で?」と続きを促す。
「・・・・・なんか、対等っぽいじゃん」
「?」
「あんたが、どういう気持ちで俺のことそう呼んでたのか知らねえけど、錬金術師として、対等に見てくれてるっぽいから」
と、語尾をごにょごにょと言いにくそうに言い切るとふいと赤くなった顔を見られまいとするように顔を背けたが、それでもしっかりとロイは彼の頬が染まっていることに気付いてしまった。
(参った。・・・・・なんで)
ほんのたまにだけだけど、こんなにも可愛らしいことをしてくれるのだろう、この子は。

確かに。彼を銘で呼ぶとき、ロイはエドワードのことを一人の錬金術師として意識していた。それは、ロイにとっては特になんでもないことだったし、むしろ、周りからしてみれば、まだ子供の彼を一切甘やかさないようなその響きは少し厳しいのではないかと咎められるくらいだったのだが、なかなかに本人には好評だったようだ。
「・・・・それは、悪かったね。たまには、錬金術師として、という前提を捨てようかと思っていたんだが」
どうやらそうしない方が君は好きみたいだね、と。
目元を少し緩めて、極力穏やかに言ってやると、エドワードは今度はとても不思議な顔をする。
少し驚いたような、嬉しいような、悲しいような。
全てがない交ぜになったかのような表情。

(おや)

気持ち悪いなどと吐き捨てていた割に、実は案外照れ隠しなだけだったのかもしれないと、ロイはようやく気付く。
そして、今更訂正するのも癪なのだろう。困惑したように視線をそこかしこに彷徨わせるエドワードの面持ちは明らかに意地を張っているときのそれだ。
くす、と今度は隠さず苦笑を見せると、僅かに頬を染めたエドワードが噛み付くようにロイを睨む。
「でも」

仕方ない、妥協してあげようか、鋼の。

「たまにくらいは、名前で呼んでも構わないかな?」

そう言うと、酷く驚いた顔になり、やがて再び普通に戻りかけていた顔色を赤くしながらふいとそっぽを向くと、掠れる声で「好きにすれば」と返って来たので。
とりあえず、そんなに嫌われている訳ではないのだなと妙に嬉しくなって、エドワード、ともう一度だけ呼びかけてみた。



それからつい調子にのって、意味もなく名前を連呼していると、やっぱり呼ぶな!と暴れられたので、当分彼の名を呼ぶことはなさそうだ。

もっとも、たまにしか使わない名だからこそ、価値が大きいことを十分計算に入れての、思惑だけれど。




05.8.3?実は親子ロイエド意識してた。








その遊びが可笑しいことに気付いたときには既に手遅れ。


SIDE:R







習慣とはあな恐ろしいものだと、痛感してしまったのはいつだっただろう?



『ただの遊びだよ』


笑ってそう言えば、頬に落とす口付けすらも寛容してくれる、妙なところで認識の甘い少年に甘えていたといえばそう。
出だしのときは確実に、遊びのつもりだったこともそう。

そして、それを後悔するようになったのも、そう。


全ては自覚したときにはすでに手遅れだと云うことは明白な事実である。


「今回も空振りだったか」

「煩ぇ。人を揶揄する前にもっとマシな情報寄越せよ」

「無茶を言うな。私とて、蓋を開けてみなければ事実は不明だ。そして、その蓋を開けるのが君たちだ」

「・・・・・そうだけどさー、こう、全くって訳でもねえけどここまで収穫がないとさ」

そう言って、決して弟の前では見せることのない、不貞腐れたようなふくれっ面でぶちぶち文句を言っていたエドワードは、やがて不思議そうにロイを振り向いた。
ロイも、その視線が何を意味しているのかは重々承知だが、悔しいのであえて分からない振りをする。

「・・・・・・何かな?」

「今日はしてこないんだな、別にいいけど」

何を、とはさすがに聞き返さない。
どうして彼がそんなことを言うのかや、そう思うのか、とは愚問だ。
ロイがそう思わせるように今まで習慣付けさせてきたようなものだから。

見た目だけはお互い、大した興味もなさそうに、無人の廊下を二人して軍服を着た大人と目立つ赤いコートを羽織る子供が歩く様は、傍目にとても悪目立ちして、とても不自然だったが、東方司令部では当たり前のことだったので、たとえ誰かが通り過ぎても別に珍しがるような人間はすでにいない。
これに、少年の弟が混ざればこれ以上の悪目立ちは必至だったが、生憎彼はロイの副官と愛煙家の少尉に連行されて此処にはいなかった。当面、急ぐ書類もないからと、休憩時間を与えられたロイによって捕獲されたエドワードだけが今この大人と一緒にいるというなんとも出来た状況下にあった。

昼食を共にしようと持ちかけたのは勿論ロイで、渋々ながらも了承したのがエドワード。

この二人の間で、特に決められてはいないがいつのまにか出来上がったルールがある。

一端、1つの情報を確かめて、外れであろうが当たりであろうが、とにかく此処・・・・“ロイ達のところ”へ戻ってくること。

帰ってきたときと、出て行くときに、一度だけ、ロイがエドに唇以外だったら口付けても構わないということ。

人前で無い限りは、エドワードに拒否する権利はなく、人前である限り、ロイはエドワードに触れることは出来ない。

そして、最大の暗黙の了解。

全ての触れ合いは、“遊び”のつもしでしなければならない、ということ。

うっかり本気になってはいけないのだということ。


(情けない・・・・・)

思い切り溜息を吐きたい衝動に駆られながらもロイは小さく、分からぬ程度に俯いた。
本当ならば顔だって塞いでしまいたい。

(今更、言える訳が無いだろう)

時折、ふと見せる弟へ向けられた無償の愛を込めた笑みとか。伏せた睫とか。いつも喧しいくらいに元気で、ころころとよく表情が変わるところとか。
たまにだけ見せてくれる、屈託の無い笑顔とか。まして、何か企んでいそうなにやり笑いさえもが、こんなにも―――と、感じてしまうなんて。

今更、暗黙の了解を破ってまで、実はいつの間にか本気でした、だなんて。


案外にも、エドワードと似たり寄ったりで、相当な負けず嫌いだということは実はほんの僅かの人間にしか知られていない、現在出世街道疾走中のロイ・マスタング国軍大佐。

半分近く違う同性の子供に陥没しかけているという事実に気付いたときには自分自身の手により八方塞り。

以前のように、冗談でキスをすることすらいい歳して嬉し恥ずかしと感じてしまうくらいには、変なところで純粋培養な人間、ロイ・マスタング。


彼が報われるかどうかは
―――目下、本人達にすら謎である。




ギャグが書きたかったんだ。キモイ大佐を書きたかった訳じゃないんだ(遠い目)05.8.25記。





思いつき。





花あそび。




がちゃ、ばたん。
「大佐ってさ、花に喩えたら俺的にチューベローズなんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。いきなり帰ってきて第一声がそれはどうかと思うんだが、鋼の・・・・・・・」
「ていうか、いつ来てたんだよお前ら」
「・・・兄さん、挨拶くらいしなよ・・・。お久しぶりです、皆さん。」
「元気そうで何よりだわ、二人とも」
「うん。あ、そだ中尉これお土産。今回行ってたとこの特産品だって」
「・・・・・鋼の」
「まあ・・・・ハニーシロップクッキー?」
「蜂とか花の栽培が盛んで、街一面花畑みたいで綺麗なとこだったからさ、せめて気持ちだけでもお届けしようかなって」
「・・・・・鋼の」
「ありがとう、エドワード君、アルフォンス君」
「へへっ」「えへへっ」
「おいおい大将〜、俺らには何もないのかよ」
「だーいじょうぶ、ちゃんと同じの買ってるって。お茶請けとかにって思って結構買ってきたぜ!」
「おおっさすがエド!気ぃ利くなぁ!」
「おだてたって毎回は買ってこれねーぞ」
「もう、兄さんってばまたそんな意地悪言って」
「はがねの」
「いいっていいって。けど代わりにっちゃなんだがもうちょっと頻繁に来れねえのか?」
「そうね・・・・皆、実はあなたたちが帰ってくるの、密かに楽しみにしてるみたいだし」
「え?・・・・そう、なんだ・・・」
「何か照れちゃうな」
「出来れば、でいいからもうちょっと来る回数増やせない?用意したお菓子も勿体無いし」
「そんな、お構いしなくていいのに」
「こっちが好きでやってることだから、遠慮しなくていいわよ」
「・・・・・・・・・・はがね」
「・・・うん、ありがと」
「あー、大将、そろそろ」

「いい加減私の存在を意識下から外してにこやかに会話するのはやめたまえ!!」

「大佐がキレる・・・・・って、遅かったか」
「(胡散臭そうに大佐を見て)何だよ、何か用?」
「それはこっちの台詞なんだがね?(青筋立てながら)・・・第一声から随分なことを言ってくれるじゃないか、鋼の。そんなに君は私が嫌いかね」
「嫌いっつーか、顔見たらとりあえずからかわなきゃみたいな?条件反射?」
「いや、小首傾げて言われてもだな!というかそんな傍迷惑な条件反射するんじゃない!」
「少なくとも大佐以外の精神的疲労は被らせてないから俺的にはノープロブレム」

「じゃあ、二人ともゆっくりしていってね(と、中尉退室)」
「はい、ありがとうございます」

「そんなに私に構って欲しいならもう少し可愛く突っかかってきたまえよ」
「男にんなこと要求すんな。ていうか別に構えなんて思ってねぇよ」
「まあ君くらいの年齢なら辛うじて可愛げも出せるんじゃないかと思うんだが駄目かな?」
「無理。あんた俺に何を求めてんだよ」
「ふむ・・・・・(顎に手を当て考え)なんだろうな」
「真剣に悩むな(脱力)」
「まあそれはともかくだ、君は一体私を何だと思ってるんだね」
「送り狼?」
「・・・意味を分かった上での発言か?それは」
「あれ、違うの?(きょん)だってあんたあの胡散臭い笑顔で女の人とデート行った後そのままお持ち帰りとかしてそうじゃん」
「・・・・・・誰から植えつけられた情報だ」
「ハボック少尉」
「ハボックー!!」
「さっき中尉が出て行った直後にすごいスピードで逃げましたけど」
「ちっ・・・・勘のいい奴め」
「ていうかさ、やっぱ大佐、知ってたんだ花言葉。タラシの鏡だねー」
「多大に誤解があるぞそれは。というか、私はむしろ君が花言葉を知っていることの方が驚きなんだが」
「ああ、かなり前にボクがちょっと入り用で借りてた花言葉図鑑、兄さんがやることなくて暇なときに読んでたからそれが原因じゃないかな」
「なるほど、活字中毒か」
「うっさいな。仕方ねえじゃん、あのとき雨降っててやることなかったんだからさ」
「少しは休養することも覚えなさいと何度言えば・・・・まあいい。どうせ何百回言っても右から左に聞き流すだけだろうからな。それよりもいくらなんでもチューベローズはないだろう。そんな不健全そうな花はやめたまえよ、せめて薔薇とか」
「うっわ自分で薔薇って言うか普通。あんたなんかその辺に生えてる雑草でも十分だろ」
「おや、そんなに根性逞しそうに見えるかね?」
「あんたポジティブすぎ」
「取り柄だからな。そんなこというが、君、私がネガティブなのはおかしいだろうが、どう考えても」
「・・・・(ちょっと想像)いや・・・・・普通でいいんじゃね?(若干蒼褪めている)」
「ふむ・・・・じゃあ、君は根無し草でアルフォンスはかすみ草だな」
「じゃあって何だじゃあって。大体根無し草ってまんまじゃねぇか」
「おや、流石に根無し草の花言葉は知らないようだね」
「は?草なのに花言葉あんのかよ?・・・・アル、知ってるか?」
「さあ・・・・ボクが借りてきたやつって割とメジャーなのしか紹介されてなかったからなぁ」
「まあ、そのうち縁があれば知る機会もあるだろうさ、そんなに重要なことでもないだろう?それより・・・」


チューベローズは危険な快楽男女の危険な関係。かすみ草は純粋。
薔薇(赤)は情熱的な愛。根無し草は・・・・・・・・?



無駄知識だけは無駄に持ってるので、メジャーな花言葉なら大体知ってる季結のお約束(笑)







ありがちネタ変換




ある日の東方司令部執務室。


こんこんこん、がちゃ。

「ちわー。大佐いる・・・・・・・・って、誰もいねぇでやんの」

珍しくノックまでしたのに、向かった先は無人の執務室。
仕方なくエドワードは勝手知ったるとばかりにすたすたと執務机に数十枚単位に渡る報告を纏めたレポートを叩きつけるように置き、そしてふとその机の真ん中に、これ見よがしに置かれている一枚の紙に気付いた。
「・・・何これ」
見ない方がいい、とは思ったものの、思わず好奇心に負けて覗き込む。
そこには、最近やっと見慣れてきたこの部屋の主の、殴り書きの文字でたった一言。

『後ろを見ろ』

「・・・・・・・・・・・・」
何の遊びだ、とは思ったものの、思わずエドワードは後ろを確認してしまう。
すると、先ほど開けた扉の内側に、これと同じサイズの紙に同じ大きさの文字で一言。

『下を見ろ』

今度も何となく確認してしまう。ここまでくればすでにノリである。
すると今度は、小さく折りたたまれた紙片が足元に転がっているのを発見した。
なんだか嫌な予感がひしひしとしたがとりあえず拾ってがさがさと広げて見てみると、そこにもたった一言だけ。

『上を見ろ』

「・・・・・・・・・・・・・」

やめた方がいいという気がひしひしとしだすが好奇心には勝てない。
エドワードは勢いよく上を向き
―――――その後の心境を、どう喩えればいいのだろう。

何度言うことを聞かせようとしても全く聞かない子供の悪戯を発見したときの母親の気分というべきか、
出来の悪い部下を持った上司が、部下の何度目かの同じミスを発見したときのやるせなさというべきか。

いずれにせよ、エドワードにはどちらの体験もないので、あくまで擬似的な感覚、としか言い様がないのだが。

さすがに。

『馬鹿が見る』

と、一言、それも今までの比でない勢いででっかく書かれたA2サイズの紙を天井に貼られていたときの心境といったら。

誰かこの仕掛けを仕掛けてる奴を事前に止めろとか、中尉はいなかったのかとか、いやむしろ・・・・

「こんなくそふざけた仕掛けしてる暇があるならもっと別のことに貢献しやがれくそ大佐があああぁぁぁぁ!!!!」


少年の、心からの絶叫を、続き部屋のドアにコップを当てながらにやにやと聞いていた部屋の主が、少年に引っ張り出されて制裁を受け、同室にいた部下全員に呆れられるまであと10秒。






多分辛うじて14歳エド。











ありがちネタ変換パートU






「・・・・なんだこれは」

まず最初に気付いたのは机の上の書類だった。
彼が手洗い場に出たときは、確かに書類は厚さ3cmほどの小山を作っていたのだが。

そこにあったのは、そんな可愛らしい形容なんぞしたくもない程の、高さ約1メートル40cm(推定)にも及ぶ一本だけ不自然に突出した鍾乳石のような紙束だった。
というか、時々人が通る微風にぐらりぐらりしているその様はなんだか面白いと言えば面白いのだが、当事者としてはそんなことは言ってられない。
「・・・・・・中尉?」
「はい?」
丁度、追加の書類らしき束を持って入室してきたホークアイに向き直ると、ロイは頭が痛いとばかりに額を抑えながら問いかけた。
「まさかとは思うが、“あれ”は君の仕業ではないな?」
「持ってきたのは私ですけれど」

つまり、やったのは別人で、犯人もわかっているらしい。
しかし、それは誰かと訊ねる前にホークアイはさっさと書類をロイに手渡すと「積み上がっているならばご自分で小分けなさって仕事に従事してください」と切り捨てるとすたすたと颯爽と執務室を去っていく。
いつのまにか一人きりになっていたことに気付き、ロイは舌打ちすると、とりあえず椅子に座ろうと机に回り込み、そこで気付いた。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

にやにやと、机の下のスペースに仔猫よろしく器用に体を丸めて、片肘で頭を支えながら意地悪く笑っている、昨日、3ヶ月振りにこちらへ戻ってきた少年が陣取っていた。

犯人発見。

「・・・・・・・・・・・鋼の」
「仕返し」

にっこりと無邪気な笑顔を振りまくが、実際に彼が無邪気かどうかはロイが一番良く知っている。勿論、否。
半ば脱力しているロイとは反対方向にひょいと体勢を立て直して逃げるとそのままいい笑顔で「仕事頑張れ〜」と去っていく。
なるほど、彼の仕業ならばホークアイのあの寛容さも納得できる。
なんだかんだで此処の連中は全員滅多に甘えてこないあのエルリック兄弟にとことん甘いのである。

昨日の仕返し、と思えばこの仕打ちもまだ仕方ないかとロイは仕方なく椅子を引き、座ろうとしたところで再び執務室の扉が何の合図もなく開き、中を突風が吹き荒れる。

当然、その無駄に存在感を誇る書類の塔は無残にもロイを小さくはたきながら綺麗に床に落下する。
最後の一枚がひらひらとロイの頭の上にかぶさり、青筋を立てながらそれを机に叩きつけて書類の洪水から立ち上がるとロイは扉の先を睨みつける。

すると、予想通り、『風神』とでっかく書かれた赤い団扇を持ったエドワードが、やっぱり無邪気な顔で扉の外からこちらをひょっこりと覗き込んでいた。
ロイと目が合うと、エドワードはそれはもう、近年稀に見る嬉しげな表情で「三倍返し」と告げて、ロイが怒鳴りだす前に逃走した。

ロイとしては、先にちょっかいをかけたのは自分であるし、ここで追いかければ相手の思う壺だし、何よりも大人、そして司令官としての沽券に関わる、と彼を追いかけて燃やしたい衝動をぐっと堪える。

己の自制心に内心で拍手を送りつつも、とりあえず書類を拾い上げねばとロイは腰を下ろして、ふと気付いた。
普段、使用している書類用の紙と明らかに質の違う紙が大量に混ざっている。
なんだろう、などとは思うまでもなかった。
数百枚単位で紛れ込んでいるそれは、表になっているものが大量にあり、それには各一枚づつにたった一文記されているだけだ。

『職務怠慢、気をつけよう女の敵。でも雨の日は湿気たマッチの中尉命名無能男』

・・・・・・夜なべしてまでこの悪戯を今日中に用意したのかそれともアルフォンスや(十分に考えられる可能性としては)ハボックたちを巻き込んで作ったのだろうか。この大量の嫌がらせは。

そうだ、確か彼は出て行く際に言っていなかっただろうか。
『三倍返しだ』と。

「ふ・・・・・ふふふふふふふふふふッ」

恐らくそこに気の弱い下士官でもいれば腰を抜かしていただろう。
ゆらりと立ち上がるロイ。勿論右手と言わずに両手に発火布装備は必須事項であろう。

燃やす。絶対燃やすあのくそチビ。こちらが黙っていたらいい気になりやがって・・・・・!

もはや自分のことは高く高く棚に上げ、しっかり鍵までかけるとロイはそのままエドワードが逃走したと思われる方向に駆け足寸前の競歩で進む。途中ですれ違ったホークアイに、「室内での放火はおやめください」と忠告を貰ったので一応彼女は止める気はなさそうだ。
了解すると、早速見つけた小さな背中に怒気丸出しで突っ込んでいく。
勿論エドワードも逃げるのだが、東方司令部で、非公式に焔VS鋼の2回戦が勃発したことは、言うまでもない。



命がけのアスレチックです(真顔)こうして大佐の運動不足は無意識のうちに解消されていきます(うわー)






ありがちネタ変換パートV








ばたん。
と、ノックもなしに扉を開けて。
「・・・・・・・・・・・・・・」

ぱたん。
と、思わずそのまま扉を閉めた。
そのままぐるりと勢いよく振り向くと、件の鋼の錬金術師は怪訝そうな表情で扉を指差しつつ、後ろに控えていた、
「今は行かない方がいい」という忠告をくれた背の高い少尉に目線で訴えかける。
いわゆる、アレ何?と。

すると少尉・・・ハボックは、「あー」と何処か居た堪れなさそうな表情で後ろ頭をかきつつ、言葉を濁していた。
扉の中のもの、即ち執務室であるわけだが、何故かそこにはいつも泰然と笑う上司がいるにはいたが、えらく不機嫌。
元々彼がポーカーフェイスを崩すことは滅多とないのはエドワードも知っていたが、それにしてもあそこまであからさまに不機嫌な様子には出会ったことがない。
「・・・・仕事溜まってんの?」
後で出直したほうがいい?と訊ねるエドワードにハボックはあっさりと否を唱えた。
「仕事の方は珍しいくらい順調だ。あれだって時間があいてるからやってるようなもんだし」
「・・・・・結構鬼気迫ってたぞ今」
「まあ、なんつーか、さ。結構ダメージでかいことがあったんだよ、大佐もさ」
「・・・・?」
訳が分からず、素直に何?と聞いたら、ハボックは期待と苦笑が混ざった表情で、火のついていない煙草をくわえなおした。
「んー・・・と。まあ、正直あれはいくら何でもちょっと可哀想だなーとは思ったけどよ」
「だから何の話だよ」
「男」
「は?」
「・・・・我等が大佐様は超おモテになる訳だ。主に女性からな。でもほら、軍隊って女の人少ねーだろ?だからたまに居るわけだよ、女の人好きのフリした男もイケちゃいます、って野郎がさ」
「・・・・・で?」

エドワードも話の流れから既に想像はついているのだが、思わず先を促す。
ちなみに浮かんでいる表情は呆れ半分面白そう半分だ。
「今日、午前中に視察に来てた准将がそのクチでなー。中尉がもう少し行くの遅かったら襲われてたかもなー、大佐」
「うわぁ・・・・」
「そりゃもうすげー青褪めてたぜ、大佐。鳥肌とかすごかったし」
「で、その准将どうしたんだ?」
「証拠不十分でお咎めなし、ってな。まあ、踏み込んだのが早かったのもあって未遂だったんだが・・・“あの”大佐だからなあ」
「だろうなあ」

自分は女性を相手にする側だというのに自分が相手にされる側では、大抵の男はたまったものではないだろう。
それに、女タラシの異名を拝している彼だが、案外男女関係のそういった場所は身奇麗なのだ。
勿論、彼のプライベートに踏み込んだ人間でなければそんなことを知る筈もないし、他人を自分の領域へ入れることが滅多にない人間なので、事実を知る人間も数少ないのだが。(そしてその数少ない中に二人は入っていた)
ともあれ、一応相手の気持ちを尊重している人間が、無理強いで、しかも同性に襲われたなどといわれれば、いくら今まで彼女を取られ続けていたハボックでも(というか、大体の男性諸君は)同情を禁じえないだろう。

しかし、そういう微妙な男女の生々しいやりとりは未だ想像の範疇を出ないお子様は、あくまで他人事としてにやりと良からぬ笑みを浮かべた。それに気付いたハボックはまた、妙なことを始める気なのであろうエドワードの頭をくしゃくしゃと混ぜてとりあえず忠告してやった。
「まあ幸いっちゅーか、大将も滅多に軍に近付かない身だからいいけど、そういう種類の人間も軍だけに限らずいるから、あんま素直にほいほい付いてって襲われんなよ」
「誰が野郎襲って楽しいよ」
「ほら、だから」
「・・・・あー」

今回ばかりはさすがに前例が出てしまったので何ともいえない。
「だよなぁ!何たって俺、大佐より若くてピチピチしてるもんな!」
などと、冗談を飛ばしていると、がちゃりと扉が開いた。
誰が、とかは考えるまでもなく、さっきまでの話題の中心人物である。
「・・・来たと思ったら早々に出て行ってこんなところで何を立ち往生してるんだね。待っても来ないし。報告書だろう?早く出しなさい」
どうやら痺れを切らして早々に出向いてきたらしい。
しかしそんなロイに構わずエドワードはにやりと嫌な笑いを浮かべた。
「何だね・・・」
「いやあ?大佐も色々大変だったんだなーって、さ?」
含みを持たせた言葉にロイがハボックを睨んだ。
ありありと、「余計なことを言ったな」という怒りを込めた視線に飄々とハボックは目線をそらした。
そうしてひきつった笑いを浮かべつつ、エドワードを向くとロイは「早く入りたまえ」と言う。
それに促されるように入りながらもエドワードは嫌な笑顔を浮かべたまま、のたまう。
「まあ、大佐顔は悪くないから仕方ねえっちゃ仕方ねえんじゃねえ?それにしても男にねえ・・・・」
「・・・何が言いたいんだね」
「べっつにぃ・・・あ、そーだ」
そうして、その嫌な笑顔のままで、彼はのたまった。
そりゃあもう、近年まれに見るとても“いい”笑顔で。

「大佐がそんなに人気とは知らなかったよ。俺も狙っちゃおうかな。ほら、大穴狙いで先に落としとけば俺も今後楽になるかもだしさ?」

ぷつん。

(あーあ・・・・)

そのとき。何かが音を立てて切れるのを、ハボックは確かに聞いた気がした。
そもそも、エドワード的には、男性に好意を寄せられる気持ち悪さをもう一度味わえという、この上司に対する嫌がらせのつもりでしかない発言だろうが、それはこの男には一番言ってはならなかったかもしれない。
「ふ・・・」
(あーやっぱり)
などと思いつつも、すでに今後の展開は予想されたも同然である。
あくまで第三者の視点で彼等の様子を見ながらも、もう助けてやれねーぞ、大将、と内心で呟いた。
「ふふ、ふふふふふふ・・・・・」

突然壊れたように笑い始めたロイに、エドワードは驚いて数歩後ずさった。
ほんのからかい程度のつもりだったが、予想以上に(そして見た目以上に)ロイのダメージが大きすぎたのだろうか。
少しだけ、彼の精神状態を慮り始めた、直後。

がっし。

「は、え?」

思い切り、報告書を持った左手を掴まれてエドワードは狼狽した。
しかし、その疑問に近い声は解決されることはなく、目の前の男は先ほどとはうってかわって、豹変したように据わり切った目のまま、ハボックへと視線を向けていた。
「ハボック。・・・・定時はあと20分だな。今日はもう帰っていいぞ。」
「yes,sir」
「後、・・・・・そうだな、あと一時間は、執務室の回りは誰も来ないよう手配しておけ」
「ちょっ・・・大佐!?」
腕を引かれて、困惑を強めるエドワードは、救いとばかりにハボックに視線を向けたが、彼は首を横に振ると、
「すまん大将、軍は縦社会でしかないんだよ」
「〜〜〜」
ハボックからの救助は不可能だと悟り、エドワードはいよいよ困惑の色を強めた。
「じゃ、じゃあ中尉は」
「彼女は私の仕事が早く終わったからとっくに帰宅している」
「え、えーっと、俺、これから図書室行きたいし」
「君が用事のある本は私が持っている」
「〜〜あ、アルが宿で待って」
「私から連絡しておこう」

完全に退路を絶たれ、唖然としているエドワードに、素敵に冷酷な方はとても素敵な笑顔を浮かべて、「そうそう」と付け足した。
「私も君の才能を買いたかったんだ。丁度いいな。落とされるのは気に食わんから落とす方に回らせてもらうが・・・・覚悟したまえ?」
「ッ」

その後。
少尉〜〜〜!!!という、ドップラー効果を残し、執務室へ引きずり込まれたエドワードの安否を知る者は誰もいない。
が、ご丁寧に鍵のかかる音を聞いたハボックは、誰もいない廊下で、「あんま大将のこと苛めんでくださいよ大佐・・・」と呟く他ないのだった。



そもそもの彼の決定的な敗北は、ホークアイ中尉のいないときに、アルフォンスを宿へ置いてきたことと。
いくら冗談だからとはいえ・・・・否、冗談だからこそ。
ひっそりと彼を想っている人間に、軽く『好きだ』の同意語を口にしてしまったことだろう。

とにもかくにも、本気でキレた上司へのからかいの言葉は絶対厳禁、ということは、今回のことでエドワードも教訓になっただろう。

それが“身にしみて”になっていないことを祈るばかりである。




・・・・・・・後日、びくびくしながらも上司を邪険に出来ないどころか、彼の顔を見た瞬間真っ赤になるエドワードを見ていると、とても“無事で”いられたとは、到底思えないのだが。





嫌がらせ合戦ファイナル(ていうかいい加減長すぎだろこれ)
最後は100%カップリング扱いロイエドで行ってみた。エドは多分抵抗で一回は大佐のこと蹴倒してると思う。
・・・逃げれなかったんだ、エド(笑